9.長年コンビニアルバイター
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サイコパス主人公9話
あれから、僕は結局警察には行かなかった。
電話で警察の人から来なくてもいい、と言われたから、と言う言い訳をして。交番の前を通ることもままならず、結局そのまま僕は自首もせずに日々が過ぎた。
あれから、数年が過ぎた。
無職だった僕は、アイスを買ったコンビニでバイトを始めた。家から徒歩圏内だったから通勤は楽な方ではあった。ただ、初めての接客業に悪戦苦闘しながらも、日々は続いた。店長からは、「遅刻もせず真面目に来てくれる」と喜んでもらえた。そうして慣れないながらに頑張って数年が経ち、気がついたら僕は古参のアルバイターになっていた。無職からフリーターになったのは、まあまあの進歩だろう。
僕がバイトリーダーになり、時給が50円だけ増えたある日、僕の目の前にリクルートスーツを着ていたお姉さんがアイスを買っていった。
「ありがとうございましたー」
ペコり、と深々と頭を下げた女性はその翌年、よくお酒を買うようになった。
女の子が学生から社会人になり、未成年から成人に移り変わる。その時も、僕はあいも変わらずコンビニ店員として、変わらない日常を過ごしていた。
緩く、穏やかな日々を、過ごしていた。
※※※※※※※※※※※
「えーと、では鈴木さんはこの後イオンでお買い物ですよね。何時頃に帰られます?」
「大体お昼過ぎですかね。保護司さんはこの後お仕事なんですよね。」
「ええ、そうですねえ」
少し前にも話したが、僕が行っている保護司の仕事はボランティアだ。僕には生活があるし、保護司の傍らで仕事をしなければならない。僕は、相変わらず今でもコンビニ店員は続いている。
「じゃあ、そのまま家に帰ります。」
「はい、わかりました。ではまたご自宅で。」
観察担当の鈴木さんと分かれ、僕は自宅最寄りのコンビニに向かう。彼にもやり直す人生があるように、僕にも平穏な人生がある。
出社の15分前に到着し、いつものように慣れた制服に袖を通す。
「おお、今日も右記くんは早いねえ」と店長は朗らかに笑ってくれた。
僕はいつも通りにタイムカードを切り、スタッフルームから、眩しい光の店内へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー」
「すみません、お会計をお願いします」
どさりどさりと入店早々、カウンターに商品を置かれたので、急いでレジに向かった。よく見てみると、このコンビニを頻繁に利用してくれている常連の女性客の人だった。
「あとセブンスターひとつ」
「はいー、かしこまりましたー」
商品はアンパン複数と、菓子パン3つ。それとパンの合計数と同数のパック牛乳が置かれていた。なんだ、これ。まるで今から張り込みに行く人みたいじゃないか。急いでいる風だった彼女は僕のレジ打ちの横で、「レジ袋もお願いします。」と言う。急かすお客さんは大体イライラしている人が多いけど、この人はいつでも言葉遣いがていねいで、端的で穏やかな雰囲気だった。
「かしこまりました。……了解多いですし大きい袋にしますか?それとも袋ふたつとかにしますか?」
「大きい袋ひとつでお願いします。」
「かしこまりましたー、」
ピッピ、と慣れた作業を終わらせて、すぐに袋詰めをした。
「ありがとうございましたー」
お会計を済ませると、彼女は会釈をした後駆け足でコンビニを退店していった。
ピロリロリン、と鳴り響いたドアの開閉の音を置き去りにして、綺麗なフォームで走っていった。
「遅いぞ成田!!」
「すみません~!人数分のパンと飲み物、買ってきました!」
成田が後藤と鈴木の元に駆け寄ると、人数分の牛乳とあんぱんを手渡した。
「……あと五分か……後藤さん、ホシの動きは……」
「ああ、まだだな。こっちには気づいてねえけど多分来ねえ。くそっ、また持久戦か」
いつものように、イライラと貧乏ゆるりをする後藤を横に、配り終えた成田は鈴木に近寄り耳打ちをした。
「鈴木さん、タイミング大丈夫そうでしたか?」
話を聞くに間に合いはしているが最終確認。成田は後藤に聞こえないように、小声で鈴木に尋ねた。
「ああ。言っても結構早かったぞ。もしかして急いでくれたか?」
「……少し急いだんですけど、凄く急いだからというより、たまたま会計が凄くスムーズでっ…………そういえばあのコンビニの店員さん、結構手慣れていました。」
ふと思い出した、というように成田が呟く。これが後藤の前だと「そんなこと今はどうでもいいだろ」と叱られるが、鈴木は特に何の気なしにその言葉を拾った。
「ああじゃあ、もしかしたらベテランの人なのかもね。」
よかったじゃん、とにこやかに鈴木はわらっていたが、成田は眉間に皺を寄せ、納得がいかない様子で首を傾げた。
「いやあ、私あのコンビニよく行くんですけどね、|あの店員さん、『初めて見る人』なんですよねえ……」
初めての人なのに手慣れていたから驚いたんですよ、と成田が言う。
「へえ、じゃあもしかしたら前の職場もコンビニとかレジ打ちとかだったのかな?」
「そうかもしれないですねえ」
お互いに首を傾けたまま、コンビニ店員のことを考えていると、「おらっ、しゃべってねえでちゃんと見張れや」と後藤の叱咤でこの会話が終わった。
女は20代の若い足で、再び駆けていった。