合同探索
宿のベッドで目覚めたロアが、起き抜けに枕元にある情報端末で時刻を確認する。ちゃんと予定通りに起きられたことに安堵してベッドの上から脱出する。寝ぼけ眼をさすって浴場へ行き、朝から軽くシャワーを浴びた。
シャワーを浴びて完全に覚醒を促した後は、洗濯された肌着を身につけて軽くストレッチをする。そして今日の予定を軽く確認しながら朝食を済ませ、出かける準備を進めていく。探索用の装備をしっかりと着込む。
まだ慣れきってきない外骨格繊維の戦闘服。それが体にピッタリと張り付く感触を得て、ロアは準備を完了させた。
「よし、行くか」
気合いを入れて部屋を出た。
交流会を終えた当日に、ロアは探索者協会からある通知を受け取っていた。
「合同探索?」
それは交流会に集まった若手探索者のうち、特に優秀な者を集めて行う合同探索の誘いだった。その参加資格はDDランク、中級探索者に達していることだ。そのためロアにも声がかかった。
どうしようか少し悩んだロアは、時間をかけず決断を下した。
『参加するんですか?』
申し込みを行なったのが意外だったのか、ペロが疑問の声を上げた。
『うん。サルラードシティにいた頃に思ったけど、一緒に探索する仲間を見つけるのもいいかなって思ってさ』
リシェルたちと肩を並べて戦った戦闘。あのときの連携がロアの頭をよぎる。ミナストラマに来て一人でモンスターと戦う際、もしも共に戦う仲間がいたのなら、もっと効率よく戦えたのではないか。
現状は一人でも五体満足に探索を終えられている。仲間を増やす必要性をそこまで感じていない。しかし、この先より強力なモンスターと対峙することを想定するならば、ここで仲間を見つける選択はありだと思った。
『それにこういうのって、自分から動かなきゃダメだしさ』
ロアはかつての行動を思い返す。仲間を持つに至った当時の自分を。思えばあの頃だって、自発的に動いた結果、仲間と呼べる者たちができた。
彼らと決別したことで、一時はもう仲間など作らない。そう思うこともあった。けれど、誰もが前に進んでいる。自分ばかりが立ち止まってはいられない。
ロアの選択を、ペロは肯定も否定もなしに見守るのだった。
宿を出たロアは自身の車両に乗り込んで車を発進させる。搭載されたナビゲーションシステムで行き先を決めて、いつもとは違う道を辿って都市の外へ車を走らせていく。
変わらぬ軽快な走りをする車両の中で、本日訪れる遺跡について考える。
『今回探索する場所はムトラ遺跡じゃないんだよな。ディセレイ遺跡だったか。初めて行く場所だ』
新規の遺跡を探索するにあたって、ロアは改めてミナストラマという場所について調べた。
ミナストラマ地域。広大な土地を誇るそこは総面積にして数万㎢に達する。同エリアにはムトラ遺跡を含めて五つの保護遺跡が存在しており、これらの遺跡に挑むため四つの都市に探索者たちが訪れる。ディセレイ遺跡はムトラ遺跡同様、ウェイドアシティから比較的近い場所に位置する遺跡である。
そして、それら衛星遺跡の中心部に存在するものこそが、ミナストラマ最大の遺跡だった。
『ペルン遺跡。誰にも攻略されてない一級遺跡か。こっちも強くなったらいずれ挑んでみたいな』
一級遺跡は数ある遺跡の中でも最高難度に分類される遺跡だ。そこを主に攻略するのは一流とされる上級以上の探索者たちであり、彼らでさえ命を落とす可能性があるほど危険な遺跡である。
外縁部ならば中級下位レベルであるDDランクでも通用すると言われているが、ムトラ遺跡すら満足に探索できない段階では挑戦するには早すぎる。今はまだ別の遺跡に挑み力をつける必要があった。
ロアがまだ見ぬ遺跡について考えていると、ここまで黙っていたペロがふいに言った。
『ペルンとは、イセィロ共和国の首都機能を有した都市の名前です』
『……急にどうした? いせいろ?』
『イセィロは人類協調体を成した主要構成国の一つでした。イセィロを含む七つの大国を中核として、人類協調体という超国家組織は成り立っていました』
何やら始まった不思議な話をロアは黙って聞くことにした。
『イセィロはネナン大陸の西側に位置していた国です。そしてセイラク市の存在したシェウン民主共和国は同大陸の東側にありました。両国の間は他の国々や魔境と呼ばれる地域により隔たれ、陸路での交通は限定されていました。またその距離も非常に離れていました。本来ならばここまで何の障害もなくたどり着くのはあり得ないことなのです』
ペロは強い口調で断言する。ロアはこの相棒が一体何を言おうとしているのか分からなかった。
困惑するロアをよそにペロは続きを語る。
『違和感はあったのです。サルラードシティでした話、私は都市と都市との繋がり感じられないという指摘をしました。隔ての壁もそうです。大陸の一地域に築かれた壁では、別大陸に存在する国までは覆い切れません。遺跡という存在が当時の文明全てを指す言葉ならば、壁の外にも旧時代の痕跡は残っている筈です。あるいは境域と呼ばれる地域は複数あるのかもしれないとすら考えていました』
ペロが有している旧時代の知識とリシェルたちから聞かされた話を合わせた考察。
それが一つの推論として結実しようとしていた。
『しかし、述べた通りここにきて致命的な矛盾が生じました。イセィロとシェウン双方の遺跡がなんの障害もなく繋がっている。そして当時の国家が存在した場所には遺跡という形以外でほとんど文明の跡が残っていない。──もしかしたら、境域と呼ばれるこの地は私の知る世界ではないのかもしれません』
語られた内容を聞いても理解が及ばず、ロアは何も言えないでいた。
『ただ同時に見過ごす要因も存在しました。この地にはオルトンが撒かれていたからです。それが私にとって既知の世界であると錯覚させました』
『おるとん……?』
『オルトンとは環境掌握システムを構築する情報分子機械の総称です。目に見えない粒子と同程度の大きさのナノマシンを空気中に散布して、自在に惑星環境を整えるために作られたものです』
そこでようやく話に馴染むことのできたロアは、昔の人間がどうしてそんなものを作ったのか疑問に思った。
ペロからはすぐに答えが返ってくる。
『かつての地上は上位存在との争いにより一部の地域が荒廃し、惑星環境も多大な影響を受けました。そのため当時の人々によって堅牢な要塞都市を築いて内部に避難する案とともに、既存のテラフォーミング技術を利用して星の環境を制御しようという試みが行われたのです。先日訪れた迷宮を覚えてますか。あれもおそらくはその成果の一つです。室内環境で実現された自然物や生態系の再現。これを地上全土に及ぼそうという計画だったのです』
人為的に築き上げた領域だけでない。既存の体系的世界に介入し人の手によって支配する。それこそが地上の環境を修復するために当時の人類が企んだ計画だった。
『最終的にその試みは成功しました。上位存在という不安要素は残ったものの、全ての人類が環境掌握の恩恵を享受することが可能となりました。大戦が激化するとともに人々の多くは要塞都市に逃げ込みましたが、星の環境を思いのままに操ることで生態系の回復は兆しを見せたのです』
一度区切りを入れて話を締めくくる。
『それ故に私は勘違いをしました。オルトンで満たされているからこそ、ここが私の生まれた文明と地続きな世界であると疑いませんでした。豊かな自然を取り戻したのも、環境掌握による千年を超える月日の成果だと解釈しました。しかし既に述べた通り、今ある現状はあり得ないの一言に尽きます。それはこれまで手に入れた情報から疑いようのない事実です。この境域と呼ばれる地がどうやって生まれたのか。それは分かりません。ただ一つ言えるのは、私の知る世界と今あるこの世界はどうしようもなく別物だということです』
そこでペロの話は終わる。
黙って聞いていたロアは思案する。全てを完璧に把握できたわけではないが、なんとなくペロの言いたいことは分かった。これまでに度々言及されてきた現状の謎に関する内容である。それにまた一つ新たな確信を得たということだ。
でもどうして急にこんな話をしたのか。それが不思議だった。
ロアの思考を感じ取ったのか、ペロはその疑問も解消する。
『私が今この話をした理由は、ペルンという場所にあります。人類協調体の中核を担っていた彼の国は、おそらくこの世界の現況に対する回答の一つを持っている筈です。あなたがいずれそこに挑もうとするならば、知っておいて損はない話だと思いました』
妙な言い方をされてロアは首をかしげる。
『自分が生まれた世界のことだろ? お前は知りたくないのか?』
『気にならないと言えば嘘になります。しかし、ペルンの抱える戦力が当時のままか、あるいは超えていた場合、ロアが私の要求する水準に達し私が最大限のサポートを行ったとしても、命がけの挑戦になる筈です。私個人としては、そこまでして知る必要はないと思っています。他にも真実にたどり着く手段はあるでしょうしね』
先史文明が滅びることになった真相。ロア自身も正直に言えばそれは気になる。しかしその手がかりを持つであろうペルン遺跡には、ペロですら死を覚悟するだけの障害が待ち構えている。
今更その程度のことに恐れはない。命がけなのはこれまでも同じだ。命をかける覚悟はとっくにできている。そんなことは探索者を続けると決めた時点で織り込み済みだ。
それでも積極的に死地に身を投じたいわけではない。
命がけの対価。果たしてそれに見合うのか。たとえ先史文明が滅びた真相を知ったところで、何かが変わるわけではない。どれだけ価値ある情報であろうと、今の自分には過ぎたものでしかないのだ。
けれど、ペロにとっては違うかもしれない。自分に気を使ってるだけで、本当は重要なことなのかもしれない。であるならばそれは、自分にとっても十分に挑むに値する価値があると言えるのではないだろうか。
あるいは探索者を続けていれば否応無く知る機会があるのか。積極的に求めなければ得ることはないのか。
そんなことを考えているうちに、ロアは目的地にたどり着いた。
新規に訪れる遺跡であっても同じミナストラマ地域に属する遺跡である。前線基地の雰囲気に大した違いはなかった。ロアは簡素な防壁を通り抜けて、駐車スペースの一角で車を停めた。そこから寄り道などせず、端末に送られてきた集合場所に向かった。
集合場所には既にそれらしい者たちが集まっていた。雑談したり何かを食べたり装備の点検を済ませたり、思い思いに時間を潰している。何人かは新たに現れたロアの方に顔を向けるが、一瞥するだけ視線を逸らした。
その中で一人、ロアも知る人物が近寄ってきた。
「おはようロア、先日振りだな。今日はよろしく」
「ああ、よろしく」
親しげに声をかけてきたのはノルザだ。数日前に拠点を訪れて交流したこともあり、お互いに親交が深まっていた。
気安く挨拶を返したロアは、彼の後ろにいる見知らぬ人物へ焦点を合わせた。
「えっと、そっちの人は? 初めて見るけど」
「こいつはヴェンだ。俺と同じくオーダラインに所属してる探索者だ。人見知りだからあまり愛想は良くないけど、いい奴だから仲良くしてくれると助かる」
「そうなんだ。俺はロア、よろしく頼む」
ヴェンと呼ばれた青年は、無表情のままコクリと頷いた。
「ところで、キアラの奴はいないのか?」
「ああ、あいつはDランクだから参加してないよ。知らなかったか?」
言われてロアは彼女があまり強くなかったのを思い出す。
「でもゴロゴロだっけ? あの強いモンスターがいるだろ。あいつがいるなら簡単に中級以上になれるんじゃないのか?」
「いや、従属モンスターが強くてもそれだけじゃランクは上がらないんだ。俺も詳しくは知らないけれど、探索者のランクは持ち込んだ収集物以外に協会側が独自の評価方法で評定しているらしい。仮にそうなら強力なモンスターを手に入れただけで上級になれてしまうだろ? だからその辺はかなり厳格なんだそうだ」
なるほどと頷きながら、ロアは自分はどうなのか考える。モンスターではないが、ペロという規格外の力を借りている。そのペロはモンスターと同じ先史文明由来の産物である。戦っているのは紛れもなく自分であるにしろ、周りからすればズルと見えなくもない。もしバレたら探索者資格を剥奪されるかもしれない。
秘密にしなきゃいけない理由が一つ増えたところで、ノルザが表情を神妙なものに変えて言う。
「それでも実際に遺跡に行って成果を上げれば別だけど……この間話した事情もあって、あんまり無茶は出来ないからさ」
「ああ」
キアラの持つモンスターを操る力は多方面から狙われていると聞いている。遺跡で襲撃されるリスクを考えれば、積極的に探索者活動をするわけにはいかないのだろう。ロアは彼らの現状はやはりあまりよく無いのだと思った。
それからノルザたちと雑談を交わして時間が過ぎるのを待った。
「──全員こちらに注目してもらおうか」
よく通る声がこの場に響いた。それに釣られて一同の意識が同じ方向へ惹かれる。
そこには実力者と思われる数人の探索者が並んでいた。真ん中に立つ人物が代表して口を開いた。
「今回の合同探索で監督役を任されることになったアケイロンのフェルトマンだ。隣にいるのは同じアケイロンに所属する探索者たちだ。ランクは全員Bランク以上ある。俺たちで今回の探索の監視とサポートを行う」
「異論はあるか?」と、フェルトマンと名乗る男はざっとこの場にいる面々を見回した。上位の探索者の威風に気圧されてか、異論の声は上がらなかった。
「結構。では早速本題に移ろう。今回お前たちが探索するのは、新たに出現した未探索領域だ」
攻略中の遺跡というのは、主に三つの区分に分けられる。周辺からモンスターをあらかた排除した制圧区域。人とモンスターがしのぎを削る争闘区域。侵入者をほとんど寄せ付けない未踏破区域。
このうち探索者が主に攻略するのは争闘区域だ。ここが人間とモンスターが殺しあう主戦場となる。
しかしたとえ制圧区域であっても、遺跡側が黙って土地を明け渡すなどあり得ない。度々モンスターが人を排除するために送られてくる。
そのような遺跡による防衛措置が働く中で、探索者側にメリットがある珍しい現象が存在する。それが改修現象と呼ばれる新規エリアの誕生である。
制圧区域または争闘区域のどこかに、新たな未探索エリアが築かれる。エリア内はまるで当時の街並みを再現したかのように真新しさを有し、その内部には手付かずの遺物が大量に残されている。
この現象の発生には様々な理由が考えられている。遺跡側の防衛策として人類に継続的な利益を与えることで、侵攻の手を緩めさせようという説。あるいは遺跡としての価値を示すことで、致命的な破壊行為を抑止しようという説。遺跡の管理システムが当時の街並みを復元しようとしている説や、都市が遺跡側と交渉して価値ある遺物を用意させている説など。突拍子のない説まで唱えられている。
一つ断言できるのは、誕生するエリアが探索者にとって大きな魅力があるという事だ。旧時代の遺跡では迷宮など一部の施設を除いて、回収された遺物が元に戻ることはない。しかし改修現象が発生した場所では、新たに大量の遺物が新品状態で発見される。そのため各探索者チームは、未探索領域の攻略権を手に入れようと高値での落札を試みる。
ウェイドアシティは若手の交流を深めるため、この未探索領域の攻略権を買い上げていた。いくら都市が主導する形で動いても、ただの合同探索では人は集まらない。明確な利益を与えることで参加者を募っていた。
「探索するためのチームはこちらで振り分ける。異論等があれば聞くが、基本的には受け付けない。雇用主によっては仕事仲間を選べない。性格や相性が合わない相手と組むのも経験だ。これも己の糧としろ」
合同探索には若手の交流を深める他に、初顔合わせでの連携を図らせる目的もある。Cランク以上の探索者になれば、護衛依頼や指名依頼など重要度の高い案件を任せられることになる。即席のメンバーでどれだけ上手く連携をこなせるか。将来的な活動に備えて模擬的な実戦を行わせている。
「六人一組を一班として扱う。全部で二十九人いるため一つだけ五人編成になるが、そこは上手くやってくれ。二日後はまた別のメンバーと組み替える。高度な連携よりも協調や共闘を意識しろ。独りよがりはメンバー全員を危険にさらす。肝に命じておけ」
「あんのー、ちょっといいっすか?」
集まった若手たちの中から、どこか間の抜けた声が発せられた。この場にいる者たちの意識がそちらへ向いた。
「なんだ?」
「俺ら同じチームなんすけど、三人一組じゃいけないっすか。ほら、取り分とか減ったら嫌だしさ」
注目を集めた青年は、向けられた視線を意に介さずニヤつきながら言った。
そのヘラヘラとした言い分に対して、フェルトマンは視線を鋭くして答える。
「駄目だ。合同探索の意義は同世代との交流を深めると同時に、探索者としての経験を積むためにある。お前たちは全員それを了承してこの場に来ている筈だ。従えないのなら帰ってくれて構わない」
「へーい、わかりましたぁ」
青年は特に文句もなくあっさりと引き下がった。神経を逆なでする言動のせいか、フェルトマンの眉が苛立ちを表すかのようにピクリと動いた。
「スネイカーズの奴らだ。アケイロンとは仲悪いから、ああやってわざと怒らせるような言動を取ってるんだ。都市主導の合同探索で、他所の若手を不用意に罰すれば評判に傷がつく。相変わらずねちっこいやり方だ。お前も組むことになったら気をつけろ」
ロアは隣にいるノルザから小声で忠告を受ける。スネイカーズといえばダンやウェナたちが所属しているチームだ。ロアは改めて彼らの方を見て二人の姿を探す。だが彼らの近くにダンたちの姿は見つけられなかった。
監視役の指示に従って班の振り分けが行われる。一人一人が順番に分けられ、探索を共にする即席チームが出来上がっていく。
ロアも同じように分けられた班に向かおうとして、その際に監視役の一人から呼び止められた。
「ん? お前探知機はどうした? 見たところ記録装置はあるみたいだが。器官改造か?」
「きかんかいぞう? なんだそれ?」
ロアの返答が予想外だったのか、男は困惑げに眉を寄せた。
「……眼球や耳などの感覚器官を改造して探知機に等しい収集能力を持たせることだ。聞くってことは違うのか?」
「ああ、うん。俺はそもそも探知機とか持ってないから」
隠すことでもないのでロアは正直に答える。探索者の必需品は一通り揃えていたが、探知機だけは必要ないので買っていなかった。
「呆れたな。魔力による索敵を常時探索で使ってるのか。それで魔力は持つのか?」
「ああ」
頷くロアの装備を確認するように、男は上から下へと目線を滑らせた。
「ろくな防具も迷彩装備も無いが……なるほど、腕に自信のあるタイプか。虚勢じゃなきゃいいが」
そしてもう用はないと言わんばかりに視線を外した。ロアもその場から離れた。
『なあ、さっきの奴が言ってた迷彩装備ってなんだ?』
『モンスターや探知機による索敵を誤魔化すための装備です。要するに普段から私がやっているものです』
『あー、そうか。そういうのって俺、お前に任せきりだったもんな』
迷彩装備には自身の情報を隠蔽する効果がある。これが無ければ遠距離から居場所を探知され、攻撃を受けやすくなる。それを防ぐための防護装備である。ロアの場合はペロに自身の存在情報を欺瞞してもらっているので、探知機と同様に迷彩装備を購入する必要性は薄く、用意していなかった。
『わざわざ買うよりは己の技量を磨いた方が有意義で安上がりです。こちらもそのうち単独でできるようになってくださいね』
『……善処するよ』
新しい訓練事項が増えて苦笑いを浮かべるロアは、次に他の者たちが身につけてる装備に視線をやった。
この場にいる者は例外なく中級探索者に相応しい出で立ちをしている。強力そうな武装はもちろん、強化服と思われる高価な被服を身につけている者も少なくない。事前に外骨格繊維の戦闘服を買っていなければ、浮いていたと思えるほど充実した装備を見せつけている。
そんな中に一人だけ、不自然に身軽な格好をした者がいた。
『確か、ナックルだったか。なんかあいつだけやけに持ち物が少ないな』
どうやら彼はまともな武器一つ持っていないようだった。格好は非常にシンプルで探知機や情報記録装置などの類も見当たらない。とてもこれから遺跡に行く者の姿ではなかった。
『変な奴だと思ったけど、本当に変な奴だったな』
ロアが失礼な感想を頭の中で考えていると、視線に気づいたのかナックルがロアの方を向いた。それにロアはなんとも言えない表情を作り、顔を逸らした。
また他の参加者を観察する。彼らの中には頭部をヘルメットやゴーグルで覆っている者たちが多くいる。似たような装備はこれまでも何度か目にしてきたが、同年代の実力者が身につけているのを見てその有用性が気になった。
『あの頭に付けてるやつってよく見るけど、頭部を守る以外に意味ってあるのかな?』
『あれは探知機で収集した情報を視界に映し出しているのだと思います。周囲の索敵は視覚から死角を減らすのが最も効果的ですからね』
人間生来の感覚器官による外部情報取得能力は視覚と聴覚が95%を占める。それ故に人が情報を処理するならば、視覚と聴覚を経由するのが最も効率が良い。探知機で収集した三次元の索敵情報を、全天球視界を利用した広い視野角で二次元情報に落とし込む。そうすることで、人の脳に取り入れやすく補完している。
『結局のところ存在感知の部分負担でしかありません。魔力は個人の練度により質や浸透性を自在に操れるので、一定の技量を駆使できるならば下位互換に留まります。あるいは共闘する仲間がいれば、互いの情報を交換することで連携が取りやすくなるのでしょうが、どのみち今の私たちには必要ない物です』
『そうなんだ』
ロアは今まで探知機を必要としてこなかったので、その辺りの事情には疎かった。漠然と存在感知と似たような方法で周囲の情報を収集しているのだと思っていた。今更ながら他の探索者がどのようにして情報を取り入れてるのか知った。
見れば視界を覆う装備は全員が装着しているわけではない。中には顔の前面を開けている者や頭部に何もつけていない者もいる。ペロが言うように己の能力に自信を持った者か、外から判別しにくい方法で処理している者たちなのかもしれないと考える。
ロアが参加者の観察をやめて自分の班に向かうと、既にメンバーは揃っていた。
「いきなり同じ班になるとは奇遇だな、ロア」
「ああ、そうだな。よろしくオッゾ」
そこには先日の交流会で知り合った青年、オッゾがいた。知り合いがいたことで少し気を和らげたロアは、片手を上げて挨拶してくるオッゾに、同じく手を上げて挨拶を返した。
「なんだオッゾ、そいつと知り合いだったのか?」
「ああ、交流会の時に知り合ってな」
「そうか。それじゃあ全員揃ったことだし、お互いに自己紹介を行おうか」
その発言を皮切りに一人ずつ自身の名前とランク、所属チームを述べていく。合同探索の要項にあった通り、全員がDDランクに達している探索者だった。そして驚いたことに、一人だけCランクの者がいた。その者は交流会に参加した際、オッゾが同世代でトップと評した人物だった。
「この班の指揮は一番ランクが高い俺が執ろうと思う。文句があるなら今のうちに言ってくれ。探索が始まってから言われても混乱の元だからな」
唯一のCランク探索者であるハルトは、そう口にして班員の顔を見回した。
「いいんじゃないか。こういうのはランクが高い奴が仕切るもんだ。そういう意図があってこの班を五人編成にしたんだと思うし、俺は問題ないと思うぞ」
同じアケイロンに所属するオッゾが賛成する。
即席のチームを組む上で最も揉めるのが指揮系統だ。大抵の場合はランクが高い者が取り仕切るか、各自個別に対応するのが普通となっている。誰でも実力や素性の知れない者に命を預けたくはない。そんな状況で、ランクは分かりやすくその者の能力を示す目安となる。
「オッゾは同じチームだからいいとして、他の三人はどうだ?」
「僕も問題ない。Cランクがいるならこっちとしても心強い」
「……好きにしてくれ」
続いて二人が了承した。
「ロアって言ったか。お前はどうだ?」
最後に残ったロアは少し考える素ぶりをしてから答えた。
「指揮って、言われたことには全部従わないといけないのか?」
「別に盲目的にこっちの指示に従う必要はない。けれど従えない場合は最低限その根拠や理由を示してくれ。そうじゃないとメンバー全員の命を危険に晒すことになる」
「こっちに明確な根拠や理由があって、それでもそっちが納得できなかったらどうするんだ? 俺は俺の判断で勝手に動いていいのか?」
「そういうときは、そうだな。好きに動いてくれて構わない。だが勝手な行動を取るなら、その場合のリスクも覚悟しておいてくれ」
言外に自分のミスは自分でカバーしろと言われ、ロアは相手の決定に同意を示した。
『ええと、こんな感じになったけどいいよな?』
ロアは今更ながらペロへ確認を取る。命がかかることなのに何の相談もせずに決めた。大したことではないと思い自分一人の判断で決めたが、一応決まってから聞き合わせた。
『別に構いませんよ。仮に彼らが体良くこちらを囮にしようとしたり、罠に嵌めて殺しにかかったりしてきたなら、逆にこちらが相手を全滅に導いてあげましょう』
『ああ、うん。言い方はアレだけど頼りにしてる』
顔見知りのオッゾや格上であるCランクがいるとはいえ、彼らの実力が未知数なことには変わりない。信用など言葉やランクだけでできるものではない。しかし、ここで反発して和を乱すほど空気が読めないわけでもない。わざわざ合同探索に参加したのだ。命を預ける条件として、お互いが納得できる落とし所を調整した。
「索敵情報の受け渡しはどうする? 同期させるデバイスや通信機は持ってるか?」
「これならあるけど」
ロアは真新しさが目立つ端末を取り出した。
元々持っていた情報端末は下取りに出した。画面が割れているので大した価値は付かないと思われたが、中の部品が無事だったのでそこそこの値段になった。それを売って得たお金と装備を買う上で余った資金を元手にして、新しい端末を手に入れた。今度は性能にもこだわり、なるべく高価な情報端末を買った。そのため周辺機器などを合わせて購入価格は300万を超えたが、期待通りの性能があり後悔はなかった。
「パネル型か。流石に探索中に扱うには不便だな。分かった。口頭と簡単なハンドサインでやり取りしよう。これから戦うモンスターのランク帯を考えれば実力も索敵能力もこっちが上になる。今回はそれで問題にならない筈だ」
ロアは連携を取り合うためのサインを何パターンか教えてもらった。
そうして各班が事前の意思疎通を図り終えた段階で、監視役の探索者がまた注目を集めた。
「各自、探索を共にするメンバーとの紹介や確認は済んだな。──では、最後にこれだけは伝えておく」
雰囲気の変化を察して、全員が監視役の男へ意識を集中させた。
「今回の合同探索は訓練でもなければ演習でもない。実戦だ。サポートを兼ねて監視役に付くと伝えたが、危機的状況であってもこちらはギリギリまで支援に入らない。それを覚悟してもらいたい」
フェルトマンはこの場にいる皆の覚悟を試すように視線を巡らせる。
「場合によってはそれで重傷を負う者や、最悪死亡する者も現れるだろう。だがそれが探索者だ。危険に飛び込み、怪物を打ち倒し、果てに富と栄誉を獲得する。命がけの対価としてのみ報酬を得る。そういう世界だ。各々が一人の探索者としての自覚を持ち、それに相応しい意志と行動を披露することを願っている。以上だ」
その言葉を最後に各班ごとに移動を開始する。
合同探索が始まった。




