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4. 国境の地、ロザリオ領

 キングスウッドの国境にあるロザリオ。この国は治めている領主の家名がそのまま領地名となる。

 

 ロザリオ領はキングスウッドの北部にあるが、温暖なキングスウッドは北部でも冬の寒さはそれほど厳しくなく、雪がチラつくことがある程度で、積雪する程降ることはない。そしてロザリオ領の北西には海があるおかげで、海洋性気候が広がり、領地は肥沃な土壌となっており、降水量も十分あるため農作物を育てるには抜群の環境だった。


 ロザリオ領では、その土壌からりんご栽培が盛んで、シードル酒が有名である。ほかにも、大麦の栽培がされており、食用としてはもちろん、これを飼料にして羊や牛も育てており、食料自給率は非常に高く、たとえ国境を攻め込まれて戦になっても、ロザリオ領だけで持ち堪える事が出来る仕組みが出来ていた。

 

 辺境伯の大きな使命である国境の防衛の為、ロザリオ家は山間部の国境近くに城塞都市エスクードを築いており、そこで兵士やその家族達と共に暮らしている。兵と共に暮らすことで有事の際は迅速に対応ができた。

 城壁の中にはロザリオ侯爵の居住する屋敷、兵士や領民たちの家、食料の備蓄庫や軍事練習場、市場や酒場などもあり、その中だけでも十分生活が出来る。


 ロザリオ侯爵家の庭園で、赤や黄色に染まった木々を眺めながら、ジブリールはシードル酒を飲んでいた。


 「今がシードルの一番美味しい季節ですね。でもこの季節が終わるころにはまた私は南の島かな……」

 「そんなわけないだろう」


 向き合って座り、共にシードル酒を飲んでいたロザリオ侯爵はジブリールに首を振った。その答えにジブリールはうろたえた。


 ロザリオ侯爵は息子ジブリールに厳しく言う。


 「だいたい、辺境を治めるために必要な知識と外交術を備えさせるべく、隣国に留学をさせていたのに、お前ときたらいつの間にかそれ以外の国にまで飛び回り、今では海に浮かぶ南の島で暮らしてるだと? だからそんなに肌が小麦色に焼けたのか」

 「私が飛び回っている国はすべてロザリオ領の統治に関係する国ですよ」

 

 ジブリールは父の小言などまったく気にしていない。


 「お前というやつは……大体、本来なら既に結婚して子供もいる頃だろう」

 「各国で色々と学んでおりますが、肝心な女性のことで学び足りない部分がございますので、まだ結婚は出来ません」

 「なるほどな。だがそうも言ってられるか……」


 ロザリオ侯爵はジブリールを見て含み笑いをした。


 「なんですか、その含みは」


 ジブリールの質問には答えず、ロザリオ侯爵はにこにこと微笑んでいる。ジブリールが嫌な予感を感じていると、執事が声を掛けてきた。


 「お話し中失礼いたします。お客様がいらっしゃいました」

 「おお、そうか。ではジブリール行くぞ」

 「私もですか?」

 「お前の客だ。前もってグレースには来客が来たらお相手をして待つよう伝えておいたから、今頃あの子がお相手しているだろう。お前は身だしなみを整えてから来なさい」



 ♢♢♢



 グレースは、父から言われて客人を出迎えに玄関で待機していた。その表情は、口を真一文字にして目が死んでいる。

 客人の豪華な馬車が屋敷の玄関に着くと、中からゴールドブロンドの髪色をした、つり目の若い男性が降りてくる。


 「初めまして、レディ」


 男性がグレースに挨拶を終えると、手を馬車の方へ差し出して、中に乗るもう一人の人物をエスコートする。


 「あらグレース、お迎えありがとう」


 先ほどの男性と同じくゴールドブロンドの髪色で、ロングヘアをゴージャスに巻いたトリシアが降りてきた。トリシアと男性の顔は瓜二つである。


 「グレース、私の双子の弟のトラヴィスよ」


 グレースはトラヴィスに向かってスカートを軽く持ち上げお辞儀をする。


 「トラヴィス、こちらはロザリオ侯爵令嬢グレース様よ。いずれ私の妹になるかもね」

 「は? 誰が誰の妹?」


 グレースの問いにトリシアは手を頬に当ててくねくねしながらニヤけるだけである。

 彼女に追求して聞くのも面倒くさいので、その後は何も触れず応接間まで案内をする。


 「あら? ジブリール様はどこ?」


 トリシアは不満そうに部屋の中をきょろきょろと見回した。


 「後ほど参りますので、どうぞお掛けください」


 グレースが二人を部屋の中央に置かれた円卓の席に案内していると、ロザリオ侯爵が部屋に入ってきた。


 「これはこれは、ブルワーニュ卿にブルワーニュ公爵令嬢、わざわざこんな辺境の地までいらしてくださり感謝申し上げます」

 「ご機嫌よう、ロザリオ侯爵様。わたくしはブルワーニュ家のトリシアと申します。かねてより辺境の地に興味があり、実際に来てとても素晴らしい領地で感激いたしました」


 グレースの記憶ではトリシアは以前、辺境地をボロクソに言っていた。その変わり身の早さにグレースは呆気にとられて口を開け、トリシアを凝視する。


 「初めてお目にかかりますロザリオ侯爵様。ブルワーニュ家のトラヴィスと申します。ロザリオ侯爵の麗しいご令嬢と歳が同じかと存じます」


 トラヴィスはロザリオ侯爵に挨拶をしながら、グレースにも微笑んだ。トラヴィスは顔はトリシアに似てキツめだが、物腰は柔らかく、優しそうである。


 挨拶をしていると扉が開き、コートを羽織って身だしなみを整えたジブリールが入ってきた。


 「お待たせいたしました」


 トリシアの目の色が明らかに変化する。彼女はジブリールの前までゆっくり近づくと、流れるような動作でスカートを軽くつまみ美しいお辞儀をした。


 「ご機嫌よう、ジブリール様。またお会いできる日を待ち焦がれておりました」


 トリシアはチラッとグレースを見て、これが淑女の正しいお辞儀の仕方だと言わんばかりの顔を見せた。


 ジブリールは偽善者の微笑みを見せて挨拶をする。ただ、その笑顔を見て偽善者の笑みだと感じるのは、ジブリールをよく知るグレースだけかもしれない。


 「これは光栄なお言葉をありがとうございます。私もまたトリシア嬢にお会いできて嬉しく思います」


 ロザリオ侯爵は、四人に円卓の椅子に座るよう促し座らせた。グレースは不思議そうにロザリオ侯爵を見て聞く。


 「お父様はなぜお立ちに?」

 「ああ、今日は若者の交流の場を作ったまでだから、私はこのまま失礼する」


 そういってロザリオ侯爵は、ブルワーニュ姉弟に微笑みかけてから「ごゆっくり」とだけ言い残し部屋を出て行った。

 

 「で、何しに来たの?」


 グレースは向いに座るトリシアに不満そうに聞く。


 「もちろん、ジブリール様に会いに来たのよ」

 「じゃあ、目的達成したでしょ。帰って。ジブリールも連れて帰っていいから」


 グレースの言葉にジブリールがテーブルの下でグレースの足を思い切り踏む。グレースは小さなうめき声を上げ、隣に座るジブリールを睨むが、ジブリールは相変わらず嘘くさい笑顔を見せている。


 唯一まともなトラヴィスが口を開いた。


 「実は私の件でお二人に会いに来たのです。あまり公には出来ない内容なので、どうやってお二人に会いに来ようか考えていたら、姉が気を利かせて、姉自身がジブリール卿に会いたいので機会を作って欲しいと言って父に頼んでくれたんです。それで、私達の父からロザリオ侯爵に連絡して、このような場を与えて貰ったのです」


 グレースは心の中で、トリシアは別に気を利かせた訳ではなくて本当にジブリール目的だったに違いないと思ったが、この弟は心底姉を信頼しているようだ。


 「それで、本題は?」


 ジブリールが真剣な顔をして話に入ってきた。おそらくさっさとトリシアから解放されたいのだろう。トリシアはジブリールの横に座り、彼のことをずっと見つめている。


 「お二人が貴族のパーティーで薬の売人を追っていたと姉から聞きました。それは近衛師団からの依頼ですか?」


 グレースは、近衛師団の名前を出していいものだろうかと答えに詰まった。


 「言っても大丈夫よ。私たちは近衛師団が動いている事を知ってるから」


 トリシアがそう付け加えたが、それでも返答に困っているグレースに、トラヴィスは伝えた。

 

 「亡くなった我が家の侍女は、私の恋人だったんです」

 「え?!」


 トラヴィスの発言にグレースは驚きの声を出し、ジブリールは目を開いた。


 「そして……私の子供を妊娠していました……」


 グレースとジブリールは口は開いたが、驚きすぎて声すら出なかった。だが、ジブリールはすぐに納得した顔をして頷いた。


 「だから近衛が出てきたのか」

 「さすがですわ、ジブリール様」


 どさくさに紛れて、トリシアはジブリールの手を握る。


 「ブルワーニュ家は遠縁ですが国王の親戚です。私は後継者ですので、産まれてくる子供が男子の場合、だいぶ後ろにはなりますが王位継承権の順位に一応入ります」


 トラヴィスは悔しそうに話しを続ける。


 「私の子を妊娠していた侍女が殺されたとなると、真っ先に容疑者として疑われるのは私です。王族の醜聞は国を揺るがしかねないので、犯人が見つかるまではこの事件は内密に近衛のごく僅かな人間だけで動く事になりました」


 グレースは納得いかず怒る。


 「そんな、なぜトラヴィス様が疑われないといけないのよ」


 グレースに対してトラヴィスは力無く笑いながら答えた。


 「私は彼女を心から愛し、結婚をする準備をしていましたが、傍から見たら貴族の遊び相手の侍女が身籠って、その子供を王位継承権順位に入れないため始末したと思う方が普通なのでしょう」

 

 トリシアが珍しく真剣な表情をグレースに向けて話す。


 「弟は本当にアリスを愛していたの。私も家族同然だった侍女を殺されて憤ってる。それで、なんとか犯人を見つけて、弟の無実とアリスの無念を晴らそうとしていた時に、グレース、あんたと廊下で会ったのよ」


 ジブリールはずっと考え込んで黙っていたが、難しい顔をして口を開いた。


 「薬の売人が捕まるのは時間の問題だと思います。ただ、その人物が侍女を殺したと証明するのは、本人が認めない限り困難じゃないですか?」


 トラヴィスは唇を噛んだ。


 「アリスは取引の現場と売人の顔を見たと、すぐに私に教えに来てくれたのです。その際にすぐに彼女を匿い、売人を捕まえるべきだったのですが、貴族の絡む事なので対処に思案していたら、彼女が仕事に戻るというのでそのまま見送ってしまい……そしたらすぐに……。殺したのは売人で間違いないはずです」


 トラヴィスは拳を握りしめて震えている。

 

 「次のパーティーでは私達も手伝うわ。では、この件は一度終わりにして、ジブリール様、エスクードを案内してくださいますか? 父からシードル酒を頼まれておりますので、おすすめの品があれば教えてください」


 トリシアの申し出に、ジブリールは満面の作り笑顔を見せて腕を差し出す。


 「承知いたしました。それでは参りましょうか」


 トリシアはジブリールの腕に手を回し、ルンルンで歩き出す。トラヴィスは立ち上がると、グレースに弱々しい笑顔を見せて軽く会釈した。


 「初めてお会いするのに、いきなり重い話をしてしまい申し訳ありませんでした。ただ、私はアリスと私の子を殺した奴が今ものうのうと生きていると思うと悔しくて……貴女方が近衛と動いているなら、私の思いを知っていて欲しくて」


 グレースも立ち上がり、トラヴィスの背中をさする。


 「お気持ちお察しいたします。犯人を必ず見つけ、殺人容疑は難しくとも、せめて売人としてだけでも捕まえましょう」


 トラヴィスは頷いた。


 ジブリールはトラヴィスの為に扉を開けて待っていた。トリシアは先に廊下に出て待っており、トラヴィスが追って廊下に出ると、ジブリールは部屋を出る際にグレースに向かって指をさしながら口パクで何かを言った。


 「なになに? お・ま・え・の・せ・い・だ・か・ら・な……はァ? 何で私のせいなのよ」


 ジブリールは、ジト〜っとした目でグレースを見ながらゆっくりと扉を閉めた。


 「根暗かっ!」


 おそらくジブリールはトリシアに取り憑かれた事を言っているのであろう。

 

 グレースは怒りながら部屋の隅にあるソファに腰を下ろす。すると扉をノックする音が聞こえた。ジブリールが追加の嫌味でも言いに来たのかと、眉間に皺を寄せながら扉に向かって歩いて行った。


 「何?」


 ぶっきらぼうに言葉を吐き捨てながら、勢いよく扉を開けると、扉の前にいたのはビリーとバルトラ中将だった。


 「お前、今もの凄いブサイクだぞ」


 ビリーが淡々と言うと、グレースは「ちっ」と舌打ちをしてしまう。それに対してビリーの眉間にもシワが寄ったが、そんな事は無視してバルトラ中将に向かって淑女の顔で挨拶をする。


 「ご機嫌よう、バルトラ様」


 バルトラ中将は微笑みながら、手を横に振った。

 

 「グレース様、私も貴方様のナチュラルな姿を存じていますので、どうぞお気を遣わずいつもの通りお話しください」


 (おい)


 グレースは何とか口には出さなかったが、心で呟いた一言は顔に出ていた。

 グレースは一生懸命表情を笑顔に戻して二人に聞く。


 「ところでお二人はなぜここに?」

 

 「以前からこちらに来ていた理由は、緩んでいる近衛師団をどうにかしたくて、ロザリオ領の軍事練習の視察に来ていたんだ。今日はその一環で立ち寄っただけだが、折角だからお前の顔を見に来た」


 「おほほほほ、別に見なくてもよろしかったのに」

 「お前、ブサイクなツラしてたもんな」

 「おい」


 ビリーはまったく表情を変えない。グレースはビリーを見ながら、お前だってブサイクな表情をしていると思い、まじまじと見るが、見れば見るほどイケメンだった。

 ダークカラーのブロンドヘアをオールバックにしてまとめ、左耳につけたシルバーのイヤーカフが反抗的な雰囲気を強くする。鼻筋は通り、目つきは悪いが全体の雰囲気にあっていてそこがまた良い。背も高く、近衛師団で鍛え抜かれた肉体が、制服の上からでもよくわかる。


 (あれ? 前世の私のタイプってこんな悪そうで強そうなイケメンだった気が)

 

 そう思うと、何だかグレースは恥ずかしくなってしまった。


 一人で悶々と考えてるグレースに、ビリーが声をかける。


 「明日、俺は非番だ」


 突然の宣言にグレースは瞬きする。

 

 「はあ、そうですか」


 そしてビリーは当然のように言ってきた。


 「お前も予定を空けておけ」

 「はァ? お前何様だよ」


 ビリーは何も答えず、ただグレースを見下ろしながらほくそ笑む。そして開いた口から出たセリフは威圧的であった。


 「黙って来いや」

 

 グレースはさっきビリーに感じた感情にパタンと蓋をした。


 「じゃあ、明日迎えに来るから支度しとけよ」


 ビリーは返事も聞かずに勝手に約束して帰って行く。


 バルトラ中将はにこにこ微笑みながらグレースに声を掛けた。


 「お二人の仲が良く、嬉しい限りです。それでは」


 バルトラ中将はグレースに軽く敬礼をしてビリーの後を追って帰って行った。


 「一体あの中将もどこを見てるんだ?」


 グレースはどっと疲れが出て、そのままソファに倒れ込むように横になった。




最後までお読みくださりありがとうございます。

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