7話 漆黒のドラゴンスレイヤー
モウルスと名乗った瞬間に戦況は動き出す。
ヒーローは走り出し、 探究者は唯一残った眷属を差し向けた。
番人の如く空から現れたサラマンダーが、モウルス一帯を影で覆う。
「モウルス? てっきり私は"死神"でも名乗るかと思ったよ!」
そう叫びながら彼女は後退。守護騎士のように現れたサラマンダーが、その巨大な尻尾を生かして目にも止まらぬ速度で薙ぎ払った。
「死神か……それも間違ってないな」
鉄の建物だって粉々にできる威力を持つ尻尾がモウルスを襲う。
「お前達を倒すんだから」
けれど悲鳴を上げたのはサラマンダー。
尻尾はモウルスの肘に負けたのだ。圧倒的な力に押し負けて弾かれ、痛みで怯んだサラマンダー。
「オラァ!」
腹の底から声を出して敵の胴体へ飛び出す。
放つは左拳で握り潰した紫の雷。
鉄の建物を壊せる威力?
そんなのこっちだってできると渾身の一撃をお見舞いするが。
「そうはさせないよー!」
サラマンダーとモウルスの間に暴風が吹き荒れる。
竜とヒーローの真下から現れた竜巻は透明な壁となって二人を離した。いや離したというより吹き飛ばしというべきか。
(チッ、今の厄介な魔法は……あの魔女か!)
「ほぉら、おとなしく地面へお戻り⭐️」
「……ッ、うわぁ!?」
追加された突風が空中にいるモウルスを屋上まで吹き飛ばす。ただ吹き飛ばすだけではつまらないと、さっきのお返しにサラマンダーも灼熱の炎球を放った。
モウルスの視界全体を赤で埋め尽くす炎の塊は、当たれば彼でもダメージを負うかもしれない。
だが彼の背後には竜巻で巻き上がった瓦礫が。
(そっちが魔法使うなら、こっちだってその恩恵にあずかってやるさ!)
体を無理やり動かしてトンっと瓦礫を蹴って迫り来る灼熱の炎と対峙する。
『お前、誰かを守りたかったんだろ?』
宮本は意思の再確認を済ませている。
気持ちの方向性はアドバイスのお陰でしっかり定まっていて、つまりそれは力の使い所も定まったと同義。
故に。
拳はドラゴンの炎如きに負けるはずがなく。
(地下で拳を握った時に感じた力の感触。それを上手く使いこなせれば!)
紫の雷は収束し、漆黒の拳の中で爆ぜる。何十回も魔力爆発と収束を繰り返したソレは、拳一つで鋼を粉々にするエネルギーとなった。
紫の雷を纏った暗黒の拳は──
『ディボニー・ラエルテ!』
──灼熱の炎を無に還した。
「オイオイオイ……! 神獣の炎だぞ? それを拳一発なんて──」
まさに英雄の所業じゃないか!
新たな神話を目の当たりにした魔女は興奮しっぱなしだった。けれど彼女の役は生憎と英雄の敵。
しっかり役割は果たさないと、探究者はサラマンダーの援護に入る。
「君の得意分野は地上だろー? なら空中で浮かしたままにすれば……何もできなくなる」
芸はないが、やはり空を支配し炎を操るサラマンダーと相性がいいのは風魔法だろう。
それなら空から攻撃しやすいし、相手の間合いに入ることもない。
わざわざ相手の舞台で戦う必要はないのだ。
「サラマンダー君は高所で待機だ。相手の射程なんて知れているからねぇ!」
そうして探究者は風の渦を発射した。暴風なんて表現は優しい。それこそ風の精霊にも劣らぬカマイタチの変化体みたいなものだ。
「微風の攻撃なんか……もう飽きたんだよ!」
だがモウルスには効かない。
「げっ!? 今度は蹴りで攻撃を相殺したのかい、いやあれは調整と言うべきかっ! いやー君って本当に面白い!」
透明な刃だけを掻き消し突風の恩恵だけ受けて吹き飛ばされるモウルス。しかし彼の背中には今だに暴れる竜巻があった。
(そっちが空高くまで舞い上がると言うなら、こっちは跳んでいけばいいだけだろ!)
その竜巻こそがモウルスの狙いだった。
相手が遥か上まで逃げようが、竜巻によって巻き上がる瓦礫達があればこっちだって跳べる!
目にも止まらぬ動きで廻る数百キロの物体だって、今の彼では脅威にならず。ただの便利な足場だ。
(どう言うことだい? 魔法の効果が半減している……まさか)
風を上手く使って加速しながら、瓦礫を踏み台に下から上へと螺旋に動いていく。
そして竜巻の終点……遥か頂上で浮き上がった最後の足場を跳んで彼は叫ぶ。
同じタイミングで上にたどり着いたサラマンダーの頭へ向かって、紫の雷の光をもう一発!
「ッマズイ、サラマンダーすぐにそこから──」
「遅いっ……ディボニー・ラエルテ!」
ガコンッ!
と大きな拳骨音と共に地面へ堕落する神獣。
これで一体は仕留めた……そう思った瞬間。
「──なんてねっ。サラマンダーは頑丈なのさ!」
モウルスの下で動く巨大な影。
明らかに怒っている神獣が一体、殴った相手を睨んでいた。
「あいつアレを受けて平気──!?」
彼の言葉が続く事はない。
背後から音速で迫る尻尾が彼を捉えたからだ。幅は軽く四メートルは超える太さ、そして回転と魔法による速度向上を乗せた強力な一撃。
「ハッハッハ! サラマンダーの攻撃はミスリルだって砕けられるんだぜ!」
テニスボールを撃つように振り払ったそれ。
もし当たればモウルスに大きなダメージを与えるが──
「ありがとうな。わざわざトランポリンを用意してくれて!」
「なっ、君は本当に規格外だねぇ!?」
あろうことかモウルスは尻尾をタイミングよく蹴って推進剤代わりにしていた。
尻尾の攻撃は予想外だったが、それはそれとしてこの攻撃をチャンスに変えようと──狙いを魔女へ定める。
「拳と蹴りさえ当たらなければどうと言う事は──!」
「そんなの俺だって分かっているんだよっ!」
馬鹿正直に一直線に来るならその場から急速に動けばいい。そう思って探究者は箒を操るが……もうモウルスの照準は定まっている。
放つは拳ではなく、拳に纏う紫の雷そのもの。思考が定まり余計な考えが消えた彼は誰にも止められない!
『ディボニー・ラボルト!』
拳から姿を現す幾多の紫の雷達は確かに魔女を捉え、そして囲む。
「ッ! これはぁぁぁ───!?!?」
紫の雷が探究者を囲い収束。箒の速さで雷から逃げられる訳もなく、そのままされるがままに。
彼女は紫の雷の牢獄に囚われるしかなかった。
「だ、だれか──!?」
助けを求める声に慈悲は届かず。
最後の言葉すらままならないまま彼女は灰へ還った。
(これで二つ。最後はあのドラゴンだ!)
モウルスにはまだ余韻に浸る時間はない。
彼にはドラゴンスレイヤーという最後の大仕事が待っているのだから。
確か奴はまだ上に居るはず。
今のうちに攻撃を仕掛けているかもしれない、モウルスはそう予測するが、彼が見上げた光景は全くの真逆だった。
空へ逃げている。
「ちっ。アイツ外へ逃げる気か!?」
夜空に取り残される一人のヒーローが見たのは、遥か上を目指す巨大な神獣の姿。
サラマンダーはこれが幸運だと言わんばかりに翼を羽ばたかせて遥か外へ……架空の世界ではなく現実世界へ飛び込もうとしていたのだ。
(マズイ。もし結界の外に飛び出されたら……!)
外の世界は本当の地獄になるだろう。
炎に焼かれ崩れる建物に灰と帰す大量の人間達。
宮本が最も嫌う『死』の光景が現実となってしまう。
──そんな惨状をヒーローが見逃すはずもなく。
「まだよっ、モウルス!」
「!?」
引力に惹かれたのは暗黒のヒーロー。
一方向に突き進むしかなかったはずの体が、急遽向きを変えて円を描き始める。
そして円の中心……引力の中心にいるのは紅の長髪を持つヒーローだった。
さっきまで結界の中で休んでいたはず。
なら怪我は──?
「ヒーロー! ここで決めるわよ!」
「……あぁ!!」
全ての疑問はそれこそ紅い輝きを持つ彼女によって吹き飛ぶ。今やるべきなのは空の王者を撃ち落とす事。それだけだ。
「生きとし生ける全ての者は星に引き寄せられ、そして星は恒星によって廻る……!」
真っ赤に燃える炎を髪に宿す日向はさながら太陽。
なら日向を中心に円を描くように動くモウルスは星と言うべきだろう。
暗黒の空は宇宙で瓦礫の破片が幾多の星々。
ここにて擬似的な宇宙が誕生した。
『───────』
相対するは龍の最上位種。
地上最大級の生命を持つ者。
強者としての勘が目の前の弾丸からは逃れられぬと悟る。
どの方角へ逃げても外に出るより先に。
あの紅きヒーローに撃ち落とされる。
『───────!』
ならばこちらも最大限の力を使って迎撃するのみ。
相手が炎を宿すならこちらも炎で対抗しよう。
相手が死神の如き力を持つなら、こちらは地獄の炎で貴様を死地へ送らせよう。
サラマンダーの顎が開き、周りの空気と竜巻、瓦礫全てを飲み込む。ブラックホールのようにあらゆる物……魔力すらも巻き込んで、龍の中で灼熱を超えた炎が生まれる。
目標はこちらへ突撃するヒーロー。
我が炎によって貴様の体を更なる漆黒へ塗り替えよう、そう構えた。
『─────!!!!!』
咆哮にすらならぬ轟音。
理不尽な生命力を持って放たれた破壊の音は、架空の洋館にヒビを入れるほど。
しかしサラマンダーが殺すと決めた相手にとって、轟音はバトルのコング音でしかない。
「モウルス!」
「……………………!」
星の摂理と宇宙の摂理、その二つを受け継いで加速するモウルスに蒼き炎が産まれる。それは生きとし生けるものを終焉に導く"死"であり、味方を守る最強の矛。
"死"は等しく平等である。
例えその相手が人だろうが龍だろうが──
「重力加速度最大。角度調整もよし」
──死神の鎌からは逃れられぬ。
「最大よ……いっけぇぇぇ!!!」
「撃ち落とす!」
女子らしからぬハンマー投げの咆哮と共に撃ち放たれる漆黒の弾丸。それは蒼き炎を身に纏って螺旋を描き、やがて宇宙へ打ち上がった蒼き流星となった!
『─────!!!!!!!』
サラマンダーも同タイミングで動く。
限界まで溜めた炎の塊をヒーロー目掛けて発射。
轟音と共に発射すれば近くにいる瓦礫を一瞬で飲み込み、蒼き流星へ向かう。
巨大な赤い炎は正しく太陽!
大きさの比率は約50:1
圧倒的だ。
けれど"死"に大きさなんて関係なかった。
サラマンダーは驚愕する。
己ができる限りのエネルギーを使って放出した炎の弾が、蒼き炎に一瞬で競り負ける瞬間を見て。
同時に次に見た光景が、ドラゴン最上位種の最期だった。
「──必殺」
爆発する紅き炎の中から現れる漆黒のヒーロー。
赤い宝石の目を持った黒い死神が迫ってきて。
『ブラックセイフォドル!』
サラマンダーの顔面を完膚なきまでに貫いた。
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「大丈夫モウルス!?」
「こっちは大丈夫です。それより会長の方こそ!」
戦いは終わり、二人は洋館の屋上で再会する。
モウルスは変身姿こそ解除されていないが体がクタクタで、もう片方の日向は傷だらけだった。
「遅れた僕が言える事ではないですけど、会長さん無理しすぎですって! 今度は僕も加勢しますから」
「バカ、貴方だって死ぬ程ビビってたじゃない! それに自分から炎に突っ込んだりして」
「あぁー……まぁそれは何も言い返せないっていうか、本当に申し訳ないっていうか」
どう見てもボロボロである。だからこそ二人は互いに心配して起こってたりしているのだが……
パチパチパチパチ。
「「!?」」
言い合いから一変。
二人はすぐに音がした方へ構えた。
敵意剥き出しで鋭い目線を向けた先にいたのは、大きな紫帽子を被った女性だった。
「いやーまさか私のとっておきが全滅するとはねぇ〜……君達には感服するしかない」
のほほんとした笑顔を見せながら探究者はお褒めの言葉を伝える。余裕を崩さず話すところが怪しいが、少なくともその賞賛の言葉は本当らしい。聞いた二人はそう思った。
ただ褒められたからと言って構えを解くわけでもなく、モウルスは疑問を呈した。
「俺があの時、紫の雷を放ったはずだが?」
「あぁあれ? いやーあの光は本当に死ぬかと思ったよ。派手で良かった。私の土魔法と相性最悪で良かったよ」
そうして地面から生える小さな片腕。
土で出来上がったそれは、探究者が無詠唱で追加の魔法を発動すれば色鮮やかになる。
匠の技とも言える土魔法の高い再現度もあいまって、激しい戦闘中なら間違える程の精度を見せつけた。
「つまり俺は、上手くできたダミーに騙されたって訳だな」
「………………」
「その通りだねー」
説明はいいだろうと勝手に崩れる片腕なんか気にせず、探究者達の話は続く。
モウルス達から見れば敵がまだ残っていたのだ。
ならやる事は一つ。敵を殲滅するだけ。
足に力を込めてモウルスは一歩前に出る。彼の拳には今でも暴れそうな紫の雷がバチバチと。
「じゃあ戦闘を続けるか」
「うーん……もういいや。死にたくはないし、私はこれで逃げるとするよ」
「は?」
だが肝心の相手のやる気がなかった。
探究者は降参とでも言いたいのか、面倒臭そうな顔をしながら手をヒラヒラさせている。
あまりにも呆気ない一言に少し困惑してしまうモウルスだが、探究者が箒を乗り出すなら話は別。
「待て魔女。逃すかよっ!」
箒に乗り背中を見せる相手に向かってモウルスは容赦なく『ディボニー・ラボルト』を放とうとするが、それよりも先に探究者が振り返った。
「私の事はいいけど、隣の彼女はいいのかい?」
「ッ……ハァ、ハァ…………!」
ばたり、といきなり倒れ出す日向。なんとか両腕で体を支えているが、その両腕も震えていて今にでも気絶しそうだ。
「会長!?」
それによく見れば彼女の鼻から血が出始めている。
あまりの疲労か、日向も息を切らすだけで喋る事すらままならない。
「能力の使いすぎだ。そのままだと彼女死んじゃうよ?」
「会長、僕の後ろから離れないでください!」
日向を庇うように前に飛び出すモウルス。
気が付けば探究者はその隙をついて空へ飛び出している。
しかも『ディボニー・ラボルト』の射程範囲外と、モウルスが通用する攻撃手段もない。
日向が限界を迎えたからだろう。
最後まで保っていた新世界が解けて、化け物達の争いで蹂躙された地上が元に戻った。最初の魔法で崩れた洋館と瓦礫はそのままだが。
「ふーんふーん⭐️」
ただ探究者にとってはどうでもいいらしい。素早く逃げるわけでもなくマイペースに空の彼方まで飛んでいき……
「あ、そうだ」
忘れ物でも思い出したかのように彼女は振り返る。
「確か朱里君だったけ?」
「!?」
まさか聞くとは思わなかった名前にモウルスは驚くしかない。鎧を着ていても相手のリアクションが伝わったのだろう。少し笑った後に探究者はこう言った。
「彼女はまだ生きているよ。でも助けたいなら時間は余り掛けないほうがいいよー」
「……お前知ってるのか。彼女は一体どうなった」
「それは君自身の目で確かめるといい」
その言葉を最後に探究者は暗闇の空へ消えてしまった。残ったのは気絶している日向と変身が解けた宮本の二人。
戦場の後は冷たい風が通るだけだった。