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13. 大和?

 入学してふた月ほど経過する頃には、グレースも学校生活にだいぶ慣れてきていた。結局ビリーは毎朝女子寮の入口でグレースを待っていて、夜は消灯時間が過ぎた頃にグレースの部屋に来るのが日課となり、緑茶を飲んだらそのまま自室に帰って行った。

 そして今夜もやはりビリーはグレースの部屋の扉を叩いた。


 「何勝手に人の部屋来るの日課にしてんのよ」

 「今日は土産がある」


 ビリーは小さな木箱をグレースに渡す。木箱には可愛らしい模様が施されており、グレースがその見事な模様に気を取られている隙にビリーは扉の中に入った。


 「くっ……やられた」

 「いいから箱の中みて」


 グレースはビリーを睨みながら木箱を開けると、中から甘いバターの香りが広がった。目を向けると鮮やかな黄色のエッグタルトが入っていた。


 「バルトラに持って来させたんだ」

 「え? ここまで?」

 「そう。それ流行ってるんだろ? ほら座って」


 ビリーがグレースを椅子に座らせると、今日は自分がキッチンに行きお湯を沸かす。毎晩のようにグレースの部屋に通っているので、どこに何があるかはもうわかっており、キッチンを使うのも手慣れていた。ビリーは緑茶が大のお気に入りで、グレースの部屋ではいつも緑茶をねだる。今も当たり前のように緑茶を淹れていた。


 「このお菓子には紅茶の方が合うんじゃない?」


 グレースはビリーの淹れてくれた緑茶を見ながら呟く。二人でおやつを食べて一息つくが、今夜はビリーは帰る気配がない。

 食べ終わった食器を片すグレースの背中に向かってビリーは話し掛けた。


 「父に呼ばれて明日からしばらく家に帰るんだ」

 

 学期途中での突然の帰省の話に、グレースはそんなこともあるのかと驚いた。そういえばビリーは元々あまり学校に来てないとか言っていたか。


 「ビリーの実家はどこなの?」

 「ここから近い。いつか父を紹介するな」

 「え、いいわよ。それって何か結婚するみたいじゃない」

 「しようよ」

 「そんな簡単なプロポーズ嫌なんですけど」

 

 ビリーは「それもそうか」と笑いながら立ち上がり、グレースのベッドに移動して座った。そして頭に父を思い浮かべながら嬉しそうにグレースに話す。


 「自慢の父なんだ。俺には勿体ないくらい」

 

 ビリーのその言葉には、心から湧きあがる思いが宿っており、父親への尊敬と愛情が伝わってきた。グレースはビリーの気持ちを汲み取りたくなり、彼の横に座る。


 「仕方ないわね。そんなに素晴らしい方なら、いつか紹介して沢山自慢して。帰省中はお父様との時間楽しんできてね」


 ビリーはグレースを見て嬉しそうに微笑んだ後、情感の込もった視線を向ける。


 「今晩はここで一緒に寝てもいいか?」

 「ダメに決まってんでしょ」

 

 ビリーはグレースの意見は無視して、彼女の腕を引っ張って一緒にベッドに倒れ込んだ。そしてグレースをぎゅうっと抱きしめると、一瞬で眠りに落ちてしまった。


 「ちょっ……ちょっと、起きて……起きなさいよ! おいこらっ!」

  

 グレースは僅かに動く手の平でビリーの胸を何度も叩く。だが、寝たふりなのか、熟睡なのか、ビリーはまったく目を開けない。グレースも次第にビリーの体温でうとうとし始め、そのまま抱きしめられた状態で寝てしまった。


 ——明け方、グレースは苦しそうな声が聞こえて目を覚ます。


 寝る時にはグレースを抱きしめていたビリーの腕は、今は腕枕の状態になっていた。

 グレースの目の前では、ビリーが苦しそうに夢にうなされている。その額には汗がびっしょりとついていた。


 「ビリー、大丈夫?」


 ビリーの目が突然大きく開き、絶望の叫びを上げながら飛び起き、明け方の静寂を引き裂いた。

 ビリーは悪夢の余韻が色濃く残っており、疲れ果てた顔はまだ夢の中を彷徨っている様に遠い目をしている。

 

 「守るって……誓ったのに……」


 ビリーはぶつぶつと小さな声を出しながら左耳を触る。段々と目が醒め始めた様子で、額に手を当てて荒くなった呼吸を必死に整えようとしていた。だが堪えきれない想いが込み上げてきたのか、両手で顔を覆い、俯いてしまった。


 そして微かに漏れ聞こえた言葉に、グレースは衝撃を受ける。


 「……ゆかり……」


 ビリーが手を下ろしてゆっくりと顔を上げると、その目には涙が溢れていた。

 ビリーはグレースを見る。すでにしっかりと目が覚めている様子だ。


 「……ごめん……部屋、戻るな」


 ベッドから降りるビリーの腕をグレースは掴む。


 「そんな状態で帰せない」


 心配した表情を向けるグレースに、ビリーは悲しそうな目を向けてから、優しくグレースの手を退けた。

 

 「……本当にごめん……」


 ビリーはそのまま振り返らずに部屋を出て行った。グレースは扉が閉まった後も、ビリーの残像を見ながら呟く。


 「ゆかりって言ったわよね……」


 グレースは以前からビリーが大和に似ている気はしていた。ビリーと出会ってから大和の夢を頻繁に見る様にもなった。だが、まさかビリーまで異世界転生者で、しかも大和だなんて事があるのかとも思う。そう思うのは、もしも彼が大和の生まれ変わりだと信じてしまったら、それが違った時の落胆を想像するだけで酷く悲しく、信じてはいけないという気持ちが大きいからだが。


 その朝、ビリーはいつも待っててくれる女子寮の入口にはいなかった。言っていた通り、家に帰っているのだろう。だがビリーは、グレースが想像していた日数よりも長い間、学校には現れなかった。


 

 

 


 


 



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