爆発
「いつまでこの都市にいるつもりなんですか」
「うーん? そうねぇ……」
探索者協会の内部にある館内施設。飲食のできる雑談スペースの一つにリシェルとランの二人はいた。
比較的ラフな装備に身を包んだランが、同じテーブルを囲む主人に向かって問いを放つ。その表情は普段と変わらぬ平静さを保っているが、声音にはかすかな不満が混じっていた。
「もう少しかしら」
「またそれですか。数日前にも同じことを聞きましたが」
「同じことを聞かれてるからね」
わざとらしく端末をいじりなから、リシェルは従者の不満を気にせず雑な応答を繰り返す。まともに答える気がない主人の対応に、ランは呆れ気味に息を吐くと、気を紛らわすように飲食の注文を行った。パートナーの憂さ晴らしをチラリと眺め、リシェルは申し訳なさそうに苦笑した。
二人が会話もなくダラダラと過ごしていると、そこへ近づく者たちが現れた。
「よお、お二人さん」
話しかけたのは数人の屈強な男たちを引き連れた大柄な男だった。手元の端末から視線を外したリシェルは、相手の顔を確認すると気安い態度で応じた。
「こんにちは、グライオンの……」
「ザイエフだ」
「そう、ザイエフさん」
言い淀んだリシェルに、男は自ら名を口にする。彼女の対面に座るランは、目の前のやり取りなど無いように食事を進めていた。
ザイエフは苦笑しながら近くの席に腰かけた。
「相変わらずのマイペースぶりで何よりだ。ところで、ウチに入る気にはなったか?」
「全然」
「なら俺の女になる方はどうだ」
「タイプじゃないから無理」
以前もしたやり取りを繰り返しで行う二人。変わらず脈なしかと肩を竦めたザイエフが顔の向きを変える。
「じゃあそっちはどうだ。お前だけでも引き抜かれる気はないか? 待遇は約束するぞ」
「じゃあってなんですか。失礼な野郎ですね。黙るか死んでください」
咀嚼する口から器用に発せられたランの言葉に、ザイエフは面食らった顔になる。
「この子普通に口も性格も悪いから、引き抜いても問題しか起こさないわよ」
「リシェル様ほどではないです」
「ほらね」
軽口を交わす両者に、ザイエフは呆れた様子で息を吐いた。そばに控える者たちは、表情に険を作りつつも黙ってやり取りを見守っていた。
「……まあ、冗談は置いといてだな」
「冗談で相手を口説くとか最低ですね。本気にした私が馬鹿みたいじゃないですか」
「断ったあなたがそれを言う?」
「言います」
見かねたザイエフが一度大きく咳払いをする。それでリシェルたちは他愛ない会話をやめた。
二人の注意を引けたことで、ザイエフは改まった口調で語り始める。
「最近、情報屋からよくない噂を入手した」
「情報じゃなくて噂? 眉唾の流布なら聞く気はないわよ」
「それなりに確度が高い噂だ。それによると、今この都市近辺に境域テロリストどもが潜伏しているらしい」
境域テロリストとは、連合が支配する境域の現状に異を唱える者たちだ。主な活動は都市への破壊工作や流通の阻害、略奪、都市が管理する遺跡での盗掘行為などである。探索者とは直接的な敵対関係にあるわけではないが、体制側に属する人間として殺し合いに発展する事態も少なくなく、多くの探索者が現実的な敵対者であると認識している。
その境域テロリストが近場にいるかもしれない。それを聞いても、二人は特に驚きを見せることはしなかった。
「もしかして、既に知ってたか?」
「いいえ、初耳よ。でもそういう連中は基本どこにでもいるものでしょう。だから今さら驚くことでもないじゃない」
「まあ、それはそうなんだがな」
反体制派の人間は無法都市や無人地帯に拠点を構えることが多いが、連合の加盟都市にもかなりの数が潜んでいると考えられている。割合はともかく、少なくない人数が探索者の中に混ざっているというのも、一部では公然の秘密に近い常識となっている。もしかしたら目の前や隣にいる者たちもテロリストの仲間かもしれない。そのような考えを持つ者たちからすれば、この程度の話は改めて驚くには及ばない。
ザイエフは相手の抱いた認識を修正させるため、追加の情報を提供する。
「今回はそういうのとはちょっと違う。奴らがこの都市を襲撃対象に定めたかもしれないって話だ」
「……へー」
そこで初めて、リシェルが興味深そうに笑みを浮かべた。
「それ、確定なの?」
「まだ分からない。こっちでも情報を集めているが、噂以上の確証は得られていない。だがもしものために、Cランクのお前らとも共有しておこうと思ってな」
「なるほどね」
それを聞き、リシェルは浮かせていた体を背もたれに預けた。
最後の一口を残して食事の手を止めたランが、交代するような形で口を開く。
「ガセじゃないですか。あいつらはアホですが、襲撃情報を事前に漏らすほど間抜けとも思えません」
「……それもまあ、そうなんだが」
「ナンパのための作り話だと言われた方がまだ信じられますね」
彼女の容赦ない物言いに、ザイエフの仲間たちがいよいよ目の前のやり取りに口を挟んだ。
「リーダーがつまらない嘘をついたと言うつもりか」
「女漁りをする男にはふさわしい評価です」
「なんだと……!」
一転して険悪になる空気。威圧感の篭った鋭い視線がランに向かって突き刺さる。
ただ常人なら顔を青くする空気に晒され、大の男複数に睨まれているのにもかかわらず、彼女は普段通りの涼しい顔でいた。相手の面の皮の厚さに、ザイエフは目頭を押さえつつ短く息を吐いた。
身内の態度にやれやれと苦笑したリシェルは、彼女を注意することもなく、我関せずと飲み物に口をつけた。そして中身を飲みくだしながら、ふとある方向へと視線をやり、その瞳を鋭く細めた。
主人の雰囲気の変化を察して、ランの意識が自然とそちらへ引かれる。視線を辿り同じ方向に顔を向けた。相対する者たちの態度の変わりように、当惑するザイエフだったが、ただならない雰囲気を感じ取り、やや遅れて二人の視線の先へ振り返った。
そこには、如何にも探索者といった装いの男が一人いた。
「あの男がどうかしましたか?」
「うーん、ちょっとね」
「あいつは確か、ドートレッドの奴だな。うちとも関わりがあるチームだ。評判も悪くないと聞いているが」
ザイエフから情報が足される。変わらずリシェルは険しい視線を送り続ける。
彼女の急な態度の変化には、修羅場をくぐってきた者たちのみが共有できる暗黙の合図が含まれた。それを理由にランとザイエフたちも警戒のこもった視線を向け、警戒の根拠となる異常を視界内から見つけ出そうとした。だが、男の表情や挙動には何一つ違和感を感じさせない。思い過ごしかと思われた。
そこで、リシェルが「あー、やっぱりか」と声を上げた。
「あの男、自爆するわね」
「はい?」
突然何を言い出すのかと困惑を顔に出すランたちだったが、彼女たちもすぐにそれに気づいた。
「ほらね」
リシェルは自慢げに予想の的中を口にした。
慌てる男たちとは対照的に、ランが呆れを見せた直後、施設内は一瞬で爆炎に包まれた。
「予定時刻だな」
セイラク遺跡迷宮。前線基地を兼ねたそこで、一人の男が視界に投影された映像で時間を確認した。男の周囲には、多数の死体と破壊された兵器、建物の残骸などが散乱している。生きてる人間は、男とその仲間を除き、一人たりとも存在しない。
無残な光景を作り出した男たちは、周囲の死体に感情を揺らすことなく、手早く計画の進捗具合を共有した。
「モンスターのお引き出し担当は上手くやったようだな。これでかなり猶予が生まれる」
前線基地に張り巡らされた半透明の壁。それ越しに、遺跡の奥から溢れ出す大量のモンスターの様子が確認できた。
「通信や動力設備の破壊も完了しました」
「そうか。異変を察知してすぐに防衛軍が送られるだろう。急ぐぞ」
それを最後に沈黙を保ち、男たちは荒れた建物内から地下へと歩みを進めた。




