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16. 思い出して

 温暖な気候のキングスウッドは他の国よりも春の訪れが少し早く、王都の至る所の木々には紫色の花が咲き誇っていた。寄宿学校へと続く一本道も、肌木だった並木道が今は紫色の桜並木のようになっていた。


 「この並木道がこんなに美しい光景だったなんて……」

 「ジャカランダの木ですね」


 寄宿学校へ戻る馬車の中で、付き添いのガウルが教えてくれた。


 寮に入ると、帰省して帰ってきた生徒たちがお土産を配ったり、積もっていた話をしに部屋を行き来したり、新学期の準備をしていたりと、慌ただしい雰囲気に覆われていた。その混みあう廊下をすり抜けて、グレースは自室に戻る。

 短い休暇だったはずなのに、持ち帰った荷物はたんまりとあり、片すのが容易ではない。その荷物の中には、ジブリールに頼んで追加で手に入れて貰った緑茶が沢山入っていた。ビリーがまたこの部屋に訪れるようにと願いながら、緑茶をキッチンの棚にしまっていく。

 

 その晩、グレースは緑茶を淹れて待っていた。もう寝るだけだというのに、身だしなみを整え、部屋を綺麗にした。そして静まり返った扉をずっと見つめる。


 「アゲハ様はビリーに伝えてくれたかしら……」


 溜息をつき、諦めかけた時、扉がコンコンとノックされた。

 グレースの胸は高鳴り、足早に扉に向かい、抑えきれない笑みを浮かべて扉を開ける。その先には甘く懐かしい香りが広がっていた。


 「グレース……」


 返事をする前にグレースは目の前に現れた相手に抱き着いた。


 「ビリー……どれだけ心配したと思ってるのよ」

 「とりあえず、誰かに見つかるといけないから、中に入れて」


 グレースはビリーを中に通し、用意していた緑茶を淹れなおす。


 「バルトラから聞いた。大丈夫か?」

 「ビリーこそ大丈夫なの?」


 ビリーを見ると、相変わらず美しい顔立ちではあるが、少しやつれたように見える。


 「俺の事はいいから、お前をつけ狙ってる男の名前を教えろ」

 「……トリシアが、べリールと言っていたわ」

 「伯爵家の息子だな。わかった」


 ビリーは名前を確認するやいなや緑茶も飲まずに部屋を出て行こうとした。


 「ちょっと待って、あなたまだ不眠症が治ってないんじゃないの?」

 「それはお前には関係ない」

 「眠れないからって今まで私の部屋入り浸ってたくせに、急に関係ないって何?」

 「お前には関係ないっていってんだろーが」


 グレースは言葉を失う。ビリーの乱暴な言葉など今までも沢山聞いてきたのに、今日のセリフはやけに堪える。自分はビリーの人生に関係ないのだと。


 いつもなら言い返すグレースが珍しく黙り込み、その姿を見たビリーは悲しそうな目をして俯いた。


 「ごめん……俺は……お前が好きなのに……夢のせいで頭がぐちゃぐちゃで、お前への気持ちすら混乱しているんだ……」

 「それは夢なの?」

 

 ビリーはグレースの質問の意図が分からず、次の言葉が出てこない。

 グレースはビリーの目を真っ直ぐに見つめて、予想外の名前を口にした。


 「橘・ウィリアム・大和」


 ビリーは口を開けて茫然とする。誰にも教えていない夢の中の自分の名前をグレースが言ったのだ。そしてグレースはビリーの反応を見て確信した。彼は大和の転生者だと。


 「ねえ、ビリー、それは前世の夢じゃない?」


 全て知っているかのようなグレースの発言にビリーは戸惑ったが、何となくある予感がしてきた。


 「……グレース……もしかしてお前は……」

 「ゆかりよ」


 グレースは打ち明けた。きっとビリーは喜んでくれると思っていたからだ。だがビリーの反応はまったく違った。


 「嘘だろ……」


 ビリーは感動しているというより、知りたくない事実を突きつけられてショックを受けているようだった。


 「なんでそんなに夢を怖がるの? あなたが見ている夢は何なの?」

 

 ビリーは崩れるように近くの椅子に座り、深呼吸をした。


 「いつも落ちる夢……お前を守れなかった夢」

 「他は?」

 「他の夢も少しだけみたけど、基本はいつも最期の落ちる夢だ」

 

 堪えていたものが溢れたのか、急にビリーの目から涙がこぼれ、グレースを見る。


 「俺は……お前を守れなかった。ばあちゃんとの約束も守れなかった。思い出したくないんだ、お前が死ぬ瞬間なんて。だから……眠れないんだよ。まさか生まれ変わって好きになったお前が、俺の一番だせえ姿を見せた相手だなんて……幻滅しただろ? ほんと……だせえな、俺」

 

 グレースはビリーの足元に跪き、彼の手を優しく握る。


 「ビリー、大丈夫よ。思い出して。前世であなたが私の為に最期にしてくれたことを。ゆかりの私が言うのよ? あなたは立派に私を守ったの」

 「どういうことだよ? 俺は事故を起こしてお前を死なせた」


 グレースは首を横に振り、微笑む。

 

 「結果的にそうだけど、単純にそうじゃない。私があなたを支えるから、一緒に寝ましょう」

 

 グレースはビリーの腕を引っ張りベッドへ連れて行く。

 

 「まてまて、グレース、淑女が男をベッドに引っ張るのはだめだろ」

 

 グレースはくすくすと笑った。


 「私が淑女じゃないことなんて、前世から知ってるでしょ?」


 グレースはベッドの前で狼狽えるビリーを正面から勢いをつけて押し倒し、そしてその横に自分も寝転がった。ビリーの手を握り、二人で仰向けでベッドに横たわっている。


 「じゃあ、おやすみなさい」


 ビリーは寝れるかっ!と言いたかったが、グレースの手の温もりと、優しく見つめる目に抗えなかった。

 ビリーは身体をグレースの方に向き直して肘枕をしながら寝ころび、グレースを愛おしそうに見つめている。そんなにジッと見つめられると、ビリーから伝わってくる熱量に恥ずかしくなり顔を背けてしまう。

 ビリーは顔を背けるグレースの肩を掴み、グッと引いて彼女の顔と身体を自分に向かせた。

 

 そしてグレースを見つめながら顔を近づけると、コツンとおでこをくっつけて、そのまま眠りに落ちる。

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