4.女警察成田登場
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成田香苗視点
道なりを真っ直ぐに歩いた場所に、住宅地がある。私はその場所で、不可解なものを見てしまった。血だ。人の血が窓から見えた。住宅地のとある家に、血のような液体が流れているのをこの目でみたのだ。
「おい、加藤。お前、何やっている。早く来い。」
「すみません!直ぐに向かいます!」
ほんの一瞬の出来事だった。確証は無い。窓から見えたそれは、赤黒くどろり、とフローリングを汚していた。お腹がギュッと痛くなる。見間違いだったかもしれないが、それでも私はその家の場所を、なんとなく覚えることにした。私は早足で事件現場に向かいながらも、その家の観葉植物と目を合わせた。
綺麗なグリーン色をしていた。
※※※※※※※※※
警察官として配属されて1年になる。
警察学校や交番実務を得て、ようやく一人前の警察官になった。事件現場での腐敗臭や、蔓延るコバエ、人間の死体特有の放つ不気味さにはもう慣れた。
私はエリートと呼ばれるには程遠い。未だに先輩には怒られるし、今日の担当した現場では度々もたついて予定より進行は遅れた。ただ、市民を安心させ、より良い社会にする為に警察官になったのだ。その気持ちは、警察官になった今でも嘘じゃない。私は私なりの方法で成果を残すんだ。
慣れない報告書に悪戦苦闘しながらも、私は頭の片隅にあったあの場所の調査を進めていた。
「確かこの辺りの……」
昼休み。私は先程通りがかった住宅地から、あの不審な血が見えた家を特定した。
「……前の住人の方の名前が田……」「おーい!鈴木さんからお土産のシュークリーム頂いたぞー!成田!お前は食わんのか!?」
後のドアから声をはりあげた後藤先輩の怒鳴り声が聞こえた。私は咄嗟に後ろを振り向き、同じ位の声量で答えた。
「後で食べます!」
乱雑に答えた私は再び見ていた資料に目をやった。先輩後輩の縦社会の中ではあるが、今は一分一秒が惜しい。最低限の礼儀を尽くし、私は再び調べに取り掛かった。
「後では無いぞ!」
再びそこそこの声量で声を掛けられる。どうやら先輩なりに、下っ端の私に気を使っているのだろうか。若い女は甘いのが好きだから、率先して取りに行きやすいように、と促してくれている。傍から見たら急かしている様子だが、何となく短い付き合いの中で、この先輩の人となりはわかっている。だからいつもなら私は後輩らしく、「すぐ行きます!」と答えていた。ただ、今日だけはどうしても時間が惜しかった。
「……じゃあ私は無くても大丈夫です!」
私がそう答えると、先輩は目を見開き驚いた様子だった。若くて、甘いものが1番好きそうな人間が断ったのだ。先輩の中の常識が崩れているように、小声で小さく「そうか…」と項垂れていた。悪いことをしたけど、こればかりは仕方ない。見ると先輩は、シュークリームの箱をそのまま冷蔵庫に入れた。おそらく私の分も含めて先輩の分も入れている箱を見ながら、私はそのまま作業にとりかかった。
後藤先輩は、落ち込みながら何処かへと姿を消した。
「おお、お疲れ。成田。」
「お疲れ様です!鈴木さん!」
就業時間後。私は鈴木警部を呼びだした。
「そういえば話ってなんだ?」
「はい。実は、現場周辺の住宅地で、ちょっと気になるものを見てしまって……」
「気になるもの?」
「はい。ここなんですけどね、」
「……個人宅じゃないか。いくら警察とは言え個人情報だぞ。」
「……血が流れていたんです。」
「……どういうことだ。」
それから私は事のあらましを鈴木さんに伝えた。私の直感が言っている。これは事件だ、と。
「わかった。杞憂かもしれないが、俺のところでも調べとく」
「……!ありがとうございます!」
やはりこの上司は信頼出来る。
個人の裁量のものに対して、ここまで動いてくれるのか、と私は安堵で胸をなでおろした。
ただ、後藤さんの立場もあるのだろう。個人では勝手に動くな、と再三鈴木さんに忠告された。私はそれに頷いてから帰路についた。
それから少人数ながらに住宅地周辺の調査を進め、あの個人宅へと私たちは足を踏み入れた。
「……!これは……!」)
私の直感は的中した。
その家に、男が血まみれで倒れ、死体となっていた。
「直ぐに上に報告しよう。」
「……はい!」
その数日後、殺人の容疑で男が捕まった。
犯人は「……ぼくがやりました……」と容疑を認めているらしい。か細い声で下を向き、俯く様子は、とてと殺人犯には見えない、大人しそうな風貌の男だった。