同世代の才能
即席チームで迎えた初戦闘はすぐに終わった。先に飛び出したハルトがモンスターの注意を引きつけ、手前側の個体が背中を向けたところでオッゾも仕掛けた。連携を崩された形になったモンスターたちは、なすすべなく各個に撃破された。
戦闘が終わった後は、出番のなかった三人が他のモンスターに備えて周囲の警戒にあたる。その側でハルトとオッゾが倒したモンスターの解体を行う。金になるのは遺物だけではない。モンスターからきちんと金目のものを回収するのも探索者という稼業だ。
解体を始めたオッゾの手元を興味本位で覗いていたロアは、彼の持っている物が気になり質問する。
「その手に持ってるやつってなんだ?」
「これか? ただの解体用ツールナイフだよ」
解体の手を止めたオッゾが、手の中のナイフを見せびらかすように持った。
「へー、そんなのもあるのか」
「なんだお前、ツールナイフ持ってないのか。解体はいつもどうしてるんだ? 他所に任せてるのか?」
「いや、普通にブレードでやってるけど」
ロアは腰元のブレードを視線で指し示して言う。その答えにオッゾはやや不思議そうに目を丸めた。
「俺なんか変なこと言ったか?」
「変なことっていうか、変だろ。そんな長物なんか使って、手元が狂ったらどうするんだ?」
「狂わないように練習する? 確かに最初は失敗もあったけど、慣れたらそういうのあんまり意識しなくなったな」
ロアは気楽に言ってのけるが、モンスターの解体は決して楽な作業ではない。危険を伴うものだ。
強力なモンスターは危険物の塊だ。解体方法を誤れば有害物質を撒き散らす可能性があるし、未使用の武装が暴発することだってある。内部機構によっては命の危険すら生じる。そして、解体に失敗すれば素材の持つ金銭的価値を失う。強力なモンスターの複雑で頑強なボディを、価値を保って安全にバラすのはそれだけ困難なのだ。だから人によっては作業自体を専門の業者や解体人に依頼するなど、自分の手では行わないことも珍しくない。
ロアの場合はペロに手伝ってもらっているので、そのような苦労とはある意味で無縁だった。生体型は直接魔力に変換するから解体する必要がなく、機械型の方もペロの協力があるから問題はない。オッゾが言ったように疲労で手元が狂ってしまっても、ペロが魔力強化を打ち消すことで必要以上の切断を防いでくれる。ロアはただペロの指示に従って言われた箇所に刃を通すだけでよかった。
相変わらず普通の探索者の苦労を毛頭知らないロアに、若干の呆れを込めてオッゾが言う。
「お前、探索者の常識全然ないんだな。ちゃんとしたチームに入った方がいいんじゃないか。アケイロンならいつでも歓迎するぞ」
「まあ、考えておくよ」
オッゾからの勧誘に、ロアは無難な返答を返しておいた。
解体を終えて探索を再開したロアたちが地下街の通路を慎重に進んでいく。地下街に存在するモンスターの数は地上と比べれば多くない。数はまばらで現れる方向も限定される。ただ通路に音が反響するため気配を気取られやすく、派手な戦闘を行えば遠くのモンスターを招き寄せてしまう。たまに背後から現れることもあるので、後方に位置しようと気は抜けなかった。
「機械系だ。遠距離武装は無いが隠れた飛び道具には警戒しろ」
戦闘を行う判断はリーダーであるハルトが行っている。レインの索敵情報を受け取った上で、なるべく不要な戦闘を避けるよう戦う敵を選別している。連携が未熟な即席チームということもあり、余裕と安全を保った探索を心がけていた。
何度目かの戦闘を危なげなく勝利したところで、ロアが気になった点を口にする。
「さっきから出てくる敵が分かってるみたいに戦ってるな。もしかしてここに来たことがあったりするのか?」
初めて遭遇するモンスターが相手であっても、ハルトの対応には戸惑うそぶりがなかった。指示や判断は的確であり、その動きは手馴れていた。慎重でありながら大胆な作戦指揮は、結果としてチームの消耗を最小限に留めていた。
ロアの疑問に、近くにいたオッゾが「まあな」と反応する。
「他は知らんが、俺たちアケイロン組は事前に出現するモンスターを調べて特徴なんかを頭に入れてきてる。それと普段からミナストラマの遺跡に出るモンスターについては、シミュを使った戦闘訓練なんかで予習もしてる。もちろん個体によって変な改造や予測を外しに来る敵もいるから、先入観はほどほどに捨てて戦ってるけど、ぱっと見で大体の攻撃手段なんかは予想つくもんだ」
「へー」
ロア自身も定期的に討伐強度チェッカーの情報を更新している。ミナストラマに来てから新たなモンスターの情報だって手に入れた。遭遇した敵についても後でちゃんと調べるようにしている。しかし、戦ったことのないモンスターを調べようという意識はなかった。知識だけ取り入れても実際に相対するまでは相手の強さは分からない。見た目が似ているだけで武装や戦い方は全く違うことだってある。オッゾの言った通り、余計な先入観を持つのは戦闘を行う上で混乱の元となり得る。何より、膨大な種類のモンスターをいちいち頭に入れるのは単純に面倒臭かった。
ペロからは初見の敵への対応力を磨く良い経験になると都合のいい擁護をもらった。だが、自身のしなかった準備をするオッゾたちの意識の高さには素直に感心させられた。
『こいつらすごいな。知識もそうだし準備もちゃんとしてる。それに若いのに実力だって高い。優秀な若手って言うけど、こんなに強いもんなんだな』
ここまで大して強いモンスターと戦ったわけではないとはいえ、彼らが見せた実力は本物だった。今まで目にしてきた中級探索者と遜色がないように思えた。自分とそう年齢の変わらない彼らがこれだけの実力を持っている。ネイガルシティやサルラードシティでの経験を経たからこそ、余計に驚きの感情は強かった。
『若さならあなたも負けてませんよ』
『そうだけどさ。俺にはお前がいるからな。無しでやってるのはすごいだろ』
『そうかもしれませんね』
謙遜するようなロアの言を、ペロは否定せずに相槌を打つ。
彼らとロアの間に違いがあるとしたら、それは生まれ持った魔力の有無くらいだ。成長の早さが才能を示す指標となるならば、短期間でこのレベルにまで至ったロアこそがこの中で最も才能優れる者となる。ペロという外的要因が挟まろうとその事実は覆らない。
未だ自身の能力に無自覚でいるロアが、この場にいる一人に視点を合わせた。
『特にあいつが凄いと思う』
視線の先にいるハルトを見て言う。Cランクという前評判通り彼の実力はこの班の中でも頭一つ二つ抜けていた。まだ能力の全てを発揮したわけではないのに、ロアの目にはそう見えた。彼の動きにどこか既視感を覚えていた。
『そうですね。若手の中で彼だけが動きの極意を体得しています。初歩の範疇ではありますが』
ロアは『動きの極意?』と聞き返す。
『はい。通常外部から取得した情報は、脳で処理するまでに時間を要します。現時点の意識で処理された情報というのは、厳密な現実時間においては過去の情報となります。つまり意識の時間と現実の時間には、実際には時間差が生じるのです』
目から取り入れられる光情報は電気信号に変換され、視神経を通って脳に伝えられる。その視覚情報が脳内の神経細胞によって処理されることで、最終的に知覚のイメージが形成される。この一連の情報処理過程が完了するまでにかかる時間は常人でおよそ0.1秒。魔力による肉体変異が起きればこれより短くなるが、それでもやはり時間差は生じてしまう。
『そして、これは存在感知により幽層体から得た情報に関しても同様です』
存在感知の取得情報は脳ではなく精神幽層体に送られる。幽層体を介して得た情報が肉体へと伝達されることで、最終的に脳によって処理される。これは通常の感覚器官による処理方法と同じである。存在感知による情報の伝達速度は実質ゼロに等しくとも、肉体の持つ制約によって情報の処理速度は制限されている。
『しかし言うなれば、この過程は隙でしかありません。意識の時間が遅れるほどに実際の動きとのズレになるからです。僅かな動作の精度が生死を分ける戦闘の最中では、この意識時間と現実時間との間に生じる差をゼロにしなければいけません』
人の領域を超えた戦いにおいて、視認してから動くのでは遅すぎる。行動の起こりと完了をほぼ同時に行わなければならない。存在感知による直情報を如何に無駄なく扱うか。それこそが上位の怪物に対抗し、超人的な動きを行う上での肝となる。
『幽層体が取得した情報を肉体を介することなく利用する。それこそが動きの極意です。この技術であれば、百分の一秒の中で一ミクロンの狂いもない動作を可能とします。対峙する相手には相対的に、未来予知に近い動きと錯覚させるでしょうね』
そこまでを聞きロアは軽く息を吐いた。
『……なんかすごいな』
『訓練の成果もあるでしょうが、あの先鋭性は才能と呼んで差し支えないものでしょう。大したものです』
『あいつみたになれなきゃ、上に行くのは無理ってことか」
ロアは相棒からの賞賛を浴びた青年の背中を見据える。
才能。それは己には無いものだった。ずっと欲していても手に入らず、未だ欠けているものの一つでもある。
だが、今の自分が身につけた強さも元々はなかったものだ。ペロという後付の要因が加わらなければ、今も昔と変わらず弱いままだっただろう。
才能はないが、強くはなった。天才にはなれなくても、強者には至れる。
持たざる者として、更に強くなるにはどうすればいいのか。それを意識しながら先へ進んだ。
「ここもハズレか」
何度目かのテナントスペース巡りの結果、ハルトがどこか残念そうな口ぶりで呟きを漏らした。
地下街にはその名の通り、いくつもの商業施設の跡地が存在している。そこでは旧時代で売られた物品、現代でいう遺物が遺跡の改修現象によって復活している。ロアたちは周辺からモンスターを排除しながら遺物の収集に乗り出していたが、未だ満足できるような成果は得られていなかった。
旧時代の遺物と言えど全てに高値がつくわけではない。希少性や有用性によってその価値は大きく異なる。特に改修現象が起きたエリアから回収できる遺物は、改修現象に巻き込まれる範囲に応じて流通量も多くなる。発生する頻度だって少なくないため、大量に出回る品は自然と買取価格は低下する。
無制限に持ち帰れるならばそれでも構わない。安値だろうと遺物は遺物。物は物。価値あることに変わりはない。全てをかき集めれば間違いなく合同探索に参加するような者では見たことのない大金になる。しかし、合同探索において探索可能な期間は限られている。今日を含めて二日間だけだ。持ち帰れる量にも限りがある。戦闘や移動に支障が出ない範囲に収めなければならない。
故にどの遺物が回収するに値するか。その目利きが求められる。収集する遺物を取捨選択する必要があった。
「もしかしたら、ここは前回の取り残しかもな」
ハルトの近くで適当に棚を漁っていたオッゾが言った。
改修現象では当時の施設が再現されるが、全ての場所で遺物が復活するわけではない。外見だけは綺麗に整えられているだけで、中に存在していた物が復活しないということもある。そういう場所は大抵以前に捨て置かれた物が雑に残るばかりで、価値あるものはほとんど残っていない。普通の遺跡と同じような状態が維持されている。
「こればっかりは運か。切り替えていくしかないな」
地下街へ繋がる通路は複数ある。探索箇所が被らないよう各班は別々のルートを選ぶのが定石だ。だからこうして貴重な遺物が存在しない外れのルートというのも存在している。
事前に予想できていたことではあるので、ハルトは前向きに考えようと意識を切り替える。しかし空振りが続くとやはり精神的に少し来るものがあった。
対照的に、ロアは気にした風もなく、空の陳列棚なんかが並べられた店の中を適当にぶらついて回る。探索者としての経験が浅いロアにとって、先史文明時代の遺構を巡るのはまだまだ目新しい体験だ。価値ある遺物を発見できずとも、落胆などなく気楽に探索していた。
『お、ここだけなんかいい匂いがする』
ロアはとある掲示物の前で足を止めた。そこには商品と思われるイラストが描かれていた。
不思議なことに一歩横にズレると何も感じないのに、特定の位置に立つと心地よい香りが漂ってくる。おまけに絵は立体的に見え、本物のような視覚感まである。興味本意で手を伸ばしてみれば、手は立体的な絵を貫通し、代わりにツルツルとした感触が指先から返ってくる。
『遺跡にもこういうのあるんだな』
ロアはウェイドアシティで似たような物を見つけていた。それは主に商品をアピールするための広告だ。目の前の物と同じく、絵が立体的に見えたり、動いたり、派手なエフェクト効果を発揮したりと、見ているだけで楽しく興味を惹かれる物だった。遺跡にも同じ物があるのを知り、そういう技術もここから学んだのかと予想した。
面白い物なのでせっかくだから持ち帰りたかったが、荷物としてはかさばるし、あんまり金にならなさそうなのでやめにした。いつか自分だけの家を手に入れることができたら、部屋に飾る目的でこういうのを持ち帰ろう。そう将来の夢を一つ増やして、気の澄むまで眺めてからまた移動した。
『こういうところにも隠し部屋とかあったりするのかな?』
普通の店舗では入れないスペースの壁をロアは調べる。セイラク遺跡で見つけた隠し金庫みたいなものがないか気になった。
『あっても裏口くらいでしょう。隠し部屋や金庫の類は無さそうです』
『そうか。残念』
言葉とは裏腹にさして残念でもない様子でロアは応じる。未練のない足取りで踵を返した。
ほどほどに切り上げ、一行はまた地下街の探索を再開した。
モンスターとの戦闘回数が増えるばかりで、大した成果が出ない探索が続く。まだまだ余裕はあるものの、重なる連戦により少しずつ疲労が溜まり始める頃合いだ。リーダーとしてどのタイミングで撤退の判断を下すのか。慣れない即席チームということもあり、成果より安全を意識するハルトはそろそろ帰還を目処に入れ始めた。
そこで、索敵役のレインが気になる反応を捉え声をあげた。
「これは……」
「どうかしたか?」
「いや、この先に複数人の人間の反応を捉えた。おそらくは別の班だと思うけど、動きがないのが妙だと思ってね」
その報告を耳に入れ、五人は足を止めた。
「休憩中か? それとも負傷してるのか?」
「どうだろう。負傷した雰囲気ではなさそうだけれど」
索敵機から届けられるデータを元に探知機の感度をいじるレインは詳細の把握に努める。しかし、この位置からでは更なる情報は入ってきそうにない。
それを踏まえた上でどうするべきか悩んだハルトが、考える素振りを見せてから口を開く。
「……仮にどうしようもない事態なら、監視役が介入している筈だ。そうなっていないということは、おそらく差し迫った問題は起きていないんだろう。とはいえ、その班だけで解決できないトラブルに見舞われているかもしれない。合同探索の意義として、ここはそっちに行ってみようと思うがどうだ?」
全員の表情を見回しながらそう提案した。
「俺は別にいいぞ。どうせ今日の探索はもうほとんど期待できそうにないからな。少しでもモンスターを狩って財布の足しにするのに賛成だ」
オッゾが冗談めかしてハルトの意見に同調する。
他の三人からも特に異論は上がらなかったため、一行はそちらを目指した。
「ちょうどよく別の班が来たと思ったら、ハルトたちの班だったとはな」
レインの索敵情報に従い移動したら、やはりそこには合同探索の参加者と思われる者たちがいた。相手の方も接近する存在に気がつき、窺う様子を見せてきたが、互いの姿を確認できる距離まで近づくと、気を緩めた格好で声をかけてきた。
「ギャラッツか! それにメリアも。二人とも無事そうでよかった」
ハルトが声の調子を上げて応じた。彼は警戒心を解いて相手の方へと近寄り、気安い態度で言葉を交わし始める。それは明らかに顔見知りへの対応だった。
事情を知らないロアは誰だという風にオッゾの方を見る。視線の意味に気づいたオッゾが他の二人にも教える意味で答えた。
「俺たちと同じアケイロンの仲間だよ。ギャラッツは有望株の一人でランクはDDD。もう一人のメリアって呼ばれた方は俺たちと同じDDランクだ」
「へー」と頷きながらロアは三人の方を見る。そこではアケイロンの一員だという二人とハルトが親しげに話している。
オッゾを含めて二つの班で四人の中級探索者。これに加えて他の班にもまだ有望な若手はいる。アケイロンはウェイドアシティの中でもかなり大きなチームだとは聞いていたが、これだけ多くの若い中級探索者を一つのチームで抱えているのはロアにとっても驚きだった。しかもミナストラマには他に三つの都市が存在する。単純に考ればアケイロンほどのチームが他に三つはある計算になる。
ミナストラマという場所のレベルの高さを改めて実感させられた。
「それよりギャラッツ、ちょうどいいってどういう意味だ?」
一通り互いの班の無事を確かめ合ったハルトが声のトーンを落として問う。周囲に敵の姿はなくともここは未だ遺跡の中だ。とりとめなく長話するわけにはいかないので間もなく本題に入った。
ギャラッツはここで立ち往生していた理由を語る。
「ああ、この先に大きな空間を見つけたんだがな。どうにもかなりの数のモンスターがいるみたいなんだ」
ギャラッツたちは探索の早い段階でこの場所を見つけた。当初はモンスターの数が多かったせいで別のところを探索していたが、他では期待するような成果を得られず再びこの場所まで戻ってきた。モンスターの数が多いのは人の手が入っていない手付かずの領域であることを意味している。もしかしたら多くのお宝を期待できるかもしれないと思い、ここで他の班が通りかかるのを待っていた。
「俺たちだけで挑むか迷ってたんだけどな。ハルトの班がいるならイケそうだ。見つけた成果は山分けでどうだ?」
遺跡で見つけた遺物やモンスターの優先権は先に発見した方にある。あるいは早い者勝ちというのが探索者間での常識だ。今回はギャラッツの班が先に見つけていたが、彼らだけでモンスターの掃討を行うのは難しいと判断された。そのためCランクであるハルトの実力を考慮して、一人分の人数差はあるもののざっくり山分けを提案した。
提案を受けたハルトは軽く班員の方を見ながら答える。
「考える時間をもらっていいか? リーダーとはいえ俺一人で決めるわけにはいかない」
「もちろんだ。俺たちは他の班を待つ意味でも、もう少しここで待機してる。その気になったらいつでも声をかけてくれ」
ギャラッツとの話し合いに区切りをつけたハルトが班員の方へと戻る。そして今しがた行われた会話について伝えた。
持ちかけられた話にそれぞれが悩みを見せる中で、ハルトは誰より先に自身の考えを述べた。
「俺としては、無理して挑む必要はないと考えている」
「理由を聞いてもいいか?」
オッゾがその考えに至った理由を尋ねる。
「ギャラッツからデータを共有してもらったが、該当の場所はかなりスペースがあってモンスターの数も多かった。吹き抜けになってて上階にも敵の姿を見つけた。これまでのように不意をついた即時の殲滅は難しい。しかも、戦うのは向こうの班を加えた十一人でだ。乱戦になる可能性が高い。ただでさえ連携不足なのに、人数を増やせば同士討ちの危険性が高まる。安全を担保するにあまりに不安要素が大きい」
ハルトが戦闘で懸念される点を語った。話を聞いたロアは内心でなるほどと頷いた。
今まで一人で探索してきたロアにとって、このように他人の意思を確認する機会はなかった。ペロに意見を求めることはあっても、探索での方針は基本的に全部一人で決定していた。その過程も単純なものであり、一人で勝てそうなら戦い、無理そうな避ける。それだけだった。無意識下では似たような判断を行っていたかもしれないが、正確に言語化できていたかは疑問が残るところだ。それを考えればハルトたちの情報共有能力は賞賛に値する。
ランクや強さだけではない。冷静な分析力や判断力などもチームでは求められるのだと理解した。
「だから一人でも反対するのならやめようと思う。どうだ?」
ハルトはざっと面々の表情を見た。
「なら俺はどっちでもいいよ」
「オッゾ」
「いや、本音ではやりたいって思うよ。成果が不発のまま帰るんじゃ、わざわざ合同探索に参加した意味が薄れるしさ。でも俺はお前がいればなんとかなると思ってるけど、他はそうじゃないだろ。こっちしか知らない情報を根拠に無理やり意見を通すのは、なんつーかフェアじゃない気がするんだよな」
オッゾは大仰に肩をすくめた。自分の意思を汲み取ってくれたことを理解したハルトはやや申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
次にレインが口を開いた。
「僕は、正直挑みたい。この合同探索に参加した一番の目的は金だ。成果無しのまま帰りたくはない」
オッゾとは異なり、彼は率直に自身の意見を述べた。
「けれど、君らの言い分に理があるのも確かだ。仮に反対でも文句は言わない」
それでも結局はリーダーの方針に理解を示した。ハルトはそれに「わかった」と頷き、残ったコーザンとロアの方を見た。
視線を受け取ったコーザンが朴訥な口調で語る。
「……俺も金は欲しい。だから勝算が十分にあるのなら付き合う。そのあたり、唯一のCランクとしてどうなんだ?」
「絶対の約束はできない。だけど、俺の力が及ぶ限り誰一人欠けさせないよう全力を尽くす。それは約束する」
ハルトが相手の目を見据えて堂々と答える。それを聞いたコーザン は「ならいい」と顔を背けた。
彼らの視線が最後に残るロアの方を向く。
「言っとくが俺たちに気を使う必要はないからな。嫌なら正直に遠慮なく言ってくれ。同調圧力とかクソだ。今日会ってたまたま組んだ相手のために、命をかける必要なんざ微塵もないからな」
「なんだよそれ」
ロアが何かを言うより先に、オッゾが場の空気を緩めるように茶化しながら発言した。
彼なりの気遣いを感じ取り苦笑したロアは、笑みを正して自らの意思を伝えた。
「決まったようだな」
「ああ、俺たちも参加する」
背後に班員を引き連れたハルトの返事を聞いたギャラッツは顔を綻ばせて頷いた。
「そうか。それはよかった。正直、ハルトたちに断れたら諦めるしかないと思ってたからな」
合同探索の場に選ばれた未探索領域は広い。二日という限られた期間ではとても全部を回りきれないほどだ。そこを五つの班で探索している。それぞれが別の場所から探索を開始した。既にこの場に二つの班が揃っていることを考えれば、都合よく他の班が来る可能性は低い。ダメ元でその低い可能性にかけてはいたが、ギャラッツ自身そう上手いこといくとは思っていなかった。素直に撤退を視野に入れていた。
ギャラッツの発言を聞きハルトもホッとした。今は別々の指揮系統で行動しているとはいえ、同じチームの仲間の無茶な挑戦を止めないわけにはいかない。もしもギャラッツたちだけで挑んでいたら、自分だけでも加勢に加わるか悩んでいた。
「さて、雑談はそこそこにして作戦を考えようか」
ギャラッツが音頭を取り互いの班員を集める。一部には周囲の警戒を続けさせたまま話し合いを開始する。
「それなんだが、最初の攻撃は俺に任せてもらってもいいか」
本格的な話し合いが始まる前に、先んじてハルトが意見を述べた。その真意をギャラッツが代表して問い質す。
ハルトが語った理由は、班員に告げた内容と概ね同じものだった。
連携が取れない十人以上の大所帯でモンスターと戦えば、予想外の損害を出す恐れがある。だからこの中で最もランクの高い自分が最初に攻撃を仕掛け、適度にモンスターの数を減らし、敵の動きを惑乱させる。ある程度注意を引きつけた段階で他のメンバーに戦闘へ参加してもらい、そこから一気に決着をつけるのがいいと主張した。
「なるほどな。言いたいことは分かった。確かにそこは俺も憂慮していた部分だ」
聞き終えたギャラッツは、ハルトの考えに一定の理解を示した。
その後に「だが」と言葉を繋げた。
「それだとハルト、お前の負担が増えることになる。いくらCランクだろうと、一人に偏った負担を押し付けるやり方は気が進まない。何よりお前はそれでいいのか?」
「無駄に犠牲を出すくらいなら、その程度のしわ寄せくらい被ってみせるさ」
ハルトは自信と強気を滲ませて毅然と答えた。
「……まあ、お前がいいと言うならそれで行こうか。一応聞いておくが、元々の成果の配分を変えろって話じゃないんだよな?」
「ああ、それはそのままで構わない」
「そうか。ならこっちとしても異論はない」
本来なら同じチームに所属する仲間であろうと、今は互いに別々の指揮系統で動いている。自身の班の利益を最大化するため、ギャラッツはリーダーとしてシビアな確認を行った。ハルトもそれは理解しているので、不満を出さず応諾した。両リーダーの決定により、自然とその案は受け入れられた。
ハルトの提案を軸として細かい部分が詰められる。急ごしらえの作戦のためすぐに決まっていく。
話し合いが進んで行く中で、ロアは隣で作戦を聞いていたオッゾに話しかける。
「なあ、本当にあいつ一人に任せるのか?」
「ん? ああ、ハルトのことか。あいつなら大丈夫だよ。言ったろ。同世代でもトップの実力を持ってるってさ」
その確認にオッゾは楽観の混じった態度で応じた。
(……それだけ強いってことか。リシェルたちと同じCランクなら心配いらないのかな)
ロアとしては一人に負担が偏るような作戦はどうかと思った。しかしこの場にいる者たち、特に同じアケイロンに所属しているメンバーから反対の声は上がらない。むしろそれを当然のように受け入れている。
心情的には反対したい。したいが、本人が率先して提案したことでもある。だから口を挟むべきではないと判断した。もしもピンチに陥ったらすぐに支援に入ればいいだろう。そう考えて作戦内容を受け入れた。
二班合同によるモンスター討伐作戦が開始する。
張り詰めた空気が場を包み、それぞれが戦闘を控えて緊張の混じった面持ちで待機する。
「それじゃあ行ってくる」
先駆けを担当するハルトだけは、リラックスした様子でモンスターの方へと向かっていった。
「よし、俺たちはハルトが敵の注意を引きつけた段階ですぐに突撃するぞ」
暫定的なリーダーとなったギャラッツが、最終確認として他のメンバーへ言い聞かせるように告げる。
「全体の動きは事前に決めた通りだ。各自なるべくその通りに動け。無理でも慌てず目の前の危機に対処しろ。そうすれば俺やハルトがサポートに回ってどうにかする。もしも想定外の事態……危険なモンスターや人物なんかが現れたら俺が頭上に向けて連続で合図を打ち上げる。それを見たらすぐに作戦を中止して戦闘から離脱しろ。もし俺が駄目ならクリットかレインが代わりに頼む。監視役の支援は期待するなよ。とにかく自分が生き残ることだけを考えろ」
注意事項を伝え終えてギャラッツは静かになる。これ以上の会話は不要と辺りは静寂に包まれる。側で待機する仲間たちの息遣いだけが耳に届いた。
ロアは存在感知の範囲を広げてハルトの行方を追った。危機に陥ったなら素早く援護に入るために。あるいは同世代で一番とされる実力を確認するために。これから始まる戦いの把握に努めた。
気配を殺しながら移動していたハルトの動きが広間に入る直前で止まった。彼はその場でブレードを引き抜き、手早く戦闘態勢を整えた。薄かった存在感が強くなる。魔力で強化された身体能力を用いて、躊躇なくモンスターの只中へ突入した。領域を侵す敵対者の存在をモンスターの注意が一斉に捉えた。
まず足の速い個体が真っ先に迫った。機動力を生かした俊敏な動きで外敵の排除を実行する。馳けるハルトは足を止めず対向のモンスターと正面から対峙する。獣のような瞬発力と恐怖とは無縁の機械的な直上性。一切の迷いを見せないモンスターの飛びかかりを、動きを読んで最小限の動作で回避する。しかし、避けた先には後端から伸びる鋭利な尾が置かれている。その奥にはもう一体のモンスターが控えている。
ハルトはそれらに焦らず対処する。素早く手首の角度を翻し、右手のブレードを下から上へ斬り上げる。鋭い切れ味を有した刃が鞭のようにしなる尾を苦もなく断ち切り、モンスターから攻撃手段を奪い取る。次いで二体目の突進を更に外側へ逃げて躱す。突き出された尾を姿勢を低くして避けつつ、すれ違い間際に斬撃を浴びせた。頑丈に守られた胴体ではなく、脚部の関節部分を狙って機動力を削いだ。
一瞬のうちに二体をやり過ごしたハルトを離れた位置にいた別の個体が狙う。高い殺傷能力を纏った射撃が対象のみを正確に狙い撃つ。音速を超えた弾丸が一瞬で隔たる距離を飛び越え、標的の元まで到達した。
存在感知でその行動を読んでいたハルトは、撃たれるより早く跳躍を行っていた。強化された脚力を使って紙一重で被弾を逃れた。だがそれは悪手だ。遮る物の無い空中に跳んだことでモンスターから格好の的となる。
宙に躍り出たハルトは跳び上がってすぐ再び膝を曲げた。それはまるで弾みをつけるかのような屈伸だった。そして何もない空中で足を伸ばし、そこを強く蹴り出した。足裏がしっかりと空を叩き、空中で動きが加速する。モンスターの照準を置き去りにした。
跳んだハルトの行き先は一つだ。彼は自らモンスターの集団の中へ飛び込んだ。
初動の交戦で殺し切れなかったことで、モンスターたちの警戒度が上がる。飛び込んできた敵対者を圧殺しようと数の暴力で襲いかかる。モンスターに囲まれたハルトは四方八方から激しい攻撃に晒される。
その猛攻を、ハルトはまるで相手の動きが読めてるかのように対処していく。正面から来る敵をいなしながら横合いの敵を相手取り、攻撃の軌道を被らせ同士討ちを誘発させる。背後から襲ってくるモンスターを背中を向けたまま回避し、互いの位置を調整して遠隔攻撃に対する盾とする。避け切れない攻撃はどこからか出した盾で防ぐか、ブレードを使って弾き落とす。縦横無尽の立ち回りを仕掛けながら、一切の傷を負わず、モンスターの攻勢を凌ぎ続けていた。
援護に入るつもりでいたロアは、途中から息をするのも忘れてその戦い振りに見入っていた。
同時に、ここに来るまでの戦闘で覚えた既視感の正体に思い至った。
(そうか。どこかで見たことあると思ったら、リシェルの動きに似てるんだ)
サルラードシティ防衛戦での共闘。あの時に見た彼女の動きと重なった。
「……すごいな」
さほど年齢が変わらない格上の探索者。同年代の才ある者の中でも突出した才能。
同じ探索者として、憧憬に近い賛辞の感情を抱いた。
「──よし、俺たちも行くぞ!」
ハルトの奮戦により得られた戦闘データを利用して、ギャラッツは敵を近遠距離に分けた。後衛による最初の一撃では予定通り上階にいる個体を狙わせた。援軍の投入で戦闘は次の盤面へと推移する。前衛役を担う者たちがハルトを援護するため前へ出て、後衛役は前衛をサポートしつつ浮いた敵を削っていった。
チーム戦で最も気を使うべきなのは流れ弾の行く末だ。これは遠隔武器を持っている者いない者に関わらず言えることだ。前で戦っている味方と意思の疎通が取れてなければ、背後から味方を撃ってしまう。敵の攻撃を避けようとその軌道に味方を巻き込んでしまえば、味方が負傷してしまう。常に味方と敵の位置関係を把握しながら戦わなければならず、場合によってはあえて敵の攻撃を受ける必要さえある。
一人で戦ってきたロアにとって、仲間の位置関係の把握というのは骨の折れる行いだった。多数が入れ乱れる戦場の中で、流動的に動く敵味方を常に判別しながら戦う。これが考えていたより難しい。リシェルとの共闘のときは把握する味方が二人でよかった。十人の味方とともに戦うのはわけが違った。
ただ事前の約束事が効いたからか、即席のチームワークでもある程度規律を持って戦えている。各々が決められた役割通りに動くことで、戦闘時に起こり得る混乱を最小限に抑えられている。それはここにいる者たちが確かな実力を持っている証左だった。
「ギャラッツ、こっちは片付けた。予想通り生産型のモンスターがいた」
『そうか。それは助かる。これでだいぶ楽になりそうだ』
一体のモンスターを倒したハルトが、通信を行いギャラッツに報告を入れた。
ハルトは一時的に主戦場とする空間から離れていた。生産タイプのモンスターが奥にいることに気づいたからだ。前線で戦っていたハルトは、途中で奥から不自然に同じ種類のモンスターが増援に来ることを察知した。このタイプのモンスターがいると無駄に戦いが長引く恐れがある。ギャラッツに断りを入れて優先的に排除を試みた。
『Dランク帯上位のモンスターを生み出す個体か。適切に処分すればかなり高値が付きそうだ』
「速さを優先して倒したから、状態の良さは期待できないけどな」
『それは言っても仕方ない。そもそも持ち帰る余裕があるか分からないしな』
ハルトとギャラッツは軽口を叩き合う。
合同探索では通信規格が異なる者や、そもそも通信手段を持っていない者とも行動を共にする。加えて、元のチームごとに合図や指示の出し方に違いがある。もしも咄嗟の場面で伝達ミスが起これば致命的事態に陥りかねない。だから戦闘中は班全体で通信による意思疎通は図っていない。ただしアケイロンのメンバーだけは普段から同じ通信規格を使っており、連携の取り方も共通している。万一に備えて互いに連絡を可能としていた。
『とはいえまだ何があるかわからない。出来るだけ早く戻ってきてくれ』
「ああ」
ハルトは通信を切らないまま送信の感度だけを下げた。耳元では現在進行形で続いている戦闘の状況が伝わってくる。まだ戦っている仲間の元へ急ぐために駆け出した。
(順調だな。これならなんの問題もなく終えられそうだ)
事前の情報通りモンスターの強さは高くてもDDランク帯を出なかった。合同探索の参加者の多くはDDランク探索者であり、班には必ずDDDランク以上の者が混じっている。戦闘においてさしたる不安は生じない。しかし、たとえ格下が相手でも命の危険があるのがモンスターとの戦いだ。ハルト自身、些細なきっかけで手足を失う者や命を落とす者を見てきた。その中には仲間と呼べる者だって含まれた。戦闘では少しの油断や慢心が命取りになると知っている。たとえ戦力的に優位に立とうと気は抜けなかった。このまま残りを掃討して完全な勝利を収めようと気を引き締めた。
戻ってきたハルトがそんな成算を立てて戦場全体を存在感知で俯瞰していると、後衛の味方が固まっている位置付近で何かの反応を感じ取った。その反応に釣られて視線を斜め上方へ向けてみれば、強化された視力があるものを捉えた。それは今まさに天井から落ちてくるモンスターの姿だった。
後方には遠距離火力を有する後衛役が集まっていた。彼らの役割はロングレンジにいる敵の排除と前衛役の援護だ。味方の合間を縫って敵に痛打を与え、浮いた駒が出たら優先的に排除する。彼らの奮戦もあり味方に犠牲なく戦闘を進められていた。
その後衛役にモンスターの魔の手が迫った。高いステルス性を持ち奇襲に優れた個体が、壁を伝って天井部から奇襲を仕掛けた。彼らとて敵の増援には警戒していた。他の通路や吹き抜けの上階に気を配り、いつなん時でも対応できるよう戦闘のリソースを残していた。だがステルス能力を持ったモンスターはその警戒を掻い潜り、彼らの意識の不意を突いた。
この場にいるほとんどの者にとって慮外からの急襲。乱戦の最中、それに気づいたのは二人のみ。一人は全体に気を配っていたハルトだ。彼はいつでも味方のカバーに入れるよう、戦闘が起きているエリア全体を存在感知の範囲に入れていた。
それでも気づけたのは偶然に近かった。一つ一つの反応に意識を割けば、必然的に個々に対する精度は落ちてしまう。それ故に、ステルス能力を持ったモンスターの存在にはギリギリまで気づけなかった。攻撃に入る瞬間の動きの変化で辛うじて察知できた程度だった。
「メリア! 上に敵がいる!」
奇襲に気づいたハルトが後衛にいるアケイロンの仲間に短く伝える。見上げたメリアは頭上にいる敵の存在に気づく。だが他の後衛役はまだ意識の外だ。このままではモンスターによる不意打ちは免れ得ない。
ハルトはここまで使わなかった銃砲を腰から抜いた。物理の弾丸ではなく魔力弾を発射する魔術機構銃だ。本来ならこれを合同探索で使うつもりはなかった。Cランク帯の装備は強力だ。二つ下のランク帯なら苦もなく屠れる。使えば一人でもモンスターの集団を殲滅可能だった。けれど合同探索ということもあり自重していた。
それを味方のピンチのために迷わず使用した。
(クソ! ここからじゃ間に合わない……!)
思考を加速させて先にいるモンスターへ狙いを合わせたハルトは歯噛みした。敵は三体いた。彼の持つ魔術機構銃は威力に優れる分連射が効かない。複数の相手は一度に対応しきれない。魔導装備に備わる発動効果の任意挿入機能。それを最大威力に設定すればまとめて吹き飛ばせるかもしれない。ただしそれでは味方が被害を受ける可能性が出てくる。
他に有効な手立てはない。刹那の時の中でハルトがその決断を迫られたとき、狙っていたモンスターに変化が生じた。一体のモンスターの横合いから何かが突き刺さり、直後に発生した衝撃でその体が吹き飛ばされた。味方の頭上に落ちる筈だったモンスターが、本来の落下の軌道から逸れて人のいない場所に落ちる。それを認識した瞬間、ハルトは三体ではなく二体を倒せば良いと判断を改める。瞬時に銃の威力を調整し、トリガーを引いた。
発射された魔力弾が広間の端から端へ瞬く間に飛ぶ。偏差を考慮された射撃は落下中のモンスターに誤差なく着弾する。直撃したモンスターはそれでバラバラとなり、近くのもう一体もその余波を受ける。味方の頭上とは離れた位置に落下した。
頭上で起きた大小二つの衝撃。混乱する者もいたが、察しの良い者はすぐに因果に思い至った。倒し切れていなかったモンスターはすぐに処理された。
なんとか犠牲を出さずに済んだと安堵するハルトは、直前の出来事について振り返る。視線の先で何が起きたのかを考察した。
(今のはショックガン……いや、スタッガーエッジか?)
把握できた特徴からモンスターを退けた攻撃を予想した。
スタッガーエッジは牽制目的で使われるサブ武器だ。魔力で生成した刃に見かけの質量を乗せて射出する。斬撃を伴った飛び道具は突き刺さるとともに、衝撃波を発して対象を仰け反らせる効果がある。近距離戦闘では出の速さもあって牽制か補助目的で使われる。
ハルトは攻撃を飛ばした者へ視線を移した。そこには同じ班に分けられたロアという探索者がいた。
(刃は確かにモンスターの装甲を抉っていた。機械型にあの手の飛び道具でダメージを通すのは難しい。それほど高い装備には見えないが……魔力強化だけであれだけの威力を出したのか?)
魔力による強化練度は装備とは異なり、純粋に当人の地力を表す。 同じ装備を用いても個人の力量によって、発揮されるパフォーマンスは大きく異なる。この魔力の質が高いほど探索者としての実力が優れているというのが常識だ。高ランクの探索者であれば、安物の刃で中級ランク帯モンスターを倒すことだって可能である。それだけ魔力の質は実力に直結している。
(……それほどの魔力強度を持つなら、不意打ちに気付けても不思議はない、か)
ロアはハルトよりも近くで戦っていた。だから自分より早くモンスターの気配を察知し、対応に移れたとしてもおかしくはない。
しかしそれは同格であればの話。相手のランクはDDだ。二つも差がある。現にこの場にいる他のDDランク探索者は全く気づいていなかった。それはDDDのギャラッツに関しても同様だ。
この合同探索で、ハルトは始めて他の探索者に興味を抱いた。
『ふぅー、やっとこれのまともな使い方をした気がした』
一息ついたロアが左手に装着された新装備を摩った。スタッガーエッジでモンスターを倒したのはこれで二度目となる。一度目は試し撃ちだったので、実質これが初めての実戦使用だ。ここまでの探索では敵の強さが物足りずわざわざ使用する機会はなかったが、このレベルの相手でも普通に使えそうで安心した。
悪くない使い心地に浸りつつ、離れた場所へ視線を送った。
『それにしてもすごいなあいつ。あんなところから気づいて当てたぞ。しかもあれ魔術か? まとめて吹き飛ばしててやばいな』
天井から奇襲を仕掛けようとしていた敵。それが複数いることに気づいたロアは、一体をスタッガーエッジで処理し、もう一体はブレードを投げて仕留めようとした。でもそれはペロに止められたので中断した。そしたら前方で戦ってきた一人から強力な攻撃が飛んできた。ロアの存在感知でも一目でそうと分かるくらいの一撃だ。その攻撃はロアが対処しきれなかった二体をまとめて処理していた。
それを放ったのは、同じ班でリーダーを務めていたハルトだった。探知能力といい殺傷能力といい、同じ中級探索者とは比べ物にならない実力だった。ロアはCランクの凄さを思い知った。
その後は特にトラブルもなく、やがて全ての敵を掃討し終えた。
「おつかれさん。大活躍だったな」
戦闘が終わって一人でいるロアの元へオッゾが近寄ってくる。多少の疲労感は見えるものの、その様子は戦闘前と同じく余裕を保ったものだ。前衛として戦っていたのに負傷らしい負傷はない。
大袈裟な労いの言葉をかけてくるオッゾに、ロアは小首を傾げながら応じる。
「別にそこまで活躍したつもりはないけど」
「そうじゃなくて。天井から奇襲してきたモンスターだよ。あれによく気づいたな」
「ああ、まあ、なんとかな」
実際にはロアが自分で気づいたのではない。ペロに教えてもらったのだ。だから否定するわけにはいかないにしろ、素直に褒められるのは気まずかった。
若干の歯切れの悪さがあったのにオッゾは気づいたが、スルーしてロアの左手に装着された装備を見た。
「それって、確かスタッガーエッジだよな。まともに使ってるやつ初めて見た」
「そうなのか? 結構いい武器だと思うけど」
一目見て気に入り、その使い心地も悪くないと感じていたロアは、言われて不思議そうにした。
「そりゃな。射程は微妙、威力そこそこ、連射性は皆無に等しい。当てるのだってそこそこムズイし、そんなの使うくらいなら普通に殺傷力高い武器使ったほうがいいだろ。正直言ってネタ武器の一種だよ」
オッゾからは呆れ気味に言われた。
『俺の考えって、もしかして変なのか?』
『非凡とは常人には理解しがたいものです。時代が追いつくのを待ちましょう』
『そういうことじゃないと思うんだけど』
「なんだよその言い方!」
突然響いてきた怒鳴り声。ロアとオッゾは会話を中断させてそちらを向いた。
そこにいたのは一人の青年と少女だ。両者の間からは険悪の空気が伝わってきた。
「うっさいわね。言い方も何も事実でしょ」
少女の方が苛立ち混じりの声音で言う。
「だいたい、助けたのはこっちの方でしょ。あんたらが無防備に背中を晒してる間にどれだけフォローしてあげたか。それなのにこっちにモンスターを通す始末。盾役くらい体張って務めなさいよね」
「そのモンスターを倒したのは別の奴だろ! そっちだって気づいてなかったじゃないか!」
「言い訳はうんざり。実力がないなら合同探索なんて参加してんじゃないわよ」
「なんだと!」
激昂した青年が少女の方へ詰め寄ろうと足を踏み出しかける。
そこに一人の人物が介入した。
「いい加減にしろお前ら。いくら周辺にモンスターの姿がないといって遺跡で大声を出すな。そんな当たり前のこともいちいち言わなきゃ分からないのか」
ギャラッツが怒気を滲ませて叱声を飛ばした。それを受けて二人は険悪な雰囲気のまま静かになった。
「あー、派手にやってんなぁ」
倒されたモンスターの解体を始めたオッゾが呆れ顔で口を開いた。
そばで同じように作業をするロアはその発言に反応した。
「あの女の方、あいつって確かオッゾたちのチームのメンバーだったよな」
「まあ、そういうことになる」
オッゾは身内の恥を語るような顔で、解体用のナイフを持ったまま器用に額を掻いた。
「メリアはな、性格がちっとばかしキツいというか、気位が高いというか。まあ、気難しいやつなんだよ」
少しだけ聞こえてきた会話だけでも、それが事実であるとロアにも理解できた。
「実力はあるんだぜ? DDDランクになるのも近いと言われてるし、大物討伐数だって若手ん中じゃハルトやオウカに次ぐレベルだ。でもそのせいか、自分より格下には当たりが強くてな。ぶっちゃけ嫌ってる奴も多い」
「オッゾもそうなのか?」
「俺か? 俺は別に嫌いってほどじゃないよ。むしろああいうのがいてくれた方が、楽しいというか面白いなって思ってる。上はそうは考えてないみたいだけどな」
以前にオッゾから変な奴だと言われたロアだったが、この青年も十分に変わった性格をしていると思った。
「そんでメリアって無駄に顔はいいからな。だからああやって、見た目に釣られた奴がコナかけてすげなく突き放されるのも、まあまあよくある話なんだよ」
「ふーん」
ロアは興味なさげに返事をした。
「なんだ? この手の色恋沙汰には興味ないか?」
「興味って、あれのどこにそんなの持つ要素があるんだよ。普通に関わりたくない」
「くくっ、やっぱお前面白いな。そんな感想が出てくるとは思わなかった」
声が大きくなりすぎないよう気をつけながら、オッゾと雑談するロアは解体の手を進める。
そのロアの背中を、一人の少女が忌々しさの篭った目つきで見つめていた。




