ウェイドアシティでの買い物
「ええっと、ここで合ってるよな」
商業エリアまで来たロアは一つの建物の前で止まる。端末で目的の場所かを確認する。
協会職員のリーナと対談してから数日が経った。ロアはそれからも地道に金策を続け、交流会を間近に控えた頃になってようやく目標としていた金額を稼ぎ終えた。装備を買うなら交流会の後にした方がいいとも思ったが、今すぐ買い換えてさして不都合があるわけではない。数日余計に待たされたこともあり、探索でのストレスを発散するような気分で買い物に来ていた。
間違いがないか端末で確かめてから中に入る。入り口には来訪者を選別するセキュリティゲートが設置されていたが、なんの問題もなく通過した。
壁外企業の一部は協会が有する探索者情報を部分的に共有している。今回ロアが訪れた探索者向けの専門店は、中級以上の探索者を対象顧客としている。そのため要求ランクに満たない者は自然と入り口で弾かれることになる。
高価な商品を扱う店の客として相応しいと認められたロアは、自分の求める装備を求めて店の中を回った。
『ここが服や防具なんかを扱う階か』
道具や雑貨類が売られる一階をスルーして、被服の売られるフロアまで来た。
『今回はかなりお金あるし、服も結構良いのを買いたいな』
ロアはこれまで武器や万が一に備えた薬品の購入に資金を費やしていた。魔力強化があったためそれで不都合はなかったし、他に手を出すほど金銭的な余裕があるわけでもなかったからだ。けれどもミナストラマに来てからは負傷する事態が相次いだ。その度に高価な再生剤を使用させられてきた。無駄な魔力消費や薬品の使用を避けるためにも、これからは身を守るのに特化した防護具や、戦闘能力の底上げを図る装備品を買う必要があると考えていた。
現在の手持ち資金は車両を買う前と同程度はある。なんなら強化服のような高めの装備も買おうと思えば手に入る。今回は他に欲しい物があったため強化服を買う気はないが、いずれの購入を視野に入れつつ商品を見て回った。
商品に視点を合わせれば、それが入れられたショーケースには文字や数字が表示される。そこには商品名や価格、それと簡単な製品情報なんかが書かれていた。
「外骨格繊維が使われた戦闘服……?」
ある商品の説明を読んだ際に、外骨格繊維という見慣れない単語が出てきた。ロアはそれが気になり観察してみるが、見た限りでは普通の戦闘服と変わったところはない。せいぜいデザイン的に洗練しているくらいだ。外骨格繊維と言われても、どういう性能なのかピンとこず頭を悩ませた。
「こちらの商品をお求めですか?」
「え? あ、いや、商品の説明を読んでも分からないところがあって」
商品と睨めっこをしていたら、横合いから店員に声をかけられた。急に話しかけられたロアが少々焦りながら事情を語ってみれば、店員からは商品の詳しい情報を調べる方法があると教えられる。ケースの役割を果たしているディスプレイを操作すれば、詳しい商品内容を確認できた。
その機能により判明した情報によると、この戦闘服は外骨格の特性を持たせた機能性繊維で作られているとのことだった。外骨格の名の示す通り、中級探索者の激しい戦闘にも耐えられるほど防護能力が高く、身体能力の向上を補助してくれる。素材や魔力の通りにも優れるため、魔力で強化した場合の耐久性は通常のものを大きく上回る。
「これって強化服とは何か違うんですか?」
「強化服は動力源を別に用意しています。そのため戦闘能力の飛躍的な向上は可能ですが、使用時間に限りがある上、相応のコストがかかってしまいます。対して外骨格繊維は、出力が低い代わりに金銭的な負担などはほとんどありません。普段から気軽に着用することが可能です」
つらつらと述べられる分かりやすい説明を、ロアは「へー」と頷きながら興味深く聞いていた。
「それじゃあ、この性能向上オプションってなんですか?」
「そちらは拡錬石を用いた装備品の強化拡張ですね。要望や予算に応じて戦闘服の拡錬作業を請け負います。他所で改めて依頼なさるよりは当店で済ませた方がいくらかお得になりますよ」
戦闘服の性能向上オプションは100万ローグ以上かかるようだが、拡錬石の高さを思えばそれほど高額には思えない。それにわざわざ外で依頼する手間を省けるならば、その分だけお得と言える。強化の内容も耐久性の向上と己の要求に適うものがある。追加の金を払う価値はあるかもしれない。
自分自身でやりたい気持ちもあったが、それはまたの機会に取っておくことにした。
「じゃあ、これ買います。あとオプションは耐久性の向上でお願いします」
「試供品を試着して着心地を確かめることも可能ですが、どうされますか?」
その言葉に少し悩んでからロアは応じる。
「ううん、普通に買っていきます」
「かしこまりました。お買い上げありがとうございます。性能向上オプションについてはご予算はどれほどを想定されていますか? それと強化内容は耐久性のみでよろしいでしょうか?」
拡錬石による装備品等の拡張行為は、全体のバランスを考えて性能を上げた方が、装備の存在状態が安定して効率が良くなる。それを聞いたロアは耐久性を主軸として、他の性能も適度に向上させることにした。拡錬石による強化の勝手は分からないが、安すぎても意味がないだろうと150万ほどを費やした。
「それでは、お客様の体に合わせた製品を提供するため採寸を行わせていただきます。よろしいでしょうか?」
了承したロアは店員に促されて別の場所へ移動する。自動採寸する機械の前で服を脱ぎ、下着だけの状態で台の上に立って採寸を完了させる。
「お疲れ様でした。採寸はこれにて終了です。──製品の完成には一時間半ほど時間を要します。完成までお待ちいただくことも可能ですが、お客様の住宅に直接お届けすることも可能です。如何されますか?」
「えっと、それじゃあ、待ちます」
「かしこまりました。それでは時間になりましたら、こちからからご連絡させていただきます」
そう告げられて、ロアはこの場で決済を済ませ時間が来るまで適当に店内をぶらついた。武器の方を見に行こうとも思ったが、決めている最中に邪魔が入っても嫌なので、素通りした階層なんかでウインドウショッピングをして時間を潰した。
それから確かに一時間半ほど経ち、ロアは完成した製品を受け取った。この場ですぐに着用できるという話だったので、不具合や使用感を確かめる意味でも早速着てみることにした。思ってたより重量があるそれを大事に抱えて、試着用の個室を借りて身につけた。
「おお……!」
想像以上の着心地の良さにロアは感嘆の声を上げた。新しい戦闘服は採寸をしたオーダーメイドのためか体に程よく馴染んだ。体に張り付くほどのフィット感があるのにキツさは無く、締め付けられるような息苦しさは感じない。軽く手足の関節を曲げてみるだけでも、装着前と比べて動きやすさは抜群だった。いつもよりだいぶ体が軽くなった気がした。
『すごいなこれ。普通のと全然違う。今まで着ていた服がなんだって気になってくるな』
『あまり使いすぎても無いときに辛くなりますので、その点は注意が必要でしょうがね』
『確かに』
ペロからの指摘にロアは頷いた。この状態に慣れれば、きっと脱いだ時との違いに驚かされるに違いない。あるいはこの戦闘服を着たままの戦闘は、以前とは感覚が狂ってしまい思わぬ失敗を招くかもしれない。新たに生まれた注意点についても頭に留め置いた。
『これで俺も少しは中級探索者っぽくなったかな?』
『少なくともあなたを弱者と侮る者は減るでしょうね』
『そうか』
期待した言葉が返ってきてロアは嬉しそうに笑う。
実際に中級探索者であることと、らしいことはまた違う。前者の方が重要でも後者を蔑ろにしては、他者が受け取る印象は全く異なってしまう。他人からの評価は実力に影響しないが、生きやすさには関係してくる。見た目で侮り絡んでくる者は間違いなく減るのだから。
そして、強力な装備を得ることは気持ちの上でも重要となる。自分が本当に意味で成長している事実を再確認する。ロアにとって、ランクに相応しい装備を得ることもその一つだった。
新しい装備を身につけたまま上階に向かった。
『次は武器ですね。今回は何を買うか決めてるんですか?』
『うん、今回は魔術を使える魔導装備を買おうと思う』
ネイガルシティを旅立ってからここまで放置してきた問題の一つ、遠距離攻撃手段の獲得。なんやかんやなくてもどうにかなってきたが、あれば助かったであろう場面は幾度も存在した。やはり離れた敵を攻撃する手段の有無は、戦闘を有利に進め、敵への対応力を高める上では必須である。
前に使っていた収束砲と同系統の武器を買うでもいいが、ロアは単純に魔術を使ってみたい気分だったので、その性能を有した魔導装備の購入を考えていた。
『と言っても、具体的に何を買えばいいかいまいち分かんないんだけどさ』
一概に魔術と言っても、その種類は系統によって別れる。最も一般的な状態魔術から、高度な技術が用いられた時空魔術まで分類は多岐にわたる。そこから更に効果や作用などを用途ごとに細分化すれば、その数は膨大なものとなる。
『使える魔術って、セットする術式や変換源で変わってくるんだっけ』
術式とはアルマーナを望む形に組み立てるソフトのような役割を担っている。これが魔術の効力を決定する。変換源には予め色付けされたアルマーナ、つまりは各系統の魔術の素となるものが込められている。こちらは強力な魔術の発生を補う役割がある。
『単純に発動させるだけならそうですね。しかし一般にどの魔術もある程度の融通が利きます。例えばシンプルに火を飛ばすとしても、威力の増減、要素の付加、速度の決定、射程や軌道、効果範囲の調節など、発動者の意思が介入する余地が加わります。更に戦闘に幅を持たせ多様な魔術を行使するならば、最適な魔術に切り替える技術と組み上げるセンスが求められる筈です』
『……そういうの聞くと、なんかすごく面倒くさそうな気がしてくるな』
ロアは魔術に便利で使い勝手のいいイメージを抱いていたが、話を聞いて買う気が大分削がれてきた。
『使うだけなら大して困難でもないですがね。ただ高いレベルで使いこなすなら、私のような支援用のAIを積むか、脳の処理能力を物理的に上げてしまうのが手っ取り早いですかね』
『紋章魔術もそんなややこしいものなのか?』
『あれは通常とは異なるので同列には語れませんが、一般の魔術すら扱いきれないならば持ち腐れにしかならないのは確かです。というより未熟な者が持てばそれだけで危険です。紋章は強力な兵器なのですから』
手に入らないので関係ないが、仮に紋章を手に入れたならこの相棒に全部なんとかしてもらおう。そんなことを考えつつ、ロアは陳列された商品を確認していく。
その形は杖や銃砲、指輪に腕輪に手袋から、先端が枝分かれた剣のような物や、四角い物体から節足のような形状が伸びた不思議な物まで。ひとえに魔術の発動体と言っても千差万別である。製品には一つ一つ名前が付いているものの、どの企業のどれが優れてるかなんて分かりそうにない。数が多いのでいちいち調べていくのも面倒だった。
『物によってかなり値段にバラツキがあるな。ってかなに書いてあるか分からん』
それぞれの品には名前の他に搭載スペックが載っている。MEP、MS、術式容量、処理速度、変換効率、任意拡張幅、保持容量、限界出力、行使強度、並列起動数など。理解に困る言葉が数字とともにズラリと書かれている。できるだけ読み解こうと試みるも、良し悪しの基準が不明なためいまいち要領を得ない。分かるような分からないような曖昧な解釈なまま流し見していく。
『おそらく高いやつが良い物なんだろうけど……。このロッドってやつと、グローブってのはなにが違うんだ? 値段は一緒なのに書いてあることが違う』
『杖タイプは変換源や補助動力で威力を高め、必要に応じて系統を変化させることが可能なのでしょう。反対にグローブ型は使用者の力量や術式の性能で、魔術の威力が決定してしまうのだと思います。あとは質や形状に応じた保有スペックの差ですかね』
『なるほど』
前者は手が塞がる代わりに性能や用途に優れ、後者は他の武器を扱えるが威力の向上などは見込めない。どちらも一方から見れば長所と短所の両方を抱えている。
自分が買うならばどちらがいいかロアは考えてみる。まず前提としてブレードとの相性の考慮が必要となる。仮に魔術を使えるようになっても、近接戦闘手段を完全に捨てようとは思わない。おそらく杖ならブレードとの二刀流という形になり、手袋なら空いた方の手から魔術を発動する形になる筈だ。
どちらがより自身のスタイルに合っているのか。ロアがそんなことも考えて他の物を見ていくと、ある商品が目に止まった。それは魔力で生成された刃を高速で射出する武器だった。
『スタッガーエッジ? 手首に装着して使うのか。他のよりも使い勝手は良さそうだな』
見たところ使用に際してややこしい手順は必要なさそうだった。これまでとは違う趣向に興味を惹かれた。
『興味を持つのは結構ですが、それは魔術には当てはまりませんよ』
言われてロアは不思議そうにする。
『これって魔術じゃないのか?』
『定義で語るならば違います。本来の魔術とは魔法を模したものを言います。ですので単純な魔力技法の再現技術は魔術に含めることはありません』
『そうなんだ』
言われた意味は理解したが、変わらずロアの興味は対象に向き続けた。
『これいいかも』
魔術に対して気が進まない情報が続いたせいか、シンプルで使いやすそうな性能に気持ちが傾いていた。
同じような形をした他の物も見てみる。
『こちらはカスマム要素がありますね。硬化させたり、鋭利にしたり、魔術属性を付与したりと、任意で様々な攻撃方法を企てられます。これならメイン武装でも役立つかもしれません』
『……最初のと同じ企業の品だな。値段は全然違うけど』
最も高い物だと価格は9桁ローグに届きそうなほど高価だった。それを見てロアは遠い目をする。探索者が一億ローグ以上の金額を扱うことに対して既に驚きはないが、自分がそれだけの金額を費やす姿はまだまだ想像できなかった。
『良い物は高いものです。身の丈に合った物を買いましょう』
『そうだな。今回は安い方を買おう。そっちしか買えないけど。高いのはまた機会があったときにでも』
決めれば早いもので、ロアは即断即決で購入を決めた。
その後は余った金で必要な物資を買い足して、口座の残高をほとんど空っぽにした状態で帰還した。
翌日、早速新装備の慣らしのために都市の外に出ていた。
「うん、良い感じだな」
ロアの前には、新武器で倒されたモンスターの死体が何体か転がっている。討伐強度はそこまで高くないとはいえ、想定通りの結果を得られてロアは満足げな笑みを浮かべる。
「普通に遠距離攻撃としても使えるし、刺さった後も相手をよろめかせるのに役に立つ。安くはないけど、いい買い物だったかも」
魔力で生成された刃は飛ばした後も効果が持続し、任意のタイミングで衝撃を発生させることが可能である。高級品と違って多彩な攻撃手段は搭載されておらず、シンプルに斬撃と衝撃を使い分けるだけだが、接近戦の補助を担うサブ武器としては十分な威力を有していた。
『離れた敵と戦うには心許ない性能ですけどね』
飛ばそうと思えば数百メートルは飛ばせるが、中級ランク帯を超えるモンスターに対しての有効射程距離は数十メートル程度といったところだ。これ一つで遠距離の敵に対応し切るのは無理そうだった。
『まあ、収束砲も近距離で使うことが多かったし、射程はあんまり気にするもんでもないだろ』
遠方から攻撃を仕掛けてくる敵には対処できないが、そんな相手とは真っ向から戦わないで、潔く逃げてしまうのが色々と手っ取り早い。逃げるのが難しいとしても、ならば身体能力を生かして接近戦に持ち込めばいいだけである。やり方としてはこれまでと大して変わらない。
そう言い訳じみた納得をしてみるが、離れた敵を離れたまま倒せることに、今さらながら魅力を感じているのも確かだった。
『……次はちゃんとした遠隔武器を買おうかな』
かつて数日間だけ使っていた武器のことを思い出し、ロアは遠い記憶のようにその利便性を懐かく感じた。
そのままなんとも微妙な気持ちで金策と魔力の補給を続行した。