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シンギュラーコード  作者: 甘糖牛
第三章
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地下街

「よし、最低限の連携は問題なさそうだな。即席とはいえこれだけできれば十分だ」


 本格的なモンスターとの戦闘を迎える前に、全員でハンドサインを用いた動きの確認をした。

 口頭での意思疎通を交えることで、短時間でもある程度の情報伝達が行えるまでになった。


「細かい部分の調整は余裕ができたら行うとして、他に何か気になる点はあるか?」


 リーダーのハルトが意見を求める。メンバーの一人であるレインが反応する。


「隊列と役割の分担はどうしようか? 五人なら索敵役を真ん中に置いて、前後を二人ずつで守るのが無難だろうけど」

「いいんじゃないか。戦闘になったら後ろの二人が前に出てくればいいし、あんまり高度な連携をやろうとしても無理だろう。それにこの班はCランク、というより各班には最低一人DDDランクが振り分けられてる。互いの戦い方や実力もよく知らない即席チームだ。一番の実力者に最前衛を担当してもらうやり方が安パイだと思う。ハルトはどうだ?」

「俺はそれで構わない。実力的にもスタイル的にもそれが合ってる。前衛を二人置くとして、もう一人はどうする?」

「僕は遠慮したいかな。やれと言われればやぶさかじゃないけど、同年代の実力者が集まる中で負担の大きい前衛をやれるほどの自信はない。もちろん交代での役回りなら問題はないよ」

「だったら俺が務めるよ。この中でハルトを一番よく知ってるのが俺だ。そっちの方がお互いやりやすいだろ」


 主にハルト、オッゾ、レインの三人が意見を述べて、探索での決め事が決まっていく。ロアは複数人での探索経験がほとんどないため口出しできず、コーザンは積極的に会話に混ざろうとはしない。何かが決定するたびに二人には確認を求められるが、ほとんど三人だけで話し合いは進んだ。

 結局、索敵役はレインが担うことになり、ロアとコーザンの二人は彼の護衛と後方への警戒役となった。


「何か問題が起きるまではこれでいこう。よし、目的地までスニーキングを意識して無駄な戦闘は回避して進むぞ」


 リーダーの指示のもと、ハルト班は目的のエリアへと移動を開始した。




『地下って大丈夫なのかな。崩落したりしないかな』


 移動する最中に探索する場所について聞いたロアは、不安をペロに向かって吐露していた。


『探索エリアは新しく誕生するという話です。劣化や老朽化による崩落は気にする必要はないと思いますよ』

『でもさ。ここって迷宮なんかと違って、探索者を迎え撃つための場所なんだろ? モンスターだって出るわけだし、一網打尽に生き埋めにされたりしないかな?』

『それも心配する必要はないでしょう。仮にその可能性があるならば、若手の育成にそんな場所は選ばないでしょうし、探索者だって寄り付かない筈です。なにより遺跡の防衛システムが積極的に人間の排除を企むなら、そんなまどろっこしい罠を仕掛ける必要はありません。前線基地や近場の都市を直接攻撃する方が効果的です』

『うーん、なら大丈夫なのか』


 ペロの話を聞いてロアは気を楽にした。

 別にロアも、地下を探索することにそこまで不安を抱いているわけではない。地下での戦闘は迷宮で既に経験済みであるし、実際に生き埋めにされた経験だってある。旧時代に築かれた建造物が千年の月日を経て健在であることも知っている。

 加えて遺跡という場所に対する妙な信頼感も持っている。遺跡内では奥部にいくほどモンスターの討伐強度は高くなる。例外的な事例を除いて、奥にいる強力なモンスターが入り口付近まで出てくることはない。理由は不明であるが、とにかく遺跡というのは一定のルールを基にして成り立っている。

 これまでの探索者としての経験と、ペロという先史文明に由来する存在から知識を得ているからこそ、油断とは別に心のどこかで楽観していた。遺跡ではきっと想定外の事態は訪れても、理不尽に殺しにくるようなことはないだろうと。


 道中ではモンスターを発見することもあったが、作戦通り相手にせずそのまま通り過ぎた。幸いなことに進路上にほとんど動くモンスターの姿はなく、代わりに既に倒されたと思われる残骸なんかが無造作に転がっているだけだった。おかげでなんの消耗もなく目的地までたどり着いた。


「ここで一分だけ休憩を入れる。各自装備の確認やエネルギー補給等を済ませておけ。済み次第探索を再開するぞ」

「その前にちょっといい?」


 この場に予兆なく発せられた声。それを耳にした瞬間、全員が勢いよく同じ方向へと振り返る。表情には例外なく驚きの感情が添えられていた。


「……ウィスさん、近づくときはもう少し気配を出してくれませんか。都市の中ならともかく、遺跡でそういうことをされると心臓に悪いです」

「いやあ、悪いね。でもそこは警戒を促す訓練の一つだと思わないと。もし俺が敵だったらお前以外全員死んでるよ」


 ブレードの柄に手を伸ばしかけたハルトの苦言に、悪びれた様子もなくウィスと呼ばれた男は応じる。

 二人のやり取りを見守っていたロアは内心でペロに問いかけた。


『ペロ、今こいつが近づいてたの気づいてたか?』

『当然です。上手く気配を消していましたが、私を欺くほどではありません』

『……そうか』


 ウィスという男はロアたちの班についた監視役だった。その探索者ランクはBBランク。上級に達した実力者だ。

 班を組む際に事前に監視役が一人つくと知らされていた。ここまで移動する最中にも後方から付いてくる存在を把握できていた。それなのに、いつ接近されたのか全く気づけなかった。ロアはその事実に肝を冷やした。

 それでもペロはしっかりとその存在に気づいていた。自分の実力不足という反省点を自覚したが、同時に相棒に対する頼もしさをいっそう強く感じた。


「それで、言っておきたい事ってなんですか?」

「そうそう。都市の占有地だからおそらく問題ないだろうけど、もしも他に人がいたらすぐに俺と変わるよう伝えておこうと思ってね。こっちで対応するからさ」


 それを聞き各々が表情を引き締めた。

 合同探索で探索するエリアは、都市が優先攻略権を持っている。それが若手たちへ提供されており、独占的に探索できるようになっている。だから普通の探索者は余計なトラブルを回避するため、意図的に該当エリアを避けて行動する。

 しかし、境域テロリストを始めとした都市の法に従わぬ無法者は別だ。彼らは違法な手段で利益を上げることを厭わない。そこが都市の占有地であろうと構わず盗掘行為に励む。そして、そうするのは必ずしも無法者だけとは限らない。魔が差してルールを犯す者はどこにでもいる。普段は真っ当な探索者として活動している者たちですら、高価な遺物や金銭が関わると豹変する。

 だからこそ高ランクの探索者がサポートにつく。強力な見張り役がいるとなれば、無法者たちもおいそれと手は出せなくなる。不法探索が確認された場合は、武力によって強制的に排除されることになる。


「まっ、そのために俺たちが付いてるわけだし、過度に心配する必要はないよ」


 気負いを見せる若者たちへ、ウィスは気を楽にするように言った。


「分かりました。そのときはお願いします」

「任せてよ。それ以外は口出し含め、最低限の干渉しかするつもりはないけどさ」


 その会話を最後に小休止が終わり、探索が再開される。装備を確認したロアも意識を切り替えた。背後を格上の実力者に守られている。これまでの探索では経験したことのない奇妙な状況を頭の隅へと追いやった。

 地上にあるビルの一つを入り口に選び、そこから地下に降りていった。




(気のせいだったかな?)


 今しがた地下へと降りていった若者たちを見送りながら、ウィスは直前の出来事について振り返った。

 都市が主催する合同探索では、毎回上位チームに対して若手のサポートを兼ねた監視役の依頼がくる。不測の事態や予期せぬトラブルで、若手探索者を失わせないための措置である。任されるチームは毎度異なるが、今回はアケイロンが担当することになった。

 監視役の仕事は都市からの指名依頼だ。そのため報酬は出るが、それは上級探索者にとって魅力的なものではない。ただ危険度は少なく都市との関係性を良好に保てるため、断るという選択肢はない。加えてケイロンのような上位チームは有望な若手を多く抱えている。若手たちの成長を促すという理由や目的もあり、合同探索というイベントにはチームとして積極的に参加している。

 それと同時に、合同探索では上位のチームはそこまで優秀な若手を出したがらない傾向がある。各探索者チームは武力的な対立こそしていないが、決っして良好な関係を築き上げているわけではない。利害が一致すれば協力することはあっても、平時では互いに競争相手として見なしている。他所の力が落ちれば相対的に自分たちの評価が増す。合同探索はその格好の機会でもある。

 友好関係にないチームの参加者を、意図的に負傷または死亡させる。大半は事故や実力不足として処理されるが、稀に故意と判断された悪質な事例も発生する。無罪となったケースでさえ、当事者間の意識では全く異なり、合同探索に意義に反するような事態に陥ったことだってある。都市は問題解決のため探索記録の提出を毎回義務付けているが、それだけで丸く収まらないほど根の深い問題となっている。

 だからこそ、アケイロンが監視役の年はアケイロン所属の探索者が多くなり、その他の年では逆に少なくなる。他所のチームに有望な若手を預けて失いたくはない。それはアケイロンに限らず全チームに共通している。そんな状況を憂慮して、都市は一定以上の実力がある探索者チームには、最低でも一人は参加者を出すよう要請している。

 そのような理由も重なって、合同探索では自然と中堅以下のチームからの参加が多くなる。未探索領域では普段の探索での数倍以上の稼ぎが見込める。中堅以下のチームにとって、合同探索で享受できるメリットは生じるデメリットに比べて大きい。不参加を決め込むのは上位チームだからできる方法だ。


 そんな合同探索に、ウィスもアケイロンの監視役として参加していた。自身も昔はチームの先達に世話になった。だから休暇期間であるにもかかわらず、息抜きも兼ねて利点の少ないボランティア活動に興じていた。

 その最中に訪れた些細な違和感。自身と同じチームに属する若手を見守る中で、ウィスは普段とは異なる妙な空気を感じとった。例えるならまるで、遺跡の奥地で正体不明の何かに捕捉されたような感覚だ。

 理由も原因も分からない。しかし彼の超人的な感覚は、その違和感が間違いではないと確信していた。そしてなんとなく、その違和感の正体が目の前の若手たちの誰かにあるのではないかと疑った。そんなことはある筈がないのに、どうしてかウィスの直感はそれが正しいと判断していた。

 だが実際に確かめて得た確信は、己の直感とは正反対のものだった。


(この探索中に魔力による感知行為を行っていたのは二人。ハルトとロアという無所属の個人だけ。他の三人は探知機を使用していた。だから俺が感じた何かは、その三人のうちオッゾを除いたどちらかによるもの、そう考えるのが妥当だった。けれどなんとなくそうじゃない気がした。そう思って全員を試すつもりで近づいたわけなんだが……)


 ウィスは若手たちの反応を改めて思い浮かべる。


(表面的な反応に違和感は見られなかった。俺の接近に間違いなく全員が驚愕していた。あの反応は演技じゃない。俺の直感もそう判断している。──だとしたら分からない。最初の勘が間違っていたのか? それとも本人にとっても無自覚に発揮された力なのか。もしくは俺が近づいたことを単純に驚かれたのか、バレたと勘違いして驚きを見せたのか。……そこまでは判断つかないな。流石に両方で外したとは考えたくないけど、それだとそもそもの前提が覆るか。考えるだけ無駄かな)


 自身の感じた違和感に関して様々な可能性に思考を及ばせるも、望む答えは出そうにない。結局ウィスは考えるのをやめた。

 己の勘が間違っていたならそれはそれで構わない。ウィス自身も本気で得体の知れない実力を秘めた若手がいるとは思っていない。あくまで自身の命を何度も救ってきた直感に、今回も従っただけである。

 しかし、とも思う。もしも底知れない何かがあるならば、それはきっと近い将来に明らかになるに違いない。早ければきっと、この合同探索の間にも頭角か馬脚を現すかもしれない。

 息抜き程度でしかなかった若手のお守りが、ウィスの中で楽しみな仕事に変わった。




『これで上から三番目ですか。やはり侮れませんね』

『? そうだな』


 その呟きにロアは一瞬疑問符を浮かべるも、すぐに探索者のランクについて言っているのだと理解した。

 ペロは周囲の情報を収集する際、ロアの存在感知に自身の操作する魔力を紛れ込ませている。そうすることで、より深度の深い感知行為を他者に察知されることなく発動している。例外として、ロアが存在感知を解いているか、狭い範囲に絞っている場合のみ、支援対象の安全を確保するため独自の判断で広範に収集能力を広げている。その場合は収集能力よりも隠匿性を優先している。

 ペロはロアの存在感知を補正するにあたって、微妙な強弱を付けていた。ロアの探索者ランクはDDだ。身につけた実力もランク相応だ。今のロアの存在感知は訓練やペロの矯正効果もあり、同ランク帯の他の探索者より隠匿性は高くなっている。そしてペロがその気になれば、より他者に察知される可能性を低くできる。しかし仮にそれを行えば、逆に不自然さを際立たせてしまい、上位の実力者からのいらぬ勘ぐりや関心を引き寄せることになる。そのためペロは、状況に応じてロアにすら気づかれないレベルで高度な調整を施していた。今回は実力者が背後につくということで、存在感知の質をランクや実力より少し上程度のものに留めていた。

 ウィスが気づいたのは、そのペロによる微細な調整の変化だった。ウィスはロアの存在感知には気づいていたが、そこにペロの魔力まで重ねられていることには気づいていなかった。ただ一流探索者の研ぎ澄まされた感覚は、発せられている魔力に本人由来ではない異なるアレンジが加えられているのを感じ取っていた。他者の実力を認識する上で読み取れる、表面的な情報と実際のものとの間に生まれる微かな齟齬を、直感的に見抜いていた。

 これが仮に街中でのことなら、ウィスとて気づくのは無理だったかもしれない。漂う魔力の気配は複数人が入り乱れるほど判別が困難になる。しかし、遺跡という人の気配が限られ平時よりも警戒に意識を割いた状況では、いくらペロの高い欺瞞能力でも、上級探索者の鋭い感覚を完璧に欺くのは難しかった。


『まあ、向こうも確証があったわけではなさそうです。特に問題はありません』

『そうか』


 なんのことについて言ってるか分からないロアだったが、ペロが問題ないと言うならば本当に大丈夫なのだろうと、さして気にしないことにした。言及せず探索の方に意識を集中させた。

 階段を降りたロアの視界に、地下に築かれた通路の光景が広がる。新たに作られたエリアのせいか、そこは遺跡の中だというのに、地上部分よりも綺麗な状態が保たれている。機能性を有した内装は都市にある建物内なんかと遜色はなく、普段の遺跡とは異なる新鮮味が感じられる。

 地上部分と違う点はもう一つあった。


『地下なのに明るいな』


 地下街には照明が灯っていた。普通の遺跡では差し込む日光を頼りに探索せねばならぬが、こちらは照明器具によりぼんやりと通路が照らされている。多少の暗さは感じるものの、先まで明かりが灯っているので、視界に関する心配をする必要はなさそうだった。


「予定通りここから隊列を組んで進む。気を引き締めていけよ」


 リーダーであるハルトが指示を出す。その指示に従い、予め決めていた通りの形を組む。ハルトとオッゾが前衛を担当し、その後ろにレインがつく。ロアとコーザンの二人はレインの斜め後ろの位置にそれぞれ陣取った。

 索敵役であるレインが、予めリュックから取り出していた球体を前方へと転がした。


「なんだそれ」


 それを見たロアは思わず反応を声に出した。

 その呟きを拾ったオッゾが律儀に説明する。


「索敵機だよ。探知機で収集する情報だけじゃ心もとないだろ。だからこうやって情報の解像度を上げるために別の索敵手段を併用するんだ」

「へー」


 進路上には複数の球体が通路の上を音もなく転がっている。通路の隅々を調べ上げるような規則性のない動きは、自律して動いているようにも指示者によって操られているようにも見えた。


『もしかしてアレって、探索中にたまに見かけたやつか?』

『そうですね。あれらと同じ物です』


 ロアはこれまでの探索でも、似たような小型機械を見つけていた。それはモンスターとは違って特に脅威を感じられず、襲ってくる様子もなかったため放置していたものだ。ただ正体は気になったので、それが何なのかその時にペロに聞いていた。ペロからは、オッゾの説明と似たような答えが返ってきた。


『いわゆる生きている遺跡からは、常に微弱なジャミングが発せられています。これが探知機による索敵を一部妨害し、正確な情報の収集を困難にしています。ですから別個の機器を用いて索敵距離を広げ、加えて映像データ等によって情報精度の向上を図っているのだと思います』


 ペロの説明を聞いて納得するロアだったが、実物をこれほど近くで見るのは初めてだった。

 興味深そうに床を転がる索敵機を眺めるロアへ、オッゾが軽く後ろを振り返りながら言う。


「そういや、ロアってチームには入ってないんだよな。ずっとソロでやってきたのか?」

「いや、一人なのはそうだけど、一時的に他の探索者と組むことはあったよ。こういう本格的なのは初だけど」

「そうなのか。なら一人のときは索敵はどうしてたんだ? というか見たとこお前、探知機の類を持ってないよな。まさか普段から魔力だけで索敵をやってるのか?」

「そうだけど、それがどうかしたか?」

「え?」


 何気なく答えたロアの言葉に、驚きの声が発せられる。ロアは反応した人物の方へ視線を向けた。声を出したのは前列で警戒に当たっていたハルトだった。


「ああ、いや、悪い。盗み聞きしたつもりはないが、聞こえたせいでな」

「別にいいよ。知られて困るようなことじゃないし」


 ハルトの弁明にロアは気にするなと言わんばかりに応じる。ハルトに変わってオッゾが再度の質問を放つ。


「戦闘以外でそれだけ魔力を使えるってことは、相当魔力量が多いのか。一度の探索ではどれくらいの戦闘を目安にしてるんだ?」

「どうだろ。目安とかは決めてないけど、多くても二回くらいかな。キツくなったら帰る感じだ」

「まあ、そんなもんか」


 ロアの答えを聞いてオッゾは納得した様子を見せる。同様にハルトも腑に落ちたと意識を前方に戻した。

 このとき二人は勘違いしていた。ロアの戦闘回数が少ないのは、探索で消費する魔力が多いからだと解釈していた。

 実際にロアが戦闘回数を控えめに抑えているのは、心身の疲労のためだ。ミナストラマで戦うモンスターは手強い。ネイガルシティのようにEランク帯以下の獲物はほとんどいない。ロアは収入面と戦闘経験を積みたいという理由から、積極的に適正ランク帯のモンスターと戦闘を行うようにしていた。そのため魔力の消費よりも体力の消耗の方が早かった。むしろ自身の生命線である魔力に関しては、常に貯蔵量に余裕を持たせるよう心がけているくらいだ。

 ロアは質問の回答に対して、遺跡だけでの戦闘を答えていた。遺跡に行く途中にもモンスターは現れる。こちらは遺跡を目指す探索者にとって無視されるのが普通である。交戦を避けられない場合や、引きつけてしまった場合にやむなく排除されるくらいだ。しかし、ロアは魔力の補給や肩慣らしのため積極的に戦闘を行っている。チームを組んでいるならともかく、ソロでむやみに戦闘回数を増やすなど、探索者の常識を持つ者にとっては不要な消耗を増やすだけの愚かな行為だ。だからオッゾたちは、ロアが遺跡外で余計な戦闘を重ねているなど想像すらしていなかった。

 加えてロアにとって、休日を挟まない探索は当たり前となっている。通常は心身や魔力の回復のため、探索を終えてから数日は休みを挟むものだ。ある程度の余力を残すことで、連日での探索を可能とする場合もあるが、それは消耗を分散可能なチームであることが前提である。ましてや適正ランク帯のモンスターとソロで毎日戦闘を繰り返すなど尋常ではない。

 こと継続的な探索能力では、ロアは他の探索者を大きく上回る。支援対象の能力を正確に把握しているペロとは異なり、自分の力に関して未だ無自覚なままのロアだった。


「そろそろ索敵に引っかかりそうだ。ここからは雑談は控えてほしい」

「ああ、悪い」


 索敵に集中していたのか、この探索中ずっと無言だったレインから注意が入る。それにオッゾが謝罪を言い、ロアも口を閉ざした。


『どうして“引っかかりそう”なんだ?』

『モンスターの徘徊範囲の痕跡か、微弱に発せられる電磁波の類を捉えたのでしょう』


 ペロから帰ってきた答えに『ああ』と頷きながら、ロアは足音を消して静かに進む。モンスターに気取られないよう、足音や呼吸音など高感度情報をなるべく消して歩く。やがてロアの存在感知でも、通路を曲がった先にいるモンスターを確認できた。

 ハルトがハンドサインを使って指示を出す。通路の陰から順番に発見したモンスターの姿を窺った。


「数は手前側に一体と奥に一体か。討伐強度も高くなさそうだ。俺が奥のをやるからオッゾは手前を頼めるか?」

「了解」

「他の三人は待機と周囲の警戒を頼む。こっからはモンスターとの戦闘も増えていく。温存も必要だ」


 指示を受けたロアたちは無言で頷いた。

 ブレードを引き抜いたハルトが指を使ってカウントを行う。指を折りたたむごとに戦意を強くしていく。

 カウントがゼロになった瞬間、ハルトは一息に通路の陰から飛び出した。

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