一日目を終えて
遺跡探索を終えたロアたちは前線基地まで帰ってきた。それぞれが背負ったリュックには今回の成果がたんまりと詰まっている。戦闘に支障が出ない範囲で遺物を回収し、モンスターに傷つけられないよう気をつけて遺跡から帰還を果たした。
集合したときとは異なり、解散に関して特に決まった段取りはない。監視役のウィスが適当に合同探索の終了を宣言して、前線基地でそのまま解散の流れとなった。
「ふー、とりあえず一日目はこれで終わりか。空振りが続いた時は運がないと思ったが、終わってみればかなりの収穫だったな。特に最後の奥部屋は美味しかった」
たくさんの遺物で膨らんだリュックを担いだオッゾが、背中の重みを実感して嬉しそうに笑った。
モンスターと戦った空間の先には大量の遺物が存在していた。それこそ店内から生きてる人間だけがそっくり消えてしまったような状態だった。旧時代の店を再現したスペース内には、大量の商品という名の遺物が並べられており、その量はとても十一人では持ち帰り切れないほどだった。分配に関していちいち話し合う必要もなくなり、各々好き勝手に自分の求める遺物を回収していた。
思えばロアにとって、まともな遺物収集をした機会はこれが初めてだった。今までは瓦礫の下に埋もれた金庫を掘り返したり壁の中に隠された金庫を発見したりと、風変わりな経験しかしてこなかった。改修現象もどちらかと言えばその部類に入るだろうが、金庫を開けるよりかは遺物収集っぽさがある。初めてまともに集めた遺物が、どれだけの金額になるのか純粋に楽しみだった。
「まさかカードショップが復活してるとは思わなかった。しかも中々お目にかかれないレアな弾やシリーズもあったしな。本当にハルト様様だ」
オッゾが一生懸命集めていたのはカードゲームと呼ばれるものだった。改修現象は同じエリアでも毎回同じものが復活するわけではなく、その時々によって復活する店の種類や品揃えは異なる。カードショップが出現するのはあまりない事だった。
境域には様々な種類のコレクターが存在している。旧時代に作成された美術品や工芸品、生物の標本、国の通貨、本や模型、服飾、在歴証明のされた宝石や貴金属といったものから、モンスターの部位や剥製、有名探索者の登録証や人体の一部など、表に公表するのは憚られる特異な趣味に傾倒する蒐集家も少なくない。
そして、昔に作られた玩具やカードゲームにも多くのマニアやコレクターがいる。彼らはたまに遺跡から発見される過去のコレクターが揃えたコレクションなどを高値で買い集めている。
改修現象で作られた物にはそこまでの価値は無く希少性も低いが、入手の機会は限られているので人気自体は高い。本人自身が愛好家ということもあり、オッゾを含めた何人かは他の価値ある遺物より自分の趣味を優先した収集を行っていた。
「運搬機があればもっと稼げたんだろうけどなー。言ってもしょうがないとはいえ勿体無いことしたな」
オッゾがぼやきを発する。ロアも同意するように頷いた。
収集しきれなかったのは遺物だけではない。モンスターの残骸もほとんどを放置せざるを得なかった。通常の探索では主な収入源となるモンスターであるが、遺物と比べれば容積あたりで割安となる。持ち帰れる量は限られているので、高価な部分だけを回収して残りは捨て置いた。
『欲張り者は墓を見ますからね』
墓って見るものではなく入るものでは。そう思うロアだったが、知識に自信がないので言うのはやめておいた。
倒したモンスターの分配は一番の功労者であるハルトの計らいもあり、全員での頭割りとなった。最も価値の高い生産型のモンスターについては分配の対象から外れた。大きすぎて持ち帰るのが困難だったせいだ。協力すれば運べただろうが、遺物を放っておいてまで回収する理由はない。再び訪れた際に修復されていても困るので、徹底的に破壊した上で放置した。
「それにしても改修現象って遺物だけが復活するんじゃないんだな。警報がビービー鳴ったときは驚いた」
「ああ。アレには俺もビビったな。周辺のモンスターをあらかた倒してなきゃ危なかっただろうな」
改修現象では当時の設備やシステムも一部であるが生き返る。電力の供給を受けるため防犯装置は正常に働き、強盗同然の探索者に対して警報や鎮圧ガスや防護シャッターなどが作動する。ロアたちが遺物回収に乗り出した際も警備システムは起動したが、大してモンスターを呼び寄せる前に、その手の経験に長じた者たちによって冷静に対処された。
「もっと奥の高級店なんかだと店内に強力な防犯用モンスターが置かれてたり、警備会社との契約が生きてて警備用のモンスターが飛んできたりするらしいけどな。俺たちが戦ったのも、本来ならそういった役割を与えられてたモンスターの一部だったのかもな」
モンスターは遺物が復活した場所付近に多く集まっていた。オッゾの言う通りその場所を守る役割があったと考えれば納得がいく。思えば外を徘徊しているモンスターと違って、地下街の個体は見た目に威圧感を感じられない個体が多かった気がした。警備用に用意されたモンスターというだけあって、本来の客に配慮された作りがされているのかもしれないと、ロアは遺跡事情の考察をした。
「それよりどうだロア? このあと遊びに行かないか」
切り替えたオッゾが背中に背負った成果と一緒に気分を弾ませた状態で、上機嫌に提案する。
「遊び? 何して遊ぶんだ?」
「そんなもんアレに決まってるだろアレ。良いところ紹介するぞ」
いやらしげな笑みとジェスチャーを交えた発言。以前なら何を言っているか分からなかっただろうが、ネットで情報を漁るようになり、ロアはこの手の内容にも察しがつくようになった。
「いや、今回のって二日後にもう一回同じことするんだろ。遊んでる余裕なんてなくないか」
「俺たちは探索者、いつ死ぬか分からないんだぜ? だったら宵越しの銭なんか惜しんでないで、一思いにパーっと使った方が探索に身が入るもんよ」
不真面目に聞こえるオッゾの発言だったが、ロアは内心で一理あるなと頷いた。
探索者の活動は過酷である。万難を排して臨んだところで、全てが順調にいくとは限らない。きっかけ一つが負傷や装備の損失を招き、運が悪ければ命を落とすことだってあり得る。長く命がけの環境に身を晒していれば、いかに鍛え上げた精神力であろうとストレスは溜まる。それと上手く付き合い発散できなければ、近い将来に待ち受けるのは自滅に等しい未来だ。
ロア自身も、先日の買い物でそういう金の使い方があると学んだ。適度に遊んでストレスを解消するのは、きっと大事なことだ。明日の我が身すら知り得ない探索者にとって、刹那的な生き方に身を投じるのはある種自然な生き方なのだろう。
とはいえ、無駄遣いが過ぎれば同じことだ。そのような生き方に諾々と流されるわけにはいかない。
「でもオッゾお前、前はほどほどでいいとか言ってただろ。そんな金の使い方してたら、すぐに困窮探索者になっちゃうんじゃないか」
「それはまあ、そうだけどよ。別に俺だって常日頃から浪費してるわけじゃねえよ。派手に遊ぶのは予想外の臨時ボーナスがあったときだけだ。堅実な収入の方はほどほどで荒使いはしないよう心がけてるさ」
楽天的な生き方をしていると思っていたら、彼なりに考えているのだと知る。
ロアはオッゾの金の使い方に納得しつつも、誘いについては断った。
「やっぱり俺はいいや。遊びに金使うより、少しでも良い装備を買えるようになりたい」
「ストイックだねぇ。でもメリハリつけないと、すぐにおかしくなって駄目になっちまうぞ。適度な息抜きとストレス解消はめちゃくちゃ大事だ」
忠告を受けたロアは相手の主張に同意するように首肯した。
「まあ、そんときになったら付き合うことにするよ」
「期待しないで待っとくよ。ほんじゃあな」
前線基地でオッゾと別れたロアは、そのまま自分の車に乗り都市へと帰還した。
アケイロンの拠点は壁外区の外縁部に築かれている。以前はより壁に近い場所に構えていたが、人員の増加やチーム規模の拡大に伴い移転を行った。
探索者チームは壁外では強力な武力を保有した集団だ。またその人数の多さから広い土地を確保する必要がある。それ故に拠点を築ける立地は限られており、大体は都市の土地利用計画に従った場所に設けられる。
その主な場所が都市の外縁部である。探索者チームの拠点は、モンスターに対する防波堤としての役割が期待されている。あるいは強力な武装集団を防壁に近い場所に近づけたくないという思惑も絡んでいる。代わりに元々の地価が安いという理由もあり、土地の広さに反して都市への納付金の支払いは免除される。
土地の広さを生かして造築されたアケイロン拠点の建物には、住居に加えて食堂、事務所、運動施設、療養施設、娯楽室などが併設されており、他にも倉庫や車庫に室内訓練場といった探索者活動を支える設備が完備されている。まさに一流チームに恥じない充実度を有している。
その拠点内のトレーニングルームの一つに、数人の若者が集まっていた。彼らはアケイロンに所属している探索者たちだ。アケイロンに属していれば、拠点内の設備は自由に使用できる。訓練や探索での疲労を癒すため体のケアを行っていた。
剣にしろ、銃にしろ、魔術にしろ、戦いの場では何より自分の体がモノを言う。命の瀬戸際において最後に頼れるのは我が身だけだ。だから一流を目指す彼らは基礎的な体作りや手入れに余念がない。それを怠った分だけ自分の命が死に近づくと知っている。日々のトレーニングやケアを欠かさず、これが習慣化している。
彼らは日課のストレッチをこなしながら、合同探索での出来事を話し合っていた。
「さすがは合同探索だったな。どこも有望な若手を出してきた。おかげでこちらも良い刺激になった」
「人数も結構多かったよね。例年だったら二十人行くかどうかって話だったのに、今年は三十人くらいいたっけ。ナディアさんもここ十年じゃ一番多いって言ってたよ」
「俺たちがいるのもあるだろうな。アケイロンだけで十一人も参加しているわけだしな」
若くして中級探索者になれる者は一握りだ。たとえ魔導装備を使い続けて魔力の活性化を果たしても、それを戦闘で活かせるようになるには時間を要する。優秀な指導者に恵まれるか天性のセンスを持つ者でなければ、早々に中級の壁を超えることは叶わない。だから合同探索に参加可能な時点で、界隈ではエリートの一人として見なされる。
特にアケイロンでは、ハルトを筆頭に優秀な若手が複数存在するこの世代を黄金世代と呼んでいた。
「それにやっぱり未探索領域はいいよね。遺物はたくさん手に入ったし、モンスターとも程よく戦えた。もう少しで装備を新調するお金が溜まりそう」
「マジかー。こっちは不発だったんだよな。今回はいろんな意味で運がなかった」
探索者は通常の遺跡探索で遺物を入手する機会にはあまり恵まれない。多くの遺跡に人が入ってから数百年以上の月日が経過している。およそ人の足が及ぶ範囲の遺物は既に取り尽くされている。たまに未発見の遺物を発見する幸運に見舞われる者もいるが、やはりその数は少数だ。だから探索者にとって遺物探しは二の次で、多くはモンスター討伐で稼ぎを得る。
そんな探索者にとって、合同探索は遺物を獲得するまたとないチャンスだ。しかも改修現象で現れるものは新品同然で、通常の探索で発見される遺物より高い価値がある。普段と比べてずっと楽に大金を稼げるようになる。
合同探索で稼いだ若者たちがより強力な装備を手に入れることで、探索者としてさらなる成長を遂げる。合同探索を主催する都市の思惑通りの結果だった。
「ハルトとギャラッツは当たりを引き当てたんだろ? 羨ましいな。俺も二日後はそこ探すから場所を教えてくれよ」
「別にいいけど、もうあんまり良い物は残ってないと思うぞ」
「俺たちでだいぶ金目のものを回収したからな」
運がないと口にした青年の懇願に、ハルトは苦笑し、ギャラッツがどこか自慢げな笑みを浮かべた。
「くそー、お前ら楽しそうだな。俺も参加したかったぜ。せめてあと一ヶ月あれば中級に上がれただろうになぁ」
話し合いに混じっている一人の青年が悔しそうに呟いた。
探索者のランクが上がる条件は単純だ。自身より上位のランク帯のモンスターを討伐可能である。そう探索者協会から判断されればいい。すなわち探索者ランクとは、個人に対する戦闘力評価に等しい。下級から中級に上がる場合など、級位の壁を超える場合でもそれは変わらない。ただその戦闘力を測る方法について、詳細が明かされてる訳ではない。特にチームで戦う場合、戦闘時の貢献度が分散してしまい、個々人の戦闘力評価は分かり辛くなる。たとえ適切な実力を持っていたとしても、チームで活動している者はランクが上がり辛くなり、逆にソロやコンビの探索者は上がりやすいと言われている。
ランクを確実に上げる手段として、単独で上位ランク帯モンスターを倒す方法がある。その際の戦闘記録を協会に提出すれば、高い確率でランクは上がるとされる。だが、自身のランク帯より上のモンスターと戦うのは非常に危険な行為だ。よほど腕に自信があるか、勝利が確実視されない限り、避けるのが常識である。実際、探索者の死亡する原因の半分近くが、自身のランク帯より上のモンスターとの交戦によるものだ。多くの探索者が、協会の定める討伐強度判定や出現情報に従い戦闘を行っているのにもかかわらず、高脅威度モンスターとの予期せぬ遭遇や無謀な挑戦が、探索者の死傷率を高めている。
「やっぱ多少無理してでも、コヴェルさんあたりにお願いしとけばよかったかな」
愚痴を吐いたジリスはDランクだった。最近になってようやく魔力による肉体強化を行えるようになった。まだまだ練度は足りず継戦は無理でも、一戦程度ならば肉体を強化した状態で戦える自信はあった。だがアケイロンでは最低でも体と武器の両方を強化できなければ、中級ランク帯モンスターとの戦いを認めていない。探索で予期せぬ遭遇を果たした場合は、戦わずに撤退するよう手引きされている。
「やめとけよ。どうせロクなことにならないんだから。もしもそれで負傷したら、治療費は全部自己負担になるんだぞ。そんで怪我の具合次第じゃ、絶対チームを脱退させられる。フェルトマンさんとか、その手の我儘には容赦しないだろうからな」
「サノスの言う通りだ。無理して大怪我したらそれこそ取り返しがつかない。俺たちはまだ若いんだ。着実に成長していけばいいさ」
仲間が口にした軽々な案に、サノスが釘を打ちハルトが同調した。
「それに合同探索は何も今年が最後じゃないんだ。来年だってある。次の機会に参加すればいいだろ」
「そうは言うけどよ。今年はアケイロンだけど来年はスネイカーズ担当だぜ? 俺だけあいつらに混ざって合同探索とか、ぜってー息が詰まって窒息するわ」
不満げに口を尖らせたジリスの言葉にハルトは苦笑し、一部は同意できると大きく頷いた。
「わかったよ。なら次回は俺も参加するよ。来年ならまだ参加資格があると思うからさ」
合同探索に決まった年齢制限は定められていない。おおよそ18歳前後とされている。基準が曖昧なのは、壁外民の中には正式な出生証明書を持っていない者が少なくないからだ。ハルト自身も親の顔を知らず、物心ついた頃には養護施設にいたので、自分の正確な生年月日を知らなかった。機械的な年齢診断で得られた結果から、仮の誕生年と自分で決めた誕生日を持っているだけである。
「マジか! ハルトが来てくれるなら心強いぜ。あいつらでもお前には手を出せないだろうしな」
「ハルトが行くなら私も行くよ。きっと一人より二人の方がトラブルを避けれる筈だからね」
ジリスの言葉に続く形で発言したのは、綺麗な金色の髪を背中にまで伸ばした少女だ。少女はハルトの方へ穏やかな笑みを見せながら自らの意見を主張した。
「お、オウカも来てくれるのか。それならうん。絶対安心だな」
「相変わらずオウカの過保護っぷりは筋金入りだね」
彼女の性格を知る仲間の一人が苦笑した。
「いっそのこと、俺たちであいつらの鼻を明かすのも面白いかもしれないな」
アケイロンとスネイカーズの確執の歴史は古い。その原因は、かつてウェイドアシティで起きた探索者同士の抗争にまで遡る。その抗争で対立した探索者の生き残りが、それぞれのチームを結成したと言われている。だが今ではもう、当事の人間はほとんど残っていない。現在ある両陣営の対立意識は、時間をかけて互いへの悪感情が積み重なった結果である。各チームの方針や性質の違いもあり、新人である次世代にまでその関係性は引き継がれていた。
「そこまで出たがる理由も分かんないけどな。つーか、ハルトもオウカもその頃には絶対CC以上になってるだろ。そんなのが合同探索になんか参加していいのか?」
「別にいいんじゃない? 私だったらむしろ楽に稼がせてもらえて嬉しいけど」
雑談の輪が広がる。望んでいた会話の流れとは少々ズレたので、ギャラッツがここいらで話題の向き先を変えた。
「来年の話もいいが今は今の話をしよう。どうだ。見どころのありそうな奴はいたか?」
合同探索の参加者は既にチームに属する者がほとんどである。彼らは普段、自身の所属するチームで活動している。しかし、必ずしもずっと同じチームで活動を続けるわけではない。人間関係のいざこざが生じたり、実力が合わず報酬に不満が出たりすれば、今いるチームを脱退して他所へ移籍する選択肢も出てくる。優秀な者に対しては他所のチームから引き抜きがかかることも珍しくない。有望な若手が集まる合同探索は、ある意味でその見本市だった。
将来の仲間か、あるいは厄介な商売敵になるかもしれない相手として、ギャラッツは目欲しい人材がいないか尋ねた。
「俺はあいつかな。ナックル」
「あー、あの唯一素手で戦ってた」
サノスが一人の名前を挙げた。
モンスターを相手に近接戦を仕掛けること自体は珍しくない。刃物であるブレードを始めとして、槍のような尖頭武器や鈍器など、近接用の武器も探索者には使われている。実際アケイロンでは近接戦闘の訓練をメンバー全員に課している。銃砲や魔術の使い手を含め、誰もがある程度の心得を持っている。
それでも流石に素手で肉弾戦を挑むのは行き過ぎだ。上級探索者になれば武器を扱うより己の肉体が勝るという理由で、格闘戦を行うことも珍しくはなくなる。けれどそれは珍しくないと言うだけで、推奨されてる訳ではない。
距離を取るのは戦いの基本だ。近づけばその分だけ狙いをつけられやすくなる。近接戦闘を学ぶのは、あくまで遠距離の敵への対抗策を持っていることを前提としている。遠近どちらでも対応できる手段を用意するのが普通なのだ。
だから遠隔武器だけでなく、近接武器の間合いより更に短い格闘のみでの戦闘スタイルは、かなり変人の部類に入る。
「俺も最初は脳筋かと思ってたけどさ。あいつあれで頭良いんだよ。出された指示にはちゃんと従うし、意見の言語化だってはっきりできてる。立ち回りも悪くないどころか普通にエース張れるレベルだ。誰か一人をアケイロンに誘うなら、俺はナックルを選ぶ」
第一印象では概ね変な人物と評されるナックルだったが、共に戦った者からは高評価を受けていた。
「うーん、私はあの子かな。エリスライトからの唯一の参加者」
「ルプセナだったか。主張の激しいタイプではなかったが、確かに自分のするべき役割を淡々とこなしていたな」
アケイロンからの参加者は各班に最低二人は割り当てられていた。だから評価を行う上での視点には事欠かなかった。
「あとは正直パッとしないかな。スネイカーズからは三人出てたみたいだけど、私のとこに来たのは普通だったよ。態度はうざかったけど」
「えー、いいなぁ。こっちなんてキザニスと一緒だったんだよ。あいつ探索中にずっと足並み乱すわセクハラしてくるわで最悪だった。しかも無駄にランク高いせいで仕切ってくるし、もう二度と組みたくない」
「それな。あれでいて腕はいいからタチ悪いんだよな、あいつ。せめて雑魚だったら色々と楽だったのに」
若手交流会や合同探索は毎年開催されている。そのため若手の中でも比較的早くDランク以上になった者たちは、多くが互いに顔見知りの関係となっている。そして、実力が高い者ほどその顔と名は知れ渡る。例えば既にCランクのハルトように、世代で抜きん出た実力を持っていれば注目される。同様にして、スネイカーズにも周囲より頭一つ抜けて優秀な若手が存在した。その人物の悪評はアケイロン内でも共有されており、班の組み合わせに恵まれなかった者たちが不満を吐き出した。
ハルトは隣でストレッチを続けるオウカへ話しかける。
「オウカは大丈夫だったのか?」
「うん。私のとこはサノスが言った、ナックルって人が主張強かったからね。大人しくしてたよ。あと少し変わった人がいたから」
「……変わったって言うには、奇抜過ぎたけどな」
オウカの発言に反応したサノスが、当時のことを思い出したのかやや呆れた口調で言った。
「それってもしかして、あのマスク被ってた人?」
「ああ、それそれ。話しかけても『シュコー、シュコー』って音がするだけで全然喋らない奴。一体どこぞのスチームパンク世界から抜け出してきたのかと突っ込みたくなったわ」
ミナストラマは境域の中でもいっとう変わった地である。複数の都市と遺跡を抱えており、それを目当てとした者たちが境域中から集まってくる。それにより形成された常識と価値観は、境域や壁の外を含めた多様な主義や信条が混じり合うるつぼと化している。当然そこで暮らす者たちも、ミナストラマという色に染められている。だからか、ミナストラマ育ちが多いアケイロンの者たちも、比較的変わり者には慣れている。ただ、日常生活の範囲で接するのはやはり普通に分類される者が多いので、全く気にしないわけではなかった。
サノスの発言に苦笑したオウカがハルトの方に問いを返した。
「ハルトは誰か気になった人いた?」
その質問に、ハルトは自然と一人の人物を思い浮かべた。
「俺は、ロアって奴かな」
尋ねたオウカは誰だと言う風に首をかしげた。
彼女の代わりにギャラッツが反応する。
「彼か」
「お前も気になったのか?」
「まあな。あの戦闘での不意打ち。あれには俺も不覚を取った。モンスターが戦術的な動きをするのは頭では分かってたつもりだったのに、警戒が甘かった。やはり探知機にばかり頼らず、もっと魔力による索敵を磨いた方がいいのかもしれんな」
単体なら比較的与し易い機械型のモンスターでも、数が集まると各個体が連動して高度な連携を敷いてくる。生体型にも似たようなタイプは存在するが、機械型の方が合理性や緻密性に富んでおり、より多彩で厄介な攻撃方法を編み出してくる。機械型モンスターが警戒される理由の一つだった。
「なんだなんだ? そんなすごい奴がいたのか?」
「ハルトとギャラッツに一目置かれる奴か。俺も気になるな」
せがまれたハルトは、探索中に記録したデータから一部を抽出した人物の画像を見せた。
「あんま強そうに見えないな。つーか俺らよりガキだな」
「装備も見た限り普通だな。DDランクと言われれば納得するが、正直パッとしない」
外見や装備を見ただけの仲間からの評価は芳しくなかった。ハルトはそれに対して何も言わなかった。彼自身、実際に力量が発揮されるまで興味を抱かなかった。それは装備や戦闘技能が、ランク相応のものでしかなかったからだ。魔力を扱う姿を自分の目で見ない限り、あるいは見たとしても、正確な実力を読み取るのは困難だろうと考えていた。
そこで、一人の少女が「あっ」と声を出した。
「確かその子だよね。ちょっと前に少し噂になった強い新人って」
「噂? そんなのあったのか?」
「うん。まあ、本当に一部で話題になっただけなんだけど。知り合いからウチの所属じゃないかって聞かれたことがあるんだよね。その時に見せたもらった顔と一緒だ」
奇しくも彼女は、ロアが付け回される原因となった噂について知っていた。
「へー、ナックルといい、俺らが知らない有望株が結構いるもんだな」
「そういやこいつって、オッゾと仲よさそうにしてたよな。探索中にそんなに馬があったのか?」
「どうだろうな。オッゾが言うには、交流会で見知った関係だと言っていたが」
「あいつ、あれで顔が広いからな。変わった人脈を持っててもおかしくないだろうな」
話題の中心は合同探索から、同じチームの仲間へと移っていく。
「オッゾももう少しやる気を出せばもっと強くなるだろうに。もったいないよなー」
「あいつにとっては、あれが程よいリラックスになってるんじゃないか」
「違いない」
「それを言うならメリアもだよね。ファティも群れないタイプだけど、メリアの方はなんか近寄りがたい空気出してるんだよね。もう少し気を許してくれたら、他の子とも打ち解けられるだろうに」
「……あー、あいつ当たりキツいし、正直言ってかなり苦手だ」
「そうか? 俺はメリアの性格は気にならないけどな。むしろあのキツさが魅力だろ。顔だって良いしさ」
「サイッテー」
同じ時間を共有する若者たち。彼らは賑やかしくも和やかな時間を過ごして、団欒に花を咲かせた。
同じ頃、拠点内の別の場所でも合同探索についての話し合いが行われていた。室内にいるのは、合同探索で監視役を務めた者たちだ。探索中に収集した情報については、既にアケイロンの分析班に回されており、参加者の能力分析や特徴把握がされている。それとは別に、各人が気になった点や印象深い事柄を共有するため、彼らは集まっていた。
それぞれが記録したデータを見ながら、合同探索に参加した若手の印象について語り合う。
「予想はしていたが、子蛇どものじゃれつきにはうんざりするな」
ソファーに深く腰を落としたフェルトマンが、酒の入ったグラスを片手に苦言をこぼした。
「そう? 俺は別に彼らのことは嫌いじゃないけどな。年寄り連中はともかく」
「それはお前があいつらの担当をしなかったからだろ。遺跡ん中でべちゃくちゃ喋るわセクハラ紛いの言動するわで最悪だったぞ。俺なんかムカついて途中で手を出しそうになったわ」
実際にスネイカーズの若手を担当することになった一人が、さもうんざりといった様子で言った。
同僚から反駁されたウィスは「そんなもんかな」と不思議そうに答えて、小皿に盛られた果実を口の中に放り入れた。
「だが、実力があるのは確かだ」
フェルトマンは自身の視界に投影された映像を真剣な表情で見る。そこには一人のスネイカーズの若手探索者が映っていた。
「キザニスだったか。昨年の時点で既にDDランクと聞いていたが、まさかハルトやオウカと同じCランクに上がってるとはな。性格や態度はともかく、確かに馬鹿な若僧と侮れる相手ではないか」
「わざわざCランクを出してきたのは、こっちに対する牽制か? いかにも向こうさんがやりそうな手だ」
「それか、私たち以外に知らしめる意図があったのかもね。世代を代表する若手を持ってるのはアケイロンだけじゃないって。実際、数や質に関してもウチと同程度はあるみたいだし」
「らいだんす、だったか? あの二人を取られたのが地味に痛かった。あれがなきゃ勝ってただろうに」
今回スネイカーズからの参加者は三人だけだった。しかし、情報ではアケイロンと同程度の若手中級探索者を抱えているとされていた。
アケイロンでは加入するメンバーを厳選している。人材の出どころは主に探索者の養成施設だ。そこに資金を拠出することで、人材の確保を図っている。既に魔力の活性化を果たしている者はスカウトし、それ以外は試験を行って合格者のみを加入させる。世代の中で秀でた人材だけを集め、蓄積された一流のノウハウを生かして彼らに指導を課す。そうすることで強いチームを作り続けている。
逆に、スネイカーズはアケイロンとは正反対の方法を取っている。スネイカーズは複数の下部組織を持ち、そこから見所のある人材を拾い上げてチームを強化している。見返りとして、下部組織はスネイカーズの後ろ盾と支援を得る。当然、一流チームの眼鏡に叶う優秀な人材を生み出すのは容易ではない。特にスネイカーズの下に集まるのは、アケイロンなどのチームに見向きもされなかった落ちこぼれや、探索者の養成施設にも入れない行き場の無いあぶれ者ばかりだ。天才には遠く及ばない劣等者たちだ。そんな彼らが既にある差を覆すには、文字通り地獄を見る必要がある。一部の強者を生み出す過程で犠牲となった者は数知れない。スネイカーズはそんな命がけの競争の上に築かれているチームだった。
故に、スネイカーズのメンバーの質はアケイロンに引けを取らない。そしてこの両チームの育成に関するスタンスこそが、両者の溝を深める一因となっている。
「スネイカーズの話はこれくらいにしよう。あいつらに関しては話題に挙げる機会なんていくらでもある。今は他の人物について語ろうか」
「おお、そうだよそうだよ。俺んとこに面白い奴がいたんだよ」
ウィスと同じBBランクの実力者であるコヴェルが、若手たちの間でも話題に上がったナックルの名を出した。
「聞き覚えがあるな。確か、無法都市出身の奴だったか」
「そうだ。あいつはろくな防具も纏わず素手でモンスターと戦うんだよ。いまどき珍しい肝の座ったワイルドな漢だぜ。ありゃ間違いなく大物になるぞ」
「そうか」
わざわざ素手で戦う必要性を見出せないフェルトマンは、コヴェルの熱が入った報告にすげない返事を返した。他に気になった事柄がないか尋ねた。
「他か? 他に気になった点と言えば……ああ、オーダラインの奴がいたことだな」
「そういや、俺んとこにもいたな。スネイカーズのアホに隠れて目立ってなかったが」
「こっちもそうだ。ぶっちゃけ、全然大したことなかった」
酒が入っているせいもあってか、男たちは意見が合ってゲラゲラと笑った。
「オーダラインか。あそこも落ちぶれたな。獣の姫さまはいなかったが、あれじゃあ復興はないだろう」
オーダラインに関する話は、ウェイドアシティに長くいる者にとっては周知の事実となっている。
探索者の勢力図の移り変わりは早い。勢い盛んなチームであっても、何かのきっかけで主力を失えば一瞬で凋落する。堅実な方針を心がけようと、後陣の育成が上手くいかなければ組織としては衰退する。探索者の世界では、新しいチームは泡沫の如く現れては消えていく。だから歴史が長く安定したチームというのは、それだけで評価される。オーダラインもそんなチームの一つだった。
「頑張って立て直そうとしてるみたいだが、ありゃどっかに取り込まれる未来も近いだろうな」
オーダラインの遺産を狙う組織は多い。今や落ちぶれようと、かつてはウェイドアシティを代表する探索者チームの一つだった。それをみすみす見逃すほど利益に鈍感な者は少ない。
アケイロンの内部でも、衰えたオーダラインを取り込もうという案が浮上したことがあった。モンスターを従わせる能力はもちろん、好立地の拠点も資産的価値を考えれば魅力的だ。多少の負債を抱えようと引き込む価値は充分にあった。だが、結局その話は流れた。現リーダーの少女に話を持ちかけたものの、取りつく島もなかったからだ。アケイロンに限らず、交渉を試みた全ての組織が門前払いを受けた。
今でも獲得に動いているのは黒い噂を持つ組織がほとんどだ。彼らはグレーなやり方を用いて強引に交渉に臨んでいると聞いている。もしもまだチャンスがあるとしたらそこだ。たとえ暴力を生業にしようと、表の世界で生きている探索者にとって過激な手段はご法度だ。都市や協会からの印象を悪くする。だが裏社会の組織となれば話は別だ。反社会的な勢力が相手であれば、いくらでもやりようはある。欲しければ彼らへ権利が移動した後に行動を起こせば良い。現に他の有力チームやグループは、それを見越して静観の構えを取っている。
既に終わったチームに興味はないと、彼らはすぐに次の話題へ移った。
「ウィスとナディアの班は共同戦線を張ったんだろ。どうだったんだ?」
ここまで会話に積極的に参加してこなかった二人に水が向けられた。
「どうもこうも普通よ。まともな連携が取れない即席メンバーにしては良くやってたけど、それはハルトの孤軍奮闘ぶりがあったからだしね。それを差し引けば及第点がいいところって感じかしら」
「手厳しいね」
結果だけ見ればろくに怪我人を出さない完勝ぶりだ。それでもその勝利は図抜けた実力者の賜物だと評価したナディアに、同僚の一人が苦笑をこぼした。
「やはり、世代ではハルトが抜けてるか」
フェルトマンがそう呟いた。
合同探索に参加したCランクの若手はハルト以外にも二人いる。同じアケイロンに属するオウカと先に挙げられたスネイカーズのキザニスだ。この三人は合同探索の参加者の中では抜けた実力を持っている。その三人の中で、ハルトが最も優れているとフェルトマンは判断していた。
もちろん、全ての有望株が今回の合同探索に出てきたわけではない。スネイカーズを筆頭に、不参加を決め込んだ者は少なくない。中には他チームに情報を渡さないよう、秘匿された実力者も存在することだろう。
それでもきっとハルトには及ばない。ハルトはアケイロン内で若手の代表という立ち位置である。普段の探索で組むのも同年代の者たちだ。だから本当の実力が発揮される機会はなかなかない。だがたまにCランク以上のメンバーと組んで探索すれば、彼らと遜色のない働きをする。いつCCランクに上がっても不思議はない実力を持っている。
「おいおい、ナックルだってすごいんだぜ。あいつはソロでやってるし、純粋な戦闘能力ならハルトにだって引けを取らねえ筈だ。それに今のガキにはああいうガッツが足らねえ。ハルトは行儀いいが、そういう利口さがあいつの成長のきっかけを奪ってるんだと思うぜ俺は」
「お前は誰の味方だよ」
「ハルトの成長は至って順調でしょ。馬鹿じゃないの」
他所の人間を熱烈に評価するコヴェルに呆れたナディアが、辛辣に言い放った。
「バカとはなんだ。俺はチームの未来を立派にだな……」
「ああ、ハルトで思い出した。そういえばあいつら、共闘中に一度だけピンチになった場面があったんだった」
酔っ払ったコヴェルの言をスルーして、ナディアが探索中に起きたちょっとしたトラブルについて口にした。
「そうなのか、ウィス?」
「うーん? 確かにそんなこともあったかな」
フェルトマンからの確認に、マイペースを崩さないウィスは興味なさげに返事をする。給仕用の自動人形が運んできた新しい小皿に手をつけた。
「あったかなって、お前が担当した班だろ。なんで他人事なんだよ」
「そうだぜウィス。お前はほんっとにいつもいつも、澄まし顔で気取りやがって。もっと真面目に会議に参加しろってなーお前よぉー」
酔っ払ったコヴェルが筋肉に覆われた太い腕をウィスの肩に回した。ウザ絡みをされたウィスは、暑苦しい同僚の態度に鬱陶しそうにしながら、構わず小皿に盛られた追加のツマミを口に含んだ。
いまいち話の通じない二人は放っておき、フェルトマンたちは話題に上がった状況を確かめる。
「ふむ、この場面か」
高性能の情報記録装置は探知機と連動している。探知機が収集した空間情報を連続的に記録することで、四次元情報として機能する。アケイロンの上級探索者が持つ探知機は、中級探索者やそのランク帯モンスターの迷彩を容易に看破する。それと連動した記録装置には、探索中の出来事が現実と遜色ないほど詳細で美麗な立体映像として記録されている。
まるで当時の光景が再現されたような映像を視界に投影し、該当の場面を確認する。
「あー、ステルス系のモンスか。こいつら乱戦だと気付きにくいんだよな。俺も昔はよく手を焼かされたわ」
「けど一応は対応できてるじゃねえか。この距離から気づいて対処するなんてハルトは流石だな」
「いや、その前に別の奴が攻撃を撃ってる。ハルトよりそいつの方が少しだけ早い」
「ん? ああ、ほんとだ」
映像内ではハルトの攻撃で爆発が起きる前に、一体のモンスターが横合いから攻撃を受けている。互いの位置関係を考えれば、ハルトよりモンスターに近い位置にいるその人物が先に反応できて不思議はないが、そもそもその二人しか察知できていないことを考えれば特筆するに値する。
ノイズが混ざって欠落した部分に適度に補正をかけて、その人物の顔を見やすくした。
「誰だこいつ?」
顔を確認した一人が疑問の声を上げた。他所の有望そうな若手を全て記憶しているわけではないが、見れば思い出せる程度には記憶に留めてある。全く見覚えのない人物だとは思わなかった。
「ああん? こいつって確か」
「なんだバルゴ、知ってるのか?」
「知ってるってほどじゃないけどな。班分けの前に少しだけ話をしたんだよ。そいつが探知機持ってないのが気になってな」
バルゴは合同探索が始まる前に話した内容について語った。
「言われてみれば、ハルト以外に魔力で索敵してるのが一人いたね。ああ、この子だったんだ」
ナディアが補足する情報を付け加えた。
気になって戦闘している場面も見てみる。
「動きは悪くないが、言っちまえばそれだけだな。特に褒める点はねえな」
「……いや、こいつが着てるのは強化服じゃない。戦闘服の類だ。しかも存在感知を使いながら、身体能力や装備もしっかりと強化している。魔力行使の練度だけなら相当なものだ」
他所の若手のため軽々な判断を下そうとした同僚の言を、フェルトマンは冷静な分析眼で否定した。
「ならそいつの魔力強度はハルトに匹敵するってことか?」
「いや、流石にそこまでではなさそうだ。併用できてるのは大したものだが、このレベルの相手を圧倒できていないようではな。既に先見をモノにし始めているハルトには及ばないだろう」
現象として作用する魔術とは異なり、単純な魔力技法は映像に残りにくい。フェルトマンは映像内に映る僅かな痕跡から必要な情報を読み取り、探索者として培ってきた経験則に基づきロアの実力を予測した。
最終的にロアの能力は、ランクよりも一個上くらいのものだと判断された。
「どうやらこいつはソロのようだな。それならランク以上の力を持ってても不思議はないか」
「おお、マジか。こいつもソロなのか。いいじゃん。ナックルと一緒にウチに誘おうぜ」
「それもありだな。この二人が加わればスネイカーズに対して優位に立てるだろう」
まだ無所属の有望株に対し、彼らは早速スカウトの算段を立てた。
それを蚊帳の外に置いて、ウィスは該当の場面を何となく見返していた。
(……優秀ではあるんだけどね)
合同探索中、ウィスは与えられた役目をこなす傍らで、担当した班員を隈なく観察していた。だから件のモンスターによる奇襲の際、ロアという探索者がハルトより早く反応していたことにも気づいていた。そして、他の候補二人はそれに気づく素ぶりすら見せなかった。仮に実力を隠した者がいるならば、他より優れた能力を発揮した彼が最有力となる。話題に挙げられた少年にウィスも着目していた。
だが、探索中に感じた違和感の正体としては物足りなかった。いかに若手の中で優れた能力を発揮しようと、それは条件を限定した上での優秀さだ。上級探索者であるウィスが興味を持つほどの人物ではない。望んでいた結果と比べればあまりに期待はずれだった。
(──それとも、もしかしたらこっちが注目してるのがバレたのかな? 上手く隠してたつもりだったんだけど)
あれ以来、例の違和感は感じられなかった。もしもウィスによる牽制の意図が相手に伝わっていて、能力の発揮を控えられていたならそれも納得できる。あるいは周囲と歩調を合わせるため、わざと手を抜いていた可能性だってあり得る。
それならばまだまだ楽しむ機会は残っているだろう。そう考えてウィスは映像を見るのをやめた。
本来の目的とした大方の話を終え、一度ソファーに深く座り直したフェルトマンが、神妙な表情を作り口を開いた。
「逆にダメな奴を挙げるとすれば、メリアだな」
アケイロンに所属する若手有望株の中で、一人の人物の名を挙げた。
「メリアね。確かに、今回もあの子の言動は目に余るものがあったわね」
「オッゾだって真面目とは程遠いが、あいつはアレで場の空気を読む力はあるしな。コミュ力だって高いし」
メリアという少女については、以前からアケイロン内でもその性格や言動が問題視されていた。共に班を組む者たちから不満の声が上がるのも珍しくなかった。素行に関して殊更問題があるわけではないが、組織行動において協調性に乏しいものと見なされていた。
「メリアに関しては、やはり脱退処分も考えた方がいいかもしれないな」
若くして中級探索者になっただけあって、彼女の実力は高い。既に一部の能力ではDDDランクに達しており、ランクアップする日も近いだろうと思われている。
しかしいくら能力が高かろうと、性格に難があり協調性に乏しい人材には変わりない。アケイロンは各員の足並みを揃えることを基調としている。組織にとって一利の代償に百害をもたらすならば、潔く切ってしまった方がいい。どれだけ優れた者であっても、味方の連携を乱しモチベーションを低下させる人材は必要としない。少なくともアケイロンというチームでは欲していない。
非常な決断を視野に入れるフェルトマンだったが、それに反論する意見が提示される。
「そうかな。俺はまだ見切るには早すぎると思うけど」
ここまで会話にあまり参加してこなかったウィスが、メリアの処遇に関して擁護の声を発した。
「なんだウィス、お前がわざわざ庇うなんて珍しいな。むしろメリアみたいなのは嫌ってるって思ったが」
「俺は別に好き嫌いで語ってないよ。単純にアケイロンを思っての発言さ。たかが現時点の性格に難があるからって、切る必要は無いと思うだけだよ」
「ふむ」と頷いたフェルトマンが、その発言を吟味するように指を組み合わせて、先を促した。
「もしメリアがこの程度でクビになるなら、俺なんてとっくの昔に追い出されてるだろうし、あいつだって何か一つきっかけがあれば変わるかもしれない。彼らはまだまだ若いんだ。長い目で見るのが大事だと思うよ」
「確かに。出会った頃のお前はひどかったな」
以前のウィスを知る仲間たちが笑った。ここにいる者たちは若い頃から一緒にいるだけあって、互いのことを数十年来の友のように知ってる関係だった。
「ウィスの言うことはともかく、せっかくの有望株を他所にくれてやるのは癪だな。それにメリアを追放したら、あいつの実家が少しうるさそうだ。俺も今は様子見がいいと思うぜ。なんならハルトあたりとくっつければ、少しは性格が丸っこくなるんじゃないか」
「そんなことしたらオウカに恨まれるわよ。私は関知しないからね」
「オウカなら大丈夫だろ。優秀な奴に複数の女が寄ってくることなんて珍しくねえし、その程度は織り込み済みだと思うがな」
その発言にナディアは軽く肩をすくめる。オウカの性格に関して己と理解度が異なっているが、普通に接していれば物分かりの良い少女だと勘違いしてもおかしくない。ハルトが関わらなければ実際その通りなので、言ったところで伝わらないだろうと放っておいた。
「まあ、お前が言うならもう少し様子を見るのもいいだろう。だが、もしこの先も改善の兆しが見られなければチームから追放する。これでいいな?」
「ああ」
今は合同探索について語る場だ。一個人の処遇についてしつこく議論する必要はない。
ウィスはあっさりと了承した。
合同探索を終えた日の夜。複数人での慣れない探索で疲れたロアが、借りた宿の一室でベッドの上に寝転がっていた。手足を存分に広げて、就寝前に頭の中の相棒と雑談を交わしていた。
『今日の探索はどうでしたか?』
ペロが合同探索での収穫について尋ねる。
今回ロアが合同探索に参加した主な理由は、チームを組んでの活動を視野に入れたからだ。今のところチームへの加入は考えていなかったが、仲間にするならどのような人物がいいのか。参考にするつもりで参加していた。
「うーん、まだちょっとしっくり来ないな」
ペロの問いにロアは曖昧な返事を返した。
合同探索の参加者は全員中級探索者なだけあって、全体的に実力は高かった。いつもならペロに助けてもらいながら一人で処理していたタスクを、複数人で分担して行えた。組織行動のせいで一人の時よりやり辛さがあり、自由度は下がったものの、負担に関しては間違いなく減っていた。チームを組むメリットを十分に体感できた。
ただ、ロアの求めていた協力とは微妙に違っていた。
「また明後日の探索で考えてみるよ」
チームを組もうと考えていても、それは将来的な話であり、今すぐ決める必要があるわけではない。誰かに催促を受けているわけでもないので、ロアは未来に結論を先延ばしとした。
その後ペロと他愛ない会話をして、疲労を癒すため眠りにつくのだった。




