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シンギュラーコード  作者: 甘糖牛
第三章
52/72

変わった遺跡

 隔ての壁で囲われた境域と呼ばれる地。そこは支配勢力である境域指定都市連合によって、いかなる個人や組織にも属さない無主地と定められている。故に域内での移動は自由であり、妨げるルールは存在していない。

 しかし、これは移動の自由を保証するものであり、安全を保証するものではない。境域を渡り歩くのならば、各々が自己の生死に対し、全ての責任を負う必要がある。これは、探索者の生き方と同じである。




 サルラードシティを旅立ったロアは、次の目的地であるミナストラマへ向けて、新しく手に入れた車両に乗って順調に移動していた。徒歩とは違う軽快な走りは、疲労のない快適な旅路を提供している。開けた窓から吹き込んでくる風に気持ち良さげに身を晒し、初めてのドライブを楽しんでいた。

 車両に搭載されたマッピング機能を使って、目的までのルートを確認しながら進んで行く。マップには詳細な地形情報は描かれていないが、山や川など大まかな位置関係は記載されている。時折それを確認しつつ、外の景色に視線をやって、たまに運転の練習を挟みながら自動で車を走らせていた。


「あれってなんだ?」


 外の景色を眺めていたロアが疑問の声を上げる。遠方には人工的な建造物らしき物が存在している。

 一瞬都市か何かと見紛うが、見る限りそれとは違うような気がする。ならば遺跡かと思えば、それとも違う。視界の建造物は疎らに建ってるだけであり、どうも人が密集して住む場所のようには見えない。


『正確には分かりませんが、あれは資源の採掘場か何かではないでしょうか』


 大まかな特徴から、ペロが最も当てはまる予想を述べた。

 境域に存在する資源の権利は、主にそこを支配する連合勢力に帰属している。正確には事実上連合が実効支配している土地のため、他勢力の介入を武力的に排除している状態にある。

 連合の加盟都市または所属者が資源採取を行う場合、鉱業権を先着や入札など、連合からの裁量によって獲得しなければならない。非加盟都市または勢力の場合は、事前に連合と交渉を行い許諾を求めるか、無許可での採掘や資源取得を行うことになる。後者の場合は発覚すれば武力的な排除を受ける可能性があるが、連合にとって見過ごせないと判断されない限りは黙認が普通であるため、連合と交渉する力を持たない小勢力は、一線を超えないよう注意しながら細々とした資源採取を行っている。

 遺跡に関しても同様だ。境域の成り立ち上、遺跡の攻略は万人に認められた権利であり、建前では連合もその理念を掲げている。しかしながら、管轄指定都市の管理下に存在する遺跡は全て、所轄都市が領有する土地であると宣言されている。ここを無断で攻略することは、ひいては連合を敵に回す行為に等しい。故に無法者であっても、敵対を覚悟する者以外は手を出すのを控えるか、協会に属する探索者に扮して活動している。


『へー、じゃああそこで掘られた資源なんかが、巡り巡って俺の持ってる装備や車なんかになるってわけか』


 資源の採掘後、それが如何にして商品として出回るようになるのか。世の中の回り方というのを大まかにペロから聞かされれたロアは、興味深そうに遠くの景色に視線を向けた。

 窓の外を眺めていたロアは、そこで思いついた疑問を口にした。


『そういえばさ、モンスターって一体どうやって生まれるんだ? あれって倒しても倒しても現れてるよな。迷宮と違って、外にいるのって死体なんかも回収して再利用はできないだろうし、どうなってるんだろ』

『考えられる理由はいくつかありますね』


 ペロは複数の例を挙げて答える。

 一つ目は、遺跡がストックした資源を放出している場合である。内部に溜め込んだ資源を必要に応じて適宜加工して、モンスターの増産維持や破損した設備の補修を行う。備蓄した資源が無くなるまでは、これで対応することが可能である。

 二つ目は、新たに資源の確保を行っている場合だ。遺跡周辺に存在する地層から資源を自力採掘したり、殺害した探索者の装備や倒されたモンスターの回収を行ったりすることで、遺跡を守るために必要な資源を確保する。中長期的にはこれが最も無難な方法となる。


『そして、三つ目は物理的に生産することです。物質の生成機器を利用し、魔力を用いて必要とする物質を生み出すのです』


 魔術の中には物質の生成を可能とするものも存在する。魔術という方法からして、魔力だけで生み出すことも不可能ではないが、大抵は物質の構成源となる素を利用している。その方法により、人為的な資源生産が可能となる。


『既存物質の原子構造や配列を組み変えて、別の物質へ変えるのです。物理的に変えることもできますが、魔力の性質を利用すればより簡単に行えます。存在としての情報密度は大して変わりませんので、その辺の土や石なんかを希少な金属に変換します。文字通りの錬金術ですね』


 そこまでを聞かされたロアは、今の話に違和感を覚えた。


『ふーん……? それじゃあ人が魔力を出して、それを使って資源に変換して……ってそれじゃあ、無限に好きな物を生み出せるってことか? なんかおかしくないか?』

『いえ、無限ではないですよ。魔力には限りがありますから』

『いや、その魔力って体の中から勝手に湧き出てくるもんだろ? なら無限じゃないか』

『ああ、そういう解釈をしましたか』


 どういうことか分からないロアへ、ペロは説明を続ける。


『私の今の発言で分かった通り、魔力は無限ではありません。限りがあります。その限界がどこにあるのかは定かではありませんが、私たちの存在する宇宙と呼ばれる次元世界、そこに内包された魔力の総量を、理論上の限界と定めています。ですから正確には無限ではないのです』


 分かったようで分からないと、変わらず首を捻り続けるロアのために、ペロは更なる説明を行うことにする。


『実は、魔力というのは厳密には二種類あるんです』


 幽層体から創出される魔力。アルマーナと呼ばれているこれは、狭義の意味の魔力であり、人類が古来より魔力と認識していたものはこちらである。アルマーナを消費することで人は己の能力を強化し、魔術という現象を自在に行使している。

 もう一つは、存在情報体的魔力である。限定解除や限界突破により損失するのはこちらであり、アルマーナよりも本質に迫ったものとなる。


『いわば、物質と魔力を包括したものこそが存在情報体なのです。世界に存在するすべては何らかの情報を有しており、この概念こそが存在情報体と言ってもいいです。これら二つの魔力にはある程度の互換性はありますが、正確には違うものです。以前にも一度言いましたが、私の使用する存在変換は、その辺の石ころでも魔力に変えることができるのです』

『そうなのか』

『はい。ただその場合、存在情報を魔力に変換するための魔力が高くつきます。これは以前言った収支に関する内容ですね。反対に生物を魔力に換えて取り込む場合、アルマーナとレイネス、肉体情報の相転移の関係から、魔力に変換して取り込みやすくなります』


 アルマーナの方が人がイメージする魔力に近く、ペロが普段魔力と呼んでいる力は概ねこちらである。ただ、世界の根源に紐付けされた存在情報体とは異なり、アルマーナは上位存在にまつわる力だと考えられている。


『そして生物に供給される魔力。その源こそを、かつての人類は*********と定義付けました』

『ちょっと待って。今なんて言った?』

『人の発音言語では聞き取れません。これは人類が、科学的に初めて上位存在へ接触した際に得たデータを解析し、実体世界の音声データとして抽出したものです。人の言葉ではソレをアウグ=ロアと呼んでいます。これは理論上の神性概念です。この世界を一つの生物と仮定した場合、ソレが宿す莫大なアルマーナと存在情報を持つ理論上の上位存在を、アウグ=ロアと呼称しているのです』


 生物にのみアルマーナが宿るならば、逆に考えてそのアルマーナの供給元も生物と呼べることになる。この考えから生まれたものが、アウグ=ロアと呼ばれる概念である。生命の生まれ出ずる場であり、還る場でもある唯一の世界。それを旧時代の人間はアウグ=ロアと名付けた。


『俺と一緒の名前だな』

『そういえばそうですね。何の関係もないでしょうけど』


 なんだかすごい存在と名前が被る。自分の持つ特別性を、少しだけ自覚しそうになったのを否定されたようで、ロアは微妙に羞恥を覚えた。

 誤魔化すように別の質問を行う。


『そんなの本当にいるのか?』

『いえ、接触といっても物理的なものではありません。ただその反応を捉えただけです。ですから存在するかは不明です。私の知識にもソレを実際に確認できたという情報はありません。そもそもこれは概念、人が認知した事象を抽象化して言葉に表したものに過ぎません。科学的に解明できれば概念を実在化として確定できますが、空想の産物程度に思っておくのがいいでしょうね』


『空や大地に名付けするようなものです』と、噛み砕いた例を出した。

 そしてここまでの話を総括する。


『つまり、魔術を使えば物質の生成も可能ですが、それだけ世界から魔力は減るということです。ただこれはアルマーナであり、物質の形となった魔力は存在情報体として残り続けます。世界の情報量は保存されると考えるならば、物体に変換された魔力は世界から失われることはありません。また理論上のアルマーナは人の尺度で考えれば無限に等しいため、多少消費されても憂慮する必要はないというわけです』


 こうして話を締めくくった。

 それを聞いたロアはなんとなく理解はできたが、今の説明だけでは不思議なこともあった。


『けれどそんな便利な方法があるなら、全部そうやって作り出せばいいんじゃないか?』


 ロアはチラリと、後方に過ぎ去った採掘場らしき場所に視線を向けた。


『その通りですが、これもまたいくつかの理由が考えられます』


 物質を生み出せると言っても、それはたかだか現実世界で手に入る物に過ぎない。魔力を使って生成するには総合的なコストは高くつく。であるなら、単純な労力だけで手に入るならばそれに越したことはない。


『現に昔の人類も、全ての物質を魔力で生み出していたわけではありません。大抵は採掘資源や宇宙資源で賄っていました。理論上は無限に等しくとも、人の世界に存在する魔力量にはやはり限りがあるからです』


 魔力で生み出すのは希少か必要度の高い資源に限り、残りは採掘で確保するか、採掘済の資源を再利用する。これにより、魔力のリソースを別のことに回せるようになる。


『次の二つ目の理由は、一つ目に近いものです』


 境域は限られた土地だ。壁で閉ざされたこの地域では、手に入る資源にも当然限りがある。故に魔力は足りない資源を補うのに消費され、残りの必要資源は自力採掘で取得しているとペロは予想する。


『そして最後の理由ですが、この地に住まう人類が、物質を自由に生み出す手段を持っていないという考えもあり得ます。私の時代でさえ、全ての国々がその手法を有していたわけではありません。であるなら、現代がそれと同じような状態であっても不思議はありません』

『なるほどな。ところでさ、魔力で作った物質と普通に採れるのって全部同じなのか? それとも実は違いがあったりするのか?』

『組成や構成に関する情報量は同じです。しかし、魔力で人工的に生み出された物質は在歴、存在としての事歴が他と比べて浅いのです。ですから付加価値の高い物質、あなたがセイラク遺跡で見つけた天然鉱物などの価値はそのままでした』


 世界の全ての物体は存在情報体と言える。その物体が保有する固有の存在情報こそが在歴だ。自然発生的に生み出された物質には、年月の長さに匹敵する情報が内在されている。逆に人の手で魔力から新たに生み出された物質は在歴が浅くなる。既存物質を変換したとしても在歴には変化が残るため、天然物質の希少価値は自由に物質を生成可能になっても変わらぬままだった。


『まあ、在歴を改ざんする方法もありますが、その辺りは電子情報なんかとさほど変わりませんね』

『へー、そんなことがあるんだな。世界って不思議だ』


 目の前に石ころが二つあったとして、見た目も特徴も性質も全く同じなのに、本質的な部分では両者は異なっている。目で見える世界が全てではないといえ、この感覚はどうにも奇妙に感じられた。


『世界はそういうものです。だから人を好奇心や探究心という名の原動力で駆り立て、どこまでも真理を追い求めさせるのでしょう』

『……なんかそれを考えれば、俺が探索者になったのも全然不思議じゃないな』


 誰かに誘導された結果の今だとしても、人間自体がそういう要素の上に成り立っている。立場や境遇、環境や生まれなど、個人の意思ではどうしようもなく、生き方を決めさせられる要因など世界にはいくらでもある。それは人という存在の生まれからして同じであるのだ。

 そのことがなんだか妙に可笑しく思われて、ロアは自然と笑ってしまった。


『まさしく未踏を探索する者ですね』

『だな』


 探索者が抱いているのは、好奇心や探究心などではなく、もっと俗物的な欲求であろう。

 そのことを想像して、ロアはもう一度笑うのだった。




 ミナストラマ地域は、境域の広さを考えればサルラードシティから比較的近い場所に位置する。とはいえ流石に一日で辿り着く距離にはない。ロアは適当なところで移動をやめて、寝床を確保する準備に入った。


「その辺で寝泊まりするのもいいけど、モンスターや他の人間の目につくのは嫌だからな」


 一晩の寝床に選んだのはとある遺跡だ。マップにはゼルサパ遺跡と記載されている小規模遺跡である。ちょうど日暮れ前にこの場所の存在を知ったロアは、今晩はこの遺跡で過ごすことに決めた。

 車から降りたロアは、視界に映る遺跡の姿を一望して息を吐いた。


「なんというか、あっさりとした遺跡だな」


 直前のセイラク遺跡と比べれば建物は小さく遺跡としての範囲も狭い。どちらかと言えばネイガルシティの遺跡に近い印象を受ける。けどそこと比べてもかなり小規模な印象は拭えない。感覚としては、壁外区の一区画を切り取ればこれくらいと思える程度のものだ。


『私としては、このくらいの遺跡がもっとある方が違和感ないんですけどね』


 境域には小規模の遺跡も多く存在する。そのほとんどは既に攻略済みであり、遺物やモンスターはほとんど存在していない。現在ロアがいるゼルサパ遺跡もそのような小規模遺跡群の一つだ。


「せっかくだし、ちょっと探索しようかな。寝るにしてもまだまだ深夜までは時間あるし」

『いいですね。夜間探索は訓練になります。常に周囲が明るいことなどありません。これを偶の良い機会にしましょう』


 相棒からの推奨もあり、ロアは存在感知を発動して遺跡の中を巡った。

 まだギリギリ日は出ているので周囲は薄闇に包まれた程度だ。存在感知だけでなく視界にも遺跡の様子が映し出される。魔力による周囲情報の把握はかなり正確に行えるようになったとはいえ、実際に目で見るのとではやはり違うものがある。暗くなることを見越して、今のうちにこの景色を記憶に留めようと目を凝らした。


『なんだかここの建物って、小さいけど大きいよな』


 ゼルサパ遺跡の各建物には一定の統一感があり、どれも外観からはそれなりの大きさを誇っていることが見て取れる。ビルのような高層建築物には及ばないが、個人が住む邸宅と考えればかなり贅沢な部類に入りそうだ。


『富裕層向けの住宅街なのかもしれませんね』

『金持ちの家ってことか。だったらかなり良い物とか残ってたんだろうな』


 ペロの推測を聞いたロアは想像を膨らませる。金目の物で溢れたかつての遺跡の姿を思い浮かべる。

 現実の遺跡は宝の山とは程遠い。どの建物もまるで強盗に荒らされたかのような様相を呈している。そこに長期の経年劣化による影響も加わって、廃墟ぶりに拍車をかけている。まだ何も盗っていないのに、自分もなんだかその一味のように思われて、ロアはなんだか無性に気まずくなる思いだった。


 しばらく探索を続けている内に完全に陽は落ち辺りは夜の闇に包まれる。地上をかすかな星明かりが照らすだけとなった遺跡の中を、ロアは存在感知を頼りに進む。そして遺跡の中心部に近いところで、一際大きな建物を見つけた。

 建物の大きさに比例して敷地は広く、その内部は塀で囲われている。だが本来なら他者の侵入を防ぎ目隠しの役割を持つ塀はほとんど崩れていて、門があったと思われる場所にも何もない。さらに剥き出しの地面の上には風化した瓦礫が散乱し、庭を飾る装飾の跡だけが残されている。窓枠は例外なく空虚な穴を晒し、外装や塗装は見る影もなく剥がれ落ちている。屋根や外壁にはところどころ穴が空いており、荒れ果てた内部が外から覗けてしまう。未だ建物の枠組みは形を残しているが、そのせいで余計に無残な状態が際立っている。

 千年という時間の経過と人の手による略奪の痕跡が合わさった結果、ここまで見てきたどの建物よりも悲壮感や哀愁が漂っている気がした。


『家はデカいのに、すごい貧乏そうに見える』

『考えることはみんな同じなのでしょうね。世界の縮図を感じます』


 ペロの言に苦笑したロアは、自分も廃墟泥棒の一人という自覚を得ながら敷地内に入る。そして何も得られるものはないだろうと思いつつ、扉を失ったボロ屋敷の中へ足を踏み入れる。


『中もボロボロだな。家具も壊れてるの以外全然残ってない』


 荒れ果てた建物内には腐り落ちた内装や家具らしき物の残骸くらいしか見当たらない。予想通りと言うべきか、金目のものは全て持ち去られた後だった。

 それでも何かないか探していたロアは、『そういえば』とサルラードシティでの探索を参考にする。


『偽装加工だっけ。そういうのはないのか?』

『あると言えばありますね』


 ペロの返答にテンションを上げかけたロアは、しかし曖昧な言い方に気づいて不思議そうにする。

 相棒の案内に従って建物の奥へ移動した。


『……全然偽装されてないんだが』

『ええ、ですからここはあった場所なのでしょう』


 そこには、地面の下に掘られた大きな穴が存在していた。

 完全に剥がされた床は地面がむき出しの状態だ。部屋を仕切る壁の方も扉側を除いて崩壊していて、室内としての機能を喪失している。それどころか上階を含めた天井部分すらごっそりと破壊され外の景色が丸見えだ。上空から降り注ぐ星明かりが、まるで災害に見舞われたようにも見えるこの場所を、仄かに照らし出していた。


『これ、何が起きてるんだ……?』

『予想でいいのならいくつか。偽装加工がされた地下室を丸ごと持ち出した。部屋そのものに価値があった。または部屋と持ち出したい物が一体化していた。さらに地下を掘るためやむなく丸ごと掘り起こした。こんなところでしょうか』


 呆気にとられたロアの疑問に、ペロが生真面目な様子で推察を述べる。高価な物を土地ごと掘り返すという荒技にロアは同じ探索者として言葉を失った。


『……ていうか、偽装加工の壁って価値あるのか?』

『あると言えばありますが、これも性能によりけりです。高性能な代物は私の存在感知も弾きます。ただこれには常に一定のエネルギー供給が必要です。例として挙げるなら、セイラク遺跡の前線基地にあった壁が近いです』

『ああ、アレか』


 モンスター除けの構造物はモンスターの視認システムや思考中枢に虚偽の情報を刷り込ませている。人にとっての脳の錯覚のようにモンスターに敵対者はいないと思い込ませることで、立ち入りを不可能とする仕組みである。


『逆に必要としないもの、あるいは微量のエネルギーで長期の稼働を可能とするものは総じて機能が低いです。サルラード遺跡で見つけたのはこちらですね。持ち帰ればそれなりの金額にはなったでしょうが、わざわざ取り外して持ち運ぶ労力に見合ったかは微妙だったと思います』


 壁を外して遺跡から都市へと持ち帰る。もしかしたら前線基地でも買い取ってもらえるのかもしれないが、要する労力は大して変わらない。遺跡内を大きな壁を背負って移動する隙だらけの自分の姿を想像したロアは、渋い顔を作った。


『……流石にそれはないな。それより、ここの下にあるのはどんなのだったんだろう』


 痕跡から何があったのかを知れるかと思い、ロアは存在感知を使って空間の底を探ってみる。しかし、得られた情報は空間を成している土の様子くらいだ。何があったのかは分かりそうにない。


『思ってたよりは深いけど、中には何もないな。分かるのはこれくらいか』

『在歴を調べれば以前の状態を確認することも可能ですが、私にその機能は無いのですよね』

『ペロでも無理なら仕方ないか』


 いくら先史文明の叡智の結晶とは言え、この相棒も万能というわけではない。それに何があるか知ったところで、とっくの昔に他人の物になっているのだ。知ったところで意味はない。

 さっさと諦めたロアは今いる敷地を離れてまた別の所を探索した。そして来た方向とは反対側の端で、一つ奇妙な建物を見つけた。


「埋まってるな」

『埋まってますね』


 目の前に存在する建物。それがここだけ不自然に土の中に埋もれていた。例えるならまるで、完成済みの建物を地面に向かって斜めに突き刺した。そんな具合である。外観は半分が地面に埋まっているせいか、それ以外の部分は重力との傾きで生じた応力により途中から二つに折れており、地面の上に崩れた残骸を露呈している。

 周囲と見比べた所、変わっているのはこの場所だけだ。他は普通で、地殻変動の影響で地面が隆起したとか土砂に沈んだとか、そういう様子は見られない。

 不思議な様相にロアは首を傾げた。


「なんなんだろう。なんでここだけこんなんなってるんだ?」

『ここだけ地盤沈下が起きたか、基礎工事を手抜きしたか、液状化で一部分だけ都合よく埋もれたか。考えられるのはこんな所でしょうか。ああ、何者かがいたずら目的で埋めた可能性もあり得ますね』

「……流石に最後の可能性はないと思うが」


 ペロの予想を聞いたロアは、原因が気になり再び存在感知を地面の下に通した。返ってきた情報によれば確かに建物の基盤となる部分が地面の中で斜めに傾いていることが分かった。地面を掘り返して埋め直したような不自然さは見当たらない。


「やっぱり誰かのイタズラじゃなさそうだ」

『なら人為的なミスが有力ですかね。こうなる事態を見抜けなかったことを含めて』


 辛辣な言を聞きながらロアはもう一度目の前の建物を眺めた。


『先史文明はすごいって言っても、こんな変なミスをするんだな』

『人ですからね。ヒューマンエラーは様式美です』


 相棒のよく分からない批評を聞いて、ロアはこの場を後にした。

 そうして小一時間ほど遺跡内を一通り回ってみた結果、得られたものは特になかった。変哲のない、まさしく過去の町並み、遺跡といった有様だった。


『初めて来る場所だけど、あんまり感慨というか興奮というか、そういうのは無かったな。……あー、こういう言い方したらお前に悪いか?』

『いえ、別にここは私の故郷ではありませんからね。他所の寝ぐらなど、どれだけ悪し様に評されようとどうでもいいです』

『……お前の方がよっぽど酷いこと言ってるな』


 相棒の言い様に苦笑したロアはもう一度遺跡の方を振り返る。


「遺物はない。モンスターも出ない。なんというか変わった遺跡だったな」


 そう呟いて、自分の車両に戻るのだった。

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