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秋。夏と冬を繋ぐ季節。大昔は一月から綺麗に四等分して、七八九月が秋だったこともあったらしいが、今では大体九月から十一月のことを言っている。最近聞くようになった温暖化の影響で今後も季節がずれていくのだとしたら、何月何日から何月何日までなんて日付で決めずに、紅葉が色づき初めてから全て落ちるまでとでも決めておいた方が、この先混乱せずに済みそうだ。サンタさんが恋しければ、全ての葉っぱを木から千切れば良い。まぁそれはそれとして、今日は秋になってから二日目だった。
俺は学校が終わってから直接、展望台へとやって来ていた。彼女に会うのは一年ぶりだ。小学生の頃はいちいち家に帰っていたが、中学生になれば寄り道くらいじゃ怒られなくなる。前は渋い顔をしていたお母さんもいつの間にか煩く言わなくなっていた。
あの長い階段を上る。一年ぶりだからか息が上がった。まだ若いはずなのに衰えを感じる。
——そういえば、中学に上がってから外で遊ぶこともなくなった。部活もしてないし、せめて筋トレを始めた方が良いかもしれない。
冷えた手すりを掴み、体を引っ張るようにして上り切った。ベンチの方を見ると、クー姉は俺が小学生の頃から変わらず、そこで待っていた。
小学二年生の秋。一年ぶりに彼女に再会したとき。彼女が秋だけこの街にやって来るということを知った。あの時はもう二度と会えないと思っていたクー姉に会えた喜びで気にならなかったが、改めて考えてみると酷い話だ。帰るなら一言言ってくれれば良かったのに。
「久し振り。凄い背が伸びたね。制服も似合ってる」
「成長期だからな。それに、制服は去年見ただろ?」
大きく手を振る彼女に、ポケットに手を入れて近付く。去年は上から下まで余すことなく観察されたのだ。あれはもう勘弁して欲しい。
「だって、ちょっと前までは小学生だったのに、急に大人になっちゃってさ」
直ぐに追いつかれちゃいそう。と彼女は笑った。そんなわけないだろと突っ込みを入れる前に、彼女は笑顔を引っ込め、唇を尖らし拗ねたような顔をした。
「それはそうとしてさ。私は昨日からいたのに。何で来なかったの?」
「塾があったんだよ。去年言ったろ? これからも月水金は来れないから」
「ええー。じゃあ彼女は出来た?」
「何がじゃあだよ。いないよ」
「そうかー。今年こそと思ったんだけどなぁ。コウ君格好良いのにね」
クー姉は残念そうに言った。俺は彼女が欲しいなんて一度も言ってないし、思ったことすらない。それはきっと、この場所でクー姉と一緒にいられるからだ。
彼女は変わらない。それは中身も見た目も。小学一年生のころと比べれば、この展望台から見える景色でさえ変わっているというのに。流石に全く変わっていないなんてことはないんだろうけど。今では俺の方が大人になった気がする。……もう、八年か。
「そういえば、塾で同じクラスの女子と一緒になったんだ」
「ほんと⁉ その子可愛い?」
ちょっとした話題のつもりで出した言葉にクー姉が食いついた。その余りの勢いに、気圧されながらも、秋月の顔を思い出す。
「まぁ。可愛いと思う」
「おぉ〜。良いねぇ〜」
なんだよ。その反応は。別にそういう関係じゃないのに。
俺は口を閉じると、クー姉と同じベンチに座った。二人がけのベンチだが、なんだか狭く感じる。バッグを置く場所もなくて、地面に下ろした。前を見ると、手すりの向こうに町が見える。今日はよく晴れていて、端に行くほど白くなるグラデーションの青空に薄い雲がいくつか浮かんでいた。耳を澄ませば、鳥の鳴き声が聞こえ、風の音も涼しげだ。
「それで、その子とは仲良いの?」
仲が良いかと聞かれれば、まだなんとも言えない。話したのも昨日が初めてなのだ。俺は塾に行く途中で秋月と出会ったところから、スーパーの前で別れた所までを話した。こう思い返してみると、何だか、おかしな夢でも見ていた気になる。
秋月とは同じ学校に通っていて同じクラスなのだから、今日も当然会ったけど、昨日の出来事なんてなかったかのように、俺達は一言も言葉を交わさなかった。視線すら合っていない。俺は相変わらず一人で机に座っていたし、彼女は女子のグループの片隅にいた。
「もしかしたら、その子コウ君に気があるんじゃない?」
「今の話のどこを聞いてたらそうなるんだよ」
俺の言葉にクー姉は分かってないなぁと知ったようなことを言う。女子特有の何でも恋愛にして考える癖はどうにかならないのか。いつまで経っても成長してない。
俺はこの話は終わりだと言う意味を込めて、頬杖をついてそっぽを向いた。
「そんなふてくされないでよ。そうだ。コウ君はどんな子がタイプなの?」
……もうそろそろ飽きても良いんじゃないか?
俺は組んでいた足を戻すと、クー姉の方へと振り返った。にこにこと興味深そうにこちらを見ている。毎年、秋になればここで毎日のように話す彼女ですら、俺に気はないんだ。ちょっと話しただけの秋月と恋愛関係に発展するわけがないのに。
「タイプね……」
「そんなに恥ずかしがらなくて良いから。誰にも言わないからさ」
そんなこと、気にしてない。大体、クー姉が誰に言うというのだ。この町の友達なんて俺くらいしかいないだろうに。
好きなタイプは直ぐに頭に思い浮かぶ。けれど、言うのには少し覚悟が必要だった。息をいつもより深く吸うくらいの覚悟が。
「……年上だな」
「じゃあ、今年中に頑張らなきゃじゃん! 来年になったら、コウ君が最高学年でしょ?」
クー姉は俺の目を真正面から見つめて言った。嘘偽りない心の底からの言葉に思えた。彼女の言葉はいつも子供のように素直で、少し残酷だ。
「もう良いでしょ。クー姉はこの一年でなんかあった?」
俺は話題を変えようと質問した。けれど、返ってくる答えは分かっている。
「うーん。まぁ、いつも通りかな」
毎年、同じ答えだ。彼女は秋以外の時期。別の町に居る時のことを俺に話さない。小さい頃は気になったし、悲しかった。クー姉が俺の知らない町で、知らない人と過ごしているのを想像しては嫉妬したものだ。最近はそうは思わない。きっと、これが丁度良い距離だから。
「コウ君は? コウ君の新しい思い出を教えてよ」
「新しい思い出ね」
「そ。思い出は日々更新されていくものでしょ?」
彼女は当然そうだと言いたげだった。丁度風が吹いて、彼女の髪がなびく。真っ直ぐにこちらを見る顔はイラストかと思うほど綺麗で、いつも見ているのに目が奪われる。きっと、クー姉のことが思い出になったとき、浮かぶのは真っ直ぐに見つめてくる瞳だ。
とは言っても、俺はこんな変わらない日々が思い出になるとは思えない。思い出になることもあれば、思い出にならずに消えていく記憶もある。思い出に出来ずに引きずって歩くことだってある。でも、わざわざ否定するようなことでもなかった。
「そうだな、あのゲームの新作を買ったんだ」
「えっ。まだシリーズ続いてたの!」
小学生の頃から続くゲームのシリーズだ。一時期離れていたが、最近、新作が出たのを知って買ってみたのだ。子供だましのゲームだと思っていたが、やってみると小学生の頃には分からなかった奥深さを知れて意外に楽しめた。
「今度持ってくるよ」
「ほんと⁉」
彼女は嬉しそうに笑った。無邪気なその表情を見ると、クー姉がまだ小さな子供のような気がしてくる。けれど、その笑顔は直ぐに消えてしまった。
「あ、でも、やっぱり大丈夫。ごめんね」
「え?」
思わず聞き返してしまった。クー姉はそんな俺に申し訳なさそうな顔をして、視線を外した。それから取り繕うように、
「今回はコウ君と沢山話したいし、遊びたいんだ。私ゲーム得意じゃないから、それだけで秋が終わっちゃうでしょ?」
と言った。
別にゲームがやりたくないならそれでも良かった。今までだって、前日交わした遊びの約束をその日の気分で破って別の遊びに変えたことは沢山ある。でも、彼女が一度言ったことをわざわざ謝って訂正するのが珍しかったのだ。一瞬、答えるのが遅れた。その間にクー姉はずっと変わらない制服の、ボタンの取れたブレザーの裾をぎゅっと掴んだ。こういうとき、俺は彼女を許さなきゃいけなかった。
「別に良いよ。大体、そんなに謝るようなことでもないし。気が向いたらやれば良い」
俺はそう格好付けたようなことを言った。
「そう? 良かった。じゃあ、気を取り直して、今日はかくれんぼでもやらない?」
「なんで急にかくれんぼ?」
やけに唐突だった。今日もこうやって、話して終わると思っていたのだ。
「別に良いでしょ? よくやったじゃん」
「それ、俺が小学校低学年の頃の話だろ? 中二にもなってかくれんぼしてもな」
「なに? 一人で隠れるのが怖いの?」
彼女はにやつく口元を手で隠しながら言う。下手な挑発だ。乗る必要もない。
「そうだよね。コウ君は小さい時、狐の窓を覗きながら森に入って、迷子になったもんね。じゃあ、最初は私が隠れてあげるから、コウ君が鬼ね!」
クー姉はそう言うと、俺の返事も聞かずに走って行った。
「子供かよ……」
一人になった展望台で呟く。暫く彼女が消えた方を眺めていたが、ため息を吐いてから町の方へと視線を戻した。ベンチに手を置くと砂利が手の平に当たった。払ってから再び手を置いて、体重を預ける。昔やったのと同じルールなら、範囲は階段の上全体で、百秒数えてから探しだせば良い。腕時計を見ると、長針が文字盤の四を指したところだった。
——二十二分になってから動けば良いか。
ベンチの空いた場所に地面に置いていたバッグを移す。上を見上げると、枝の隙間から青空が見えた。色付いたばかりの紅葉は黄色以外にも中途半端に色んな色が混じっている。遠くに鳥が一羽で飛んでいるのが見えた。
こんな風に外で一人過ごすのは随分久し振りに感じる。今頃クー姉は必死に隠れる場所を探しているのだろう。俺が小学生の頃ならいざ知らず、中学生になった俺から見つからずにいるのは難しい。彼女が木の根や、枝の間に隠れようとしている姿を想像すると笑えてくる。
——そういえば、狐の窓とか言ってたな。
ふと、思い出した。あの頃はクー姉が不思議なことを教えてくれていた。余り覚えていないが、俺は確かに彼女の言葉を信じ、不思議なものを見たのだ。見なくなったのはいつからだろう。
記憶を頼りに手で窓を作り、目の前に持ってくる。馬鹿なことをやっていると思う。こんな所を見られたら笑われるに決まっているし、恥ずかしい。けれど、同時に少しの期待もあった。
窓を覗く。そこには、ただ指の枠で切り取った景色があるだけだった。
「馬鹿馬鹿しい」
俺は立ち上がった。腕時計を見ると、二十三分を指している。少し遅れてしまった。はやく探しに行かないとクー姉がすねてしまう。
森に入る。そうだ。確かにここで迷った事があった。そんなに広くもないのに、どっちに行けば帰れるのか分からなくなってしまったんだ。
「クー姉〜。どこ〜?」
辺りを見回しながらゆっくりと歩く。こうして彼女を呼びながら歩いていると、迷子になったあの時を思い出す。クー姉が俺を見つけてくれたんだっけ? 今は逆だ。
足を踏み出す度、落ち葉で出来た絨毯の柔らかさを感じる。風が吹けば、木々が騒ぐ。誰もいないはずなのに、寧ろ騒がしく感じるくらいだ。
森と言うのは俺が勝手にそう呼んでいるだけで、実際は林と言った方が近い。視界は開けていて、上を見上げれば木々の葉よりも空の青の方が多く見えた。迷うにも、隠れるのにもここは狭い。それはきっと、俺が大きくなったせいだった。
——ガサッ
落ち葉を踏んだ音が聞こえた。振り向いた先には木が二本並んで立っていた。
「……クー姉どこかなー」
わざとらしく声を出しながら近付く。きっと、彼女は二本の木のどちらかの裏に隠れている。ここで見つけてしまったら、早すぎて遊び甲斐がないかもしれないな。
俺は勝利を確信して、二本の木の間をくぐった。けれど、どちらの木の裏にもクー姉の姿はない。辺りを見回してみても、何処にもいない。さっきの物音は気のせいだったのか。それとも、動物がいたのかもしれない。道を歩いているとたまに見かける狸が頭を過った。
とにかく、いると思った場所にクー姉はいなかった。わざとらしく声をかけたのを考えると恥ずかしくなる。誰も聞いていないと分かっていても、誰も聞いていなかったと分かったからこそだ。いや、考えていても仕方ない。気を取り直して足を動かした。
大した広さはないのだから、気を付けて歩き回っていれば直ぐに見つかるはずだ。視野を広く、耳を澄まして歩く。落ち葉を蹴散らし、小枝を踏みながら進む。直ぐに見つかると思っていたのに、彼女の気配すら感じない。風が吹いて、紅葉が落ちた。気付けば辺りは夕焼け色に染まっている。
「おーい。クー姉どこー」
呼んでみるが、出てくるわけがない。かくれんぼの鬼の前にのこのこ出てくるやつがどこにいるんだ。
おかしい。どれだけ歩いても向こう側に辿り着かない。こんなに広い場所だったか? 展望台は小さな山の頂上付近にある。ぐるっと山にはちまきを巻くように道が出来ていて、展望台の反対側には小さな社があった。俺が森と言っている場所は展望台や社がある場所より上のことだ。木が生い茂る山のてっぺんと言った方が正しい。だから、少し歩けば向こう側の道に辿り着くはずなのに。
——ジリリリン
音が聞こえた。自転車に付いているベルのような音だ。なんだか、懐かしい。昔持っていた自転車にもあんな音がなるベルが付いていた。
クー姉ではない。彼女は自転車のベルを持っていないし、かくれんぼ中にわざと音を出して鬼をおびき寄せるような、つまらないことはしない。けれど、こんな所に他の人がいるわけもない。
薄気味悪かった。誰かに見られているような気がする。さっきまで気持ちよささえ感じていたはずの風が、不安を煽ってくる。気配を感じて、後ろを振り向くが誰もいない。首を撫でる風が、吐いた息のように生暖かく感じる。なのに、いくら周りを見ても俺に息を吹きかける誰かなんていないのだ。
「気のせいだよな」
そうだ。虫の鳴き声を勘違いしたんだ。一人、多くの木に囲まれてクー姉を探していたから、誰かいるかも知れないと思ってしまった。そうだ。大体、誰かいるなら出てくれば良いのに。こそこそと隠れるなんて意地が悪い。
俺は強ばった足を動かして再び、クー姉を探しに向かう。森は大体探したから、一度展望台の方に戻ろう。何処に向かってでも、真っ直ぐ進めば道に出るはずだ。
歩く。
真っ直ぐに進む。
自分の呼吸が耳元で聞こえるような、変な緊張で体が動かしづらい。
おかしいのだ。本来ならとっくに道に出ているはずなのに、展望台に辿り着かない。夕陽の位置が変わらない。腕時計の秒針は進んでいるくせに、長針の位置が変わらない。
視界の端に誰かが映った。けれど、見ることができない。足を早く動かす。ほぼ走っているけど、ぎりぎり歩きと言い張れるくらいの速度だ。視界の端に映った誰かはどんどん近付いてくる。
いつしか俺は全力で走っていた。日頃の運動不足のせいで直ぐに肺が痛くなる。心臓も張り裂けそうだ。これだけ走っているのに、視界の端に映る誰かとの距離は開くどころか縮んでいく。自転車にでも追いかけられているみたいだった。
もう我慢が出来ない。俺は思いきって、後ろに首を回した。追いかけてくる誰かが視界に映ったと同時に、足を木の根に引っかけた。体が倒れる。まともに地面に打ち付けられて衝撃が体を巡る。体が痺れて動かない。意識だけが沼をかくようにもがいている。誰かが近付いてくる。
——助けて
そんな言葉が頭に浮かぶ。声は出なかった。誰かが俺のことを覗こうとしている。逃げなくては……。
「コウ君?」
意識が戻ってきた。
「どうしてこんな所で転んでるの?」
クー姉が俺のことを覗いている。
「……クー姉?」
「そうだよ。かくれんぼは私の勝ちだね」
彼女の手を借りて立ち上がる。まだ頭がぼーっとしている。夢を見ていたみたいだ。
「鬼の前に出てきたのに?」
「何言ってるの? もう鐘が鳴ったじゃん。時間切れだよ」
「え……」
思わず声が零れた。クー姉の心配するような視線を受けながら、腕時計を確認する。確かに、針は四時三十三分を指している。
「大丈夫? 転んだときにどこかぶつけた?」
彼女は小さい子供にするように、俺の目から真実を探ろうとした。
「大丈夫。ちょっとぼーっとしてただけだから」
彼女から目を逸らして、正面の方へ歩き出す。後ろからクー姉が追いかけてきて、隣に並んだ。
「呼んでるのに出てこないから、心配したよ。まさかかくれんぼで、鬼を探すことになるとは思わなかった」
「ごめん」
おざなりな返事をしてしまう。悪いと思うけど、逸る気持ちを抑えきれない。木々の隙間から夕焼けの光りが見えてきた。そして一気に視界が開ける。目の前には見慣れたベンチが二つ。左のベンチには俺のスクールバッグが置きっぱなしになっている。丁度展望台に出たみたいだ。
「……出られた。こんなに近かったんだ」
燃えたぎる夕陽に目を焼かれるようだ。ベンチの影が俺の足下まで伸びている。影を踏むと俺の足にだけ先に夜が来たような気がした。地面も町も夕焼けに染まっていて、このオレンジ色を見ていると、何かを思い出しそうになる。忘れたくて、いつしか本当に忘れていた何かが頭の片隅で叫んでいるような気がした。けれど、たぐり寄せた糸はすんでの所で切れてしまう。
「ねぇ。ほんとに大丈夫?」
追いついたクー姉が言った。
「うん。平気。少し怖い夢を見て。それを思い出しただけだから」
振り返ると同時に冷たい風が吹いた。突き放すような冷たさをはらんだ風だった。クー姉は肩をふるわせて、ブレザーの前を寄せた。ボタンの千切れたブレザーでは止めることが出来ない。彼女は着物のように前を重ねると腕で押さえた。そのせいで強調された胸の膨らみに、俺は思わず目を逸らす。
「そう? とにかく、今日はもう帰りなよ」
クー姉が言った。俺はなんだか、彼女が俺を早く帰らせたいが故に突き放そうとしているんじゃないかと思った。そんなわけないのに、その考えは深く根を張っているようで、消そうとしても消えない。中学に上がってからは六時くらいまでいつも話していたのに。
確かに今日は調子が悪いみたいだし、学校から直接来たから宿題だって終わっていない。俺はベンチの上に置いていたバッグを手に掴んで、クー姉を見た。彼女は笑顔で小さく手を振った。
「じゃあ、また」
俺はそう言って、家に帰った。