3.殺人犯の相場は現場に戻る。
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久しぶりに家の外に出てきた。
どうもご無沙汰しております。僕は殺人犯です。僕が田辺くんを殺してから早一年が経ちました。
けれど、今も警察はやってこない。 僕は怯えながら家に引きこもり、連日ニュースやネットにかじりついていた。でも正直限界だった。ずっと家にいると気が滅入る。どうやら僕には引きこもる才能はないらしい。何日も何日も自室に籠る生活に、気が狂いそうになってしまう。そもそも隠れながら、警察に見つからずに過ごすなんて無茶なんだ。カーテンの隙間から、誰かに見られているんじゃないか、とチラチラと覗く生活。そもそも普段は窓もドアも開けず、淀んだ空気。光のない部屋。警察に怯える生活はもうごめんだ。人と話さず、カーテンもできるだけ開かずにいたからか気が滅入る一方だ。目に見えて貯金は減り続け、運動はしないから体重は増え続ける。ネットの5chでは10年以上引きこもりを続けている無職の人がいると聞いたけど、どうやら僕は引きこもるのも、無職生活を続けることも向いていないらしい。
じゃあ、何が向いているのか?、と言われるとそれもわからないけど、とにかく一刻も早く外に出たかった。もうバレてもいい。そう開き直った気持ちで出た外の空気はとても美味しかった。簡易的な荷物を持って、僕は玄関を開けた。
久しぶりに陽の光を浴びた。清々しい。
久しぶりに見た青空はとてもキレイで、人生で一番の美しい景色だった。
「久しぶりにアイスでも買おうかな」
涙を拭いながら、ドアの鍵を閉めた。そうだ買い物だ。ここ一年の買い物は専らネットショッピングだった。日用品から趣向品までスマホひとつで完結出来て、置き配にすれば人に会わずにすんでいたけど、アイスクリームだけはここ半年食べていなかった。ネットショッピングでガリガリ君を一つだけ買うのも勿体ないし、じゃあどうせなら、と豪快に2Lのハーゲンダッツを買って、存分に浮かれて、わくわくするのも違う気がした。そもそも僕は警察から隠れる為に家に引きこもっていたのに、ネットショッピングの高揚感でハーゲンダッツを大量に買うのはナンセンスだと思っていた。人殺しが警察に捕まりもしないでハーゲンダッツを貪り食ってもいいのだろうか。罪の意識は無くならなかった。僕は禊のようにこの日までアイスクリームを食べて来なかった。ああ、それも今日で終わるのか。突発的な行動だったが心が晴れ晴れする。コンビニのひんやりとした冷気が心地いい。僕は久しぶりにガリガリ君を手に取った。
しゃくしゃく、と太陽の日差しの中、外で食べるアイスは格別だった。コンビニの冷気と外の生暖かい暑さ。ああ、久しぶりだ。懐かしさに、思わず泣きそうになる。
この後、警察に自首をしよう。刑務所では、きっとアイスなんて食べられないのだから、今日はお腹を壊さない程度に貪ろう。僕はなんだか勇気が湧いて、久しぶりに生きている心地がした。隠れて暮らすことを決めたのも僕だけど、自首をするのをたった今決めたのも僕だ。久しぶりに誇らしい気持ちでいっぱいになった。
そうだ!その前に田辺くんの家にも寄ろう。犯人は現場に戻ってくる、と警察が信じて僕を待ち構えてくれているかもしれない。お互いに手間が省けてラッキーだ。あっ、そういえば誰かが彼の家にきているかもしれない。親族の人や、友人が田辺くんの家に訪ねているかもしれないし、そうしたら僕は名乗り出るべきなのだろうか。「田辺さん、一年前に亡くなりましたよ。」って、僕が説明しなくちゃいけないのかもしれない。そうしたら周りの人はどう反応するんだろうか。「まだ若かったのに……」と田辺くんを心配してくれるのだろうか。いや待てよ、彼が亡くなってから1ヶ月が過ぎた時、警察は彼のことを見つけてくれていたんだろうか。もし、見つけたのがつい最近なら、たまたま事情を知っている人が、「彼が亡くなったのはつい1ヶ月前のことですけど…」なんて言っちゃうかもしれない!えらいこっちゃ!そうしたら不審がられてしまう。そうしたら僕は言わなくちゃいけないのかな。「ああ、それは違います。一年ですよ。僕が彼を殺したんです」って事情を……いやいや、何を言ってしまうんだ!
そんなことを言ってしまったら怖がらせてしまうかもしれない。僕は田辺くんを殺したけど、ご近所さんを怖がらせようなんて、これっぽっちも思っちゃいない!
もちろん、口封じのために殺すことなんてしない!僕は連続殺人犯になるつもりなんてこれっぽっちもないんだ!他の人に迷惑を掛けたくない!
……じゃあ、どうしようかな。後で田辺くんのところに行きながら、ちゃんと考えなきゃいけないなあ。
男は、二本目のアイスを完食した後、ぶつぶつと考え事をしながら、殺害現場の住宅地へと向かった。
その数日後、とある殺人事件がニュースに取り上げられた。殺人の容疑で、無職の男が逮捕された。