1:極東の地
・前回のあらすじです。
『霊樹の里で、パンドラという少女が巫女に出発を告げる』
草原に風が吹く。
神と妖精。魔物のすまう、【地球】とはかけはなれた秩序の世界――メルクリウス。
さやさやと微風にそよぐ草は、秋の褐色。
彼方につらなる山やまの稜線は、険しく高い峻峰のそれ。
――魔王死してのち、なおはびこる魔物の残党と、ユノは灰色の地で対峙していた。
みじかい黒髪に、黒い両目の少年である。
この世界より遠い異星、地球は日本から召喚され、かれこれ一年半ほどがたつ。
はじめ柔弱だった目もとは、怪物との戦闘や慣れない旅、住民たちとのかかわりにまつわる不条理のために、すれっからしにつりあがっていた。
だが根の部分までは不健全になっていない。
すくなくとも、ユノ自身はそう自負している。
王都ペンドラゴンで買った【長剣】をユノは構えなおす。
王都――王政国家ペンドラゴンの首府【ペンドラゴン】は、ここより西に位置する都である。
が、ここからでは深い森にはばまれて、高々とした塔をそなえる城もみえない。
剣の先には一頭の【一角獣】がいた。
長い一本の角を額に生やした白馬。
炎のたてがみを持ち、目は邪気に濁って黄色く澱んでいる。
体格は王侯貴族のやしなう軍馬などはなしにならないほど大きい。脚や胸についた筋肉はさながら鉄で、憤然たる息は、五メートルは離れているユノにさえ感じられるほどに熱い。
ガカッ。
白い馬が走った。
茶色い草が大地から散る。大槍のような角が、ユノに猛然とせまる。
カアンッ!
火花がはじけた。
ブロード・ソードが大角の刺突を受け、流す。
馬の側部に身をかえし、攻撃をさばいたいきおいのまま、ユノは刃をひるがえす。
「てああああっ!」
すっかりくせとなった気合をはなちつつ――ユノは白馬の腹に剣を入れた。
下から背へと、白刃をはねあげる。
『ぶるううあっ!』
嘶いて、馬がはねた。
棍棒の殴打を受けたように体勢をくずし、重厚な巨体が草原におちる。
首をもたげ、起きあがろうとするユニコーンを影が見下ろす。
正午の太陽が鎮座する蒼天。
ぎらりと持ちあがる、鋼鉄の刀身。
『ブるるるっ』
息を荒らげてあけたユニコーンのくちを、剣の切っ先がつらぬいた。
白馬の喉まで、ブロード・ソードの刃をユノは突きこむ。
ぐるんッ。
ユニコーンの目がうえを剥いた。
精悍な獣の体躯が、砂塵の音をたてて灰に帰す。
草地に溜まった黒い塵埃のなかに、まばゆく輝く石がのこる。
魔法の石――【魔石】だ。
魔物の根幹をなす宝石で、人ではとうてい成しえぬ奇蹟を再現する。
青色にかがやくジェムを、ユノは灰のなかから拾った。
旅装束のうえからかけた肩かけ鞄に詰める。
旅人にとって、ジェムは貴重な戦力であり、また、資金源だった。
もっとも、ユノの鞄のなかにそうした魔石が溜まっているのは、それ以外の事情もある。
腰の鞘に剣をなおす。
延々とひろがる草の大地と、その先にそびえる山やまを見わたして。
「どこにいるんだろう……。ビビアンさんって」
ぼうぜんと、ユノはひとりごちた。