ハイエナ
結局ロアはこれ以上モンスターと戦わず遺跡から帰還した。
最初に倒したモンスターは一体で行動していたが、他は複数が固まっていることが多かった。なんとか一体だけの個体を狙おうともしたが、戦闘中に他のモンスターに気づかれ乱入される可能性があった。各個撃破していくのは難しかった。
悩んだ末に撤退を選んだ。まだミナストラマに来て初めての探索だ。遺跡の特徴もモンスターの強さも把握できていない。直前の戦闘では負傷までした。中級ランク帯のモンスターに勝算が薄いまま挑んだところで、リスクや損失を拡大させるだけでしかない。
無理をする場面ではないと思い、今日のところは潔く引いた。遺跡で戦うモンスターがこれだけ厄介ならば、個人で稼ぐのが難しいと言われるのも納得だった。
先に倒したモンスターの残骸から普段であれば放置する部分も回収して、都市まで戻ってきた。
ウェイドアシティに帰還したロアは、手に入れた収集物を売却するため買取所に向かった。
『ええと、どこで売れるんだろう』
収穫物の詰まったリュックを背負うロアは、サルラードシティよりも広い施設内で、人の流れに右往左往しながらそれらしい所を探していた。
事前に情報端末を使い、買取所がある場所を調べた。それから自分と同じように、遺跡から帰ってきたと思われる探索者の後を付いてきた。だが、実際にたどり着いた場所は求めていた所とは違った。もしかしなくても、協会支部の方に来てしまった。
自分の犯した間違いに気づいたロアは、こんなことで人に尋ねるのも悪いと思い、仕方なくもう一度買取所の場所を調べようと端末を手に取った。
そこで、いつのまにか近くにいた人間から声をかけられた。
「あなた、この辺じゃ見ない顔ね。どこの所属?」
そこにいたのは、協会職員の格好に身を包んだ一人の女性だった。急に話しかけられたせいで問われた内容を理解しきれなかったロアが、返事をしない状態のまま固まった。
「あら、ごめんなさい。唐突だったわね。私はリーナ。ここの職員よ」
相手の自己紹介を挟むことで、なんとか反応を返せるようになった。
「ええと、俺はロアだ、です。どこの所属って、どういう意味ですか?」
「あなたの顔はちょっと記憶になくてね。それで声をかけさせてもらったの。もしかして、最近ここに移住してきた?」
「はい。だから手に入れたものをどこで売るのか分からなくて」
「なるほどね。ならせっかくだし案内してあげるわ。こっちよ、付いてきて」
トントン拍子に話は進み、ロアはリーナと名乗る女性の後ろをついていく。
買取所があるのは今いる建物の隣だった。建物同士を繋ぐ通路を経由し、そちらへ移動した。そこにはロアと同じようにモンスターの遺骸や遺物を抱えた探索者たちが多く見られた。
「ここよ。モンスターの素材や解体品はあっちね。もし大きめの収集物があったら、専用の搬入口を利用するか別の買取所を利用してね。流石にそんなのを持ち込まれても対応に困るから」
「はい。教えてくれてありがとう、ございます」
案内してもらったロアは改めて相手に向き直り、感謝の言葉を口にした。
ぎこちない礼に女性はくすりと笑う。
「それじゃあ、探索者活動頑張ってね」
ヒラヒラと手を降って、女性は来た道を戻っていった。
その様子を見送りながらロアは内にいる相棒へ話しかける。
『少し警戒しちゃったけど、普通に良い人だったな』
サルラードシティでの出来事があったせいで見知らぬ相手から話しかけられることにあまりいい印象を持っていなかった。内心では態度に現れない相手の腹の中を警戒していた。しかし、それが杞憂だと分かり安堵した。
『まあ、協会の人間に悪意抱かれる理由もないけどさ』
『そうとも言い切れないかもしれません』
ロアの抱いた安堵をペロが言葉で遮った。
『上手く隠してましたけど、彼女相当な使い手でした。もしかしたら、ロアの実力を悟った上で声をかけたのかもしれません』
『……マジか。なんか俺、あっちに警戒されるようなことしたかな』
『警戒と言うよりは確認ですかね。初めて見る顔なので軽く探りを入れたというところでしょうか。本当にただの親切という可能性もありますが』
『普通にそっちだといいな』
いくらなんでも移住して早々、協会の人間に目をつけられたのだとは考えたくない。第一ここには自分程度の探索者などいくらでもいる筈なのだ。だからロアは個人的な希望を含めて、相手の善意百パーセントの行動だと思うようにした。
『それにしても、早速騙されたな』
先ほどのリーナという人物。ペロによれば結構な強者ということだった。にもかかわらず、ロアはそれに全く気づけなかった。いたって普通の一般人に見えた。ドノバンから聞かされた、己の実力を偽る者がいるという話。実際に出くわして、身が引き締まる思いだった。
「まあ、それで何か問題があるわけじゃないけど」
探索者として未熟な頃は、他人の強さなど気にする必要はなかった。魔力を持たない頃のロアの実力は探索者の中で最底辺に位置した。自分以外の全員が格上に見えたし、他人の強さなど気にするだけ無駄だった。
だが、今は異なる。それなりの強さを得た今、戦う道を選んだ今、自分の生き方を定めた今。相手の力量の見極めは己の生死に直結する。直近のモンスターとの戦闘でもそれは十分に身に染みた。探索者という過酷な世界を生き抜くためには、これまで以上の慎重を心がけなければならない。
ただしそれで何かが変わるわけではない。弱者だからと強気に出て、強者だからと卑屈になったりはしない。たとえ相手が本性を偽ろうと、それを理由に対応を変えるつもりはない。自惚れるつもりも、傲慢に生きるつもりもない。
モンスターとの戦いだって同じだ。強い敵と戦うのは避けたいが、死んだならそれまでだ。探索者を続けるということは戦うこと。戦うとは命を賭けることだ。相手が強かろうと弱かろうと、殺し合いの時点で立場は対等だ。モンスターが相手でもそれは変わらない。
ミナストラマには外見だけでも多種多様な人間がいる。根ざした価値観や考え方はこれまでの人生経験とは大きく異なるだろう。些細なきっかけが原因で殺し合いにまで発展する可能性だってあり得る。
ただでさえ実力者が多く知らない土地に来たのだ。変な人物に目をつけられたくはない。自分から問題を起こす気はないが、避けられる難事をやり過ごすためにも、なるべく大人しくしていた方がいいかもしれない。
そう思いながら、ロアは買取場の方へ足を向けた。
『うーん……まあまあ金になったけど、苦労した割には微妙だったか』
今回の遺跡探索の成果を端末で確認したロアは渋い顔を作りながら唸った。
振り込まれていた金額は200万ローグにギリギリ届かないくらいだった。たった一体を倒した成果と考えれば悪くないが、相手の強さや再生剤の使用を加味したら素直に喜べる金額でもなかった。
『傷つけずに倒すにも限界があるし、これならサルラードシティの迷宮で稼いでた方が良かったかもな』
ロアがモンスター退治で収入源としているのは主に機械型の方だ。生体型は拡錬石ごと魔力に変換しているので手元には残らない。だから金目の部分を傷つけないためにも、機械系モンスターを倒すときは出来るだけ気を使って倒している。しかし、敵が強いほど加減するのは難しくなる。今回のように倒すのを優先して戦うことも多い。
一方で迷宮ならば倒すだけでいい。成果はエネムという形で手に入る。ついでに魔力の補給も可能となる。遺物を発見して大儲けすることはなくても、安定的に稼ぐならこちらの方が優れている。
今さら言っても仕方ないが、少しだけ後ろ髪を引かれる思いだった。
『外にいるモンスターは丸ごと持ち帰ってこその価格評価なのでしょうね』
『やっぱそうだよな。他の奴らも解体せずにそのまま持ち帰ってるもんな』
ロアは機械型モンスターを解体する際、特に価値のある高価な部分だけを回収しているが、捨て置いてる部分も資源の塊には違いない。質量や体積あたりの価値が低かろうと、モンスターの大きさを考えれば結構な量となる。部分を持ち帰るより当然収益は増える。
複数人が組むチームとは異なり、一人であるロアが持ち帰れる量には限りがある。今回は普段なら捨てるような部分まで持ち帰ったが、複数体を倒したなら取捨選択の必要が出てくる。必ずしも一体でこれだけの額を稼げるわけではない。
『いつもの調子だと一体あたり6〜70万くらいか? でも破損したら価値は落ちると。もっと大きめのリュックとか買ったほうがいいのかな』
持ち帰る量が多くなれば自然と一体あたりの単価は上がる。これまでは行きも帰りも徒歩のため荷物が嵩張るような事態は避けていたが、自前で運搬可能になった今ならば、選択肢としてそれもありなのかもしれないとロアは思う。
「でもそれだと戦闘中に邪魔になるだけか。いや、モンスターと戦う度に荷物を下ろせば……いや、もしかしたら戦闘中に盗まれるかもしれない……いや、それを言うなら戦闘後に襲われる可能性だって」
少しでも稼ぎを増やすをため色々なことに思考を及ばせるが、結局結論が出ないまま買取所を後にした。
買取を済ませたロアは徒歩で街の中をぶらついていた。目的は飯屋だ。
せっかく新しい都市に来たのだから他所には無いような美味しいご飯を食べたい。まとまった稼ぎを得たので、最初の外食くらいは奮発しようと街へ繰り出した。
情報端末から得た情報を頼りに、人口密度の高い通りを進んでいく。周囲を行き交う者は非武装の者が多数を占めている。だがロアのように武装した者も少なくない。おそらく同業者なのだろうと判断する。すれ違う人種はやはり多様の一言に尽きる。
華々しさを感じさせた都市の玄関口とは異なる、どこか非日常的な暗さを織り成した賑やかしい繁華街。あまり縁のなかったその場所を、ロアは元々の住民や雰囲気に気後れすることなく歩く。
やがて夕暮れに差し掛かり、街灯が妖しく輝き始める時間帯に、一軒の風変わりな店のそばで止まった。
『ここ、だよな……?』
『“ガランのがらん口”という店ならば間違いなくここでしょうね。看板にも書いてありますし』
人が出入りする両開きの木製扉の上には、店名が書かれた看板が主張強く設置されていた。その横には酒の入ったグラスを掲げた人物の絵がでかでかと描かれている。店の外壁は落書きとしか思えないアートが色とりどりに壁を汚し、店内からは野卑で下品な喧騒が扉を伝って聞こえてくる。
落ち着いた雰囲気のある店を想像していたロアは、想像とは違う店の姿を目の当たりにして顔色を変える。ここに来るまでは抱かなかった気弱を感じた。
『……なんか予想してたのと全然違う。いや、でも、もしかしたら口コミ通りすごい名店という可能性も』
度胸を振り絞り店の中に入ろうとしたロアだったが、急に嫌な予感を感じて扉の前から離れた。
扉の奥からは勢いよく一人の人間が飛び出してきた。扉を破壊しながら飛んできたその人物は、少しだけ威力を衰えさせると、何人かの通行人を巻き添えにして通りに倒れ込んだ。
「ハッ! 喧嘩を売るなら買わせる相手ぐらい選びな」
壊れた扉の向こうからは、次いで威勢のいい言葉を発する若者が出てきた。彼は地面の上でノビた者から身ぐるみを剥ぐと、「巻き込んで悪ぃな」と口にして、通行人の何人かに奪い取った金銭を渡していた。
最後にロアの方を一瞥だけして戻っていく彼を、店内にいる者らの笑い声や歓声が喧しく出迎えていた。
『……ここはやめにしておくか』
短時間に起きた揉め事の一部始終を見届けることになったロアは、数十秒前に抱いた決心をその場に放り捨てた。
そうして今度はまともな条件で店を探して、無事満足のいく食事を済ませるのだった。
翌日、美味しい食事で英気を養ったロアが自分の車両に乗って遺跡を目指していた。道中では肩慣らしを兼ねてモンスターを倒し、いつものように魔力に変換して取り込んだ。
危なげなく戦闘を終えたところで、相棒に向かってある疑問をこぼした。
『なあペロ、遠距離からの攻撃に上手く対応するのってどうやればいいんだ?』
昨日の探索で戦った機械型モンスター。あの遠距離火力には大いに苦戦させられた。魔力で体を強化すればある程度の飛び道具を跳ね返せるのは知っている。威力の低い弾丸や魔術が脅威にならないのは自分の体で実証済みである。だが、昨日戦ったモンスターのような敵が相手ではそれも厳しい。
遠距離から放たれる高火力の脅威を思い知り、それに対する有効な対処方法がないかペロに尋ねた。
『具体的にはどういうものを想定しているのですか?』
『ルーマスと戦っとき最後向こうの弾丸をズラしただろ。ああいうの』
ルーマスとの戦闘の最後、向こうが撃ち出した必殺の装填弾をこの相棒は見事に逸らした。それができるようになれば盾か何か専用の防具を買う必要性が薄れる。
戦闘技術の向上も期待して、ロアはそう問うた。
『あれはただ魔力を分厚く纏っただけなので違いますが、魔力技法の中には防御用のものもあります。魔力の存在傾向を防御に偏らせた遮蔽障壁という技術です』
『遮蔽障壁? 盾か何かを作るってことか?』
『その通りです』
ロアの指摘にペロは肯定の意を示す。
『遮蔽障壁は、意識的に他からの影響を遮断する存在傾向を作り上げた防御技術です』
魔力には人の思念や意思を情報として汲み取る性質がある。人の発する強いイメージほど顕在化しやすく形になりやすい。傾向無純性と呼ばれるこれは、意思の発露によって魔力をあらゆる状態に転変し得る特性を有している。
漠然とした想起を明確な形で仕立て上げる。それこそが純粋な魔力強化を含めた魔力技法の根本である。
『でもそれって意味あるのか? わざわざ盾を作るより、さっき言ったみたいな魔力を分厚く纏う方法のが便利じゃないか?』
『あれはあれで問題がないわけではありません。物理的な干渉効果を持たせれば、鎧のように自身の動きを阻害する要因になります。また肉体強化に別の性質を重ねるのは難易度が高く、体表を覆う流動体を意識して行うとなると尚更です。魔力は使い手のイメージに則ります。ですから盾という形が理に適っているのです』
その説明にロアは、『ふーん?』と分かったような分からないような反応を見せた。
『これをもっと早くに教えなかったのはなんでだ? やっぱ今までじゃ無理だったってことか?』
『そうですね。未熟な状態で扱っても満足のいく効果は得られません。質や練度を高めるには、使い手であるロアがより強くなってからの方が望ましいのは確かです』
存在変換で溜め込まれた魔力は、ロアの精神幽層体を経由して使われている。未熟な肉体で激しい運動を行えば疲労がかかるように、貧弱な幽層体を地力以上に酷使すれば多大な負荷を被ることになる。他の技術との競合を避けるためにも、ペロは教えるべき技術に優先順位をつけ、優先度の低い技を教えるのは控えていた。
『そうか。なら今は問題ないのか?』
『実戦で使用するならばもう少し成長してからが理想ですけど、練習を始めるだけなら今すぐでも構いません。それに形成した障壁は足場にも転用できます。並行して空中歩行の練習にもなりますしね』
それを聞きロアは早速この場でやってみることにした。ペロに一度手本を見せてもらい、それを理想としつつ自分なりのやり方に落とし込む。時間をかけず実践した。
「うーん……なんかすっごい弱そうだ」
目の前には淡い光を発する、輪郭のぼやけた盾が出来上がった。
『魔力というのは体外で操作するほど制御が困難になります。そしてデザインされた魔術とは異なり、魔力技法は本人の資質と能力に大きく依存します。一朝一夕でモノにするのは容易ではありません』
『まあ、そうだよな』
これまでも地道に訓練を重ねてきたロアは、特に焦りを感じさせない口調で応じた。
『高速で迫る脅威に対して、知覚してから体を動かすのでは遅すぎます。どれほどの域に達しようと、対象を捉えるのと時間差なく動作を合わせるのは不可能なことです。それはこの世の法則に反します。反面、情報体である魔力には物理的な制約がほとんどありません。思考速度を磨くだけで対応力は格段に向上します。遮蔽障壁はそんな戦闘時における対応力を高め、より柔軟に身を守るための術となります』
『要するに、壁歩きみたいに強くなるには必須の技術ってことだな』
『そういうことです。最終的には条件反射で発動できるようになるのが理想ですね』
難易度高いなと思いつつも、これからはこういう要求が当たり前になってくる。
やはり強くなるのは楽じゃないと、ロアは新しい訓練に励んだ。
『なんか尾けられてる気がするな』
新たな訓練を開始してから数日後。未だ大した成果は上げられずとも並行してムトラ遺跡への挑戦を進めていたロアは、段々とここでの戦闘に慣れてきた。遺跡までの道中や浅部の活動で軽く肩慣らしを行い、その後に奥で中級ランク帯のモンスターと戦う。新たな探索ルートを開拓することなく、訓練を交えたこの一連の流れをルーティンワークと定め、順調に活動していた。ある程度慣れてからは、複数体の構成にも挑むようになり、戦闘技術に磨きをかけていった。
今日も今日とて同じやり方で狩りを行おうと、ロアが索敵を行いながら遺跡の中を歩いていると、広げた存在感知内にある反応を捉えた。それは自身の後方を一定の距離を保ちながら尾行してくる、他の探索者の姿だった。
初めは偶然だとロアも考えた。遺跡には不特定多数の人間が挑んでいる。奥へ進むためにはモンスターがいない所を通る必要がある。自分の進むルートと被ったところで不思議はないと、すぐに尾行者の存在を意識から外した。だが、意図的に尾行を外す動きに変わらず尾いてくるのを見て考えが変わった。さらにそれが何度も続いたことで、次第にこの尾行者を自分を襲う敵だと思うようになった。ただ戦闘後無防備に背中を晒しても襲ってくる様子はなかった。歩くペースを落とそうと距離を詰めてくる様子もなかった。その結果、ついには相手の狙いがどこにあるのか分からなくなった。
目的不明な尾行者のせいで、ロアは苛立ちを溜め込んだ。探索中だけに限らず、戦闘後もずっと監視されている懸念が消えず、休まる時がなかった。生体型モンスターの拡錬石をわざわざ取り出す羽目になり、無性にストレスを感じていた。そしてなんだかやる気が削がれ、今日はもう探索を続ける気がなくなった。いつもより早めに切り上げ前線基地まで戻ってきた。
食事も兼ねてベンチで休憩するロアに、探索者の格好をした人物が一人近寄った。
「……尾けてきたのはお前らか?」
このタイミングで近づいてくる相手。その正体など決まってると考えたロアは、近づいてきた男に向かって不機嫌に口を開いた。
「いやいや、俺たちじゃない。俺はただの野次馬だよ。興味本位で声をかけようとしただけさ」
「……? よく分からんが、俺に何か用があるってことか?」
「用というよりは雑談だな。最近少し噂になってるっていう、ソロの新顔と話をしてみたかったんだよ」
男の言い回しが理解できなかったロアは、怪訝な面持ちを作った。
「噂ってどういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ。チームに属さない子供の探索者が、中級ランク帯のモンスターを一人で狩っては買取所に持ち込んでる。そういう噂が広まってるってだけだ」
ロアにとっては普通のことだったが、連日となる買取所通いは周囲には少々奇妙に映っていた。普通の探索者にとって、遺跡に挑むのと同じかそれ以上に休暇という時間は長い。モンスターの索敵、不意の戦闘、仕掛けられた罠、同業者の存在。命がけの遺跡探索は挑む者の精神を消耗させる。加えて肉体的な疲労も大きい。彼らはオンとオフのメリハリをつけ、心身ともに万全な状態を保って遺跡探索に臨んでいる。
そこに現れた一人の見慣れない子供の探索者。背負ったリュックにモンスターの素材を詰め込み、毎日のように都市と遺跡と買取所を行き来する存在。それも明らかに単独で行動しており、持ち込むモンスターもそこそこ強力ときた。ロアにとっては当たり前の行動が、元々いた者たちの目に留まり始めていた。
「中級自体は珍しくないが、それが子供となると話は異なる。どこも優秀な若手は欲してる。組織に属さないのは稀だ。年齢を偽っているのなら話は別だったが、どうやらお前さんは違うようだしな」
相手が話しかけてきた理由を理解して、ロアは気持ち視線を和らげさせた。
「それって、俺が尾けられているのにも関係してるのか?」
「まあな。なんせお前さんは一人だしな」
「俺が一人だから? それは襲おうって意味か?」
「違う違う。むしろその逆だ。おこぼれに預かりたいのさ」
ソロで活動する探索者は、現実的に持ち帰れるモンスターの遺骸や解体品の量に限りがある。そして実際に持ち帰る量を知っていれば、倒したモンスターの大部分が放置されていると想像できる。しかもその探索者は中級ランク帯のモンスターを一人で倒すほど強く、連日のように遺跡へ通っている。つまりは強力なモンスターの素材が毎日苦労なく手に入る。その残されたおこぼれを狙って、彼らはロアの後を尾けていたのだと男は言う。
「でも一番金になる部分はちゃんと回収してるぞ?」
「それでも危険を犯してモンスターと戦うよりかは割がいい。前を行く奴が索敵や敵の排除をしてくれるならある程度の安全は保証される。まあ、何が起きるか分からない遺跡で同業者の後ろを付き回すのは行儀のいい行いじゃないが、死体漁りよりかは幾分マシだ。振り切るなりなんなり対応は自由にすればいいが、明確な不利益が無い限り放置するのが無難だろうな」
「そういうもんか。それより死体漁りって?」
世間知らずのロアの問いに、気を悪くすることなく男は答える。
遺跡には探索者とモンスターの戦闘により廃棄または放置された、多くの装備や車両の残骸などが残っている。これらは最終的に資源回収用の自律機械か、たまたま居合わせた探索者によって回収されている。
それらの回収を専門とする業者や探索者チームも存在している。彼らは回収した物を売り払うことで金銭を得ている。運が良ければ状態の良い装備や薬剤なんかも手に入るため、能力が高ければモンスターと戦うより実入りは良くなる。
ときに遺跡清掃人と揶揄される回収業は、その行いに対して咎める声は少ない。遺跡に赴いている時点で命がけなのは彼らに関しても同じだ。亡くなった探索者の遺体回収や、遺品を遺族へ届けるなど社会的な貢献も果たしている。そのため概ね必要な存在とみなされている。
「そん中でも特に嫌われてるのが、今言った死体漁りの奴らだよ」
死体漁りと回収業の最大の違いは、死体漁りは探索者の亡骸までをも取引する点だ。高ランク探索者の体は身体拡張や義体置換など高度技術の塊である。また魔力による常態的な強化が起きた肉体は、モンスターの遺骸のように高い有用性を発揮する。裏の世界では、高ランク探索者の死体というのは高値で取引されている。
「別に死体を見かけても放置するなとは言わん。探索者をやってたら誰しも先に逝った奴らから何かしら拝借した経験があるだろう。だが積極的にそうするとなると話は別だ。特に探索者は願掛けやツキを大事にしてる奴も少なくない。そんな中で、俺たちの死を願うように生きている連中は嫌われてるんだよ」
「そうなんだ」
ネイガルシティにも清掃人と言う名の死体回収という仕事は存在した。数えるほどだがロアも小遣い稼ぎに手伝ったことがあった。探索者にも似たような存在がいるのは初耳だが、ある意味で納得した。
「まあ、俺は別に自分が死んだ後のことはどうしようもないし、使えるなら好きにしてくれって思うけどな」
流石に知り合いの死体をどうこうされるのは嫌だが、自分の亡骸はどう扱ってくれても構わなかった。
「変わりもんだな。だからこそソロで活動なんて命知らずができるのかもな」
「確かに」
皮肉にも聞こえる男の言葉を、ロアは苦笑して同意してみせた。
「本当に変わり者のようだ」
笑みとも呆れともつかない顔をした男は、そう言い残してロアの元から離れていった。
『探索者の数が多いのに、もう他の奴らの目に留まるとはな。よそ者が目立つのは知ってたけど、俺くらいの実力で話題になってるのは意外だった』
『目端が利く者は日常の些細な変化を見逃さないということですね』
『あの協会の人みたいにか』
自分など取るに足らない存在だと思っても、他者から見て同じ印象を抱かせるとは限らない。自分にとっては当たり前が、他人にとっては異常なことかもしれない。前の都市での出来事を思い出したロアは、自分の行動にも少しばかり気を使うことにした。
『なんにせよ。これ以上つき回されたくはないし、何か対策を考えるか』
ベンチから立ち上がったロアは、再度遺跡に入ることなく都市へと帰還した。




