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 クー姉と友達になったばかりの頃。学校が終わり一目散に帰った俺は、部屋にランドセルを置いて直ぐに玄関に戻った。


「宿題やったのー?」


「学校で終わらせた!」


 リビングから聞こえるお母さんの声に、大声で返事をして扉を開ける。


「鐘が鳴ったら帰るのよー!」


「わかった!」


 鐘の音と言っても実際に展望台の裏にある神社から鐘を突く音が聞こえてくるわけじゃない。防災無線から流れるバッハのG線上のアリアだ。子供達に帰りの時間を教える鐘の音は、他の町では童謡だったりするらしいけど、何故か赤葉見町ではクラシックが流れる。だから、この町ではベートーヴェンとかモーツァルトよりバッハの方が有名だ。

 逃げるように家を出てしまって、何だか悪い気がする。おやつも食べずに出てきてしまった。

 それもこれも。クー姉という出来たばかりの友達に会いに行くためだ。勿論、宿題をやったというのは嘘じゃない。前の反省を活かして、休み時間に全部終わらせたのだ。

 ゲーム機も持たず、いつもの場所に向かう。今日は五時間授業だった。流石にクー姉はまだ高校だろうけど、先に行って待ってようと長い階段を上る。展望台に着くと、既にベンチに人影があった。


「おっ。待ちくたびれたよ」


 クー姉は僕に気付くと、笑顔で手を振ってくる。昨日と同じ制服を着て、振っていない方の手をベンチに付けている。

 僕も照れくさく感じながら、手を振り返した。なんて声をかければ良いか分からなくて、取りあえず気になったことを聞いてみる。


「学校もう終わったの?」


「ん? あぁ、今日は早いんだよ」


「えー。今日は五時間で急いで帰って、すぐに来たのに」


「高校は直ぐに終わったりするんだよ。さ、それよりも昨日言ってた遊びを教えてあげよう」


 そう言って、彼女は自分の座っているベンチの隣を叩いた。ここに座れと言うのだろう。

 木製のベンチは秋の空気で少しひんやりとしていた。ここが木陰になっているせいかもしれない。隣のクー姉からは、ほんのりと金木犀のような良い香りがした。

 彼女は見て。と両手で二匹の狐を作りポーズを決めた。まさか、これが面白い遊びとでも言うわけじゃないはずだ。だって、そうだったら、流石に馬鹿にしてる。


「ある人に教わったんだけどね。狐の窓って言うの。お(まじな)いみたいなもので、二匹の狐で窓を作って、そこから覗くと普段は見えないものが見えるようになるんだよ」


 そう言って、クー姉は二匹の狐がそっぽを向くように、右手の狐だけ自分の方へ向けた。それから、狐の耳を作っている人差し指と小指の腹をそれぞれ合わせる。最後に開くと、指の間にひし形の小さな窓が現れた。彼女はそれを右眼に持ってきて、窓越しに僕を見つめる。

 何が見えているかは分からない。でも、いつも笑ってるクー姉の表情が隠れると、全然知らない人の目が覗いているように見えて、思わずそっぽを向いてしまった。

 気まずさを誤魔化すように、僕も真似して狐を作る。中指と薬指と親指を合わせて、人差し指と小指を立てれば完成だ。左手も作って、両手を合わせようとしたら、右手の狐がいなくなっていた。


「あれ?」


「あはは。両手で作らなきゃ」


 クー姉がお腹に手を当て、大袈裟に笑う。僕は不機嫌に口を噤んで、今度は両手同時に狐を作る。二匹を合わせて手を開くと、狐の窓が現れた。


「覗いてみて」


 クー姉が言う。僕はほんの少しの緊張と沢山の好奇心を持って、窓を覗いた。

 最初に窓に映ったのはクー姉の顔だった。何かを期待するように、こちらを見ている。改めて見ると、凄く可愛い。色の薄く、綺麗な肌。栗色に染められた長髪は、陽の当たる場所で見ればもっと明るく見えるはずだ。


 ——何でクー姉はここにいるんだろう。確か、人を待っていると言っていたけど。


 ふと、浮かんだ疑問は窓に映った小さな生き物によって吹き飛んだ。


「うわっ!」


 僕は思わず、窓を壊してしまった。途端、幻でも見たかのように小さな生き物は消える。でも、確かに見たのだ。丸っこくて、全部が毛で覆われている小さな生き物がクー姉の顔の側をふよふよ飛んでいたのだ。


「面白いの見えた?」


 クー姉が嬉しそうに聞いてくる。


「うん。なんか毛の生えた丸っこいやつが飛んでた」


 僕は見たとおりに言った。今見たはずなのに、自分でも信じられなくて、なんだか嘘を吐いている気になってくる。


「あぁ、あれね。私は毛玉って呼んでる」


 クー姉は僕の言葉を当然のように信じた。それが嬉しくて、思わず手を叩いて小さくジャンプしてしまった。彼女にはバレなかったみたいだ。


「ほら、他にも見てみて」


 クー姉の言葉に背を押されるように、僕は再び狐の窓を開く。覗くと、何匹かの毛玉が飛んでいるのが見えた。面白くなってきて、窓を覗いたままあちこちを見てみる。すると、毛玉とは別に燃えている蝶々が飛んでいるのが見えた。一度、窓から目を離し見てみるが蝶々は見えない。これも、普通は見えない生き物なのだ。

 窓を覗いたまま、そっと近寄ってみたが熱くない。よく見てみると、光る鱗粉をまき散らしているのが分かった。実際に燃えているわけじゃないようだ。蝶々は木陰にだけいて、キラキラと燃えているみたいに光っている。大きい蝶が二匹に、小さな蝶が三匹いるのが、何だか蝶の一家のように見えた。


「こっちにもいるよ」


 クー姉が柵の方で狐の窓を覗きながら座っている。隣に座って窓を覗くと、黒い影のようなトカゲがうろちょろしているのが見えた。トカゲは陽射しから逃げるようにベンチの影に入る。途端に、影に混じって見えなくなってしまった。


「凄い! 消えたよ!」


 僕は叫んだ。クー姉の方を見ると、どこに行ったんだろうね。とニコニコしている。


「他にもいるかな?」

「他の所も探してみたら、色んな生き物が見えるよ」


 僕は早速、窓を覗きながらあちこち見て回った。ベンチの裏や、落ち葉の下。雑草の影など場所によって色んな生き物がいる。どれも今まで見たことのない不思議な生き物ばかりだ。一通り見て回って、他に見てないところを考える。周りをぐるっと見回した僕の目は、道の向こう側にある森を捕らえた。

 展望台は道から外れるような場所にあって、景色の反対側には木々が生い茂っている。道もないし、普段は行かないが、きっと木の精霊みたいな生き物が見つかるはずだ。

 僕は両手を前に突き出して狐の窓を作ると、走って森の方へと向かった。

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