モーテル
「うーん、よく寝た」
目覚めを迎えたロアは寝床となった自分の車両から降りると、朝日を正面に置いた状態で体をほぐすように大きく伸びをした。そして朝の準備体操という名のストレッチを軽く済ませた後は、また車両に乗り込んで隣の座席に手を伸ばす。リュックの中を漁り朝食を取り出した。
食べるのは探索者向けの栄養補給食だ。
『やっぱ俺、食べるなら肉が好きだな。ブロックは美味しいけどパサつきが気になるし、ゼリー系も悪くないけど甘いのが多いとキツい。どっちもたまに食べるなら全然悪くないんだけど』
『そうですか』
『うん』
半分独り言のような形で呟かれた言葉にペロが相槌を打ち、ロアもそれに短く反応し返す。
リシェルたちに誘われ食事の楽しみを知ったロアは、今までの安い保存食を買うのはやめて、食にも多少の金銭を費やすようになっていた。食べ物に対する偏見や好みも無いため、ほどほどの値段のものを色々と買い、片っ端から食べ比べた。結果、自身の好みの味や食感の傾向をある程度把握できるようになった。
食べ物を咀嚼したまま、頭の中で会話を続ける。
『ペロはこういう食事って必要ないけど、何も食べなくてもずっと平気なのか?』
『そうですね。生物のような栄養補給は人ならざる身には必要ありません。しかし全くの無補給かと問われれば微妙に違います』
『違うのか』
『はい。ロアの精神幽層体に依存している私は、実質的にあなたからエネルギーを分けてもらっている状態にあります。そこからの供給が途絶える、すなわちロアが生命として死亡するとき、同時に私の活動も停止します。つまりあなたの食事こそが、私にとって間接的な栄養補給と言えるかもしれません』
『ふーん?』と、ロアは分かったような分からないような反応をする。
『それじゃあ、モンスターを魔力に変えても変えなくても、お前にとって変化はないってことなのか』
『いえ、それも少し違います』
またも否定の言葉を聞いて、今度は明確に首を捻るロアに、ペロは詳しい説明を行う。
基礎代謝の高い人間が低い者より強靭で健康な肉体を維持するように、保持する魔力が多い者や事物ほど、存在としては強固で強力な状態となる。同様にロアが保有する魔力が多いほど、釣られてペロの存在的な強度も高まることになる。
『ですからロアが成長するほど、貯蔵魔力が増えるほど、私もパワフルでエネルギッシュになるというわけです』
『そうなんだ。前にペロッととか言ってたから、てっきりモンスターなんかを魔力に変えて食べてるのかと思ってた』
『あれは比喩的なものです。モンスターは食べれても私は食べません』
今の発言に聞き逃せない内容があったと、ロアは再び『ん?』と首を傾げて反応する。
『モンスターって食べれるのか?』
『ええ、食べれますよ』
『でも俺、モンスターの肉は食えないからいらないって、買取所の奴に言われたことあるぞ?』
ペロと会うまでは、モンスターを倒したことなどほとんどないロアであるが、モンスターの死体が食べられないという事実だけは、知識として知っていた。その知識があるロアとしては、ペロの発言はにわかに信じ難いものだった。
そんなロアへ、ペロは自分の持っている範囲の知識で答える。
『私も全ての自動守護存在が可食かどうかは知りませんが、一部については間違いなく食べれる筈ですよ。補給が途絶えるなど非常時に備えて、戦場で共に戦う兵士のために、国家間の条約や国法でもそう取り決められていましたから。現代については当時と比べ色々変化が著しいので、同じ状況にあるかは分かりませんがね』
『そうなのか』
現代人よりも旧時代に詳しいだろう相棒が言うならそうなのだろうと、ロアは新しい知識をインプットした。
『ロアは食べたことないんですよね?』
『うん。あっ、でも食べたって言ってる奴は見たことある。不味いって言ってたから食べれないのかと思ってたけど、普通に食べれたんだな』
『食用可能であることと味の善し悪しは矛盾しませんからね。そういうこともあるでしょう。中には味の優れた自動守護存在が存在するとも私の中の知識にはありますので、たまたまあなたが知り得なかっただけなのでしょうね』
人の味覚など理解し得ないペロがさらりと言う。
『へー、ならいつかそういうのを食べる日も来るかもな。というか、ちょっと食べてみたいかも』
食べる喜びを知ったロアは、数ヶ月前なら思いもしなかっただろう感想を抱き、これから先の出来事に思いを募らせた。
食事を済ませると車内に乗り込み、座席に体重をかけて安全ベルトを装着する。そのまま車を起動させて目の前のハンドルに手を置いた。
「じゃあ、行くか」
誰に聞かせるでもなく一言呟き、ロアは車を発進させた。
発進する際、最後にもう一度だけ一晩過ごした遺跡に視線を送り、次の目的地に進路をとった。
「やばい。動力がない」
運転中、ロアは現状に生じた不都合に関して、渋い表情で口から独り言を漏らした。
ロアの購入した車両はオフロードに対応しており、装甲もDランク帯以下のモンスターの攻撃にならある程度は耐えられる、探索者仕様の代物だ。壁の外で一般に使用されるモビリティと比べれば、当然高価な部類に入る。ただ肝心のソフト面に関しては数世代は古く、車体を構成する部品についてもリシェルたちの持つ高級品には遠く及ばない。総合的な性能面で言うならば、他の探索者用車両と比べて平均を下回る程度でしかない。これはロアが粗悪品を摑まされたというより、境域という土地特有の事情に関係している。
境域の発展速度はかつての人類と比較すれば非常に緩やかだ。境域に住む人類の発展具合は、遺跡から回収された過去の叡智か、壁内外の限られた頭脳資源に依存している。当時百億を超える人口を抱えていた旧時代とは、費やせる労働力は比較にならないほど貧弱である。
加えて遺跡から得られる知識に関しても飛び飛びだ。一つの高度な遺物を発見しても、それを理解するのに数十年、長い時では百年単位の時間を必要としてきたことも、境域の歴史の中では幾度とあったことだ。未だ解明し切れていない技術も多いとされている。
そして境域の大企業は高度な先鋭技術に絞ってその技術と市場を独占している。築き上げた資本を武器に優秀な探索者から高値で高度な遺物を買い集め、取得した知識を下地に高性能な製品を製造、販売している。大企業と呼ばれる経済主体は、そのほとんどが都市運営を担うに至るほど、境域の中枢に深く根を張り影響力を維持している。
これら大企業に、人材や資本の乏しい中小が独自の力で対抗するのは困難だ。入手した遺物から理解できた範囲の叡智と技術を抽出し、改良と独自開発を重ねて自社の製品として売り出しているものの、技術レベルという話では全く上位には及んでいない。
ただ連合は大企業の独占や寡占を許していない。一定需給の範囲で新規参入する余地は存在する。主に低所得帯向けの製品である。壁外民や中低ランク探索者を対象とした低所得帯向け製品は、利益率やブランドイメージ等の問題から大企業も手を出すことを控える。そのため大企業からの不満や反発も生まれず問題なく浸透している。
都市毎に他都市の企業による参入を制限することもある。自治独立制の観点から、各都市は独自の経済発展維持を貫こうとする傾向が強い。大企業の独占を許せば都市の経済は上向いても、都市経営を大企業に依存しその意向に逆らえなくなる。管轄指定都市はその名の通り、権力の最上位は連合に帰属するが、概ねの統治権は各都市に委ねられている。都市の権益を保護する目的ならば、特定企業の参入を制限することも許されている。
とはいえ基本的に大企業の進出自体は珍しくなく、また制限する事例も少ない。大企業から供給される高品質な物やサービスは、主に壁内の人間や都市そのものを顧客として販路を広げられている。拒む要因は経済的、武力的対立関係の表面化か、派閥の敵対関係による制裁以外には存在しない。
以上の理由から、ロアの購入した車両はサルラードシティ限定の販売品となっている。当該企業が都市外に進出している事実もないため、故障や不具合が生じても他都市では保証が受けられない。その代わりに都市が補助金を出して地元企業を支援しているため、性能はともかく購入価格は比較的安く抑えられている。
いくら様々な要因が重なり、一時的に小金持ちになったロアといえど、境域という地で安全走行を行うための車両を買うには、やや懐が寂しいと言わざるを得なかった。不測の事態に備える意味でも、完全に貯蓄を吐き出すわけにはいかない。再生剤など高価な保険を用意する必要だってある。中級探索者に与えられる特権の一つである、期限内無金利での分割払いという方法もあったが、借金など好んで作りたくはない。納車期間や諸々の物資補給を考慮に入れた上で、一括購入を選択した結果、なんとか届いたのが今回購入した物であった。
性能面で多少の不測があろうと、一般からすれば高価格帯に属する探索者仕様の車両である。境域の発展速度が緩やかであっても、百年も経過すれば技術レベルは向上する。今のローエンド品が、当時のハイエンド品に相当することだって珍しくない。現代で売られている車両ならば、たかだか数百キロ程度の移動で不都合が生じるなどあり得ない。
しかし今回のロアの場合、定めた行き先が問題だった。境域の広さを考えれば、サルラードシティからミナストラマ地域間の移動は長距離と言えるほどではない。拠点を頻繁に帰る探索者にとって、この程度の移動は決して珍しくないものだ。けれど無補給で走破可能なほど近場でもない。ましてやロアの車両は価格相応の性能しか有しておらず、一度に数千キロ以上の走行など想定されていない。精々が各都市間を往復する程度に収まっている。
初めて個人車両で移動するロアは、そのあたりの事情を見誤った。
「どうしよう。結構ヤバいかもしれない」
事態の悪さを実感し、ロアは思わず顔をしかめる。
航続可能距離を表す表示を見れば、今すぐ残量が足りなくなるほど切羽詰まった状況ではない。まだ百キロ以上は走行可能と記されている。しかし目的地までの距離を考えれば、ほぼ間違いなくその前で切れることが予想された。
ロアはここに来るまで何度か立ち寄れそうな都市を発見していた。だがいずれも予定進路からは逸れており、回り道になる場所にしかなかった。その時は残量も十分に足りており、積極的に寄ろうという気にはならなかった。結果的にそれが裏目に出て、気づいたときには手遅れとなっていた。
一応非常用に魔力を動力に変換する機能も搭載されている。しかし変換効率は高くなく、これを行えば貯蔵してある魔力が枯渇する恐れがある。いざとなれば躊躇うつもりはないとはいえ、可能ならばギリギリまで粘りたかった。
『安物買いの魔力失いですね』
笑えない冗談を飛ばしてくる相棒の言は無視して、ロアはうんうん唸り、何かいい案はないかと車の搭載機能を確かめる。そしたらマップ上にはこれまで見た覚えのない、変わった表示が存在していることに気づいた。
「なんかあるな」
車両の内蔵データと同期させている情報端末の画面上には、『モテール:ウルトラ1000』との表記がされていた。
「モーテルウルトラ1000? なんだこれ?」
謎の単語を読み上げたロアが聞き覚えのない語感に首を捻る。
『おそらくですが、簡易的な宿泊施設か何かなのかもしれません』
「宿泊施設」
ペロから述べられた予想を聞いて、ロアはそこに一縷の希望を見出した。
「ってことはそこで寝泊まりできるってことか。動力の補給もできるかな」
『売り物かは不明ですが、交渉すれば手に入る可能性はあるかもしれませんね』
「じゃあ他に行けるとこもないし、寄るだけ寄ってみるか」
悩むことなく決断すると、自動走行による目的地を設定し直し、そこを目指して車を走らせた。
荒野の只中に存在する数メートルの高さを誇る金属の壁。自分の車の車高より大きなそれを、ロアは車内から見上げていた。
『ここが目的地っぽいんだが……これ中に入れるのかな』
継ぎ目なく地面から生えている壁が、一定の範囲をぐるりと囲み聳えている。この場所が目的のモーテルだと思うロアは、入り口を探してその周囲を徐行運転で見て回る。
すると直角を曲がった先に、それらしきものと思われる不自然な出っ張りを発見した。
「あれが入り口っぽいな」
壁に沿って車を移動させたロアがゲートの正面となる位置までやってくる。
ここからどうやって中へ入るか。それを悩んでいると、ゲートの方から無機質な音声が聞こえてきた。
『身分確認を行うため、本人証明となる身分証の提示をお願いします。探索者ならば探索者協会の登録証を提示してください。いずれも所持していない場合、当施設の利用は許可できません』
いきなりの事態に少し驚くロアは、すぐに冷静になり、素直に音声の指示に従った。つい最近更新したばかりの真新しい登録証を、見せつけるように窓の外に差し出した。
数秒の後、ゲートが駆動音を立ててゆっくりと左右に開いた。それが許可だと判断したロアが、左右の壁にぶつからないよう、慎重に車を中へ進ませる。
壁の内側には数台の車両と、外からでも確認できた二階建ての建物が一棟存在した。とりあえず駐車可能なスペースに車を停めたロアは、建物の入り口と思われる最も入りやすそうな扉を目指し、その中に入った。
自動で開いた扉の先には、宿に似たフロントがあった。そこに設置された受付台の奥には一つの珍妙なナニカが座っていた。黒味のある赤褐色の毛色をしたソレは、見た目はモンスターっぽいものの、どうにもそれだけではない様子だった。生気を感じさせない無機質な雰囲気から、ロアは目の前の存在をおそらく人工物の類だろうと見なした。
「何泊の宿泊をご予定ですか?」
目の前のモノから低く野太い声が発せられる。問われたロアは、少し身を硬直させた後、聞かれるがままに一泊と答えた。そしてよく分からぬまま端末をかざすよう促され、決済を済ませると、チェックインが終わるとともに部屋の鍵を渡された。
そこまでして、ようやく自分の方から話しかけた。
「ここって、普通の人間はいないのか?」
「責任者ならば併設されたダイナーにいらっしゃいます。ご利用の際は別途料金が発生しますが、自由に使用可能となっておりますので、気軽に足をお運びください」
ダイナーが何かを聞けば、食堂だと教えられた。説明してくれたよく分からない存在に礼を告げたロアは、色々聞くために早速そちらへ行ってみた。
ダイナーの内装は、全体的に色彩豊かで独特な雰囲気が漂っていた。少なくともロアの知識や経験には無い変わった趣をしている。店内には複数のテーブルとカウンターが設置されており、そのどこにも利用者の姿はない。
ただカウンターの奥には、カラフルな布を頭に巻いた壮年の男が一人いた。
「いらっしゃい」
ロアの姿を見た男は、挨拶とともに口元に笑みを浮かべた。
「ああ、うん」
初対面の相手ということもあり、ロアは咄嗟に言葉が出てこず淡白な反応を返した。
返事をしたまま動かないロアへ、男は苦笑気味に言葉を付け足した。
「取り敢えず、そんなところに突っ立ってないで座ったらどうだ?」
言われたロアは、カウンターの前に設置されている、背もたれのない椅子の一つに座った。
「なあ、ここって一体なんなんだ?」
「その前に」
さっそく話題を切り出すロアへ、男は机の上に置かれている物を手に取った。
「ここは飯屋だ。先に何か注文しろよ」
アナログなメニュー表を差し出されたロアは、そういえば朝食から何も食べていなかったと、それを受け取り何があるのか確認する。そしてメニューにざっと目を通した結果、書かれている内容に渋い表情を作った。
「……高いな」
以前にリシェルたちと行った飲食店。のちに調べた結果、あそこは壁外でも比較的高価格帯に分類される店だと判明していた。その店と比べても、ここの価格帯はずっと高かった。
ロアの様子を見た男は小さく笑う。
「ここは都市の影響下から外れた危険地帯だぜ? 当然そんなところに店を構えるってなったら、経費は高くつく。確かに圏内よりかは割高に感じるだろうが、諸々を考えたらぼったくりってことはないんだぞ」
「そういうもんか……」
言われると確かに無人地帯で店を開くのはかなり大変そうだとロアは納得する。思いつくだけでも、モンスターや人間に警戒するのは当然として、ここまで物資を運ぶのにも相当な苦労を要する筈だ。その負担が価格に転嫁されるのは当たり前なのかもしれない。しかし少し前ならともかく、車両を買って寂しくなった懐具合には、なかなか厳しい価格設定であるのも確かだった。
それでも高くて数万ローグで収まる範囲である。一食、二食程度で破産するほどでもないので、普通に注文することにした。
「じゃあ、適当にオススメがあったら頼む。あ、できれば肉があるやつにしてくれ」
「あいよ」
雑な注文に応じて、男の姿が奥の厨房に消えていく。
しばらくして、料理が盛り付けられた大皿を持った状態で奥から男が姿を現した。ドンと音を立てて置かれた大皿の上には、厚みのある肉に油で揚げられた芋、肉や野菜が挟まったパンが豪快に乗せられていた。
予想外の量に、ロアの口元が若干引きつる。
「言ったろ? ぼったくりってことはないって」
期待した反応が見れたと、男は得意げに笑う。食べる前から一杯食わされたと感じたロアは、顔を引きつらせたまま食事を開始した。
食器を使い黙々と頬張るロアに、男が自己紹介を始める。
「俺の名前はドノバン。このモーテルのオーナーで店主で、生きてる人間としては唯一の従業員だ」
「そうか。俺はロアだ。探索者だ」
口に含んだ料理を飲み込んでからロアも名乗り返した。
「で、ここは一体なんなんだって話だな。それはどうしてこんなところで店をやってるのか、って意味で合ってるか?」
「うん」
頬を膨らませながら頷くロアに、ドノバンは「そうだなぁ」と言葉を探すように顎をさすった。
「見ての通り、ここは無人地帯にある宿屋だ。通りがかった旅人に快適な寝床と、必要なら飯も提供する。立地を除けば至って普通の宿泊施設だ」
視線を上げたドノバンがどこか遠い地に想いを馳せるように語る。
「遺跡からはな、たまに過去の生活様式なんかが記録された写真や動画データなんかが発掘されることがあるんだ。破損したり中身が消えちまったりするのも多いがけどよ、中には過去の記録がちゃんと残ってるものもあってな。俺が見た映像にも、当時の人間が楽しそうに通って飯を食う様が映ってた。それを見た俺はひどく感銘を受けてな。どんな形であれ、過去の光景を現代に形として残してみたいって思ったんだよ」
ドノバンは上げていた目線を戻し、ロアの方に向ける。
「そんな過去の営みの一つを真似て、俺なりに再現してみたのがこの店ってわけだ。俺も以前は探索者だったから、元同業のためになるようにと思い、こうやって少々趣向を変えた形でこしらえてな。境域を流浪する者たちに、さながら砂漠のオアシスのごとく一晩の宿を貸し出す。素敵だろ?」
「まあ、うん?」
得意げに言うドノバンの言葉に、ロアは微妙なリアクションで返す。いまいち伝わらなかったかとドノバンは苦笑した。
気にせずロアは会話を続ける。
「それにしても、こんな所でやってて客なんか来るのか? 実際に来た俺が言うのも変な話だけど」
「ボチボチだな。今みたいに複数人が泊まってることもあるが、全く来ない日も多いな」
他にも利用者がいるのかと思ったロアは、そういえば外にいくつか自分以外の車両が停まっているのを思い出した。
「そんなんでやっていけるのか?」
「やってくだけならな。ぶっちゃけ、この店は俺の趣味みたいなもんだから採算は考えてないし、こうしてたまに来てくれれば赤字にはならない。連合から多少は助成金だって貰える。だからそれで十分な感じだよ」
奇特な趣味があるものだなと、ロアは適当に相槌を打った。
「ふーん、そうなんだ。なら安全とかは大丈夫なのか? こんな所だと襲われる機会も多そうだけど」
「確かに襲われることもあるが、頻度はそこまで多くないな。せいぜい年に一、二回程度だ」
「そんな少ないのか」
「まあな。ここは都合上、一部の人間にしか見つからないようになってるしな」
ロアは車両に搭載されたナビゲーションによって発見したが、この手の店は連合の加盟都市公認の企業にしか位置情報は公開されていない。そして購入者の探索者ランクによって内蔵される情報には制限がかかっている。仮に低ランク探索者や探索者以外の人物が同じ車両を購入しても、ここを含め重要施設の情報はマップに映らない。探索者ランク上昇による恩恵は、境域を旅する上でも大きな助けとなってくる。
そんな仕組みがあったのかと驚くロアに、ドノバンはさらに続きを述べる。
「そもそもここを襲ったって、取れるもんなんて大してねえからな。金は物資の補給と一緒に業者へ渡してるし、溜め込む額だってそれほど多くない。俺はこれでもそこそこの探索者だったから、そんじょそこらの小悪党相手の自衛くらいはできる。反体制派からしたら、それでも連合の関連施設を破壊する意味はあるだろうが、わざわざ狙って襲撃するほどの価値や重要性は皆無だ。そんでもって、ここを襲って利益を出せる奴は、普通に遺跡行ってモンスターを倒した方がはるかに稼げる。だからそんなことをわざわざする奴はただの馬鹿か、気の触れたイかれ野郎ぐらいしかいないってわけだ」
「なるほど」
伊達や酔狂でやってる危険な趣味だと思ったら、想像以上に考えられているとロアは素直に感心した。
「まっ、俺の話はこんなところでいいだろ。次はお前さんのことも教えてくれねえか?」
「俺の話?」
不思議そうにするロアに、ドノバンは「そうさ」と顎をしゃくってみせる。
「俺がこうやって圏外に店構えるのも、境域を旅する奴の話を直に聞きたいって理由があるからな。もちろん言いたくないことを無理に聞き出す気はない。話しても構わないことを、自発的に語ってくれるだけで十分だ」
「まあ、それくらいなら」
食事のペースを落としたロアは、ポツポツと自分の事情を話し始める。ネイガルシティ出身であること。そこで問題を抱えて別の都市に移住したこと。移動中に強力なモンスターに襲われたこと。移住先のサルラードシティで起きた事件のことなど。
誰かに自分の身の上話を聞かせるのは数度目ということもあり、慣れた様子でこれまでの旅で経験したことを語った。
「くくっ、若いのに相当な無茶をしてるな。お前みたいなのがいるから、こうして危険な場所で店を開いてる意味があるってもんよ」
「そりゃどうも」
褒められたのか微妙な言葉に雑に応じて、ロアは残った料理を口の中にかき込んだ。
「だからというべきか、少々生き急ぎすぎてる感は否めんな。探索者になってから日が浅いとはいえ、そうも考えなしだと早晩身を滅ぼしかねんぞ。やんちゃは結構だが、長く続けたいならもっと慎重に事を進めるのも大切だな。っと、説教くさくなっちまったか。悪いな」
「いや、いいよ。それよりどうして俺の探索者歴が浅いって思ったんだ?」
見習い期間とはいえ、探索者を始めた時間だけなら数年は経つ。これでも一端の自負があるロアとしては、自分のどの部分にそう感じる要素があったのか、純粋に不思議に思った。
ドノバンは「そうだなぁ」と顎に手をやった。
「お前が堅実に成り上がってきた探索者なら、そこまで装備が貧弱なんてことはあり得ない。腰に差してるブレードはともかく、身につけてる衣類や道具類なんかは下級に毛が生えた程度だ。とても中級探索者のレベルじゃない。身を守る防具に金を使わないのは、己の身体能力に自信がある証拠だ。それはお前が一人で行動してることからも予想できる。大方、魔力活性に恵まれて、一足飛びで中級まで上がってきた口だろう。とまあ、こんな感じで予想したんだが。間違ってたか?」
「……いや、だいたい合ってる。そこまで分かるのか」
一部事実と違う点はあるが、それはペロというイレギュラーが挟まったからだ。それを除けば、ドノバンの言はほとんど的を得ている。ロアは相手の洞察力に舌を巻いた。
「別にこんくらい大したことねえよ。長くやってりゃ誰でもこの程度の目利きは持ってる。それくらいでなきゃ長生きできねえのさ」
言いながら彼は、食後のドリンクを差し出した。ロアはそれをありがたく受け取る。
グラスを傾けるロアに向かって、ドノバンは指を三本立てる。
「相手の実力を推し量るには、大きく三つの要素がある。そいつの身につけている装備。ランクや実績。身のこなしと覇気だ」
「ハキ?」
「迫力や威圧感のことだ。お前も覚えがあるんじゃないか? 一流の実力者ってのは、強者独特の異様な気配を纏ってる。素人に判別は難しいが、ある程度戦いを生業とする人間なら感じ取れる。そういう雰囲気のことだ」
言われてみれば、探索者協会でそんな感覚を味わったことがある。あれがドノバンの言う覇気であるのかとロアは思う。
「こういう個人経営のモーテルなんかには目利きも必要だ。さっきの話に戻るが、襲うのは何も無法者だけじゃない。客に襲われるなんてことだってある。見た目で判断するなとよく言われるが、見て判断できることは多い。そいつがどういう類の人間なのか、己の慧眼を磨けなきゃ話にならん。と言っても全部が全部じゃないが」
「どういうことだ?」
「中には意図して強さを偽る奴がいるんだよ。そういう手合いは総じて厄介だ。本格的なのだと、装備や身なりまで低ランクに偽装する。外見だけじゃ判断できない上に、実際の力を推し量ることも難しい。格下だと喧嘩を売ってみれば、逆に血祭りにあげられるなんてこともたまに聞く話だ」
今の話を聞き、ロアはリシェルたちのことを思い浮かべた。ペロに教えてもらわなければ、今でも彼女たちの実力を大きく見誤っていた筈だ。その場合、敵対したとき、この認識は致命的なものになったに違いない。
少しだけ肝を冷やすロアに、ドノバンは語りを続ける。
「三流は見た目に騙される。二流は態度に騙される。一流は一流に騙される。目利きの間で使われる格言だ」
「……それはどういう意味なんだ?」
「一つ目はハッタリ野郎のことだ。虚仮威しの装備とありもしない経歴を語って、自分を強く見せようとする。やり方や相手によっちゃ簡単に騙せるが、ボロが剥がれるのが一番早いのもこういうタイプだ」
ドリンクを飲みながら、ロアは黙って聞く。
「二つ目は主に詐欺師に対して使われる。奴らはとにかく身なりや言動を整える。そんで自分をいかにも格の高い人物だと思わせる。有名人との関係をチラつかせ、場の空気を掌握し、会話や交渉の主導権を握ろうとする。事前に知ってれば対処は可能だとはいえ、この手の連中が厄介なのは実際にそれなりのツテや影響力を持ってる点だ。だからとにかく、自分の勘や意志と相談することが重要だ」
「なら三つ目は?」
「三つ目はそのままの意味だ。培った手練手管を駆使して、相手の一流だという自負を突いて騙すのさ。一流は一流でしか騙せないとも言う」
「一流なのに騙されるのか?」
「ああ。人間は目に見えるものを過剰に評価したがる。己の価値観や見識を世の中の常識やスタンダードだと思い込みやすい。だが、そういう思い込みこそ嘘つきには突かれやすい。一流だろうとそこは変わらない。騙されないよう意識しても既に騙されている。そういうもんだ」
なるほどと軽く頷いたロアは、ふと気になったことをペロに対して聞く。
『お前でも騙されるってことあるか?』
『感覚器官をロアに依存している私は、外部情報の取得に関してあなたと共有している状態にあります。認識した情報に実際の事実との差異や齟齬が生じる。そういう意味では騙される状態に陥る可能性はあります。目の前の相手が自発的な嘘つきかどうかに関して言えば、相手次第で見破れない可能性は十分にあり得ます』
『ああ、うん。そうなんだ』
軽く聞いたつもりが思っていたより小難しい言葉で返され、ロアはすぐに会話を打ち切った。
「絶対に騙されない方法はないが、予防策はある。常に対応を一定にすればいい。自分より弱者だからと侮らず、強者だからと謙らない。どれだけ他者に持ち上げられようと、侮られようと、世間一般で通用する社会常識を盾にして、己の振る舞いを一定の範囲に収める。思い込みや偏見を消して、今いる立場や思想にこだわらない。つまりは確固たる基準とプロセスを、誰に対しても何に対しても適用する。そうすれば、相手が嘘つきがどうかに関係なく、自分の思考と行動を外さなくなる。結果的に不利益を被ることはあっても、明らかな詐欺に引っかかることはなくなる。フラットな思考を保つってやつだ」
「フラットな思考」
「そうだ。結局のところ騙し騙されたってのは主観が命だ。当人に騙す意思が無かったのに、行き違いや食い違いから結果として騙されてたなんて話は往々にしてある。だからこそ、大事なのは自分の意志だ。何をしても、何を決めても、自分の選択だからと納得できる。そういう意識を持つことが、一番大事だと俺は思っている」
奇しくもそれは、自分の定めた生き方と合致するものだった。また一つ、己の生き方を肯定する理由が見つけられた気がして、ロアはこれからもそれを貫く自信になった。
「ちょっと難しかったけど、話はすごいためになった。ありがとう」
「そうか。人生の先輩として、少しでもお前さんの助けになれたなら幸いだ」
支払いを済ませたロアは、ドノバンに別れを言って席から立ち上がり、「そういえば」と最後にある事を質問した。
「入り口にいたあの変なの。あれってなんなんだ?」
「ん? ああ、アレは馬だよ。馬型の接客自動人形。イカすだろ?」
今日一番の無理解を顔に出したロアは、そのまま曖昧に頷いてダイナーを後にした。
あてがわれた自室に行く途中、同じ宿泊客と思われる人物とすれ違ったが、特に会話が発生することもなく、ロアは借り受けた部屋の中へ入った。




