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18. 最終話 

 王立フォンテーヌ寄宿学校へ向かう一本道には貴族の馬車が列をなしている。生徒達の保護者が模擬舞踏会プロムへと向かう列である。既に学校のアプローチに到着している馬車が一台あり、その馬車はどの貴族のものよりも豪華な細工がされている。そして馬車の前後には護衛の近衛騎馬隊がおり、厳重に警護されていた。

 馬車から降りてくる人物を、教師や学校関係者が恭しく出迎えている最中である。


 ビリーは女子寮の入口のいつもの定位置でグレースを待っていた。いつもは黒の制服か近衛軍服を着ているが、珍しく今日は純白の礼装用軍服で、その肩には金の肩章、そして軍服には金の美しい刺繍や細工の入った金のボタンがついていた。礼装用の軍服を着用出来る事は名誉であり、最高位の礼装服で、国の中でも限られた人間しか着用は許されていない。

 

 今日は模擬舞踏会プロムのため、女子寮入口で待っているのはビリーだけではない。迎えに来た男子生徒でごった返している。着飾った女子生徒達が入口を出ると、必ずと言って良いほど皆自分のパートナーではなく、窓から差し込む夕日に照らされた軍服姿のビリーに見惚れて溜息をつく。だが女子だけでなく男子の間でも噂の的であった。


 「ビリーって……礼装軍服着れる位の人物だったの?」


 窓際の壁にもたれていたビリーが女子寮の入口を見て反応し、顔を綻ばせて背筋を伸ばす。

 グレースが出てきたのだ。


 「よく似合ってる」

 「ビリーこれって……」


 ビリーが用意したグレースのドレスは、前世で読んだ絵本のお姫様の挿絵にそっくりな、ふんだんにフリルが施されたスカートと袖口と、大きく開いた胸元にアクセントで大ぶりなリボンがついた、豪華な月白色のドレスであった。

 

 「ビリーもその服装、どこの王子様?」

 「お前の王子様だよっ」


 模擬舞踏会プロム会場となるホールは普段は教会として使われており、ゴシック様式の高いアーチ型の天井はその荘厳な雰囲気に、見る者を圧倒させる力がある。


 会場に入ると、大勢の生徒と保護者が既におり、ステンドグラスを背にした壇上には玉座が設けられ、そこにはなんと国王が座っていた。


 「模擬舞踏会プロムって国王陛下までご臨席されるのね。さすがは王立……」


 ビリーは聞きながら、ただ笑うだけである。


 ホールの中央部分は、ダンスを踊る為に広く開けられている。模擬舞踏会プロムの開始は、学校より指名のあった者によるファーストダンスで始まる。指名される者の基準は毎年まちまちだが、教師達曰くその年の代表になり得る者だそうだ。


 ビリーはグレースの正面に向き直し、紳士のお辞儀をすると、片手を彼女の前に差し出す。

 

 「レディ、私と一曲踊っていただけますか?」

 「ビリー、最初は指名された生徒のファーストダンスでしょ?」


 グレースは答えるが、彼は優しく微笑みながらグレースを見つめて待っていた。


 「……え……まさか、あなた指名受けてるの?」


 ビリーはグレースの手を握り、まごつく彼女をホール中央まで連れて行くと、彼女の片手を握り、もう片方の手をグレースの腰に回して身体を自分に引き寄せ、曲に合わせて踊り出す。

 

 (ん? この流れるような動作、記憶にあるぞ??)


 グレースが頭をぐるぐると巡らせ始めた事にビリーは気づいて微笑み、優雅にグレースの背中を後ろに反らせる。

 

 「ちょっと待って……このダンスに、この手つき——」


 ビリーはグレースの後ろに反った背中をグッと持ち上げて元の体勢まで引き戻すと、その勢いで自分の唇に触れるほどの距離にグレースを近づけた。


 「やっと気づいた?」

 「ちか……い……」


 ビリーはグレースの腰を強く引き寄せて、大勢が見守る中、長く熱いキスをする。

 

 会場には「キャーッ」と女子達の興奮した声が響き渡った。

 

 グレースは恥ずかしさよりも、ビリーとのキスの感触に、意識が飛んで思い出せなかった記憶が呼び起こされ、フランソワ王太子としたキスの感触と同じだと気がつく。


 「……まさか……」


 グレースは目をぱちぱちさせてビリーを見た。


 ビリーは、驚いて動かなくなったグレースを見つめながら手を左耳に当て、イヤーカフをはずすと、みるみる髪の色がダークブロンドから、甘いハニーブロンドに変わっていく。そしてオールバックにまとめられていた髪型も、ふわりとほどけ始め、長めの前髪がおりてきて、フランソワの髪型になり、柔和な顔つきになった。


 会場からは先程とは声色の全く違う「キャーーッ」という、悲嘆に暮れた悲鳴が至る所から響き出す。

 あちらこちらで「そんな……」「フランソワさまぁー」と泣き声が漏れ、中には倒れ出す令嬢も出始める。


 フランソワはグレースの耳元で囁いた。

 

 「俺がお前の王子様だって言ってんだろ、前世から」


 グレースの頬が赤く染まり、目が潤み始め、フランソワの頬を指先でなぞりながら、記憶を手繰り寄せる。


 「香水じゃなかった……」

 「ああ、香水はつけてない」


 グレースがフランソワの胸に顔を埋める。

 

 「……そう、ずっと……大和の甘い香りに包まれた記憶を感じていたんだ……なんで気が付かなかったんだろう」


 曲が終わり、模擬舞踏会プロム開始のトランペットが鳴り、続々と生徒達が中央に集まる。


 「グレース、約束通り自慢の父を紹介しよう」


 フランソワはグレースの腕を引いて、踊り始めた生徒達の波を掻き分けながら玉座の前まで向かう。


 「フランソワ様のお父様って……え、ちょっと待って」

 「フランソワ、な。様はいらない」


 グレースが前方を見ると、既に国王は口元を手で押さえ、涙を必死に堪えている。諦めていた事が今起きるのである。


 「国王陛下、今この場でお許し頂きたい事がございます」


 国王は言葉が出ない。ただ、こくりと頷くのみである。

 生徒や保護者達も、ダンスよりも国王とフランソワ王太子のやり取りの方が気になって仕方なく、いつの間にか皆その場で立ち尽くして玉座に視線を向けていた。

 

 「王太子フランソワ・ウィリアム・シトラス・ゼファー・キングスウッドは、ロザリオ侯爵のご息女であられるグレース・ロザリオ嬢を王太子妃に迎えたく、国王にご許可を頂けますよう、謹んでお願い申し上げます」


 フランソワの妃を狙っていた令嬢達が卒倒した事は言うまでもないが、その他の保護者や生徒、この場にいる全ての者達にとって王太子の結婚は喜び以外何ものでもない。大歓声が湧き上がり、ホールは祝福の拍手と声と吐息で溢れた。


 国王の目からはついに涙が流れた。


 「王太子よ、許可する。すぐ近くにいるグレース嬢のご両親にグレース嬢との婚約の許可を頂いてきなさい」


 フランソワはロザリオ侯爵夫妻の座る保護者席まで真剣な面持ちをして歩き出す。

 フランソワが自分達の方に向かってくる様子を見て、ロザリオ侯爵夫人は夫にそっと耳打ちをする。

 

 「ほら、私の言った通り。ビリー様と恋愛結婚ね」

 「いや、お前、ビリー様というか、あのお方はフランソワ王太子殿下だぞ。身に余る程の申し出だろう」

   

 フランソワ王太子がロザリオ侯爵夫妻の前でピタリと止まり、夫妻から視線を逸らさずに跪く。

 

 「ロザリオ侯爵ご夫妻に謹んでお願い申し上げます。ご息女、グレース・ロザリオ嬢を我が妻に迎えたく、どうかご許可を頂けますようお願い申し上げます」


 ロザリオ侯爵夫人は満面の笑みで勢いよく頷いている。ロザリオ侯爵は真摯な態度で返事をした。


 「フランソワ王太子殿下、私共には願ってもない程の身に余るお申し出です。不出来な娘ですが、どうぞよろしくお願いします。そして、私達の分まで、末永く幸せにしてあげてください」


 フランソワは弾けるような笑顔で答える。


 「もちろんです」


 フランソワは振り返りグレースの元に足早に戻り、彼女の両手を握って見つめる。


 「なあ、俺はお前の王子様になれたよな?」


 グレースの顔は涙でぐしょぐしょであった。

 

 「バカじゃないの……前世も含めてずっと王子様だったでしょ」


 演奏が始まり、ダンスホールでは生徒達が止めていたダンスを再開する。

 

 ビリーはグレースに腕を差し出し、グレースが手をその腕に添えると、見つめ合いながら歩き出す。


 「二人きりになりたい。バルコニーへ行こう」


 バルコニーまで歩く途中、グレースは気になっていた事を聞いてみた。

 

 「あのイヤーカフはなんで左にしてたの?」

 「え? 別に意味はなかったけど、貰った時に左につけないといけないと思った。今思えば、ちょうど夢で前世の覚醒が始まった時だから、無意識にお前を守らないとって思ってたんだと思う」


 グレースはホッとした息を吐く。


 「良かった……違う女の子の為だったらどうしようかと思ってた」


 フランソワは心外だと言わんばかりの表情をしている。

 

 「お前の為に絵本の王子様にまでなったのに? 俺の深い愛をみくびんなよ」


 二人はまた見つめ合いながら笑い合う。


 バルコニーまで着くと、どうやらそこは二人きりになれる空間ではなく、何やら騒々しかった。フランソワとグレースが数名の令嬢達が集まっている場所に目を向けると、トリシアが元取り巻き令嬢達に囲まれて頭からワインをかけられている。


 「随分前からやたらあの田舎者令嬢とつるんでると思ってましたの。そしたらまさかフランソワ王太子と婚約するなんて。トリシア様はご存知で取り入ってたんですよね? この、裏切り者!」

 「そうやって品のない貴方達といるのが鬱陶しくて離れただけでしょ。グレースはわたくしの弟を助けてくださったの。別に取り入ったわけじゃなく、恩人には心を開くものでしょ」


 グレースはワインを掛けてる令嬢が、かつて自分にもワインを掛けてきた女だと気がつく。


 「お願いフランソワ、ホールにいるジブリールを呼んできて」


 フランソワにジブリールを迎えに行かせて、グレースはトリシア達の元に近づき、令嬢達の背後から声を掛けた。


 「おいコラ、舐めたマネしてんじゃねーぞ」


 どこぞの輩かと令嬢達は驚きながら振り返ると、つい先程王太子の婚約者となったグレースが眉間に皺を寄せて立っていた。


 「トリシア、こういう時の対処法を教えてあげる」


 グレースはそう言うと、令嬢からワイングラスを奪い取り、思い切り地面に叩きつけて割った。そしてドレスの胸ぐらを掴んで、額を相手の額につけて迫力ある凄みと怒声を浴びせる。


 「調子乗ってんじゃねぇぞ、オラァッ!!」


 その声はホールまで響き渡り、ちょうど和気藹々と話していた国王とロザリオ侯爵夫妻もバルコニーの方を見やる。ロザリオ侯爵夫妻は令嬢の胸ぐらを掴む娘を見て顔面蒼白になり、国王に必死で弁明をする。


 「いっ……いつもはそれはもう立派な淑女なのですが、思春期なのか、十三の歳頃から突然人が変わったようになる瞬間が、ごくたまぁ〜にありまして……」


 慌てるロザリオ侯爵夫妻の話を聞いて、国王は目が開き、二人に親近感を覚えた。


 「おお、なんと、そなたらも同じ苦悩があったのか! 王太子も同じだ。ぜひもっと聞かせてくれ!」


 ロザリオ侯爵夫妻の心配には及ばず、むしろ国王との話に更なる盛り上がりをみせた。


 揉め事中のバルコニーにフランソワとジブリールが到着し、ジブリールはトリシアに駆け寄ってハンカチを出し、彼女にかけられたワインを丁寧に拭く。トリシアはジブリールを見つめて赤くなっていた。


 グレースは掴んでいた手を離すと、令嬢達は「覚えてらっしゃいっ」と、テンプレ的な捨て台詞を吐いてバルコニーから逃げるように去って行った。


 ジブリールはやれやれといった表情を走り去る令嬢達に向けながら、トリシアに優しく伝える。


 「私の好みは精神的にも成熟した大人の女性です。ああいったご令嬢方とはご縁を持ちたくないかな。そして、本音を申し上げますと、トリシア様を恋愛対象にはまだ・・見れません」

 「……え……」


 トリシアは泣きそうな表情をジブリールに向ける。ジブリールはトリシアの頭を撫でて微笑む。


 「だから、早く大人になってください。私も公爵令嬢に求婚出来るような人物になりますから」


 一転してトリシアの表情が明るくなり、ジブリールに抱きつくと、何だか良い感じの雰囲気を醸し出しながらバルコニーに二人は留まっている。


 「くそっ、どこもかしこも二人きりになれねぇ」

 「フランソワ……言葉使いが……」


 フランソワはグレースの手を握り、ズカズカと歩き出し、とうとうホールから出て行ってしまった。


 「どこ行くのよ」

 「外だ外。俺はお前と二人きりになりたいんだよっ」


 少し重めの大きな木の扉を開けると、春の心地良い夜風が二人の頬に触れる。外は満開に咲き誇るジャカランダの紫の花が、春宵の静寂に包まれながら風に揺れていた。


 大和やまとが大好きだった月明かりの美しい夜、紫色の花びらは風に乗ってひらひらと舞い落ちてくると、グレースの美しい紫の髪色と混ざり合う。


 月夜の銀色に輝く温かい光が、グレースの艶然とした微笑みを照らし、美しく咲き誇るむらさきゆかり——愛しい人とのえにしにフランソワは胸を熱くし、目を細めた。


 フランソワはグレースを抱き寄せて、優しく顎を持ち上げる。


 「愛してる——何度生まれ変わっても、必ずお前を見つけて愛し抜くから、覚悟しとけ」

 

 紫色の花びらが舞う中で、二人はお互いの気持ちを確かめ合うように何度もキスを重ねた。














 最後までお読みいただきありがとうございました。ブックマーク、評価、いいねには本当に励まされました。ここまでお読みくださった全ての読者様に感謝しております。もし良ければ物語の評価、感想、いいねなどを頂けますと、今後の創作における改善点などの参考になり大変ありがたいです。


 そして余談ですが、わざわざ辺境伯の令嬢であった意味なのですが、グレースの前世の名字が坂井さかいでして、坂井→境→国境の辺境という事で、前世にゆかりのある場所に転生しました。

 フランソワのフルネーム、シトラスは前世名字である橘の学名から、ゼファーは前世で乗ってたバイクです。


 そしてそして、古語: 紫の縁ですが、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、小説本文で引っ掛けてますので記載です。

 【紫の縁(むらさきのゆかり)

  愛しい人や親しい人に縁のある物や人



 この度はお読みくださり、重ねて心からのお礼を申し上げます。

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