夢の中
僕は草原に立っていた。遠くに小さな丘が見える。
足元は背の低い草が敷き詰められていて、それは向こうの丘まで続いてた。
ふと空を仰ぎ見ると、そこには一面の青空が広がっていて、ところどころに白くて大きな雲が浮いて、目に見える速さでその形が変化している。
よく見ると、足もとの草も丘の上の草も小さく揺れていた。
風が吹いている。背の低い草がなびくのだからそれなりに強い風が吹いているのだろう。
でも、僕は風感じることも風の音を聞くことも出来ない。
でもそれを特に疑問に感じることもなかった。そして一つの事実に気がついた。
ここは現実ではない。これは自分が見ている夢だと。
数にすると多くはないが、夢の中で夢だと気づく事は間々ある事だった。
僕はまだ草原に立っていた。しかし、それもすぐに終わるという予感がした。確信に近い予感。僕はすぐに目を覚ますと、何故だかわかった。そしてその目覚めが『痛み』から来るということが。
これは初めての感覚だった。
もう一度空を仰いだ。雲は現在進行形で形を変えていて、空は嘘のように青く澄んでいる。
数十秒か、もしくは数秒、空を見上げているとそれは訪れた。
頭を刺すような痛覚。暗転。視界は無くなり、途端に自分がどこで何をしているのかがわからなくなった。
とにかく「痛み」だけだった。すべての感覚が痛覚に持っていかれたように、ただただ体を痛みが覆っている。
ただ耐える事しかできない。体は言う事を聞かず、相変わらず何も見えない。
痛みは絶える事はなく、絶える気配もない。それどころか徐々にその痛みは鋭さを増している。
決して我慢出来ないほどの痛みでは無かった。考えつくされた拷問を受けている気分。痛みに耐える。耐える。耐える。耐える。耐える。耐える。耐える。
無限にも思える時間。ひたすら耐える時間。しかしそれは突然に終わりを迎えた。
天井があった。見慣れた天井。思考が定まるまでに数秒。
その後、僕は目を覚ました事に気がついて、そして、夢を見ていた事を思い出した。
夢の中でそれは夢だと気づき、目を覚ますと思っていたが、それは夢の舞台が変わっただけで、僕は夢を見続けていたようだった。夢中夢というのだろうか。記憶している限りでは初めての経験だ。
しばらくすると、思い出したように痛覚が蘇った。頭の奥を刺されるような痛み。
しかし、それは頭痛では無かった。奥歯がキリキリと痛む。
虫歯か何かか。とにかく痛い。しかし、どうしようもない。この痛みがさっきまでの夢を見せていたのか、そう思うと合点がいった。とにかく、この奥歯はひどく痛む……
……痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
痛みが止まらない。先程まで味わっていた永遠に続くような拷問をもう一度受けている気分。こんな痛みは味わった事がない。 まるで現実感が無い。あれ?僕は今、どこで何をしているのだろうか。僕という存在が酷く曖昧になっている。
ただ、それとは反比例するように痛みだけはハッキリと輪郭を帯びて続いている。
唐突に痛みが消えた。僕は目を覚ました。夢を見ていたようだった。
ふと時計を見ると、新聞配達の人以外はまだまだ活動する時間では無かった。
僕はもう一度眠りにつこうと目を閉じた。
まどろみの中、目が覚めて時間を確認したこの行為も、実は夢なのではないかとぼんやり考えていた。
そして、次に目覚めるも、実の所は夢の中ではないのだろうかと考えつつ、僕は静かに眠りについた。