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シンギュラーコード  作者: 甘糖牛
第三章
55/67

ムトラ遺跡

 ミナストラマ。ここは第一境界線内に含まれる遺跡の中でも屈指の規模を誇る地域だ。

 旧時代に存在したという大国のうちの一つ、その首都に相当する大遺跡と、それを囲うように配置された衛星遺跡。これら複数遺跡の攻略に乗り出すため、最終的にこの地には四つの都市が築かれた。現在ではミナストラマに存在する遺跡は全て、境域指定都市連合によって保護遺跡に指定されている。

 ミナストラマという地が初めて発見され、正式に攻略が開始されてから五百年以上。以来この場所は、多くの富をもたらすとともに、数え切れないほどの命を飲み込んできた。境域の歴史の中で、最も長く人類勢力が関わり、犠牲を払ってきた遺跡の一つである。

 計り知れないほどの功罪を抱えたこの地は、未だ境域中からの関心を強く引き寄せる。

 富と名声、栄誉と成功を求めて、ミナストラマには今日も多くの人々が訪れる。




 新しい都市に到着したロアは、例のごとく手始めに寝泊まりするための宿を探した。心もとなくなった懐具合と相談して、立地は気にせず出来るだけ良い宿を求めた。サルラードシティとの物価の違いに驚かされる一幕もあったが、なんとか風呂付の一室を借り受けて、数日振りとなる安眠を手に入れた。

 それから一日ほど費やして、ウェイドアシティや周辺の遺跡に関する情報を色々調べ上げた。流石に目新しい内容が多く、とても半日程度では調べ切れなかったが、ある程度の方針を立てられるだけの知見は得られた。

 翌日。いくつかあるという遺跡の中で、最も近い場所に位置する遺跡の情報を手に入れたロアは、早速その内の一つに向かっていた。


「よし、絶好調!」


 道中で遭遇したモンスターの討伐に無事成功し、倒れる獲物を前に右手を掲げて勝利を宣言した。


「ふぅー、これならこっちでも普通にやってけそうだ」


 ロアは戦闘の緊張を緩めるように一息ついて、主武装としているブレードを鞘に収めた。それからいつも通りに有機体で構成されたモンスターの体を魔力に変換して取り込んだ。


「それにしても、遺跡に行く途中にもモンスターって普通に出るもんなんだな。今まではそういうことなかったのに」


 ネイガルシティでもサルラードシティでも、遺跡に入ってからはともかく入る前にモンスターと出くわした経験はなかった。仮にそうであったなら自分の冒険はとっくの昔に終わっていた。ロアは今まで身を置いていた環境とは別物であると理解した。

 ミナストラマ地域はその名の示す通り、地域全体がモンスターの勢力圏となっている。遺跡から放出されたモンスターがこの土地全般に広く分布している。通常であれば遺跡と都市間の道のりは、探索者によってある程度間引きがされている。だがミナストラマは各遺跡から周辺一帯をカバーするようにモンスターが湧き出ている。安全と言える場所は都市の影響圏内くらいである。


「それに、いちいち車から降りて戦うのもしんどいな。遠距離用の武器で倒したとしても、拡錬石とか回収する手間を考えたら同じだし。うまいこといかないもんだな」


 車を手に入れて移動の効率や快適性が上がるのと同時に、戦闘時における制約も増えた。探索者仕様の車両は丈夫なため、壊れる事態はそうそう訪れないだろうが、仮に破壊でもされれば数千万ローグの損失を被ることになる。装備を失うより、ずっと損害は大きい。できるだけ傷つけられないためにも、戦い方を考慮してモンスターに対処しなければならなくなった。


「まあ、言っても仕方ないか。これはこれでちゃんと役に立ってるわけだしな」


 懸念はあるが言ったところで仕方がない。探索者を続けていれば今は無い問題が将来に噴出することだってあるだろう。であるならその都度、新しい課題に取り組んでいけばいいだけだ。

 前向きに考えたロアは、運転しながらでも戦えるような武器がないか考えつつ、目的地を目指した。




 ミナストラマに来るまでと比べればとても短いドライブ。車を停める際、駐車料金の支払いが発生するといった新たな問題も無事乗り越えて、新しい遺跡を攻略するための前線基地にたどり着いた。


「人が多いな」


 車から降りたロアは、広めの敷地内を歩きつつ、辺りに視線を巡らせた。行き交う人の数はこれまで訪れた遺跡よりも多い。前線基地とは名ばかりで、小さな町のような賑わいがあった。


「それに、探索者っぽくないのもいる」


 チラホラとではあるが、遺跡に似つかわしくない普段着のような格好をした者たちもいた。その者たちは見えるところに武器を持っていたり、いなかったりとそれぞれであるが、それとは別に、明らかに戦いに向いていないような格好の者や年頃の人物も混じっていた。


「探索者以外も来るって話だったけど、本当だったんだな」


 事前に調べていた情報通りだったとロアは得心する。

 なんでもここムトラ遺跡には、探索者でなくても入れるエリアが存在するらしい。複数ある迷宮の内の一つが殺傷行為を完全に禁じており、そこにはモンスターは出るが無害であるという話だった。挑戦者を楽しませる目的で作られていることから、アトラクション迷宮と呼ばれていた。

 当然そんな遺跡で大して稼げる筈もなく、普通の探索者には見向きもされない。だが安全に稼げる迷宮として、戦う力を持たない者には人気がある。ロアが目にした非戦闘員の装いをした者たちがそれだ。比較的安全に遺跡を経験できるという点から、探索者とは無縁な者たちもこの場所を訪れている。


「面白そうだし、まずはこっちに行ってみるか」


 ミナストラマに来てから最初の遺跡探索である。道中でモンスターを倒したので魔力の補給はできた。懐は依然寂しい状態が続いているが、今日明日どうにかなるほど困ってもいない。帰りに何体かモンスターを倒せば当座をしのげるだけの資金は作れる。

 初探索から焦ることはないかと、気楽に本日の方針を決定する。特にあてもないまま奥へと進んだ。




「まさか迷宮へ挑むのに、予約が必要になるとはな……」


 道端の一角で休憩しながらロアはボヤいた。

 探索者っぽくない見た目の者に付いていき、目当てとしていた場所にたどり着いたロアだったが、迷宮の中へ入ることは叶わなかった。口に出した通り門前払いを受けた。

 安全な迷宮というのは、非戦闘員はもちろんのこと、時には遊興目的で壁内の人間が訪れることもある。故に警備や警護の観点から、そこを管理する都市によって出入りを厳しく管理されている。事前に迷宮へ入るための手続きを済ませなければ、探索者であっても挑むことは許可されない。

 またミナストラマは探索者の数が多いため、このように入場や探索に制限を設けている場所も多い。だからこそ、実力が乏しい個人が稼ぐのは困難な場所となっている。


「今から予約しても、入れるのは早くて二日後。人気のない深夜帯の時間だけか。当分は諦めるしかなさそうだな……」


 先ほどその辺の移動販売車で買った軽食を頬張りながら、ロアは立ったまま端末をいじる。

 前線基地には探索者などを相手にした商売人がいる。彼らは装備のメンテナンスや足りない物資の補充、腹を満たすための飲食物などを販売している。都市からさほど離れているわけではないが、危険地帯には変わりないため価格は多少割高となっている。以前ならともかく、今のロアは高い装備やモーテルの一件で金銭の支出に耐性がついているので、今更その程度のことは気にせず買い食いをしていた。


「仕方ない。普通に挑むか」


 迷宮と違って、普通に遺跡を攻略する分には特に制限はない。安全な迷宮というのがどういうものかは気になったが、この地に留まれば機会などいくらでも存在する。

 切り替えたロアは軽食の残りを口の中に放り込むと、咀嚼しながら再び歩き出した。




「結構綺麗な遺跡だな」


 眼前に広がる光景を目にして、ロアは初めて訪れた遺跡の感想を漏らした。

 前方にある通りの両側には、白を基調とした石造りの建物が立ち並んでいる。建築様式は統一感がありながら、屋根や外壁の色合いはそれぞれ異なり個性が垣間見える。セイラク遺跡のように仰々しさを感じるビル群とは違う、景観を意識した調和を図った作りがされている。

 遺跡の建物は当然ながら時の流れや戦闘の影響で崩れ去った部分も多い。しかし、この地の辿ってきた歴史など知るよう筈のないロアでも、かつての人々が培ってきた美意識を十分に感じ取れた気がした。


「なんとなく、ネイガルシティにあった遺跡に近いかも」


 まだ数カ所の遺跡しか巡ったことはないが、どことなく最初に挑んだ遺跡の面影を感じた気がした。ただこちらの遺跡の方が、洗練された美をヒシヒシと思わせる。単純な劣化具合に関しても異なっている。


『なあペロ、この辺ってやけに綺麗じゃないか? いや、街並みじゃなくて建物そのものが』


 言いつつロアは、建物の一つに近づいてそこの様子を観察してみる。これまでの経験からどうにも真新しさが目立って見えた。


『確かに、経過した年月を考えれば劣化に乏しい気がしますね』

『だよな。千年以上って経ってるって話なのに、あんまりそういう感じがしないよな。ガルディ爺さんの店の方が汚いくらいだ』


 率直な感想をこぼしながら、ロアは数年来の付き合いがある知り合いの顔を思い浮かべた。別れてからまだ数ヶ月も経っていないのに、もう随分と長い間会っていない気がして、妙に懐かしくなった。

 元気にしてるかなと、思考が別のところにズレかけたところで、相棒の声で現実に引き戻される。


『もしかしたら、遺跡そのものに対して自動修復機能が働いているのかもしれません』


 頭を働かせたロアは、どういうことかと不思議に首を傾げる。


『簡単に説明すると、迷宮にあった状態回帰機能のような修復作用が、この遺跡全体に働いているのだと思います』

『え? でもここ遺跡だよな? そんなこと有り得るのか?』


 ペロの発言にロアは驚く。

 人がいる生きた街ならともかく、今いる場所はとっくの昔に住人が消え去った滅びた街だ。仮に遺跡の機能が生きてたとして、未だに外観を維持し続けているというのはどういうことなのか。理解し難かった。


『この場所を遺跡と呼んでいるのはこの時代の人間であって、土地自体にその認識があるわけではない筈です。だからたとえ住む人間がいなくなっても、形を保ち続けようとする機能だけは変わらず働いているのでしょう。涙ぐましい献身ですね』

『そんなことあるんだ……』


 言われてみれば、確かに納得できる部分もあるとロアは思う。現代でもモンスターは新たに生産され続け、それを生み出す施設自体も機能を更新し続けているとペロは言っていた。であるなら確かに迷宮のように、遺跡に根ざした意思が古の街並みを堅持しようとするのは、理解できる話なのかもしれない。

 これを作った人間がどんな考えで、あるいは指示を与えられた遺跡がどうしてそんなことをするのか。

 かつて存在し、今なお在り続ける何者かの意思に、そこはかとなく思いを巡らせるロアだった。


『すごい話もあるもんだな。それじゃあ、なんでサルラードシティなんかは荒れたままだったんだ? あそこはゼルサパ遺跡みたいに終わった遺跡ってわけじゃないだろ?』

『さあ、どうなんでしょうかね。単純にそこまで余裕がないのか、どうせ荒らされるから放置してるのか、権限が曖昧となり手を出せないのか。私も各国各地域の管理者を詳細に把握してるわけではありませんし、案外こちらの性格は几帳面で、あちらはものぐさなだけかもしれません』

「なんじゃそりゃ」


 よく分からないことを言い出すので、ロアは意味が分からないと声を上げた。しかしこの相棒が変なことを言うのはこれが初めてじゃないので、あまり気にしないようにした。


『あ、中はどうなってるんだろ。修復されるって言うなら、取り尽くされた遺物も復活したりするのかな』


 閃いたアイデアに、それならいくらでも稼げるかもしれないと、ロアはやや気分を持ち上げた。そんな都合のいい話はないと思いつつも、確かめて損はないことであるので、早速目の前の建物の中に入っていった。




「うーん……分かってはいたけど、全然ダメだな」


 ロアは肩を落として建物から出てきた。

 いくつかの建物を回ってみたが、結局金目の物になるのはゼロだった。内装は飾り気がなく質素な様だ。せいぜいが壊れた家具やインテリアが残ってるくらいだった。他にもボロ切れのような衣類や小道具が少し落ちていたが、そんなものを持ち帰ったところで金にならないことは経験済みだ。外観に比べて肩透かしもいいとこだった。


「建物を丸ごと持っていくわけにもいかないしな」


 自動で建物が修復されるならば、それごと持って帰れば結構な金になるかもしれない。そう思ったが、それで稼げるならばきっと誰かが先にやってる筈である。誰もやっている様子がないのなら、そういうことなのだろうと諦めた。

 一人でに納得したロアは、特に後ろ髪を引かれることなく先へ進んだ。



 途中、他の探索者とすれ違ったりもして、そこそこ奥まで来た。


『初めてだから急ぐことはしなかったけど、普通に奥まで来れたな』


 遺跡に入ってからすぐにモンスターと遭遇すると思っていたのに、予想に反してここまで戦闘は起きなかった。目にする機会はあったのだが、既に他の探索者が戦っており襲われる事態は訪れなかった。だから遺跡内をほとんど素通りできた。

 前線基地の方面は探索者の数が多いため、奥への行きがけに近場の敵は排除される。また補給や退路の確保などの理由から、安全に狩りを行うため基地から離れすぎないで戦う者もいる。ロアは前線基地からまっすぐ歩いてきたので、このモンスターの空白地帯をすんなりと通過していた。

 そして中部エリアに差し掛かるというくらいまで来た。


『ここまで来ると流石に人が少ないな』


 辺りからは人の気配が消えていた。遠方から戦闘音が聞こえてこなければ、無人の遺跡と勘違いしそうなくらい閑散としている。

 先程までとの差を感じつつ、ロアは存在感知に意識を向けた。


『おっ、空いてるモンスターがいる。ようやく戦えそうだ』


 やっとモンスターを発見したロアは、いよいよ戦えると軽い足取りでそちらへ向かった。

 人が少ないのには理由(わけ)がある。奥に来るほどモンスターの討伐強度も高くなる。それの意味するところを頭では理解しても、未だ知り得ないロアは、一体のモンスターと会敵した。

 現れたのは無機機械型のモンスター。体高は二メートル近くあり、上半身から伸びる部分に銃火器を備えている。下半身には足の代わりに複数の車輪が付いている。

 ロアが相手を認識した瞬間、機械型のモンスターはアームに搭載された火器から射撃を開始した。動力部から受けた魔力供給により、その威力は武器強化と同様の向上を果たす。殺傷性の高い弾丸がロアに向かってばら撒かれた。

 予兆の少ない先制攻撃。それをギリギリで察知したロアは、近づくのを中止し慌てて回避に移行した。射線から外れるため全力で地面を蹴って横に跳んだ。強化された身体能力は反応速度にも及んでいる。辛うじて敵の弾幕から逃れた。

 しかし、面で放たれた攻撃は、ロアの回避速度を僅かに上回った。避け損なった一発が腕を捉える。打ち据えられた痛みがロアの頭の中を駆け巡る。それでもなんとか足に力を込めて、付近の建物の陰に飛び込み射線を切った。


「いってぇ……」


 建物の後ろに隠れたロアは、腕を抑えて座り込んだ。しかめた顔で弾丸が当たった箇所を確認する。多少の防弾性能もある頑丈な繊維で編まれた戦闘服が、そこだけ千切れるように失われていた。その下の皮膚からは鮮血が溢れるように流れ出していた。

 傷を確認した途端、余計に痛みが生じた気がしたロアは、急いでポケットから再生材を取り出して傷口に塗りたくった。再生剤の高い効果により出血はすぐ止まり、次第に痛みも薄れっていった。

 危機を脱したと安堵の息を吐くロアに向かって、タイミングを見計らったペロが苦言を呈する。


『油断しているからそうなるんです。これも良い薬としてください』

「……いつになく手厳しいな」


 言い返す言葉を持たないロアは、苦い顔のまま応答した。今しがたの攻撃に対して、ペロはあえて自分の身を守らなかった。ロアはそれをなんとなく察していた。

 相棒の言うことは最もだった。ここは初めて訪れる遺跡だ。モンスターの特徴、傾向、強さ。そのどれもがこれまでとは異なる。経験は役にたっても、先入観は助けにならない。油断したつもりはなくても、そんなことは結果に影響を及ぼさない。

 今までは比較的弱い相手だから余裕を持てただけだ。これからも同じことが続くとは限らない。それを見誤ったからこそ、こうして代償を支払う羽目になっている。

 死ぬ気の有無にかかわらず、死ぬときはやってくる。それは己が全力を尽くしても変わらない。であるなら、一戦一戦に命をかける覚悟で臨まなければ、この先も探索者としてやっていける筈がない。


「まだちょっと、甘く見てたかもな」


 覚悟とは別、深いところで遺跡を甘く見ていたと自覚する。

 ロアは意識を切り替えるために目を閉じる。大きく深呼吸をして、思考を一度リセットする。

 再び目を開けて立ち上がると、眼差しに強い意志を湛えて移動を開始した。



 敵性存在が攻撃範囲から消えたことで、モンスターは再び沈黙する。与えられた命令に則り、この地を脅かす敵が現れるまで同じ場所で待機し続けた。

 行動を停止させたモンスターを狙い、周囲の建物を回り込んだロアが背後から仕掛けた。相手に感づかれることも気にせず、無防備に見える背中に向かって全力で地面を蹴りだした。

 攻撃範囲に現れた敵をモンスターは即座に捕捉する。背後からの奇襲に対応するため、胴体に備え付けられた円筒が高速で背後を向く。直後、その部分から猛烈な勢いで火炎を放射した。吹き出した炎は進路上のものを飲み込み、瓦礫や空気を焼き焦がして地面を赤く赤熱させた。

 相手の動きの細かな変化を見逃さなかったロアは、直前で相手へ迫る軌道を変えた。放たれた攻撃をかいくぐり、放射される炎と並走する。吹き出る灼熱を付近に浴びつつ、側面へ回り込む形で接近した。

 回り込むロアに対して、銃口が再び標的を捉えようとモンスターの上半身が旋回する。だがそこにロアの姿は既にない。照準を合わせられるより早く空中に跳んでいた。加速の乗った跳躍はモンスターの頭上を取った。

 跳びながらロアは宙で体の上下を反転させる。重力に対して逆さまになった態勢で右手のブレードを一閃する。ズレた照準を合わせようと上を向きかけたアームが、魔力で延長した斬撃により中ほどまで断ち切られる。

 拡張斬撃を相手のアーム部分に引っ掛けたロアは、そのまま相手の重量を利用して跳躍の勢いを殺した。そこから地面へ向かう力を利用して食い込んだ刃に体重を乗せる。モンスターのバランスを崩すように下向きに力を込めた。

 強烈な負荷に耐えられず、魔力で生成された擬似刃は砕け散る。同時にモンスターのアームが制御を失う。駆動系を切断された腕は、重さを支えきれずだらんと垂れ下がった。

 地面に着地したロアを狙って、再び胴体に備わる円筒から炎が放たれる。着地と同時に地面を蹴るロアは、攻撃手段の失われた側面部に回って火炎放射を回避する。

 回り込みながらロアは瞬間的にブレードの威力を高める。ガラ空きになった胴体部分に狙いを定める。足裏に魔力を集中させてその場に踏ん張り、刃が表面を滑らないよう垂直にブレードを突き入れた。金属のボディに刀身が半分まで埋まった。

 しかし、ブレードが突き刺さってもモンスターの動きは止まらない。残る火砲で敵対者の排除を試みようと更なる旋回を行う。ロアはその動きに合わせて周囲を回り、敵の攻撃を完璧に回避し続けた。

 回転に合わせて次なる攻撃のタイミングを見計らう。突き刺さったブレードの柄部分を意識する。高速で動きながら下半身に力を込めて、回る勢いのまま、柄部分を目掛けて全力で回し蹴りを放った。

 人間離れした脚力が、無駄な応力など発生せず正確に刃を押し込む。能動制御により魔力強化を維持されたブレードは、より深くモンスターのボディに突き刺さり、内部を抉る。

 一連の攻撃を終えて、無手となったロアは素早く後方に下がった。いつでも逃げられるように建物の陰へ隠れた。そこから油断なくモンスターの様子を注視した。

 やがて、内部機構を損傷させたモンスターが、完全に活動を停止させた。


『……これって本当に死んでるよな? こっちを嵌める罠とかじゃないよな?』

『それを聞くのは良い判断です。擬死の可能性もありますからね。ですが問題ありません。私から見てもあれは完全に機能を停止しています』


 相棒からの保障を得られたことで、ロアはようやく気を緩めた。そして動かなくなったモンスターに近づいた。

 まず機械型のボディを貫通しているブレードを丁寧に引き抜いて回収する。それから一度周囲を警戒して、モンスターの残骸を建物の陰まで運んだ。安全を確保した状態で解体を行った。

 慣れた手つきで解体を済ませた後は、情報端末を使い討伐強度を測ってみた。ムトラ遺跡での初戦闘である。中級の壁を超えた自分を苦戦させたモンスター、それがどれほどの強さを持っていたのか調べた。

 案の定と言うべきか、倒したモンスターは中級ランク帯に達していた。通りで手強かった筈だとロアは息を吐いた。


「……いや、これからはこれが普通になるのか」


 先の戦いを乗り越えたことで勘違いしそうになったが、DDランク帯のモンスターは雑魚ではない。強敵だ。今倒したモンスターだけでも、十人以上のDランク探索者をまとめてなぎ倒す強さがある。魔力という超常の力を扱えなければ対抗することは叶わない怪物だ。中級探索者になったのならば、これから先そんな強敵と当たり前に対峙していかなければならない。

 安全に稼ぐ道はあった。ネイガルシティやサルラードシティのような都市で、自分の得意とするモンスターだけを倒し、生活に必要な分だけを稼いで生きていく。少しずつ貯金でもすれば、人並みの生活を送ることはできただろう。

 だが、その道を選ばなかったのは自分だ。探索者として上を目指し、強くなってモンスターと戦い、命をかけて成り上がる。そういう道を選んだのは自分なのだ。

 生き方は定めた。とうの昔に覚悟は済ませた。だから泣き言なんて必要ないし、命を惜しんで引く気もない。そうでなければ報われない。


 ただ先に続くものを求めて、少年は歩みを進めた。

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