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3

 塾の授業は問題集の真ん中から始まった。僕らが入ったのは秋だが、授業は既に春から始まっているのだ。塾のクラスメイトが既に終わっている前半の問題は、宿題として出されるらしい。学校の宿題もあるのに、こんな量を出されたら、家でゲームする時間はなくなってしまう。これが受験か……。


「ねぇ。この内容三年生のやつじゃない?」


 粛々と進む授業中。隣に座った秋月が小声で話しかけてきた。


「そういえば、授業は学校より少し進んでるって言ってたな」


「少しじゃないじゃん」


 彼女は不満げにシャーペンをノックした。気持ちは分かる。俺だって、何も分からない話を永遠に聞かされているんだ。黒板には癖のある文字がびっしりと書かれている。全部埋めてから、書くところだけを消して書いていくから、常に文字で埋まっているのだ。読んでいるだけで眠くなるのに、息継ぎをしていないんじゃないかというほどの説明が止めどなく聞こえてくる。時計の針は五時二十七分を指していた。終わるのは大体一時間後だ。


「早く終わらないかな……」


 思わず呟く。誰にも聞こえないように言ったつもりだったのに、隣には聞こえていたらしい。


「まだ、初日なのに先が思いやられるね」


「うるせー」


 適当に返事をする。秋月は笑って、シャーペンで俺の腕をつついてくる。肩を縮めて躱している時。ふと、教室が静かになっているのに気付いた。

 恐る恐る前を見ると、黙ってこちらを見る先生と目が合った。一瞬にして全身の血の気が引く。隣を見ると、秋月は素知らぬ顔でノートにシャーペンを走らしている。喉を通る唾がやけに遅い。

 けれど、それは一瞬のことだったのだろう。先生は黒板に視線を戻し、何事も無かったように授業を続けた。授業が止まっていたのさえ気のせいだったと思えるほど自然に。俺も秋月も叱られなかったし、生徒も誰一人気付いていないようだった。

 俺は胸をなで下ろしてシャーペンを握り直す。授業に集中しよう。その決意を固めたばかりだというのに、机に転がってきた切れ端に意識を取られる。ノートの端を千切ったもののようだ。開いて見ると、シャーペンで字が書いてある。


『初日から、やらかしちゃったね』


 ……懲りてないな。


 隣を盗み見ると、一心不乱にノートを見つめている。どうやらその姿勢で授業を乗り切るつもりらしい。視線を戻すとき、彼女の耳が真っ赤に染まっていたような気がした。もしかしたら、この紙は強がりだったのかもしれない。

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