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シンギュラーコード  作者: 甘糖牛
第二章
48/72

助ける理由

 防衛軍と遭遇したロアは彼らから受けた忠告に素直に従い、寄り道せず地上へ戻った。戦闘で疲労し重くなった体を無感情に動かしながら、行きより長い時間をかけて迷宮からの脱出を目指した。もうここで自分ができることはないし、あっても続けたい気分ではなくなった。引き上げるには良いタイミングだった。

 来るときは消えていた人気も、帰りは少しであるが戻っている。代わりに防衛軍と思われる者たちから武器を構えられるなど一悶着あったが、簡易的な身分確認といくつかの質問を受けただけで、解放された。

 建物の外に出たロアは、急に強い刺激を受け取り目を細めた。迷宮の外では、中と異なり、天上から地上へ陽光が注がれていた。ロアは眩しそうに目を細めて、その下に身を晒した。時間にして数時間に満たないだろうに、随分と長い時間を地下で過ごしたような気がした。


「よう、捜索活動ご苦労さん」

「あんたは……」


 地上へ戻ってきたロアに、一人の探索者が声をかけてきた。それはここへ来るときに助けてもらった、女の探索者だった。


「どうした? 時化た面して。仲間の死にでも立ち会ったみたいじゃないか」

「……仲間じゃなくて知り合いだ」


 引きずってるつもりはあったが、それが顔にまで出てたのか。出会い頭にそう指摘された。

 気落ちしたロアの様子を見て、女はガシガシと頭を掻きながら言う。


「まあ、探索者やったらそういうこともよくあるもんだ。さっさと切り替えないと、今度は自分がそっちの仲間入りするだけだよ」

「……そうだな」

「それでも一人は救ったんだ。そっちの方を誇りなよ」


 その一言を聞き、ロアは顔を上げた。完全に切り替えたわけではない。解消したわけでもない。だがここはまだ遺跡の中だ。差し迫った危機は無くとも、今はこれ以上気にするのをやめた。

 気を持ち上げたロアはとりあえず気になったことを聞いた。


「そういえば、外のモンスターはもういいのか?」

「ああ、防衛軍の奴らが来てあらかた片付けちまった。燃料切れのあたしらは休みだけど、もう出番はないだろうね」

「そうなのか」


 ロアは迷宮内で出会った、底知れない気配を纏った者たちを思い出す。確かに彼らの実力からすれば、モンスターの集団などものともせずともおかしくない。ロアは女の発言に納得がいき、それから周囲へ視線を巡らせる。前線基地を役割を果たしていた防壁だったものは、戦闘の余波を受けてか半分以上が壁としての機能を失っている。その代わりとなるように、辺りには見たことない強力そうな車両や兵器が複数存在している。現在は防衛軍と呼ばれた者たちが基地の護りに当たっているようだった。

 一定の安全は保証されてると思ったロアは、次に通信は回復したのかと思い端末を取り出した。スリープ状態を解除し、端末を軽く操作する。それで無事に繋がることを確認すると、通信が切れる前のことを思い出し、リシェルから新しい連絡が入っていないか確かめた。

 すると、新着のメッセージの中に、協会から送られてきたものがあった。内容は全探索者に向けて通知された、緊急強制依頼を告げるものだった。


「都市の東……?」

「ああそれか。どうもここが襲われるのと同じタイミングで、反対側からもモンスターの群れが迫ってるって話だよ。そっちには探索者を引っ張り出して当たらせてるみたいだけど、大丈夫なのかね」


 話を耳にしたロアは、一人の少女の顔を思い浮かべた。


「リシェル……」

「まあ、ここにいる面々は免除されるって話だったが……っておーい、どこ行くのさ!」


 かけられる言葉にも振り返らず、ロアは走り出した。




『毎度のことではありますが、あなたの行動はもう少しどうにかなりませんかね』


 遺跡の中を全力の八割ほどの速さでロアが走っている。車両など使わず自力の体力のみで、遺跡の外へ続く道の上を進んでいる。

 表情をまともに動かさず淡々と走り続けるロアに、それを見守るペロが呆れを込めて苦言を述べる。


『したいようにしろと言ったのは私ですので、行動そのものを否定するつもりはありませんが、どうしてこう短絡的で非効率な手に打って出るんですか』

「……」

『輸送車が無くてまともな足が見つけられないならば、他の者と交渉し一時的に車両を借り受けるなど合理的な手段が他にあるでしょう。時間を惜しむからって、何も走って移動することはないではないですか』

『……わかったから、言わないでくれ』


 無言で走っていたロアはいつかのことを思い出しつつ、意気の削がれた反論を口にした。

 ロアにしても、全くの考えなしで飛び出したわけではなかった。言われた通り時間を惜しんだというのもあるし、交渉を上手く行う自信もなかった。そしてこれが一番の理由であるが、今は他者を頼るという気になれなかった。不合理なのはわかっている。目的のためなら最善を尽くすべきだ。それでも今だけは、積極的にそうする気には、どうしてもなれなかった。

 ロアの様子から、ペロはそれ以上何かを言うのをやめた。

 整備されていた以前と異なり、現在走る道は所々が荒れている。舗装された路面はそこかしこが捲れ上がり、破壊された建物の瓦礫が道の上に無造作に転がっている。途中にはモンスターの残骸までもが散乱し、モンスターと防衛軍の戦闘の跡地が先まで延々と続いている。

 そこを走るロアは、存在感知で適度に警戒を行いながら進んでいる。普段の探索と比べれば雑で大雑把な索敵を、走るペースが決して落ちない範囲で行っている。ただ、周囲に動くモンスターがいる気配は感じられない。代わりに防衛軍と思われる者たちの姿が見受けられたが、見咎められることなく通り過ぎることができた。

 走るロアの後ろから、一台の車両が迫ってくる。道の真ん中あたりを走っていたロアが、それを見て端の方へ逸れる。しかしその車は、わざわざ端に寄ったロアの近くに来て停車した。中からは、先ほどまで会話をしていた人物が姿を見せた。


「ったく、人の話を無視していきなり飛び出してくとか、あんたさてはバカだね」

「……いったい何を」

「乗っていきなよ。急ぐんだろ?」


 言われてロアは、少し迷いながら目の前の車両に乗り込んだ。空いている後部座席の一つに座ると、直ちに車は発進した。

 窓がないため外を見通せないと思っていたが、内側の壁にはモニターが設置されていた。そこには外の光景が映し出されており、車内からその様子を眺めることができた。

 自分で走るよりも遥かに早く過ぎていく景色。それを横目に、ロアは意識を前にやった。


「あんたが聞きたいことは分かる。なんでこんなことをするのかって話だろ?」

「ああ」

「いくつかあるが、一番はついでだよ」


 前の座席で自分の装備をいじりながら、女はロアの抱いた疑問に答え始めた。


「もともとあたしらも、自分のチームの仲間が心配だったんだがね。弾薬やら魔力やら色々と消耗してたんで、せめて体力だけでも回復してから行こうって、ペトラの奴と話し合ってたんだよ」


 女は親指で隣の座席を指差した。ロアの位置から顔は見えないが、そこには彼女の仲間らしき人物が座っていた。


「そこに来てのあんただ。そろそろ出ようと思ってたから、それと重なったってことだね。だから言った通り、ついでなのさ」

「そうだったのか。ありがとう」


 ついででも助かったのは事実である。ロアは素直に礼を述べた。


「ところで、あんたあいつの名前を出したろう。仲いいのか?」

「あいつ……? リシェルのことか?」

「そうそう。あの無駄に面のいい生意気娘とそのお供。助けたいのってあいつらなのか?」

「知らないのバネッサ。その子、彼女たちのお友達みたいだよ」


 バネッサの隣に座る、ペトラと呼ばれた人物が、落ち着いた口調で言葉を口を開いた。


「へー、よく知ってるね。結構有名な話だったりするのかい?」

「そこそこ。あの二人から声をかけたってことで、ちょっとだけ話題になった」


 当人をそっちのけで行われる会話に、ロアはいささか居た堪れない気持ちになった。

 そのロアへ、バネッサが再び聞く。


「で、実際のところどうなんだい?」

「食事には一回だけ行ったことがある。でも話したのはそれっきりだ。端末で連絡を取り合ったことはあるけど」

「なるほどね。それで惚れた女のために、戦場から戦場へ救援に向かうってわけか。情熱的だねぇ」


 なんだか変な解釈をされたが、訂正するのも面倒なので、ロアは黙って外に視線を向けた。

 そのまま三人を乗せた車両は、都市を挟んで反対側にある戦地へ何事もなく到着した。




 辺りに砲煙や爆炎が立ち上り、銃声や砲撃音が激しく響き渡る。探索者の怒号や悲鳴とモンスターの断末魔のような絶叫が、戦闘の音にかき消されず聞こえてくる。

 目的地にたどり着いたバネッサたちは、行われてる戦場を正面に置き、車両の中から大まかな戦況を把握していた。


「見た限り、結構苦戦してそうだね」

「防衛軍の援護がない。聞いてはいたけど、苦戦はそのせいだと思う」


 モニターの扱いを短い時間で心得たロアは、それを操作して自分も戦いの様子を確認する。

 大量のモンスターの勢いに押され、戦線は拡大し厚みは増している。手前はまだ形を保っているが、前線はかなり入り乱れ、連携とは無縁の無差別な状態で戦っているようだ。軍事に疎いロアでも、探索者側が決して優勢でないことは理解できた。


「テオフィナと連絡取れた。来れるならすぐに来てくれって」

「了解。それで……あー、そういえば名前聞いてなかったな」

「ロアだ」

「ロアだね。あんたはどうする? この状況だ。あたしらと一緒にいるかい?」


 こちらの身を気遣ってくれる発言に、ロアは少しだけ気分を軽くして答える。


「ううん。俺はこのまま二人を探すよ」

「そうかい。言うまでもないが気をつけなよ。助けに行って死ぬなんて、あまりに馬鹿らしい死に方だからね」

「リシェルとランの二人組は、中央のかなり前線で戦ってるみたい。強いモンスターが多いから、行くなら覚悟した方がいいよ」


 忠告に「わかった」と頷いて、ロアは車両から降りる。


「ここまで乗っけてくれてありがとう。あと情報も。終わったら後で絶対お礼とかするから」

「期待しとくよ」


 最後に一度大きく手を振って、ロアは戦場の方へ体を向ける。

 目の前で行われる戦乱の只中に向けて、再び地面を蹴り出した。




 付近を弾丸や魔術が飛び交うそこを、ロアがブレードを握った状態で駆け抜ける。行く手には遮るようにモンスターの集団と、それらと戦う探索者たちの姿が混在している。両者の戦闘に巻き込まれないよう気をつけつつ、最短ルートを意識してその中を突っ切っていく。

 たまに襲ってくるモンスターを、ロアは走りながら斬り捨てる。討伐強度に換算すれば20に満たない個体は、それだけで動きを停止させて他の者にトドメを刺される。20を超えて中級ランク帯に分類される強敵は、タフさを発揮し、一度攻撃する程度では倒れない。そのため適当に切りつけるか躱すかして、さっさとやり過ごして先に進む。どちらも自分でとどめを刺すことはせず、抜けることを優先した。


「ぐっ……!」


 後方から飛んできた砲撃が近くに着弾する。直撃こそ避けたものの、飛び散った破片や爆風が体を傷つける。動きの止まったロアを、近くのモンスターが標的とする。それをペロのサポートを受けてあしらい、なんとか足を止めずに走り抜ける。走りながらポケットから治療薬を取り出し飲み込む。再生剤ほどではないが、そこそこの回復効果を実感して、応急的な処置を完了させる。

 爆風が、衝撃が、流れ弾が、魔術が、轟音が、モンスターが。無秩序に、規律なく、己の周囲を、場を、乱雑にかき乱す。混沌とした戦場の中、漂う焦げた臭いを内に含み、ロアはひたすらに、前に前にと進み続けた。


 そしてついに、見覚えのある黒い長髪を視界の先に捉えた。


「リシェル!」


 特徴ある後ろ姿を見つけた途端、ロアは彼女の名前を叫んだ。

 名前を呼ぶ声に、リシェルは攻撃の手を止め振り返る。


「ロア!?」


 生じた隙に、彼女の背後からモンスターが襲いかかる。それをリシェルは、まるで後ろに目があるかのように反応し、逆にカウンターの一撃を浴びせた。光の刃がモンスターの首筋に斬線を残した。


「あなたどうしてここに!?」

「助けに来た!」


 ロアは、攻撃を終えたリシェルと入れ替わる形でブレードを振るった。突き出した刃が焼け焦げた傷口を鋭く抉る。深く切り裂けたと大きな手応えを感じた。

 だがその手応えとは裏腹に、モンスターは怯まず反撃へ転じる。受けた負傷を意に介さず、攻撃のために魔力を高める。ロアは反撃の予兆を感じ取り、焦りながら回避への移行を試みる。

 瞬間、モンスターの頭部が弾け飛んだ。何事かと攻撃が来た方向に視線を動かせば、そこにはランの姿があった。ロアが振り向いた時には、彼女は既に別の標的を攻撃し始めていた。

 すんでのところで助かったロアは、小さく息を吐くと、ブレードを構え直して側に立つリシェルと肩を並べた。


「それは嬉しいけど、あなたにこのランク帯は無茶よ」


 ロアが意識を存在感知に集中してみれば、周りには強力なモンスターがずらりと並んでいた。いずれも先ほどまで迷宮で死闘を演じていたモンスターと比べ、勝るとも劣らない個体ばかりだ。

 無謀とは思ったが、ここに来て引き下がるつもりもなかった。

 

「足手まといになるつもりはない。こっちはどうにかするから、気にせず戦ってくれ」


 毅然と言い切るロアに、リシェルは短く嘆息する。


「帰る選択はないのね?」

「ない」

「頑固ね。じゃあ、あなたは私たちのサポートに回ってちょうだい。メインはこっちが引き受けるわ」

「了解」


 気のいい返事にリシェルはクスリと笑う。そしてどちらからともなく戦闘が再開する。

 外見も大きさも異なる多種多様なモンスターたちが、連携など無く襲い来る。

 リシェルは最も近くの個体にピントを合わせて走り寄る。常人の数倍の体躯を誇るモンスター。その四本ある腕の内の一本が、大気を二つに引き割いて突き出される。リシェルはそれを強化された身体能力で苦もなく躱した。

 その彼女を間をおかず二撃目が狙う。押し潰す拳が地面に叩きつけられる。豪快に地面が捲き上がり、視界が一瞬にして土煙で包まれる。視界が塞がれる中、瞬時の攻防でモンスターの腕に飛び乗ったリシェルは、腕に張り付いた体勢のままブレードを振るった。発光する斬撃がモンスターの顔を斜めに焼き斬った。

 モンスターが崩れる落ちるとともに地面に着地するリシェル。そこへ周囲から更なるモンスターたちが殺到する。暴力を伴った巨躯が、矮小な人間を蹂躙せんと押し寄せる。

 それに彼女は落ち着き払って対処する。倒れるモンスターを足場にして宙へ跳び、空中で体を捻って踊るように回避する。そのまま捻った力を利用して、ブレードを高速で複数回振るう。伸長した斬撃により、取り囲むモンスターの角や触手が断ち切られ、手足や胴体に深く傷が刻まれる。質量を減らしたモンスターたちが、傷を負って大地に倒れ伏した。

 だが強靭な生命力は未だ顕在であり、それだけで絶命には至っていない。

 リシェルは攻撃した際、一瞬だけ背後に視線を飛ばしていた。ロアはその意図を正確に汲み取り、モンスターが刻まれるのと同時に駆け出した。狙うのは今しがた倒れ伏した個体だ。負傷し防御力の衰えた敵を、立ち上がる前に仕留めにかかった。万全の状態なら深手を負わせるのにも苦労する敵を、的確に急所を突いて致命傷を与える。ロアの一撃を受けて、DDDランク帯の強敵は今度こそ沈んだ。

 たとえCランク探索者の一撃でも、このランク帯のモンスターはあっさりとは倒れない。本来なら追い撃ちをかけ確実に打ち取るところを、リシェルは敢えてその工程を省略し、次の獲物に狙いを定めた。彼女が仕留め損なった個体を、代わりにロアがとどめをさす。はたから見れば、役割が明確化された単純な分担作業。ロアはそれを高いレベルでこなしていた。

 瞬時に倒すべきモンスターを決定し、時間をかけずに仕留め切る。リシェルが複数を相手取ろうとするときは、彼女の邪魔をしない範囲で敵の注意を引く。一歩間違えれば思いがけない攻撃を誘発し、ただ戦闘ペースを乱すだけの危険な行為。それをロアはペロのサポートを受け、高度な連携という形へ押し上げた。連戦で研ぎ澄まされた集中力が、また一つ、上位のステージで戦うことを可能としていた。

 楽に戦えていたのはそれだけが理由でもない。魔術を使い、遠距離からの攻撃を行う個体は、ランが主に引き受け対処していた。

 結果として三人は、初めて戦場を共にするとは思えないほど息のあった連携で、次から次へと迫り来るモンスターを屠り続け、周囲に死体の山を重ねていった。


 それでも限界は訪れる。体力や気力はもちろん、相手にするモンスターにも否応なく変化が生じる。


「Cランク帯が増え始めたわね」


 今まで倒したのは前座とばかりに、周囲には強力なモンスターの割合が高くなる。リシェルたちによる一撃でも有効打にはならず、ロアの攻撃ではまともにダメージすら通らない。ここまで相手にした弱小とは違う、真に強い個体のみが戦場に残っていた。


「ここらが引き時かもね」


 リシェルはチラリと、側にいるロアの姿を見て言う。連戦による疲労は確実に蓄積し表に出始めている。息は乱れ、武器を構える姿はフラついている。おまけに魔力による操作も覚束なくなっており、これ以上戦うのはとても勧められない状態にある。

 限界が近いロアに、まだまだ余力を残した様子のリシェルが告げる。


「ここは私たちが引き受けるから、あなただけでも逃げてちょうだい」

「だからそれは……」


 限界が近かろうと、ここまでして逃げるのでは意味がない。

 承服しかねると、言い返そうとするロアへ、リシェルは唐突に戦闘態勢を解いた。


「──なーんて、そういう物語のワンシーンを気取るのもいいんだけど。残念ながらと言うべきか、ここで強制的にお開きのようね」


「何を」と聞こうとするロアの目の前で、突然周囲のモンスターがバラバラとなり吹き飛んだ。着弾とともに発生した衝撃と轟音とも言うべき大音響を浴びて、ロアが堪らず身を竦めた。

 何が起きたのか分からないロアは、どういうことか説明を求めようとして、近くに現れた謎の巨大機械の存在に動きを固めた。


『奮戦ご苦労、探索諸君。あとはこちらで対応する。巻き込まれないよう下がっていてくれ』


 目の前の巨大機械から人の声が発せられた。

 何が何だか理解不能なロアは、リシェルに手を引かれ、半ば強制的にその場を離れた。




 砲弾とも言うべき大口径の弾丸が連続で発射され、モンスターの肉体を跡形もなく消し飛ばす。精密な誘導を受けた砲撃が複数の弾頭に枝分かれ、広い範囲をまとめて蹂躙する。

 戦闘は既に殲滅戦へと移行している。次々と残存のモンスターが葬り去られていった。

 ロアはその圧倒的な戦い振りを、離れた場所から呆気にとられた状態で眺めていた。


「……なんか、色々とんでもないな」


 自分たちが命がけで戦っていたモンスターが、より強大な暴力によって雑に殺されていく。さっきまでの戦いは一体なんだったのかと、視線の先の戦闘に名状しがたい複雑な気分になった。


「本当にね。私たちの奮戦が無に帰すみたいで、感じ悪くなっちゃう」


 同調するように、リシェルが冗談っぽく笑って言う。それを聞いたロアは、Cランクでもそんなことを考えるのかと、少々意外な気持ちになった。

 そして考えるのも馬鹿らしくなって、気分を切り替えると、彼女へ雑談を振った。


「あのデッカいのって、何かわかるか?」

「あれは搭乗兵器よ。中に人が直接乗り込んで動かしてるの。動力源の小型化は難しいから、ああやってデカい外装を用いて高出力な兵器を使用するの」


 実際に人が乗ってると知って、ロアは少しだけ驚いた。モンスターのように自動で動き、喋っていると思っていた。


「強いのか?」

「どうかしら。まともに作れば強力だけど、大半はどこか脆弱を抱えてるわ。操るのもまあまあ難しいし、評価の難しい兵器ね」

「へー、よく知ってるな。乗ったことあるのか?」

「まあ、昔に何回か」


 そう答える彼女に、ロアは羨ましげに「俺も乗ってみたいな」と返した。


「安いのなら10億くらいで買えるわ。でも購入制限があるから、あなたのランクじゃ手に入れるのは難しいわね。それに手に入れても、維持費がかなり高く付くし」

「いや、10億とかランク足りても買えないから」


 教えてもらった値段にロアは苦笑する。せめて1億くらいならと思ったが、10億ではとても買えそうにない。頑張れば買えるかもしれないが、それはだいぶ先の話になりそうだ。ちなみに安いという形容詞については無視した。


「それにしても派手に戦うな。モンスターの素材回収とか考えてないのかな」

「最低でも拡錬石は回収できる算段なのでしょうね。バラバラになった残骸も魔力が含有した有機体ではあるから、一応資源にはなるしね。ついでに穿った見方をするなら、自分のたちの戦力や功績をアピールする狙いもあるのでしょうね」


 今回の防衛戦は、都市側の都合で探索者だけに戦闘を行わせた。壁外区への攻撃とモンスターの襲来、そして迷宮を狙った襲撃犯の存在。弁解の余地はあるものの、外部からは決して肯定的には見なされない。探索者の損失はそのまま都市への失点となる。それをカバーするため、派手な戦闘を行い成果を内外に大きく知らしめる。加えて、探索者に戦闘を任せ切りでは都市の沽券に関わる。防衛軍の意義も低下しかねない。そういった都市側の面子を保つための理由というのも存在していた。

 難しい話はよく分からないと、ロアは曖昧に頷いておいた。


「それで、どうして助けに来てくれたの?」


 相手の顔を横から覗くように、リシェルは小さく首を傾げて聞く。

 異性を魅了する微笑みを浮かべる彼女に対し、ロアは言いにくそうにして口を開いた。


「あー、はっきりとした理由があるわけじゃないんだが……」

「ないんだが?」

「とにかく、死なせたくなかった」


 その答えに、リシェルは笑みを若干渋いものに変えた。


「うーん、四十点ってところね」

「……何が?」

「女心を勉強しなさいってこと」


 はぐらかした答えに、ロアは「またそれか」と、納得いかない様子で首を捻った。それを見てリシェルは可笑しそうに笑った。




 前線から後方へと戻ってきたロアたち三人に、手を振って一人の人物が近寄った。


「おー、生き残ったのかい。やるじゃないか」


 それはロアがここに来るときに世話になった、バネッサであった。


「知り合いなの?」

「今日会ったばっかのな。遺跡から走って向かおうとするこいつを、ここまで乗せてやったんだよ」


 リシェルの問いに、バネッサが気安い様子で答える。来るときの会話で顔見知りかもしれないとは思っていたが、それより仲がいいのかもしれないと、ロアは二人が会話する姿から予想した。

 バネッサの顔がロアの方を向く。


「ところでロア、あんたうちのチームに入る気はないかい?」

「ない」

「……即答かい。まあいいけどさ」


 相手の迷いのない返答に、バネッサは嘆息して頭を掻いた。近くでやり取りを眺めていたリシェルはクスクスと笑った。

 ロアはどうして自分が誘われたのか分からなかったが、どのみちチームに入る気は無かったので、その理由を聞くことはしなかった。代わりに別のことを尋ねた。


「それより約束してた報酬だけど、金でいいか?」


 今回の強制依頼。参戦はしたが、依頼受諾扱いになってるかは不明である。だからそちらの報酬は完全には期待できないが、迷宮の方で稼げた分がある。顔見知りを殺して得た金なだけにあまり良くない気分を抱くが、金は金だとそこは気にしないことにした。

 仮に襲撃者が迷宮を破壊していれば、エネムをローグに変換できるかどうかは不明だったのだが、そこまではロアも頭が回らなかった。


「それなんだがね。貸しにしとくことにするよ。この先あたしらが困ってたら、借りに見合うと思った分をそのときに返してくれればいいよ」

「……? よく分からんけどわかった」


 意外にも報酬の支払いは保留となった。ロアはその返事に首を傾げるが、不都合はないためそれを承諾した。

 それに、そばで聞いていたリシェルが口を挟む。


「貸し借りはさっさと清算した方がいいわよ。タダより高いものはないって言うしね」

「そうなのか?」

「もう遅いよ。言質はとったからね」


 しかし出された助言は一蹴されてしまう。ロアとしてはもともと何の不都合もなかったので、特に異議を唱えるような真似はしなかった。




 サルラードシティから南東に数十キロ離れた場所に位置する森林地帯。俗にモンスター地帯とも呼ばれるその地の中心部は、現在、まるで災害に見舞われたかのように荒れ果てていた。豊かだった自然は見る影もなく、辺りの樹木は根こそぎ消失している。地面はところどころが陥没し、大小無数のクレーターが生じている。

 無残と化した荒廃の大地。その一際大きなクレーターの内部で、一体の巨大な黒い生物が身動いでいた。

 常人ならば対峙しただけで震え上がり、己の死を想起する暴力的な威容。振る舞い一つが地形を変える、文字通りの指定災害。都市から30億の懸賞金をかけられたモンスターが、そこにはいた。

 しかし、本来なら自然界の圧倒的上位に位置する怪物は、その場から一歩たりとも動けないでいた。全身には淡く光る結晶の鎖が巻きつき、行動の自由の一切を奪い取っている。古くには天変地異とも称された怪物が、地に伏せた屈辱の格好で、完全に拘束されていた。

 そこにいる、人間たちの手によって。


「死傷者は即死が三名。重症者が五名。うち一人は胸から下が完全に喪失しています。生命維持装置に繋いでいますが、幽層体へのダメージもひどく、このままでは命が助かる可能性は低いかと」

「首だけ切り落として繋いでおけ。治療費が払えなきゃ生首生活だが、今のままでも大して変わらんだろ。拒否するならその辺に捨てておけ。そんな元気があればの話だがな」


 指示された人物は言われた通りに実行する。胴体から切り離された頭部は液体で満たされた容器に入れられた。

 それを近くで眺めていた若い男が、軽い調子で言葉を発する。


「こういうのって見るたびに思うすんけど、痛みとかどうなってんすかね。案外麻痺して何にも感じなかったりするのかな」

「気になるなら体験してみたらどうだ。やっこさんも、口なら多少は動かせるだろうさ」


 そこには鋭い牙を剥いて唸る、特定災害モンスターの姿があった。それを見た若い男は嫌そうな顔で舌を出し、「勘弁」と目を逸らした。

 そしてまた拘束されるモンスターの方を見て、別の疑問を口にする。


「あんなの捕まえて、上は一体何がしたいんすかね。倒すだけならこの半分でもいけただろうに、犠牲まで出して捕獲なんかに拘って。ペットにでもして飼うつもりなんすかね」

「さあな。どうしても知りたいならこの仕事が終わった後に、直接聞きに言ったらどうだ?」

「報酬代わりに聞けるならそれも良いんですけどねー。聞いた後は絶対に、こうですよこう」


 舌を出して首を切るジェスチャーをする若い男に、年嵩の男は「わかってるじゃないか」と苦笑した。

 そしておちゃらけた態度を引っ込め、若い男は少しだけ真面目な雰囲気を醸し出した。


「それにしても良かったんですか」

「何がだ?」

「モンスターですよ。都市に押し付けるようなことしちゃって、大問題じゃないですか?」


 特定災害との戦闘中に森から溢れ出したモンスター。それはランの推測通り、人の手により意思を持って誘導されていた。

 都市に対する明確な敵対行為。それを問われた男は、やむを得ないと言わんばかりに息を吐いた。


「仕方ない。それがパトロンからのご希望だ。使われの俺たちがどうこう気にする問題でもない。後始末ならあっちでしてくれるだろうさ。それにいざとなったら、『地域の安定と流通の安全性を確保するため、止むに止まれず都市へ誘導することになった』とでも言い訳すればいいさ」

「それならいいんですけどね。反体制派の間接幇助なんかして、執行部の厄介になるのは御免ですよ」

「そうなったら無法都市にでも逃げ込むさ。表に出なきゃ、連中も無理に追って来たりはしない。今まで稼いだ金でせいぜい余生を楽しむさ」


 それも悪くないといった様子で、年嵩の男は笑った。


「俺はまだそこまで草臥れてないですけどね」

「うっせえ」

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