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2. 終わりは始まり

 フランソワ王太子がこちらを見て黙っている。


 グレースはトリシアを掴んでいた手を緩めると、トリシアは走り出して王太子の胸に飛び込んだ。


 「殿下、怖かったですぅぅ」


 明らかな嘘泣きで、王太子の胸に顔を埋めながら、たまにグレースをチラッと見る顔は勝ち誇って笑っている。


 「暴力はいけませんが、貴方も言葉の暴力をされていましたよ」


 王太子の言葉にトリシアの顔がみるみる青ざめていく。


 「でっ……殿下はいつからこちらにいらしていたのでしょうか……」


 フランソワ王太子はやれやれといった表情をしてトリシアの質問には答えることはせず、トリシアの頭をポンポンと触ると、グレースの前まで歩いて行き、真顔で声を掛ける。


 「この件の処罰は、後日改めて侯爵家までご連絡します」

 

 そう言い残し、王太子は結局パーティーには参加せず帰って行った。


 トリシアは気を取り直し、取り巻き令嬢たちと共にグレースを見て笑いだした。


 「あー、可笑しい。あの娘、おうちに連絡されてしまうそうよ。どんな処分が下るのかしらね。ご両親も不憫ですこと。まあ、でもこんな娘に育てたのだから自業自得かしらね」


 優しい両親の悪口まで言われてグレースは手が出そうになるが、咄嗟にセニが手を握り止めてくれた。


 「おお、こわ。辺境なんかで育つと素行が悪くなるのね。私は絶対辺境の男の元になんか嫁がないわ」

 

 トリシアは高笑いしながら取り巻きを引き連れてその場を去って行った。


 グレースは人生最大の失態にパーティーに残る元気もなくなったので、セニに別れの挨拶をして屋敷に帰った。そしてガウルを叩き起こしスパーリングを付き合わせる。


 (なんであのタイミングでフランソワ様に見られんのよ!!)


 「っラ゛ァーーーッ、くっっそーーーーーっ!!」


 グレースの雄叫びと、パンチの決まる良い音が深夜まで鳴り響いた。


 数日後、本当に王宮の使者として近衛師団のあの二人がロザリオ侯爵家にやってきた。


 応接間では、近衛師団の二人と対面した席に、ロザリオ侯爵とグレースが座っている。

 バルトラ中将は背筋を伸ばして座りグレースを見ている。ビリーは長い足を組んで座り、やはりグレースを見ている。

 

 グレースは二人の視線から逃れようと、目線だけ横を向いて紅茶を飲むフリをして、傾けたティーカップで顔を隠せるだけ隠す。


 「先日は娘が大変お騒がせ致しまして申し訳ありませんでした」


 ロザリオ侯爵が深々と頭を下げる。


 「いえ、別にこちらが何かされたわけではないですし、お相手の令嬢も悪質だったようですので、侯爵がそこまで謝らずとも良いのです」


 バルトラ中将はロザリオ侯爵に頭を上げるよう促す。


 「本日こちらに伺ったのは、グレース嬢に我々の任務の手伝いをして頂きたく参りました」

 「「は?」」


 グレースと侯爵は同時に声を出した。二人ともてっきり処罰の言い渡しに来たのだと思っていた。

 

 「これは王太子殿下から先日の騒ぎの処罰として引き受けるようにとの事です」


 やはり処罰であった。


 ロザリオ侯爵は王太子殿下のご意向を伺って、両手をテーブルに置いて深く頭を下げた。グレースは先日のフランソワ王太子の真顔が頭に浮かび、胸をえぐられ、すっかり意気消沈し、肩を丸めて項垂れた。


 「はい……仰せのままに……」


 バルトラ中将はにこやかに頷く。


 「では説明いたします。数ヶ月前にある屋敷の侍女が亡くなりました。表向きは事故死ですが、殺人事件です」

 「あ、もしかして、ブルワーニュ公爵家の侍女ですか?」

 「やはりご存知ですね。そうです、公爵家の侍女です。表向きは掃除の最中に誤ってバルコニーから落ちた事になっています」


 (トリシアにいびられる日々を苦にして自殺したんだと思ってた……)


 ずっと黙っていたビリーが初めて口を開く。


 「この事件、貴族のパーティーでの違法薬物の取引が関係しているんだ。それで、グレース嬢にはパーティーで潜入調査をして欲しい。近衛の我々が行くと犯人は絶対に取引はしないだろうし、代わりに王太子が行けば令嬢達に群がられて全く調査が出来なかった」


 (ああ、だからフランソワ様が突然来るようになったのね……)


 「難しい事はない。先日のように周りを威嚇するような態度で立っているだけでいい。ターゲットから近づいてくるはずだ」

 「トリシアにしたみたいに、周りの人達にガンをたれろと?」


 ビリーと中将はシンクロしながら頷く。


 「いえいえ、だってそれって、フランソワ様に見られたらまた私が誤解されるじゃないですか」

 「誤解? 素だろ」


 ビリーが首を傾げながら真顔で正解を言い放つ。グレースは何も言えない。


 「まあ……そうと言えば……そうです……ねぇ……」


 遠い目をするグレースにバルトラ中将が声を掛ける。


 「王太子殿下の事なら問題ありませんよ。グレース嬢の素の姿をご理解されています」


 バルトラ中将はにこりと微笑みながらとどめを刺してきた。


 グレースは勢いよく立ち上がり、頭を抱えて嘆き叫ぶ。


 「い゛や゛ぁぁぁーーーーっ! 私の恋があああぁ!」

 

 そして、真っ白に燃え尽きると、ソファにすとんっと崩れるように腰を落とす。


 「次のパーティーからはリボンやフリルのドレスではなく、薬をやる奴らが好みそうな娼婦の様に色気のある格好で参加してくれ」


 ビリーは席を立ち、制服を正しながらグレースにそう言うと、バルトラ中将を従えて帰って行った。

 

 ロザリオ侯爵はグレースの肩を優しく叩く。


 「グレース、王太子殿下の事は諦めて、お前のありのままを愛してくれる相手を探しなさい」

 

 ロザリオ侯爵は二人に続いて部屋を出て行った。


 グレースは今までの努力が水の泡となり、憧れのお姫様生活が強制的に終わりを告げようとしている事にふつふつと怒りが湧いてくる。


 「まじ、なんなん? 人の恋を簡単に片づけやがって! 娼婦のような格好? そんな私を愛してくれる人?? どこにそんな王子がいるんだっつーのっ!!」


 グレースは近くの椅子を思い切り蹴とばした。前世の家にあった椅子とは違い、重厚な高級ソファはびくともせず、グレースが足を痛めただけだった。


 それから、すぐにパーティーの晩はやってくる。


 「おお! グレース! そういうドレスの方がお前に良く似合っているぞ!」


 父も母もグレースを見て喜んでいる。彼女はビリーの要望通り、フリルやリボンは一切ない、胸元を強調したダークトーンの紫のドレスを身にまとい色気を出していた。悲しいかな、グレースの不機嫌な顔が更に色気を引き立たせている。

 

 ちょうど外に迎えの馬車が到着した音がした。

 外へ出ると、ビリーが近衛の制服ではなく、黒い燕尾服で待っていた。


 「屋敷まで私が送ろう」


 差し出されたビリーの手を取り馬車に乗り込むと、彼と対面して座る。馬車が走り出すと、ビリーは説明を始めた。

 

 「もしも、ターゲットと接触が出来たら、薬の取引日時と場所を話したらすぐ引き上げろ。もし試しに今使ってみるかと聞かれたら断れ。記憶を飛ばされて何をされるかわからない」

 「あー、はい」


 グレースは窓の外を眺めながら不機嫌に返事をする。


 「おい、まじめに聞け」

 「聞いてるわよ」


 ビリーはグレースの横に移動し、グレースの眺めていた窓の横をドンッと力強く拳で打つ。グレースは振り返ると、ビリーの静かに怒る顔が目前にあった。


 「聞けっつったら、目ぇ合わせろや」


 ビリーの威圧にカチンときたグレースは、目前にあるビリーの顔に更に自分の顔を近づけて睨み返した。


 「あ゛? どんな口の利き方してんだテメェは」

 

 二人は睨みあって動かない。

 だがビリーはグレースの令嬢とは思えない極悪な顔に耐えきれず笑ってしまった。


 「いいな……お前」

 「あ゛?」


 グレースは目の前の男が威圧してきたり、人の事笑ったりと、ころころ態度が変わり不可思議でイラつく。


 「もうお姫様の態度はやめたのか?」


 ビリーは頬杖をついてグレースを眺めながら聞いてくる。


 「失恋したら、もうどうでもよくなった」

 「なるほどね。まあ、こっちは今の方がありがたいけどな」


 グレースはそっぽを向いてチッと舌打ちをすると、ビリーはグレースの顎を掴んで自分の方へ向かせた。その目は背筋が凍るほどの凄みがあった。


 「次に俺に向かって舌打ちなんてしたら許さねえぞ」


 ドスの利いた声は、恐ろしく良く響いた。


 (……こいつは……ヤクザか?)


 グレースが怯んでいると、馬車は屋敷に着いていた。

 

 「俺はこのまま馬車に乗って待機場所で待ってる。終わったら戻ってこい。命の危険を感じたらすぐに引き上げて戻って来いよ」

 「ええ、わかったわ」


 グレースは屋敷に向かい歩き出す。


 (はあ、めんどくさっ。とりあえずアイツ待っててくれるみたいだし、何だかんだ心配してくれてるし、悪い奴じゃないのよね)


 グレースは振り返ってビリーを見る。


 (ほら、まだ馬車に乗らずにこっち見守ってた。しかも黙ってれば良い男なのよね。もったいない)


 グレースはなんだか気が抜けてフッと笑う。

 

 「ありがとう」


 その瞬間、夜風が吹き、グレースの美しい紫の髪をなびかせた。揺らめくドレスに月明りが反射してキラキラと輝く。


 ビリーは固まった。髪をなびかせて笑顔で素直に礼を言うグレースを美しく感じてしまった。さっきまで粗野なクソ女だった奴が、今は自分に本心で礼を言う美しい女になっていた。輝くドレス姿は、自分が指定した服装とはいえ、予想以上に艶やかで色っぽい。

 

 馬車の戸を閉めると、ビリーの顔は赤くなっていた。


 「くそっ。何なんだあの女」


 ビリーは悶々としながらグレースの帰りを待つことになった。

 

 


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