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シンギュラーコード  作者: 甘糖牛
第三章
67/72

二日目

 ふっと意識が覚醒する。前兆のない眠りからの覚めは、まるで水の底から引っ張り上げられたような感覚を覚える。睡眠という深い闇の中から引き上げられた意識は、意思とは関係なく夢見心地な無意識とは切り離され、ルーティン的に繰り返される目覚めという覚醒のプロセスを辿り終える。

 目覚めた彼女はまず体を起こそうとして、生じた頭痛で顔をしかめた。

 この症状には覚えがあった。過度な飲酒で起きる二日酔いというものだ。個人ではあまり酒を飲まない彼女だが、昨晩は久しぶりの付き合いということもあり、珍しく酔いが回るまで深酒をした。それが祟ったのか、影響が翌日になって身体への不調として現れた。

 彼女は痛む頭をどうにか働かせ、現在の自分の状態を確認する。軽く毛布をめくってみれば、そこにあるのは布一つ纏わない生まれたままの姿だ。どうりで肌寒く感じるわけだと、ひとりでに納得し、小さく息を吐く。ダルさの残る体を引きずって浴室に向かった。

 昨夜は風呂にも入らずそのまま眠ってしまったせいで、肌に異物が付着した不快感が残っている。それを洗い流すため、行き掛けの駄賃で効くか分からない治療薬を飲みながら浴室に入り、温かいシャワーを浴びてついでに意識の完全な覚醒を促した。

 久しぶりのシャワーで体を綺麗にした彼女は、水気を飛ばして清潔な衣服に身を包んだ。そのまま元いた部屋に戻り、未だ毛布の下に潜っているただ一人の同室者に声をかけた。


「いくら休日だからって、遅起きすると感覚が鈍るよ。起きてシャワーでも浴びてきなよ」


 寝息とは違う息使いがあることから、この同衾した相手が起きていることは分かっていた。そう思い声をかけたのだが、返ってくるのは無言の返事だった。

 こうなる理由に想像が付いている彼女は、不貞腐れたように毛布にくるまる幼馴染へ、今度は苦言を言い放つ。


「そんなに気になるなら、意地張ってないで参加すればよかったのに」


 その言葉に反応したのか、もぞりと動いた毛布が少しだけ捲れて、中から恨めしげな視線が飛んでくる。

 それを呆れとため息混じりの視線で彼女、──ウェナは見返した。


「ロアのこと、ほんとは気になってたんでしょ」


 しかし続く発言を機に、再びダンの顔は毛布の中に引っ込んでしまった。幼馴染の幼稚な姿を見て、ウェナは今度こそ嘆息した。

 外では若くしてDDDランクになった実力者として注目を集め、それに相応しい態度と振る舞いを崩さないダンであるが、幼馴染で十年来の付き合いがあるウェナと二人きりのときだけは、子供っぽく幼稚な面を見せた。以前から身内と他人で線引きをして態度に差をつけていたが、前のチームを解散してからは、その傾向がより強くなっていた。


 ウェナから見て、特にここ数日のダンの様子はおかしかった。遺跡に行くことは無くなり、定期的に行っていた訓練もサボるようになった。参加するつもりでいた合同探索の申し込みも直前で取り消した。そして、その代わりと言わんばかりに酒や夜遊びに溺れた。新しいチームに加入してから、曲がりなりにも探索者として活動を続けてきた彼とは、明らかに別人だった。ウェナはその理由と原因が、ロアとの再会にあるのだと思っていた。

 ウェナとダンが生まれ育った都市ネイガルシティ。そこで別れた幼馴染の一人、ロア。数年前に決別した相手と、これほど離れた土地で遭遇を果たすことになるとは、ウェナとて全く予想してなかった。いつか一流の探索者になって故郷に凱旋帰郷を果たしたとき、まだお互いに生きていれば会うこともあるかもしれない。そう考えていた程度だった。昔の仲間なんて忘れたように、ロアたちについて話題に出さなくなったダンからすれば、先日の若手交流会での再会はまさに晴天の霹靂だった筈だ。

 交流会でロアと会ってから、何かを誤魔化すように酒に溺れるダンを見て、ウェナは見ていられず彼に付き合った。昨晩は久し振りに、今では二人きりとなった昔ながらの仲間と卓を共にした。

 スネイカーズは一流チームなだけあり、専門の慰安要員を揃えている。メンバーの性的欲求の管理は重要だ。色仕掛けでチームの機密を持ち出されては堪らない。そのため壁外でもかなりの綺麗所を集めて、メンバーに当てがっている。他にもいくつかの風俗店に顔が効き、遊ぶのには不自由しない。

 そのせいか、スネイカーズに入ってからダンはたびたび遊興に耽っていた。それまではダンと夜の付き合いがあったウェナだったが、チーム加入以降はグンと減った。それが仲間を失った彼なりの現実との向き合い方なのだろうと、ウェナは文句も言わず見守った。だから彼と酒を飲み、夜を共にするのは久しぶりのことだった。

 酒を飲んだ後の流れは、なるがままに任せた。十代の健全な欲求を持て余した彼女たちだ。何もそうなるのは初めてでもないので、当たり前のように肌を合わせて、同じベッドの上で眠りについた。

 久しぶりに褥を共にして吹っ切れたウェナは、お節介を焼いてダンの内心を指摘した。それに対するダンの反応は予想通りと言うべきか、子供じみた拗ねた態度を見せるだけだった。


 ダンとウェナはミナストラマに来て三人の仲間を失った。二人とは死に別れ、一人とはそれを理由に離別の道を辿った。しかし、仲間を失う経験をしたのは、ウェナたちにとって初めてではなかった。ネイガルシティにいた頃に経験済みだった。

 当時すでにリーダーとして集団を率いていたダンは、ある事件を境に、ロアやレイアたちと袂を別つ方針を固めた。彼は仲間を見捨てて逃げたロアに対して、深い失望と軽蔑の感情を抱いた。それに付き合うレイアたちも同様で、三人を切り捨てる選択を取るのに迷いを見せなかった。

 そのダンが、今度は自分をリーダーとするチームで仲間を死なせてしまった。前回のダナックの死は言い訳できた。子供ながらの遺跡に対する無知と無謀、そして薄情で無能な仲間が一人いたせいだと、強引に自分たちの失敗を正当化できた。

 本来ならその責任を全員で分担するべきだった。チームとして失敗を分かち合うべきだった。そうすれば同じような失敗を繰り返すことはなかった。

 だが当時の彼らはまだまだ幼かった。公平な判断力なんて持ちようがなかった。分かりやすくあった責任の所在と、自分は悪くないと言う他責思考が、彼らを罪の意識から背けさせた。

 そうして訪れた二度目の失敗。言い訳の余地がないほどの過ち。ダンは今度こそ仲間を死なせたという現実と向き合うしかなかった。子供のお遊びの延長とは違う、本当の意味で自分の罪を突きつけられた。

 だからダンはロアに合わす顔がないのだとウェナは考えていた。仲間を置いて逃げたロアを軽蔑していたのに、当の自分は仲間を二人も死なせてしまった。そして、その原因はリーダーとしての愚かな決断と方針が招いたせいだ。今更どんな面を下げて会えばいいのか、分からなくて当然である。

 ただ同時に、ウェナはそこまで気に病む必要はないと思っていた。ウィルバとマナが死んだのは、リーダーであるダンだけの責任ではない。自分を含め、彼を止められなかった全員が悪いのだ。一人で背負うべきものではない。

 ダナックの死やロアたちとの決別もそうだ。喫茶店でロアに語った通り、ウェナはあそこが自分たちにとって一つの分岐点であったと悟っていた。探索者という世界で生きるにあたり、必要な覚悟と判断力を身につけるための、通過儀礼とも言うべき分水嶺。そこで選択を間違えたから、さらに仲間を死なせる結果に繋がった。それについて考える時間はいくらでもあったからこそ、余計にウェナはその思いが強かった。

 今さらどれだけ悔やもうと過去は変えられない。失ったものも帰ってこない。今ある現実と向き合うしかない。

 探索者なのだ。誰にだって死ぬ可能性はある。こうなる道を選んでから、道半ばで斃れるのは一つの結末としてあり得たことだ。それが自分たち以外に訪れた。その事実を背負って生きてくしかない。生きてる者たちにできるのはせいぜい、死んだ者を忘れずに生きていくことだけなのだから。


 ウェナはそう割り切って今日を生きているが、目の前の幼馴染は未だに過去を引きずっている。しかもそれは仲間の死というセンチな内容ではない。ただただ、自らの虚栄心を保つためのつまらない自尊心を原因としてだ。

 後ろめたいから合わす顔がない。過去の出来事を引き合いに出されて、犯した失敗を追及されたくない。そんなくだらない言い訳を理由にして、女々しく子供っぽい態度を取っている。そんなダンに、ウェナははっきり言って呆れ返っていた。

 かといって、今さら見捨てることもできない。なんだかんだで、大事な仲間で幼馴染で、それ以上に深い関係なのだ。知り合いや友人は他にいても、経験や想いを共有してきたパートナーは、お互い以外には存在しない。決別なんて簡単にできはしない。

 もう一度嘆息したウェナは、今頃は合同探索に参加しているだろうもう一人の幼馴染を思い浮かべて、部屋から出て行くのだった。




 合同探索の二日目が始まる。前回同様ディセレイ遺跡の前線基地までやってきたロアは、前回の流れをなぞって顔見知りと挨拶を交わし、一昨日とは違う組み分けをされて新しい班の元へ行く。集まった面子と顔合わせをした。


「よーし、全員集まったな。んじゃ、とりま自己紹介なー」


 ロアはざっとこの場にいる面々の顔を見回した。今回の班員は六人おり、顔も名前も知らない者ばかりだったが、一人だけ見覚えのある人物が混じっていた。


「俺の名前はキザニス。ランクはCな。ああ、もしも俺よりランク高い奴がいたら、代わりに仕切ってもいいぜ」


 最初に発言した青年が、口元にニヤついた笑みを浮かべたまま名乗った。

 それを聞いてロアは少し驚いた。ハルトの他にCランクの者がいるとは思っていなかった。

 意外そうに驚きの顔を作るロアの反応に気を良くしたのか、キザニスは「次はお前の番な」と、ロアに自己紹介を求める。


「俺の名前はロアだ。ランクはDDだ」

「ああん? それだけか? どこのチームに入ってるかまで言えよ」

「チームには入ってない。というか、お前だってチーム名を言ってないだろ」


 ロアの返答にキザニスは一瞬だけ真顔になると、一転して笑い声を上げた。


「ハハッ、そうだったな。俺はスネイカーズってチームに入ってるんだわ。知ってっか?」

「名前だけなら」

「そうかそうか。まあ、一時的とはいえ命を預け合う仲になるんだ。仲良くしようぜ」


 キザニスは愛想よく笑って手を差し出した。

 差し出された手に視線を落としたロアは、友好の証か何かだと思い、素直にその手を握り返した。そのとき、キザニスの口元の笑みが僅かにだが深まった気がした。

 みしりと、手のひらから嫌な感触が伝わってくる。痛みで顔をしかめたロアは、すぐに痛みの理由を理解して、反射的に肉体強化を発動させた。強化した身体能力で相手の握力に対抗した。

 キザニスは少しだけ意外そうに目を丸めた。


「ハハッ、いやー、頼り甲斐がありそうで何より。その調子で頼むぜ」


 握手した手が離される。ロアは強い力で握られて痛んだ右手を、労わるようにさすった。


『久々にこれやられたな』

『強化服の力で生身の人間の手を握るなんて非常識な行いです。なぜやり返さないのですか』

『いや、いいよ。これくらい』


 憤りを見せるペロとは反対に、ロアは別に怒りなど抱かず軽く流した。

 確かにキザニスがやったのは危険な行いだ。ペロの言う通り、反射的に肉体で魔力を強化しなければ、手の骨が折れてもおかしくはなかった。でもおそらく、キザニスに手を握り潰そうという意思はなかった。そうでなければ強化する余裕もなかったに違いない。相手の狙いはせいぜいが痛みで悶えさせようという程度のものだった筈だ。この手の嫌がらせや悪ふざけはロアにも経験がある。いちいち怒るようなことではなかった。


 ロアがペロと話している間に、次の人物の名乗りに移っていく。


「ルプセナ。DDランク。エリスライト」


 続いて名乗ったのは、背中に金属の塊を背負った小柄な少女だった。ルプセナと名乗った彼女は、無愛想な顔で最低限の紹介のみを述べた。


「へー、エリスライトって確か女だけのチームだよな。やっぱ女だけだと女同士でヤリまくってんのか? それとも飼ってる男でもいんのか? なんなら俺がアソコに自信のある男を紹介してやってもいいぜ。一日でガバガバになっちまうかもしれねえけどな。ハハ」


 キザニスの無礼で侮辱的な物言いに、ルプセナはギロリと童顔に似合わぬ鋭い視線を向けた。


「おー、こわこわ。処女を拗らせた女が厄介ってのはほんとの話だな。冗談の一つも通じねえや」


 大げさに怯えた振りをしたキザニスは、次の人物の方へ顔を移した。


「メリアよ」


 艶のある綺麗な紺色の髪を編み込んだ少女が、素っ気なく名前だけを述べた。


「おいおい、それだけかよ。もっと色々あるだろうがよ。付き合った男の遍歴とか、咥えたナニの数とか。つーか遺跡へ行くのにそんなオシャレしてよ。誘ってんのか?」

「本当に下品な男ね。気安く話しかけないでくれる。下劣が移るわ」

「おいおい、まさかお前も処女か? それとも生理か? それなら多少は気を使ってやるが」


 ニヤニヤと愉しげに罵詈するキザニスに、メリアは露骨な不快感を顔に出して舌打ちした。

 メリアの近くで小さくため息を吐いていた青年が、次は自分の番と察して口を開いた。


「俺はイアン。メリアと同じアケイロン所属だ。ランクはDDだ」

「さよけ」


 イアンの名乗りに興味はないのか、キザニスはこれまでとは異なり随分と雑な返事を返した。それにイアンの目元がピクリと動くも、それ以上なにも言わなかった。

 キザニスの視線が残った一人の顔を捉える。


「──んで、さっきからシュコシュコうるせえお前はなんだよ」

「……」


 そこにいたのは、顔全体を特徴的な黒いガスマスクで覆い隠した人物だった。その人物が息をするたびに、マスクの弁から排気される空気によって、独特な呼吸音が発生する。おかしな点はそれだけでなく、手足の先や五体までキッチリと衣服で覆い隠している。素肌を晒している部分は一切ない。不審の一言がこれ以上ないくらい似合う外見をしていた。


「それ取れよ。これから一緒に戦おうって仲間に顔も見せねえ気か?」


 キザニスの追及にその人物は無言を維持している。苛立ったキザニスが舌打ちし、強引にマスクを剥ぎ取ろうと相手の方へ近寄る。

 そこで、初めてマスクの人物が反応を見せた。


『ワタシにフれたらコロす』


 ガスマスクの下から、男か女か定かでないくぐもった声が出された。マスクの人物は手に抱えた銃砲のような武器をキザニスへ向けて、物騒なことを口にしていた。


『テッドだ』


 その発言を最後にマスクの人物は再び静かになった。


「チッ、愛想のカケラもねえ奴ばっかだな。外れの班かよ。運がねーなー」


 一通りの自己紹介を終えて、キザニスがわざとらしく不満を大声で言い放った。

 それを聞いた他のメンバーの心中は、偶然か必然か一致していた。




 キザニスを先頭にして移動を開始する。同じ班に属する他の五人は、その後ろを会話もなくついて行く。

 本格的な探索が始まる前から、どこかどんよりとした雰囲気が班全体を覆っている。その原因を作った当の本人は、気にした風もなく気楽な口調で発言する。


「そういやよー。昨日、どっかの班が大量の遺物を手に入れたらしいぜ。お前ら知ってっか?」

「……ああ。それはたぶん俺の班だと思う」


 誰も答える様子を見せなかったので、仕方なくロアが応じた。一緒にモンスターを倒したメリアは、我関せずと素知らぬ顔で無視していた。


「おー、マジかよ。ならお前が案内役な。とりあえず俺らもそこ目指すとしようぜー」


 曲がりなりにもリーダーを務めるキザニスの言葉で、一同の行く先は決定した。



「じゃ、よろしく頼むぜ」


 記憶に従って一昨日の場所まで来たロアへ、キザニスはその背中を気安く叩いた。

 大雑把な指示を出されたロアは、前回との勝手が違いすぎて困惑げに眉を寄せた。


「役割は決めないのか? 前の班では並び方とか索敵役とか、そういうの予め決めてたんだけど」

「あん? あー……他はアケイロンの真面目ちゃんが仕切ってんだっけ。あいつらも間に合わせの面子でめんどくせーことするな」


 キザニスは他所の班を小馬鹿に批評すると、「でもそうだな」とロアの全身を舐めるように観察する。


「せっかくだしお前が索敵をやってみてくれよ。丁度いいだろ」


 ロアが探知機の類を持っていないのを見て取ったキザニスは、ニヤニヤと面白そうに口元を歪めつつ指示を出した。


「やれと言うならやるけど、それで何か問題が起きても知らないからな」

「随分と弱気なことを言うじゃねえか。ソロでやってんならこんくらい余裕だろ。それともフカシか?」


 ニヤついた顔に粘着質な色が加わる。まるで蛇のように絡みつく視線は、ロアの一挙手一投足をじっくり観察しているようだ。嘘だと口にすればどんな行動を起こす気なのか。顔全体に現れた加虐性と瞳の奥に宿る冷酷さ。ロアはそこにキザニスという人物の本性を垣間見た気がした。


「念のため、他の奴らにも許可を取ってくれないか。俺のせいで怪我したって責められても困る」

「そうかい。──おい、お前らも別に文句ねえよな?」


 キザニスの賛同を前提とした確認の言葉に、最も近くにいたイアンが真っ先に「構わない」と答える。


「私も問題ない」

「好きにすれば」


 続く形で女性二人も賛成ないし肯定を示した。

 性別不詳者が一名いたが、彼あるいは彼女が己の意見や意思を表明することはなかった。


「決まりだな」



 階段を降りて地下街に入る。陽光に照らされた外と違い、地下は人工の光が辺りを照らしている。遺跡らしさが欠けた綺麗な通路の上を、六人一組の班はロアを先頭として進んでいく。

 索敵と案内の両方を任されたロアは、いつもの探索と同じ要領で存在感知を行い、先に潜んでいるであろうモンスターの警戒に当たる。一人での探索の時と違って、歩くペースが早くなりすぎないよう注意した。


「隊列において、最も死傷率が高い場所はどこか知ってるかあ?」


 ロアのすぐ後ろの位置を占めるキザニスが、探索中にもかかわらず声を潜ませず喋り始めた。


「先頭なんだぜ」


 粘つくような声質がロアの耳に届く。


「正面から敵とかち合うからなぁ。とーぜん敵さんからは真っ先に狙われる。おっと、お前の近くにいたら俺まで危ねえじゃねえか」


 戯けた調子のキザニスが、ロアから大袈裟な動作で距離をとった。存在感知でその様子を把握していたロアは、探索中でも悪ふざけをやめないキザニスの言動を、鬱陶しく感じ始めた。


「くだらないレトリックね」


 ロアが感情に振り回されないよう索敵に徹していると、後方にいる一人の人物が声を上げた。


「仮に真ん中に位置していたら、攻撃が外れても周囲を巻き込めるという理由で狙われやすくて、後方だったなら退路を断たせたい思惑によって危険だとか言うつもりでしょ。そもそも、対象の優先排除は相手の武装や実力によるわ。部隊行動ならまず指揮官を排除するべきだし、不明なら遠隔武装を持った相手から潰すのが常道よ。一概に言えるものではないわ」


 先ほどからキザニスに対して不満を溜め込んでいたメリアは、意趣返しのつもりを込めて彼に食ってかかった。


「チッ、なんだよマジレスしやがって。つまんねー女だな」


 苛つきを見せるキザニスが振り返りながら嫌味を言い放つ。それをメリアはどこ吹く風と受け流した。

 一昨日とは異なりギスギスとした空気で行われる探索。居心地の悪さが漂う雰囲気の中で、ようやくそれを吹き飛ばしてくれそうな存在を発見し、ロアは足を止めて班員に警戒を促した。


「この先を進んで右側の通路にモンスターが二体いる。あと反対側の通路にも一体いる。右側の二体は四足歩行の機械型だけど、左のは多分飛び道具を持ってるタイプだ。気をつけた方がいい」

「へー、やるじゃん。まあ、この程度のことも分かんなきゃソロでなんかやれるわけないわな」


 ロアから索敵情報を聞かされたキザニスは感心するような声を出して、後方へと振り返る。


「おい、わかってんだろうな。ロアが索敵をやってんだから、戦闘はお前らがやれよ。サボる奴には分け前やらねーからな」


 キザニスの言葉を受けて、メリアら三人が渋々といった様子で前に出てくる。

 どれだけ気に入らない相手からの指示だとしても、ランク的には格上であり、曲がりなりにもリーダーを務める者からの指示だ。一定の妥当性と合理性があるならば、聞き入れないわけにはいかない。それでも完全に割り切れはしなかったので、理性的な部分から外れた、内心の複雑な思いが表情に現れていた。キザニスはそれを見て楽しそうに笑った。テッドと名乗った人物だけは、マスクを被っているせいで、やはり何を考えているのか分からなかった。


「なんだその武器?」


 戦闘準備を進める班員の様子を眺めていたロアが、うちの一人であるルプセナが取り出した武器を見て、ギョッとして疑問を露わにした。

 感情の乏しいルプセナの顔がロアの方を向く。


「ハンマー」

「ハンマー? それって殴る武器だよな? なんでそんなでかいの持ってるんだ? ブレードで斬る方がいいだろ」


 ルプセナの持つハンマーの槌部分は本人の頭部より大きい。ブレードや銃などと比べて、かなりの重量感を感じさせる。鈍器を武器とする者を見たことあるロアでも、そんなものをわざわざ持ち歩いて使おうとする彼女には、疑問を禁じ得なかった。


「斬るのは苦手。叩くの好き。こっちの方が手っ取り早くて安上がり」


 ルプセナは言葉少なに答えた。

 遠隔武器でモンスターを倒すのには金がかかる。物理エネルギーを用いた銃器の類では、常に弾薬費という問題が付きまとい、弾薬の種類によってはさらに費用は嵩む。魔術を扱う魔導装備でも、威力を出すには外付けのエネルギー源に頼らざるを得ず、使用するほどに出費は増えていく。どちらも自前の魔力を消費すればある程度は解決する問題であるが、魔力を使い込めば体力と同じく回復に時間がかかる。場合によっては一週間以上の休暇を余儀なくされる。結果的に減収を免れ得ない。

 その点で言えば近接武器は安上がりだ。近接戦闘では魔力の循環利用が通用する。したがって、魔力を切り離して扱う遠隔武器に比べて継戦能力が高くなる。接敵が必要な分、負傷するリスクや戦いの難易度は増加しても、費用対効果で言えば遠隔武器より優れている。

 ルプセナがブレードではなくハンマーを用いるのもその理由の延長である。ブレードのような刃物より鈍器の方が耐久性は高く、雑に使ってもなかなか壊れない。面で攻撃するため、線のブレードより狙いをつけやすく、攻撃も当てやすい。打撃を与えた部分を潰してしまうというデメリットを加味しても、彼女自身が斬撃武器より打撃武器の方が楽に扱えるという理由で、わざわざ重量のあるハンマーを持ち歩いていた。


「ちゃんとステルスコーティングもしてる。問題ない」


 機械型のモンスターは視覚的な認識能力の他に、各種センサーによっても周囲を把握している。だから大きな武器を振り回せば、それだけ攻撃の軌道を読まれやすくなる。対策として、ステルスコーティングを施せば、ある程度モンスターの認識能力を誤魔化せる。

 言いたいことはそういうことではないが、この件を追及しても仕方がないと、ロアは口を閉ざした。


「素直に飛び道具でも使えばいいだろ。回りくどいことせずによ。それともデカくてぶっといのが趣味なのか? チビのくせに良い趣味してんな」

「うるさい」


 ロアを相手にしたときとは異なり、ルプセナはあからさまに機嫌を悪くして、邪険な態度でキザニスに接する。それ以上の反応を返すことなく、不快感を顔に出したまま通路の奥を見据えた。奥からはこちらに気づいたモンスターが二体、素早い動きで駆け寄ってきた。

 ルプセナはハンマーを持ちながら少しだけ前へ出た。槌を背後へ逸らすようにやや大袈裟に振りかぶり、敵を迎え撃つ格好を取る。

 モンスターとの距離が縮まる。間合いに入った瞬間、ルプセナは武器の重さなど感じさせない動作で、一思いに獲物を振り下ろした。耳をつんざくような轟音が発生する。衝撃は通路全体に達し、地面が軽く揺れる。残像が残るほどの速さで振り下ろされた槌は、足元の舗装材ごと、走り寄ってきたモンスターの頭部を正確に破壊していた。

 ハンマーを振り下ろした体勢でいるルプセナに、立て続けに二体目のモンスターが襲いかかる。ルプセナは振り下ろしたハンマーに力を込めて、再び迎え討とうと大きく振りかぶる。その彼女の視界に鈍色の斬線が閃いた。

 ブレードを抜いたロアが一瞬で距離を詰め、一刀の元にモンスターの頭部と胴体を斬り離した。頭部に制御中枢を集中させていたモンスターは、頭部と胴体を切り離されたことで、それ以上足掻くことなく沈黙した。


「あ、悪い」


 普段の戦闘の要領で、ついモンスターを倒してしまったロアは、彼女たちの役割を奪ってしまったかと思い、反射的に謝罪を述べた。ロアの謝罪に、ルプセナは「いい」と、気にした風もなく答えた。

 二体の対応に当たってるうちに、三体目が通路の奥から姿を見せる。それはロアが予想した通り、遠距離攻撃能力を有した個体だった。モンスターが離れた位置から敵性存在を捕捉する。備わる武装を解放しようとアクションを起こした。

 瞬間、ロアたちの横合いから光が瞬いた。空間にごく僅かな時間だけ軌跡を残す光の線が、終点をモンスターの位置に定め、突き刺さるように直線を描いていた。それが何度か連続で続いた。

 光が収まった頃には、離れた位置にいたモンスターは完全に沈黙していた。ロアが存在感知でその様子を確認してみると、モンスターの体には複数の穴が空けられていた。


「ひゅ〜、レーザーじゃなくてビームかよ。しかも結構な火力だな。たかだかDDランクでそんな高価な装備使うかよ。赤字覚悟のつもりか、よほど良い変換術式でも積んでんのか?」


 攻撃の正体を見定めたキザニスが、モンスターを倒した人物へと水を向ける。その視線の対象となったテッドは、静かに構えた武器を下ろすだけで、相手にしなかった。


「チッ、無視かよ。──あーあ、誰かさんが雑な倒し方したせいで、モンスターの死体が穴だらけになったわ。これじゃあ、金になんねえじゃねえか」


 キザニスはルプセナが倒したモンスターを八つ当たり気味に蹴り上げた。強化服の脚力で蹴られたモンスターの残骸が、派手な音を立てて壁にぶつかり、構成していた部品を辺りにまき散らす。再び床の上に転がった。


「そんなに小銭稼ぎがしたいなら自分で倒せばいいでしょ。さっきからいちいち鬱陶しいのよあんた」


 流れを見守っていたメリアがまたもや噛み付いた。顔にはキザニスに対する不満がありありと刻まれている。

 キザニスが鋭い視線をメリアに移した。睨みつけるように相手を見つめた。しかし、特に何も言わず、大きく舌打ちするだけで済ませた。


「モンスターの解体がしたきゃさっさとしろよ。ノロノロしてたら置いてくからな」


 この程度のモンスターでも主要な部品なら2〜30万ローグにはなる。もしもあまり成果を上げれなかった場合に備えて、ロアはしっかりと回収を行う。同じようにしてルプセナも、キザニスに蹴られたモンスターの解体を、不満の一つも口に出さず黙々と始める。顔の見えないテッドだけは静かに壁際に佇んでいた。


「もういいだろ。行くぞ」


 その一言でまた探索が再開する。モンスターの素材でリュックを少し重くしたロアを先頭として、一行は先へと進んだ。




「なあ、ロア。お前スネイカーズに入れよ」


 二度目の戦闘を終わらせた直後のこと。戦闘に参加せず班員の戦い振りを一人眺めていたキザニスが、目の前でモンスターの解体を始めるロアへ話しかけた。

 キザニスはロアの隣にしゃがみ込み、馴れ馴れしく相手の肩へと腕を回す。それを邪魔に感じたロアがその手を振り解こうとするも、キザニスの力は想像以上に強く、簡単には振りほどけそうになかった。


「思い出したぜお前。交流会でダンとウェナと話してた奴だろ。ウェナから聞いたぜ。昔あいつらと組んでたんだってな」


 ロアは無関係の人間に、あまり自分の過去について教えたくはなかった。しかしウェナから事情を知らされているならと思い、仕方なく肯定した。


「……ああ」

「だったらいいじゃねえか。また昔みたいにあいつらと組めるぜ?」


 これまでの嘲り具合が嘘のように、キザニスはマトモな勧誘を行った。今の彼の言葉や態度に侮りの感情は込められていない。一流チームに属する故か、Cランクという実力者故か。代わりにあったのは格上としての純粋な高慢さだった。

 高圧的な要求にもロアは動じず、堂々と己の意見を言い伝えた。


「そういうの、いい」

「あん?」

「俺は別に、知り合いと仲良く探索したいわけじゃない。必要なら組むけど、昔馴染みだからって、それだけで一緒のチームを組んだりしない。俺もあいつらも、今はもう自分の道を進んでるんだ。お前に何か言われようとそれで変える気はない」


 ロアはキザニスからの勧誘をきっぱりと撥ね退けた。

 返答を聞いたキザニスの目が「へぇ……」と、興味深そうにロアの顔を覗いた。


「そういうの聞くと、余計に気になっちまうな」

「言われても入らないから」

「わかってるよ。今回はこれ以上は誘わねぇ」


 キザニスはあっさりと肩に回していた腕を外して離れた。


「だが、俺はスネイカーズのキザニスだ。狙った獲物を簡単に逃すつもりはねぇぜ」


 再び絡みつくような視線がロアに向かって注がれる。

 ロアは気にせずモンスターの解体を続けた。




 その後は戦闘が発生することもなく、ロアたちは目的とした場所へたどり着いた。ただそこには、既に別の班の姿が存在した。


「なんだよ。考えるのは他の連中も同じかよ」


 一昨日の話を知って狙いをつけたのは、キザニスたちだけではなかった。他の班も遺物が大量に見つかった場所に目をつけ、行動を起こしていた。


「こうなったら仕方ねえな。雑魚どもに混ざってちまちまと残り物のゴミを集める気にもならんし、別の場所にでも行こうとしようぜ」


 望んでいた状況と異なると知れば、キザニスはあっさりと諦めて方針を翻す。そんな彼の適当さと気まぐれぶりに他の面々は呆れ返るが、文句を言ったところで面倒になるだけなので、誰もその決断を咎めようとはしなかった。

 一人を除いて。


「これくらい予想できたことでしょ。バカじゃないの」


 メリアははっきりと相手に伝わる声量で、キザニスの軽はずみな判断と決定に非難の声を上げた。

 怒気を膨らませたキザニスがメリアの方へ振り返る。


「……おい、テメェはさっきからなんだよ。グチグチとうぜぇ嫌味ばっか言いやがって。言いたいことあんならはっきり言えや。聞いてやるからよ」

「言いたいことならいくらでもあるわよ。でもあんたにも分かりやすく一つに絞ってあげる。あんたみたいなクソ野郎と組まされて、こっちは最悪だって言ってんのよ」


 その一言でキザニスの目がスッと細まる。体からは自然と威圧感が滲み出る。

 Cランクの格上が放つ圧力に、向けられたメリアは怯みを見せる。だがなんとか重苦しい圧を自力で撥ね退け、目に負けん気を宿して睨み返した。

 両者の間にただならぬ空気が充満する。どちらも暴力を辞さない構えを見せている。流石に物理的な争いは見過ごせないロアは、いつでも止めに入れるように魔力で体を強化して、成り行きを見守った。

 そこで、キザニスが纏わせた雰囲気を霧散させる。高らかに笑い声を上げた。


「ハハハッ、そこまで言うならいいだろ。そろそろ俺も力を見せてやるよ。だがテメェも戦えよ。俺に舐めたこと抜かしやがったんだ。どっちがここから多くのモンスターを倒せるか、競おうじゃねえか」


 キザニスからの唐突な提案に、メリアは少しだけ迷いを見せつつ、すぐに「……いいわよ」と勝負に乗った。

「そうこなくちゃな」と愉しそうに笑うキザニスを見て、何のための合同探索なのかと、ロアはため息を吐いた。




「おいおい、この程度の実力で俺に喧嘩を売ってきたのかよ」


 キザニスが倒したモンスターの残骸を乱暴に踏みつける。顔には敗者に対する嘲りが浮かんでいる。

 キザニスとメリアの間で始まった、モンスターをどれだけ多く倒せるかという勝負。その結果は事前の予想通りと言うべきか、一方的で一目瞭然のものとなっていた。


「誰だったっけ? 威勢良く強気な言葉を吐いて勝負に乗ってきたのは。あっ、アケイロンのお荷物さんだったな! ははっ、アケイロンではこんな雑魚も養ってるってマジかよ。流石の俺でも同情しちまうわな。それとも幹部連中のナニでもしゃぶってキャリーしてもらったか? ははははっ」


 隣で聞くに堪えない暴言を吐き続ける男の言葉に、メリアは悔しさと屈辱で表情を歪めていた。

 キザニスの実力は本物だった。彼は大口を叩き、好き勝手に振る舞うだけの力を持っていた。

 それはある意味で当然だ。なぜならキザニスのランクはCランク。対するメリアはDDランク。たとえDDDランクに上がるのが近かろうと、今はまだDDランクでしかない。二つもランクが上の相手に勝てる道理などありはしない。ランク差を考えれば、メリアがキザニスの挑発に乗る必要はなかった。

 しかし、彼女のプライドが引くことを許さなかった。この不快で目に余る振る舞いを続ける青年を、とにかく己の力で叩きのめしたい。打ちのめしたい。その機会が訪れてみすみす尻尾を巻くなど、メリアという少女には到底できなかった。本心では別の理由も存在していたが、当の彼女は既にその理由を頭の片隅へ追いやっていた。

 結果がこの有様だ。協力を前提とした合同探索で勝手に勝負を始め、他の面々の前で無様を晒している。憎々しい男と同レベルの醜態を見せつけてしまっている。

 ただ今のメリアは、それを自覚する余裕を失っていた。感情を自制して、己の言動を省察することを忘れていた。メリアの頭の中は、キザニスとの勝負に勝ち、一泡吹かせたいという意地と執念で占められていた。

 背後で監視役を務める者が、その様子を静かに観察しているとも知らずに。


 新たに現れたモンスターをいち早く倒そうと、メリアが発動体に魔力を通して魔術の起動を開始する。


「おせーよ」


 それより早く、キザニスの手元から構築された魔術が放たれた。メリアより一瞬だけ早くモンスターの元へ到達した攻撃は、金属質のボディを正確に貫き風穴を開けた。遅れてメリアの魔術も着弾する。既に大半の機能が停止し防御能力を著しく喪失したモンスターは、死体蹴りとなる一撃を受けて、バラバラに破壊された。


「あーあ、せっかく俺が綺麗に倒したのに、またお前のせいでボロボロになっちまったよ。どう責任取ってくれんだよ。賠償でもしてくれんのかぁ?」


 わざとギリギリのタイミングを狙って攻撃したキザニスが、弱った獲物をいたぶるように愉しげに嗤った。

 キザニスとメリアの戦闘スタイルは似ていた。どちらも魔術の発動体を使い、それを攻撃手段としてモンスターと戦っている。キザニスは腰に非実体剣のブレードを下げているが、そちらは使っていない。メリアの戦闘方法に合わせて戦っている。これは彼なりの自信と余裕の現れである。己との差を徹底的に知らしめ、相手により屈辱を与えるための行為。その目論見は正しく作用し、故に両者の優劣は分かりやすいほど明確に示された。

 メリアが起動してから発動するまで数秒かかるのに対し、キザニスは一秒かからず手元から魔術を放っている。例えメリアが先にモンスターを射程に入れて攻撃を始めても、キザニスが後から悠々と追い越して先に攻撃を当てている。どう足掻いたところで、この差を覆しようがなかった。

 そのせいで、余計にキザニスからは煽られる。


「お前さぁ、使いこなせないくせに一丁前に即興組立型の発動体なんか使ってよ。馬鹿じゃねえの?」


 嘲笑の混じった罵声がメリアの鼓膜を容赦なく蹂躙する。

 キザニスが持つ前提成立型の発動体は、発動までの時間が短い代わりに、威力が固定されやすい。逆にメリアの使う即興組立型の発動体は、威力や効力を使用者の任意で設定しやすい分、扱いに難がある。

 仮に二人が同じ条件で勝負を行っていたら、おそらくここまでの差は出なかった。彼らが現在探索している地下街に出るモンスターの討伐強度は、高いものだとDDランク帯に達する。例えCランク探索者であっても、装備次第では易々と倒すのは難しい。ランク差という名の実力差があろうと、同条件ならこれほど一方的な結果にはならなかった。

 その両者の明暗を分けたのが、二人の装備による差だった。メリアの持つ杖型の発動体は、DDDランクの探索者が持っていてもおかしくない代物であるが、それでもランク帯下位に位置付けられる装備でしかない。対してキザニスのグローブ型の発動体は、れっきとしたCランク探索者用の装備であり、メリアの持つ装備の数倍の価値を持っている。いかに即興組立型の発動体が前提成立型の発動体に威力で勝ると言っても、それは同ランク帯の装備であればの話だ。ランク差があれば当然あるべき差は覆る。

 だが今のメリアにとって、それは言い訳にならない。己の力量は、この気に食わない青年に明確に劣っている。その事実だけが全てであり、ランク差や装備差を考慮する冷静な思考力など、もはや残されていなかった。


「もういい加減やめにしないか。今は仲間なんだから、協力して戦えばいいだろ」

「うっさいわね! あんたたちなんかと仲間になったつもりなんてないわよ!」


 見かねたロアが仲裁に乗り出そうと声をかけるも、頭に血が上ったメリアに一蹴されてしまう。ロアは勝負の結果やどちらが強いかなど興味はなかった。純粋に、合同探索の目的を果たそうという気持ちから声をかけた。しかしながら、メリアにはそれが己への同情や慰めに聞こえた。お前はキザニスに劣っているのだからもう諦めろ。そう言われてる気がしてならなかった。今の彼女にとって、安易な気遣いは傷をえぐる行為に等しかった。己を自制させる言葉など聞き入れるわけがなかった。

 怒鳴るメリアはロアを追い越し先へ行ってしまう。キザニスはその様子を罠にかかる獲物を待つように、ニヤニヤと愉しそうに眺めていた。


「おい待て、そっちは──」


 ロアの呼び止める声も聞かず、メリアは先にいるモンスターと勝手に戦い始めた。


(それくらい気づいているわよっ)


 冷静さを欠いているメリアだったが、ロアの言葉自体はしっかりと届いていた。その意味もちゃんと理解しているつもりであった。彼女にしろ、何も考えずに行動しているわけではない。探索者として築き上げた知見と、染み付いた経験則の理解から、自然と安全マージンを確保した上での戦闘を行うよう動いていた。

 ただしそれは思考の上澄みだけでの話だ。遺跡では予想外のことなどいくらでも起こり得る。遺跡から五体満足の状態で生還したいのならば、常にあらゆる事象に対して、最大限の警戒を張らなければならない。そんな探索者が踏まえるべき当たり前の危機意識が、彼女の頭からはすっぽりと抜け落ちていた。

 メリアの攻撃で、空っぽのテナントに存在したモンスターはあっさりと倒される。ようやく相手より先んじられたことで、メリアは少しだけ冷静さを取り戻す。彼女はここに来て、自分が感情に振り回されている事実を自覚し始めた。

 らしくなかったかもしれない。そう己の行動を省みろうとしたとき、彼女の耳に、離れた位置から焦りを孕んだ声が届いた。


「違う! その横だ!」


 唐突に響く警告の声。それが意味するところに理解が達する前に、メリアの視界の隅で空気が歪曲した。

 擬態型のモンスター。周囲の景色に溶け込み姿を隠していた個体が、油断したメリアの不意をついた。

 大気をかき乱すような衝撃波。面で空間ごとまとめて吹き飛ばす一撃が、メリアの全身を打ち据える。彼女の体はまるで枯れ草のごとく大きく吹き飛ばされた。

 比較的察知しやすい個体で油断を誘い、より隠匿性に優れた個体が隙を狙う。機械型のモンスターの脅威は連携してこそ発揮される。周辺の地形情報までをも利用して計算された攻撃は、その対象となった相手を、階下へ落とす狙いが込められていた。

 メリアは転落防止用の頑丈な手すりを飛び越え、意識を朦朧とさせて階下へ落とされた。


「はははっ、あいつマジで引っかかったぞ」


 脳を揺さぶられて意識を乱したメリアの耳に、不快な哄笑が届く。しかし、今の彼女にそれに取り合う余裕はない。何が起きたのか満足に理解することもままならず、訪れた浮遊感とともに重力の流れに従った。

 魔術で戦う者も探索中は魔力で肉体を強化している。強化しなければモンスターの素早い動きに対抗できない。それは主に情報処理速度の上昇や高速動作を目的としてだが、それでも常人とは比べ物にならないほどの防御力を持つ。

 その強化が意識の乱れによって緩んだ。魔力の庇護を失った体が受け身も取れず、床に着地した。落ちた高さは数メートル程度であったのに、直前に受けた攻撃も相まって、強引な着地を強制されたメリアは意識を手放した。

 遺跡内部で気を失う。それは銃口の前に眉間を差し出すに等しい致命的状態だ。当然モンスターがその機会をみすみす逃すなど有り得ない。

 落下した音で気づいた個体が、倒れるメリアに狙いをつける。無防備を晒す獲物を葬ろうと床を蹴る。


 そのとき、上から影が降り立った。影はモンスターの頭部をブレードで串刺にし、床へと縫い付けた。


 影の人物はロアだ。ロアはメリアが飛ばされるのを見て、素早く行動を起こしていた。彼女を助けるため、躊躇なく飛び降りる決断を下した。

 メリアを襲うモンスターの排除。それにギリギリで成功したロアは、次いで倒れる彼女の状態を確認した。メリアは床の上に手足を投げ出した格好で倒れている。その瞼は眠ったように閉ざされているが、息はあるようで、気を失っているだけの様子だった。

 彼女を連れて早くここから移動しなければならない。そう考えたロアがメリアの方へと近寄り、その体を抱え上げようと膝を曲げたとき、

 ────その視界に、一瞬だけ歪みが生じた。


「は?」


 気づけばロアの視界には、直前とは全く違う光景が広がっていた。辺りを照らしていた照明の光量はすっかりと衰え、代わりに薄っすらとした明かりが周囲の様子を露わにしている。

 そこはまるで、迷宮のように無機質な色合いで統一された空間だった。冷たい印象を与える壁や床が闇の中に浮かび上がり、逃げ道を塞ぐように周囲を覆っている。ここへ来るための入り口などどこにも無いのに、空間には不自然に通路が一つだけ存在している。

 いったい何が起きたのか。夢でも見てるのか。頭がおかしくなったのか。それとも幻覚を見せられているのか。

 現実がどうかも判断つかない状況に、ロアの思考が混乱状態に陥ろうとする。訪れたこの摩訶不思議に対して、必死に納得のいく答えをはじき出そうとする。だが様々な可能性に思考を及ばせたところで、到底納得できる答えを出せそうにない。


 呆然と動けないロアの前に、唯一ある通路が不気味に口を覗かせる。迷える者の行くべき先を静かに暗示する。


 訪れた哀れな来訪者たちを、そこは不吉な闇を広げて出迎えていた。

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― 新着の感想 ―
>「俺はイアン。メリアと同じアケイロン所属だ。ランクはDDだ」 >キザニスの賛同を前提とした確認の言葉に、最も近くにいたサノスが「構わない」と答える。 どっち?
このグループ分けはさすかに草
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