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四つの目醒め

〈曇り空春の徒然雲に見る 涙次〉



【ⅰ】


 柳原敏雄氏の『漬けもの風土記』(中公ミニムックス・昭和58年)と云ふ本を、悦美、じろさんの藏書の中から取り出し、父の日までには糠床の作り方、フルちやんに教はらなくちやな、と心に決めた。いつもいつも、ハンバーグ、では能がない、と云ふか余りに子供つぽい。


 そのフル、牧野旧崇は今日オフを取つてゐる。-阿佐ヶ谷の尊子のアパートに行つてゐる、とは、子育てに多忙な悦美に代はり、秘書業を務めてゐるテオに聞いた。



【ⅱ】


 アパートの屋根は修復されてゐた。(「龍」、出てくれるなよ)と思ひつゝ、尊子の伸べた蒲団に入つた牧野。遷姫は「龍」の手綱を締め、彼に對する思ひ遣りを見せたのだが-

 自ら金尾と云ふ戀人を抱へながら、人の戀路を目撃する、と云ふのも酷な話だ。だが、金尾はカンテラ事務所で、眞面目に彼の仕事をしてゐる。夜、人が夢見る時間が待ち遠しい遷姫ではあつた。


 一方... * 天神一享博士は、ふと午睡から目醒めた。すると、そこは見た事もない場處、要は魔界の一室なのであつた。


 鰐革男「博士、お目醒めかな? 今日からあんたには、この魔界で働いて貰ふ」-「寝耳に水」である。大體、魔界つて何だ? この科学万能の世に、そんなものがあつてよいのか...と博士思へど、 鰐革の新プランには、だうしても博士の手が、知恵が、必要だつたのだ。



* 当該シリーズ第2話參照。



【ⅲ】


 カンテラ一味、何処から切り崩してやらうか、と鰐革は思案投げ首の日々。思ひ付いたのが、「龍」とゴーレム、この二大魔物に對抗出來る、巨大ロボットを製作する事だつた。カンテラは、じろさん以外にも、この二つの魔物に守られてゐる。その一角を壊さねば、勝利は覺束ない。

 先日の「ロボ観音」の弱點が、お粗末な脳であつた事に、鰐革は気付いた。巨大ロボットのボディは、魔界のメカニックたちがほゞ造り上げてゐた。後は、脳部分だ- バイオテクノロジーの蘊奥に迫る余り、人造人間の脳の培養にまで手を染めたと云ふ、天神博士を誘拐(由香梨の實父、姫宮眞人はかつてそれに失敗した)してきたのは、その脳の培養技術を狙つての事だつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈我が裡の能ある鷹よ隠すなよその恐るべき爪を隠すな 平手みき〉



【ⅳ】


 生命を危機に曝させて迄、己れの技術を隠匿するつもりは、博士にはなかつた。髙邁な技術を持つ天才も、命あつての物種、なのである。博士は結局、鰐革のプラン通りの働きをした。


 人間界は夜、である。遷姫と金尾の逢引きの時間。尤も、それは夢の中での出來事。それでもいゝ。遷姫の戀は激しく金尾を慾した。


 と、二人の戀のひとゝきに、邪魔が入つた。鰐革の(とうとう完成した)巨大ロボットが、カンテラ事務所を捻り潰しに現れたのである。「ふはゝ、出て來い、『龍』よ、ゴーレムよ」


 遷姫と金尾は激怒した。何で二人つきりの時間帯を侵されなければならないのか。ぐうぐう眠つてゐる牧野。それは一種のトランス狀態であり、「龍」はその鼾の合ひ間に、牧野の口から立ち昇つた。金尾のゴーレムも、後に従つた。



【ⅴ】


 カンテラはまだ外殻に入る前、悦美と君繪と川の字になつてゐる時刻。じろさんは、今夜は当直でなく、方南町のマンションに帰つてゐた。カンテラ、のそり、と


「鰐革め、人の戀路を邪魔するとは、何が『魔界のダンディ』だ。粋つてものを弁へろ」と、巨大ロボに斬りかゝらうとした。

「マア待テ、コイツハ我ラデ処罰シテクレヤウ」-「龍」が巨大ロボットの躰をぐるぐる巻きにした。その頭部に、ゴーレムが痛烈なパンチを喰らはせた。天神博士苦心の作の、ロボットの脳が揺れる。


 皮肉な事に、人間に似せた脳が仇となつた。ゴーレムの次なるパンチで、ロボットは「失神」してしまつたのである。



【ⅵ】


 近隣の住民たちが、窓に明かりを燈す迄に、事が片付いたのは、カンテラ一味にとつてラッキ―だつた。それだけ、遷姫と金尾の怒りがすさまじかつた、証しである。


「龍」が、ロボットの頭をがりがり嚙み砕いた。さう、今回の一件(ヤマ)では、カンテラは見てゐるだけの存在であつた。


 結果、牧野の居候部屋の窓ガラスが壊れた(それは「龍」の勢ひを示してゐた)だけで、カンテラ側の損害は大した事なく濟んだ。

 だが、失はれた逢瀬をだうしてくれる? 遷姫は「龍」との共存を、金尾に後ろめたく思つたが、「龍」なしでは、ゴーレムなしでは、結局は彼らの戀もなかつた譯であるから、辛抱して、また二人の(今度は別々の)夢に還らざるを得なかつた。



【ⅶ】


 その頃、育児疲れか目醒める事もなかつた悦美の夢には、所謂「糠味噌臭い」御新造さんである自分と、亭主・カンテラが、君繪と三人水入らず、朝餉の膳を囲んでゐるシーンが出、「むにや、むにや、糠床」彼女はさう寢言を漏らすばかりであつた。



【ⅷ】


 この一件の料金、百萬圓ほどに濟ぎなかつたが、天神博士の後援財團が支払つた。博士は、気付けば人間界に戻つてゐた、らしい。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈春菜漬け亭主宿六決めこめり 涙次〉


 

 お仕舞ひ。鰐革、云ふ迄もなく、遷姫の戀心を輕んじたせゐで負けたのである。また一つ、學習すべき事が増えたね、鰐革くん!! ぢやまた。


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