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シンギュラーコード  作者: 甘糖牛
第三章
57/67

アトラクション迷宮

 例の話を聞いたことで、ロアはここらで一旦休日を挟んだ。噂によれば一人で活動するのはもちろんのこと、遺跡に通う頻度が問題になっていると知ったからだ。少し時間を開ければ自分の噂などすぐに下火になるだろうと考えた。

 思わぬ形で休暇ができたので、ロアはこの機会に軽く買い物を済ませることにした。本来ならもっと貯金が増えてから装備更新と一緒に行うつもりだったが、サルラードシティから続いた度重なる戦闘でまたブレードの耐久度が怪しくなってきた。衣服も部分が損傷している。本格的な装備更新の前にこれらの買い換えを決めた。


『治療薬も今のより高いのを買わなきゃだしな』


 ムトラ遺跡での初探索を終えて以降、大きな傷を負う事態には見舞われていない。しかしかすり傷を負う場面はちょくちょく存在した。小さな傷にはこれまで通り高価な再生剤は使用せず、弱い回復効果しか持たない安めの──と言っても数十万ローグはする──治療薬を使用していた。ところが大した傷ではない筈なのに、以前よりも明らかに薬の効き目が悪くなっていた。

 それを不思議に感じたロアが原因をペロに聞いてみれば、相棒からはこんな答えが返ってきた。


『肉体が強化するにつれて、あなたの生物としての強度が上がっているのです。この先も成長を続ければ、医薬品を含め化学物質による作用や影響はどんどん低下していきます。以前と同様の効果を望むのならば、自身の肉体強度に適した薬に買い換えていかなければいけません』


 そういうわけで、もはや安い治療薬では望む効果は得られなくなった。全くの無駄というわけではないが、即効性を求めるなら不十分で、素早い回復を図る必要がある遺跡探索ではかなり心許ない。これで体の自然治癒力が上がっていれば薬の節約なっただろうが、ペロ曰く多少の向上はしても、薬品を使用した回復速度には及ばないとのことだった。言っても仕方がないので不満はないとはいえ、強くなったら余計に金がかかる世界だというのを改めて思い知らされた。


 そうして必要物資を買い揃えるために商店を訪れたり、他にも興味の湧いた場所をいろいろ見て回ったりして、ロアはウェイドアシティに来てから初めての休暇を楽しんだ。金さえあればどこでもそれなりに楽しめる。かつては無駄遣いとしか思わなかった散財も、それなりに意味があるのだと知った。




 休日を満喫したロアは、またムトラ遺跡に赴いていた。目的は遺跡探索ではなく、以前は叶わなかった迷宮に入るためだ。時間帯は夜間の部しか取れなかったけれど、休みの間に予約を入れておいたので、今回は問題なく入場できた。

 前回は弾かれた厳重なセキュリティチェックを通過して、無事敷地内に足を踏み入れた。


『遺跡もそうだけど、迷宮もセイラク遺跡のとは全然違うんだな』


 広い敷地の中には、照明によって夜の闇に浮かび上がる巨大な建物が存在していた。

 事前に得た簡単な情報によれば、ここは旧時代の娯楽施設の一種という話である。複合施設のため施設内には飲食や物販、遊興エリアなど来場者を楽ませる要素が満載だったらしい。

 残念ながら、現在ではそれら貸出用のテナントは機能していないため、空っぽのテナントがそのまま放置されている。ロアは時代に取り残された侘しさを漂わす館内を通り抜けて、かつての機能を唯一維持してる場所へと向かった。




「甘い。美味しい」


 地面から生えている花の蜜を舐めとったロアは、甘露な舌触りに軽く驚きながら味の感想を漏らした。

『お菓子の楽園』という名の付いたこの迷宮は、セイラク遺跡とは異なり、環境構築型のフィールド迷宮である。天井からは野外であるかのように陽光が降り注ぎ、床には黄褐色の土が敷かれ、そこから色鮮やかな草花が芽吹いている。室内であるのに穏やかな風が駆け抜け、それに煽られた蝶々が綺麗な羽根を広げて宙を舞っている。外の殺伐さとした空気とは無縁の、牧歌的で麗らかな景色が広がっている。

 野趣あふれた光景であるが、その実態は現実とはかけ離れている。辺りに咲く花からは鼻腔をくすぐる甘い香りが漂い、地面からは香ばしい焼き菓子で作られた木々が枝葉を伸ばしている。周囲を賑やかす小動物は本物の生き物ではなく、この迷宮特有のモンスターであり、それらを捕らえようと、人々が捕獲用の網を振り回す姿がそこかしこで見られる。『お菓子の楽園』とはその名の示す通り、内部がとりどりのお菓子で満ち溢れたアトラクション迷宮であった。

 モンスターが挑戦者を害さないこの安全な迷宮は、内部にある全ての構造物を口に含めるをコンセプトに持つ、特殊な迷宮である。味を気にしなければ、その辺の草や土まで食べることが可能であると、まさに『お菓子の楽園』という呼び名に名前負けしない、魅力溢れる場所となっている。

 昔の人間によって完全な娯楽目的として作られたここには、現代を生きる人々が稼ぎを目的として挑む理由になっているものが存在する。それこそがこの迷宮で手に入るという“食べられるモンスター”だ。出現するモンスターは、調理機械では再現の難しい独特な味わいや香りを有し、倒さず捕獲すれば室内を彩る調度品にもなる。モンスターであるためペットのような世話は必要なく、死後も保存の効いた菓子に変わるだけと手間がかからない。その物珍らしから、壁内の中流階級や富裕層などに嗜好品の一種として高値で取引されている。

 そんなアトラクション迷宮は、通常の迷宮にランク制限が課されているように、誰でも自由に無制限に入れるわけではない。危険のない娯楽用の迷宮には、壁外の一般人だけでなく壁内の人間までも訪れる。そのため一定ランク以上の探索者資格を持つ者や、 都市公認のグループや事業者など、壁外で通用する身分を持っていなければ利用は許可されない。ロアは個人であるが既に中級探索者であるため、制限に引っかからず入れた。


 その辺に生えているお菓子を適当につまみ食いしていたロアが、ボソリと言う。


「このお菓子って、どこからこんなに湧いてくるんだろう」


 辺りには遠方数キロメートルに至るまで、現実と見紛う人工的な自然が広がっている。そして景色を形作るこれら全てが、食すことが可能な物体である。

 迷宮から持ち出せるお菓子の量には制限が課されているとはいえ、少なくない人数が毎日ここを訪れお菓子を食べているのだ。迷宮のモンスターは倒されても再利用されるという話だったが、食べ物であるなら食べられた時点で無くなってしまう筈である。これだけ大量の食べ物がどうやって常に供給されているのか。その仕組みが気になった。


『設備さえ十全に整っていれば、この程度の量は普通に生産能力の範疇だと思いますよ』

『この程度って、めちゃくちゃ多いぞ?』

『現代の都市に関しても、大規模な農業をせずとも数万数十万の人口の腹を満たす食料生産体制を構築できています。最もコストのかかるモンスターであっても、戦闘能力を持った個体に比べれば手軽に生産可能な筈です。この程度の規模の施設なら、維持に大して苦労はしてないでしょう』

『……そういうもんか』


 ペロに言われて、ロアは抱いた疑問に納得が追いつく。

 幻想的な光景に少々視点がズレたが、ここを作ったのは高度な技術力を有した先史文明の人間である。千年以上の時が経過しても機能を維持した設備や、大量に生み出されるモンスター、人のような自我を持つ無形の何かまで生み出している。いずれも己の理解が及ばない異次元の存在だ。

 それを考えれば、()()()()のことに疑問を持つ方が逆に変なのかもしれない。

 ロアは小難しいことに頭を悩ませるのはやめて、普通に楽しむことにした。




「これは……壁? これ以上先には行けないみたいだ」


 目の前の何もない空間から手応えを感じて、ロアは伸ばしていた手を下ろした。

 この迷宮を散策する上でロアが気になったのは、この場所が実際にどれだけ広いかだった。遠くに目をやれば、景色は彼方にまで続いてるように見える。まさか本当にそれだけの広さがあるとは思わなかったが、一体どこまで続いているのか調べてみようと考えた。

 仮にこれが危険な迷宮だったら、興味を抱くだけで終わった。けれどここには強力なモンスターは存在せず、安全に自分の足で確かめられる。制限時間内に、行けるところまで行ってみることにした。

 ロアは周囲の景色を楽しんだり、辺りに実ってるお菓子を口にしたりして、散歩気分で道中を楽しみながら迷宮内を移動した。そうして感覚的に三十分くらい歩いた結果、空間の端と思われるところまで到達した。景色の上ではまだ先まで続いているように見えるのに、これ以上は不可視の壁に遮られて進めない。現実の空間としての限界が存在していた。


「やっぱ迷宮と言っても、どこまでも続いてるってわけじゃないんだな」


 ここが本当に異なる空間か何かだと少しだけ期待していたロアは、ホッとしたようなガッカリしたような微妙な気持ちになった。


『流石にこの程度の規模の施設で、余剰次元の活用や単一空間の生成維持は無理でしょうね。それを形にするならば、最低でも都市インフラを年中無休で動かすレベルの動力源が必要となる筈です』

「そういう言い方をするってことは、どっかには本物? のすごく広い迷宮があるのか?」

『あるかどうかは分かりません。ただ実在する可能性は高いと思います』

「そうなんだ」


 ロアは今まで接してきた相棒の反応から、知識はあっても情報は無いパターンだと察した。そういう遺跡を探すのも探索者をやる醍醐味だと思った。

 来た道をまた戻り始めながら、ロアは「それにしても」と呟きを発する。


「楽しいけど、やっぱ稼げるところじゃなさそうだ」


 この迷宮にはモンスターを含めて食べ物しか存在ない。いくらお菓子で出来たモンスターが高く売れると言っても、所詮は嗜好品の域を出ない。外に持ち出せる量を考えれば程度は知れている上、捕獲するのも楽ではない。時間当たりの成果は少なそうに思われた。

 迷宮へ入る際に入場料として10万ローグを支払った。危険はなく腹も満たせてお金になることを考えれば、確かにそれだけの額を支払って当然なのかもしれないが、これで決められた時間内に料金以上の稼ぎを出すのは難しいだろう。やたらめったら乱獲して荒らせば、出禁になる可能性だってある。迷宮を管理する都市に、上手く調整されてる気がしてならなかった。


「まあ、あんまり安くても遺跡に挑む奴が減りそうだし、そういうことなのかもな」


 都市の目的はあくまで、遺跡を攻略させて強い人材を生み出すことにある。探索者に楽に稼がせることではない。それを考えれば、これも当然の措置なのかもしれない。

 なんだかまた誘導されているような気もするが、今更のことであるので、気にしないようにした。

 10万ローグの元を取ろうとは考えず、休暇だと思ってロアは残りの時間を楽しんだ。




「うーん……ちょっと気持ち悪いかも」


 入場時に渡されたデバイスで残り時間を確認したロアは、少し早めに迷宮から脱出した。まだ時間は残っているものの、超過すればその分だけ延長料が加算される。モンスターではない多少のお菓子を土産として外に出た。

 迷宮を出たロアは、若干の気持ち悪さを感じて渋い顔を作った。口の中にはまだお菓子の甘ったるさが残っている。それほど欲張ったつもりはないけれど、食べ過ぎだったかもしれないと反省した。


「というか俺、甘いものあんま好きじゃないかも」


 自分の好みをまた一つ自覚して、ロアは設置された自動販売機で飲み物を買い、口の中に残った甘さをリセットした。それで胸焼けが収まったのを感じると、人気の少ない通路を、来たときとは逆方向に進んで出口に向かった。

 迷宮の中にいたせいで忘れそうになったが、現在の時間帯は深夜である。人工の光や仄かな星明かりがある程度で、辺りは暗闇が覆っている。寒暖差もあるせいか、いつも以上の肌寒さを感じる。先ほどまでいた場所が、本当に夢の中か何かだと勘違いしそうになった。

 現実の世界にチューニングを合わせるような気分で、ロアは前線基地までの道を歩いていった。




 自分の車両に乗り込んだロアは、車内の暖房を入れて一息ついた。このまま休みたい気分に駆られるも、都市に帰還するまで我慢しようとすぐに車を発進させる。自力で運転するのも億劫で、システムに任せて自動で走らせた。

 自動運転で進む車の中で、ロアは若干の眠気を感じてぼーっと窓の外を眺める。都市までさほどの距離があるわけではないといえ、まだ危険な圏外であることに変わりはない。うたた寝しまいと必死に堪えた。

 ロアが生じる眠気に必死に抗っていると、車外から窓を伝って異音が届けられた。その音を耳が捉えてから数秒後、ロアの意識は完全に覚醒した。眠気を完全に飛ばしたロアは、真剣のこもった目つきでフロントガラスの奥を見据えた。

 夜間はモンスターを引き寄せる可能性があるため、通常は車両のライトは灯さない。車両に搭載された探知機を利用して、自動で脅威を回避するのみである。それなのに、前方から向かってくる車両は進行方向を眩く照らしていた。

 なぜそんなことをするのか。理由は一目瞭然だった。闇の中に浮かび上がるその車両には、複数のモンスターが纏わりついていた。車はモンスターの襲撃から逃れようと走っているが、何かトラブルがあるのか速度はそこまで上がらない。ロアの耳に聞こえたのは、そんな両者による戦闘音だった。

 モンスターの反応を捉えたことで、ロアが乗る車両から緊急用の警告音が鳴る。眼前の危機から遠ざかろうとシステムが別の進路をとろうとする。しかし、ロアは即座にその命令をキャンセルした。そのまま手動での運転に切り替えて、同時に存在感知を発動する。モンスターの位置を正確に把握したロアは、進路を変えることはせず、逆に向かい側から走ってくるモンスターに向かって、加速したまま突っ込んだ。

 互いの相対速度による衝突を受けて、車両は激しい衝撃に襲われる。むち打ちを起こしかねない衝撃を、ロアは肉体強化を発動させて強引に押さえ込む。一方で衝突されたモンスターは反動で大きく吹き飛び、夜の暗闇に消えていった。

 車体の受けたダメージを意に介さず、ロアはモンスターを吹っ飛ばしてすぐ進行方向を反転させた。すれ違った車両に追い付き、少し離れて並走する。窓を開けて精一杯に叫んだ。


「おい! 助けはいるか!?」


 そう呼びかけるが、返事が返ってくることはない。モンスターからの攻撃を受けて、車両はバランスを崩して地面の上を激しくスリップした。横転だけはなんとか耐えたようだが、何回転かした後に完全に動きを停止させた。

 止まった車両に向かってモンスターたちが殺到する。それを目にしたロアは走行中にも構わず車から飛び降りる。走り寄りながらブレードを引き抜き、モンスターの群れに攻撃した。


 この場にいる敵を殲滅するのに、さほど時間はかからなかった。戦闘は肩透かしなほどあっさりと終わった。今のロアからしたら大した強さではなく、苦戦らしい苦戦はほとんどしなかった。むしろこの程度のモンスターに手こずることから、助けた相手はあまり強くないのかもしれないとすら思った。

 ロアが戦闘態勢を解いてそんなことに思考を割いていると、助けた車両のドアが開いて、一人の人間が姿を現した。その者は手に武器を持ったまま、されど構えることはせず、油断のない様子でロアの方を窺ってきた。車のライトに照らされた顔には、強い疑心と警戒の色を貼り付けていた。

 敵意まではなさそうなので、ロアは武器を抜かず突っ立っていた。相手が次にどんな行動を取るのか。何か言うまで待っていると、向こうの表情が怪訝に細まり、その後見るからに緩んだ。


「あ、お前」


 予想していなかった反応を見せられて、ロアは不思議そうに首を傾げた。

 心当たりが浮かばないロアに代わり、ペロが相手の正体を言い当てる。


『ウェイドアシティに入る直前で出くわした者ですよ』

『ああ』


 言われてロアは相手の顔に見覚えがあることに気づいた。その顔は間違えようもなく、ミナストラマに来て最初に出くわした、モンスターを従えていた少女だった。

 ロアが相手の正体に思い至っていると、少女は緩んだ表情を再び引き締めた。


「あたしらに何か用か?」


 てっきり助けられたお礼か何かを言われると思っていたロアは、またも想定しなかった言葉を口にされて、困惑を顔に出した。


「用というか、モンスターに襲われて危なさそうだったから助けたつもりなんだけど」

「……言っとくが、こっちは救援要請なんか出してない。そっちが勝手にやったんだ。だから報酬は払わないからな」


 ロアはその発言で合点がいった。おそらく相手は救援の報酬を払いたくないから、弱みを見せず強気に出ているのだと。よく見れば警戒よりも、緊張や気後れの感情の方が強い。自分よりも強い相手と交渉している者の顔だった。

 あまり気分の良いものではないが、確かに勝手に助けたのはこちらであるので、ロアは大人の対応で相手の非礼を受け流す。そんなことより、彼女に対して気になることがあった。


「別にこの程度のことでいちいち謝礼なんか要求しないよ。貰えたら嬉しいけど」


 ほっと息を吐いた彼女は、今度は機嫌を損ねたように小さく舌打ちをした。

 態度や喋り方が以前会った時と違うが、ロアは気にせず質問を行った。


「それよりも、この前一緒にいたモンスターはどうしたんだ? アイツがいたらこれくらい問題なかっただろ」


 以前彼女が騎乗していたモンスター。あれはロアの感覚でかなりの戦闘力を有していた。あの存在が共にいたなら、今回の襲撃も難なく退けることができた筈だ。それに装備の方だって前に身につけていた物と全く違う。ロアから見ても、そこまで高価な装備には見えなかった。

 その問いに対して、先ほどまでとは異なるぶっきらぼうな態度で少女は応じた。


「ゴロゴロは置いてきた。どうせ連れて来ても役にたたねーし」

「役に立たないって、モンスターとの戦闘には役立つだろ。これから遺跡に行くんじゃないのか?」

「あたしらの目的は菓子集めだよ。こんな時間に遺跡なんか行くわけないだろ」


 それもそうかとロアは頷く。自分もその帰り道なので発言に納得できた。


「でも護衛用だったらいた方がよくないか? 現にこうして襲われてたわけだし」

「いつもだったら普通に逃げ切れるんだよ。……今回は運悪く索敵をミスっただけだ」


 少女の口から事の顛末が語られる。いつも同じように車を走らせていたら、どうしてか探知機の感度が悪くてモンスターの接近に近づけなかった。最初の襲撃はなんとかギリギリで回避したものの、進行方向には別のモンスターがいたせいで、そちらに衝突してしまった。その衝突が原因で車体の一部が損傷し、速度が上がらなくなり逃げ切れなかったという。


「暗いし車内が揺れるしで、狙いがつけられなかったんだよ。だからあの程度のモンスター、いつもなら余裕でぶっ殺せたんだからな」

「そうか」


 強がりとも言い訳とも取れる言い分に対して、ロアはあっさりとして応じる。

 淡白な反応を返され、少女はまた小さく舌打ちした。


「……こっちの事情は話した。最低限の義理立てはした。時間も押してるんだ。もう行っていいか?」

「それはいいけど、壊れた車で大丈夫か? また襲われたら今度こそ逃げられないと思うけど」

「あっちで朝を迎えるから問題ない。日さえ昇ってたらあんなドジ踏むもんか」


 助けた相手にすぐに死なれたら寝覚めが悪い。そう思い気遣いの言葉をかけるが、少女からは強気の返答が返ってくる。

 これ以上関わることでもないかと思い、ロアは会話を切り上げる。


「そうか。時間取らせて悪かったな」

「……いや、こっちも助けられた。……あんがと」


 最後に少女は顔を背け、小さな声で礼の言葉を口にした。

 素直じゃない様子を見せられ、ロアは苦笑する。


「どういたしまして。気をつけてな」


 そう言って自分の車両に戻った。

 思わぬ眠気覚ましになったロアは、迷宮から持ち出した飴玉を一つ口に含んで、都市までの帰路を進んだ。

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