Prologue
肌寒さを感じ、目が覚めた。重たい瞼を無理やり開き、布団を手繰り寄せる。
それと同時に、爪に塗られたマネキュアが目に入る。少し白めの肌に似つかないような真っ赤なマネキュア。前はつけることのなかったいろ。
赤色は、彼の、色。
大好きな、彼の。
「…好きだなぁ」
唇の隙間から零れ落ちるように漏れた声は自分の声とは思えないほど掠れていた。次の言葉を続けたいのにそれらはすべて掠れた音となって落ちていく。
胸がつぶれそうな思いとともに靄がかかったように違和感が全身に襲い掛かる。
そんな違和感を消したくて、彼の声を聴きたくて、手探りでiPadを探す。脇に置いていたからすぐに見つかった。真っ暗闇の中急に画面を付けたことで飛び込んでくる光も気にせず、動画アプリを開く。数年前に祖母がきょうだいで、といって買ってくれたiPad。かなり昔の型なので起動に時間がかかるし、動作も遅い。
夜中に起きたならすぐにでも寝た方がいいといわれるかもしれない。でも、私は十分でも、一時間でも、一日でも待てる。彼に、彼を見れる最善の手段なら。他にもあるなら、最短のものを探しに行こう。それくらい、彼に会いたい。
イヤホンを挿し、彼の動画を再生する。イヤホン越しに聞こえる彼の声にどうしようもない愛しさと切なさが込み上げてくる。しかし、それと同時に安堵の吐息が漏れる。
いつもと、同じ。
どうしようもない切なさとともに夜中に目が覚め、彼の声を聴き落ち着く。私はこの方法しか知らないのだ。自分を安心させるための行動を、一つしか知らない。
以前は、一つも知らなかった。ただただ、時間が解決してくれるのを待つしかなかった。そんな私を救ってくれた彼。
イヤホンを挿したまま再びベットに寝転がる。安心したせいか少しの眠気に襲われる。明日は休みだし、早く寝てしまおうという私の気持ちとは裏腹に重たくなる瞼に抗う。少しだけ、まだ眠りたく、ない。
寝たら明日になってしまう。明日が来るのが怖い。いいや、怖かった。今でもまだ少し怖いが、私には救ってくれる人がいる。
『私の、神様…』
天井に向けて仰いだ手の先が、真っ赤に光っているように思えた。