5.情けない男は殺人犯
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「それで、被害者を殺した動機はなんだったんだ?」
後に後藤と名乗った警察が、殺人犯と思わしき男に問いかけた。男は目を伏して、小さく答えた。
「……あの人……が……妬ましくて……ぼくと同い年……なのに…………良い会社……に入って……ぼ……くよりいい暮らしをしていたのが……きっかけ……でした……」
理由は実にくだらない。ただのやっかみによる衝動だったと男は供述している。警察官が唖然としていると、男は目をキョロキョロとさせ、蚊の鳴くような声で、ぶつぶつと何かを言っている。耳をすませて聞いてみたら、「ごめんなさいごめんなさいゆるしてゆるしてください」と、何度も何度もうわ言のように繰り返している。彼の目には覇気が無かった。とても、人1人を殺したような人間には思えなかった。
男は身体をゆらゆらと揺らしながら、丸めた猫背をさらに丸める。大人しい風貌の男は、強面の風貌の警察官を前に、泣きそうな顔で目を逸らしている。
「……それだけで人を殺したのか?なあ、どうなんだよ。あんた、遺族の家族とか、自分の家族の顔を思い出して、とめようとか考え直さなかったのか?」
「……すみません」
答えになっていない言葉に、警察官は思わずため息を吐いた。殺人犯の正体は、なんとも気弱な青年だった。
調べでわかったことは、男と被害者は同じ中学、高校の同級生だった。クラスになったことは6年間で2回だけ。周りの証言からは、特に接点が無かった二人だったと言う。
仲が言い訳ではない、かといって険悪な訳でもない。ならばなぜ、と、後藤は男に「動機は本当にそれだけなのか?」と詰め寄ると、男は目を細めながら答えた。
「彼はクラスのマドンナと付き合っていたり、部活でレギュラーだったのに、ぼくより成績も良かったんです。僕は成績の順位が120位くらいで、あいつは116番くらいでした。」
良いのか悪いのかもわからないその順位に、後藤は思わず質問を投げかけた。
「へえそう。ちなみに何番目中の?学年のクラスは何人くらいだった訳?」
「一学年で200人くらいでした。」
「…………………………そうか」
もはや開いた口が塞がらない。どんぐりの背比べもいい所の接戦じゃないか。何か。後藤の中で、人としての期待値だとか、そう言った類の何かが、プツリと切れてしまった。 後藤はツッコミを放棄し淡々と質問を投げかけた。いつものように怒鳴るでも無く淡々と。ただ何を聞いても男は怯えた様子で、声を震わせながら答えていく。
ーなんとも、情けない男だ。ー
後藤は微かにため息を漏らした。男はそのため息に、ビクリッ!と大袈裟な反応を示し、それがまた後藤の中の何かを諦めさせた。
呆れて物が言えない、とはこのことか、と後藤は淡々と質問を投げかけた。
男に、10年の実刑判決を食らった。
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「えーと、では保護司を務めて頂く前に、少し説明をさせていただきますね。」
「はい!宜しくお願いします!」
「宜しくね。右記くん」
数年後のある場所。警察署にいた男と共に、ソファーに腰掛けている、男がいた。
右記、と名乗る男は目を輝かせながらこう言った。
「必ず、あの殺人犯を社会復帰させてみせます!」
周りの苦笑いと共に、抑揚のない説明の声が聞こえた。