久しぶりの訓練
「一度の迷宮探索で15万ローグか……。思ってたよりずっと稼げたな」
ルーマスと二人で迷宮に挑んでいたロアは、ほどほどのところで探索を切り上げ地上へ戻ってきた。普段の遺跡探索とは異なる閉鎖環境や格段に多い戦闘回数。迷宮初心者であるロアの状態を考慮して、ルーマスは早めの引き上げを決断した。実際のところロアにそれほどの疲労はなかったが、今回は相手の判断や指示は全て聞くと決めていたので、判断に異を唱えることなく素直に従った。
ロアが自分の端末に記録された残高を見ていると、同じくエネムの精算を終えたルーマスが声をかける。
「それはお前が強いからだよ。普通のEランクだったらその半分も稼げないだろうな」
通常の探索者はチームを組み、複数人で迷宮に挑む。迷宮への挑戦は通常の遺跡探索でかかる費用に加え、人数分のデバイス貸出料が上乗せされる。モンスター討伐が得意なチームでなければ赤字になることも珍しくない。得意であっても、一層でしか通用しないDランク以下のチームでは、それほど多くは稼げない。本格的に迷宮探索で稼ごうとするならば、中級探索者相当の実力が必要となってくる。
ロアの場合、戦闘力において既にDランクを超えている。短時間の探索だろうと、並みのEランクより稼ぎが多くなるのは当然だった。
「ふーん……あっ、デバイスの借料払っとくよ」
貸し借りの関係をいつまでも続けたくなかったので、ロアはこの場で支払いを済ませた。
「律儀だねぇ。まあ、踏み倒す輩よりは遥かにマシだけどよ」
個人間送金で受け取りを確認したルーマスは、自分の端末を懐にしまった。
「俺はこのまま都市に帰るが、お前はどうする? もう少しここに残っていくか?」
「いや、俺も帰るよ。取り敢えず、今日泊まるところには困らなくなったし」
「そうか。なら乗ってけよ。今日一日はお前の足を負担してやるよ」
今更断る理由もないため、ロアは相手の好意に甘えた。
迷宮遺跡を後にした二人は寄り道もなくサルラードシティまで戻ってきた。
車を手動で操縦するルーマスが、助手席に座るロアへ話しかける。
「この後飯でも食ってくか? こっちも今日限定で奢ってやるぞ」
「うーん……それはいいや。借りを返したそばから作りたくないし、食に金かけるほど手持ちに余裕があるわけでもないから」
「そうか。ならこの辺で降ろしていいか?」
「ああ。今日はいろいろ教えてくれてほんとにありがとう」
礼を述べるロアは停まった車から降車する。その感謝に「いいってことよ」と片手をブラブラ振り、ルーマスは車を発進させた。その後ろ姿を見送り、ロアもこの場から移動した。
『運が良かったな。初めての場所に来て早々あんな親切な奴に会えて』
慣れない街中を歩きながらロアは心中を相棒に向かって吐露する。
新しい土地へ来ることへの不安。知らない顔や未知との遭遇。それらに決して心配を抱いていないわけではなかった。しかし、それを払拭するような出会いを早々に得られた。幸運なことだと思った。
『あんなことがあったばかりでしたからね。確かに世の中捨てたものではないです』
『そうだな』
裏切りや殺し合いを警戒し、関係構築を拒んでいれば、今日のような幸運は訪れなかった。自分の気の持ちようがこの出会いを生んだのだ。それを自覚して、やはり自分の選択は間違っていなかったと、こういう生き方でいいのだと、再認識できた。
それがなんだか嬉しくて、ロアは自然と笑みを浮かべた。
少しだけ気分を弾ませて、温まった懐で、今日も宿に泊まれることを感謝した。
昨日と同じ宿で目覚めを迎えたロアは二日連続で迷宮へ赴くことにした。昨日一日で迷宮への挑み方は理解した。わざわざ別の場所に挑むより、ここでしばらく稼ぎ、装備を整えようと考えた。
無人運転車を使った協会の輸送サービスを利用して迷宮まで来る。昨日と同じような手順で資格デバイスを借り受けて、再び迷宮の中へ足を踏み入れる。
獲物の奪い合いやトラブルなどを避けるため、他の探索者と道が重ならないよう意識して通路を進む。そうして他の探索者の姿が見えなくなったところで、ペロがいきなりあることを言い出した。
『久々に訓練を行おうと思います』
唐突なその一言に、ロアは不思議に思いながら応答する。
『それはいいけど、言うなら入る前に言って欲しかったんだけど。訓練なら外の方がよかっただろ』
『外でもいいのですが、金策も兼ねるというあなたの懐を気遣った形です。それに今回の訓練には迷宮のような閉鎖環境が重要でした。なのでここが色々と都合よかったのですよ』
『まあ、それはありがたいけど……』
訓練をしたらモンスターと戦う時間はなくなると思ったが、ペロが言うなら何か考えがあるのだろうと、そこら辺の疑問はスルーした。
『それで、訓練って具体的に何をするんだ?』
『魔力の応用利用の一つ、壁面歩行です』
それを聞いたロアは、意味を理解して訝しげな面持ちになる。
『……壁面歩行って、壁を歩くってことか? そんなことできるのか? 』
『できます。できなければいけません』
ペロは強い口調で続ける。
『この先探索者として活動していけば、より強力なモンスターと激しい戦闘を行うことになるでしょう。中には魔神種やそれに準じる存在と対峙する可能性も十分にあり得ます。これはそういった怪物たちに対抗するための、最低限必要な戦闘技術なのです』
『最低限? 壁を歩くのが?』
『はい。これは空間歩行を覚えるための前段階でしかありません』
上位の戦闘能力を有した者の場合、その戦闘速度は時に弾丸の速度を上回る。極限まで強化された肉体は生物生来の物理限界を容易く突破し、超人的な動きを可能とする。しかし、魔力で強化された肉体は耐えられても、周囲の環境まではそうはいかない。人外の脚力が生み出す反発力に、足場とする地面や建物は耐えられないからだ。強くなるほどそれは顕著となる。足場を形成する技術は必須となってくる。
『そしてこれは直接戦闘に限りません。魔術の中には相手の足場や姿勢制御を崩すものもあります。それらに対応するためやはり最低限必要な技術となるわけです』
『強くなるには避けて通れないってことか』
ロアの納得に『そういうことです』とペロは頷きを返した。
探索者を続けるなら強くなって困ることはない。それを理解しているロアは、ペロの言う通りに訓練を開始した。
『まずは私がお手本を見せます。それを感覚で覚え、実践してください』
ペロの発言とともに、ロアは自身の身体の操作権が失われていくのを感じる。抵抗すれば取り戻せるだろうが、そんなことをしても意味が無い。これから行われることの感覚を掴むため、己の感覚を研ぎ澄まし、されるがままに任せた。
右足の裏が壁に押し付けられる。意識はそのまま、体だけが自分の意思とは関係なく勝手に動かされる。その事実をどこか他人事で認識していたら、すぐに左足も地面から離れた。右足と同じように壁に押し付けられる。背中が地面と水平状態になり、平面に立つときとは異なる負荷が体全体にのしかかる。ロアがそれを若干苦しく感じながら、さりとてどうにもならない現実を受け入れていると、またも右足が壁から離れ前という名の上方向に歩みだした。そのまま左と右が交互に進んでいく。
自分の体なのに自分ではない何かに操られている。そして壁という歩行不可能面を歩かされる。そこへ更に重力という負荷が加わり、体に過剰な負担や疲労が溜まっていく。その非現実的な現実が、ロアの平静を乱し、混乱状態に陥らせようとする。今すぐ壁から足を離し、楽になりたいという衝動が湧き上がってくる。
ストレスからの解放を求めるロアに、すくそばから鼓舞する声がかけられる。
『やってみて、やってやれないことなどありません。集中して』
現在自分の体の主導権を握っている相棒の言葉。それを聞き、ロアは混乱状態から立ち直る。この感覚を体に刻み込もうと、足元に意識を集中する。これは誰のためでもなく、自分のための訓練なのだと意識を改めて。
天井付近まで到達したロアの体がそこで折り返す。体の向きが上下にひっくり返り、今度は床の方へと歩いていく。背中からかかる圧力がなければ、壁だと錯覚する地上へと向かっていく。
だんだんと床面が近づいていき、やがて残りの距離が自分の身長を下回る。そこでようやく壁から足が離れる。体は重力の法則に従った。同時に自分の体がペロの操作を離れ、完全な自由の身となったのを自覚した。ロアは足元をつま先で軽く突いて感触を確かめると、大きく息を吐き出した。
「……大変だった」
息を吹き出す最後に、それだけを感想として付け加えた。
『落着しているとこ悪いですが、これで終わりではないですよ。今から自分でやってもらうんですから』
「うへぇー……」
されるがままでもこれだけキツイのに、次からは自分でやらなければならない。ロアは嫌そうな声を出した。強くなるために訓練の必要性は理解していても、積極的にやりたいかと問われれば全くそんなことはなかった。
『まあ、やるけどさ……』
ぐちぐちと不満を吐いても全く成長しないので、ロアは気持ちを切り替え訓練を始めようとする。そうして自分の中にある魔力を知覚始めたところで、とても重要なあることに気づいた。
『あっ……! ペロ! 不味いことがある!』
『なんですか急に。そんなのありましたっけ』
『あるに決まってるだろ! 魔力だよ魔力! 魔力が無くなりそうだろ!』
ロアはサルラードシティへ来る途中で、手頃なモンスターを倒して魔力を蓄えようとした。が、それは魔神種の攻撃により失ってしまった。だから早急に生体型のモンスターを倒して魔力を補給しなければならなかった。そういう思いもあって遺跡へ来たのに、珍しい迷宮遺跡の存在に意識が傾いてしまい、死活問題である筈の魔力に関する内容が頭から完全に抜け落ちた。
朝の時点で気づくべきことだったと、自分の馬鹿さ加減に呆れながら慌てるロアへ、平静な口調でペロが言う。
『ああ、そんなことですか』
『そんなことって重要なことだろ!? 魔力が無くなったら戦えなくなるんだぞ!』
焦るロアとは対照的に、あくまで落ち着き払った雰囲気で、ペロがある方向へとロアの意識を誘導する。
『魔力ならあるではないですか。あそこに』
『……どこだよ。ってモンスターじゃん! 気づかなかった!』
ロアから二十メートルほど離れた位置には、こちらへ近づいて来るモンスターの姿があった。すぐそこまで接近されてるのに気づかなかった事実に、ロアは驚くとともに呆れ返る。
『ダメダメだな俺って……』
『いつも通りですね。それよりさっさと倒しましょう』
ペロの嫌味に反応せずブレードを引き抜いたロアは、残り少ない魔力を歯がゆく思いながら魔力強化を使用した。
前方の敵の数は運がいいか悪いか一体だ。数の面では大したことはない。しかし感じる存在感は、昨日倒したモンスターのどれより上だった。ロアは油断せずに身構える。
橙色の毛並みを持つずんぐりむっくりした体型と、そこから伸びる短い手足。機動力に難がありそうな姿を捉えて、どんな攻撃が来るのか相手の出方を窺った。
視線の先でモンスターの口内が僅かに膨れ上がる。口から赤色の塊が飛び出した。
「うおっ!」
高速で飛翔する火球に僅かな驚きを浮かべつつ、ロアは横にずれて回避する。火球はロアとすれ違い後方へ飛んで行くと、大きく音を立てて爆ぜた。
『熱を生み出す状態魔術の一種ですね。魔力を使えない常人ならば炭化して死にますが、あなたなら大丈夫ですよ』
結構な威力だと思いロアは少々戦慄していた。だがペロの話を聞き、恐れず相手に向かっていった。
二度目の魔術がモンスターの口から吹き上がる。先と同様の火球が高速で飛んでくる。ただ既に見た攻撃であるので、ロアは初動を見切り難なく躱す。地を這うように迷宮の通路を走り、ブレードの間合いまで距離を詰めた。
付近まで近寄ったロアが相手の正面を少し周り込む。唯一の攻撃手段を持つ顔正面を避け、側面から頭部へ刃を通そうとする。そのとき、モンスターの体がいきなり燃え上がった。
突然の変化にロアは再び驚きを感じる。だが臆さずブレードを振り下ろした。魔力で強化された刃は炎の勢いに圧されることなく、それを生み出すモンスターの体躯ごと断ち切った。首が半分以上断ち切られ、支える力を失った胴体は崩れ落ちた。
「あっつ!」
戦闘は終わったのに未だ燃え残る火に熱せられた空気を浴びて、ロアは慌ててモンスターの遺骸から距離をとった。しかし、それはすぐに鎮火した。モンスターの体は綺麗さっぱり消えていた。
「えっ? ……ああ、もしかして魔力に変えたのか?」
『はい。迷宮に吸収される前ならば存在変換は有効です。昨日は他人がいたので使えませんでしたが』
その情報は初耳だったとロアは感心する。そしてこれなら魔力の問題は解決したも同然だろうと安堵した。
喫緊の問題を完全に解決したロアは、自分の手に持つブレードの刃に視線を落とした。
「炎を斬ったからやばいと思ったけど、案外問題なさ……ちょっと溶けてる?」
ブレードの刃が少しだけ歪んでいるように見えた。
「すごい高温だったんだな、あいつの吐き出した炎。まだ消えてないし……あっ、消えた」
モンスターの吐き出した炎が使い手が死んでも燃え続けていることにロアは驚いた。
『魔力が燃焼材の代わりを果たしていたのでしょうね。あのタイプの魔術はまともに受けると消火に苦労します。魔力操作に長けていれば問題ありませんが。残り火については迷宮の状態回帰機能が消したのだと思います』
『ルーマスが言ってたやつか』
迷宮の壁や床は戦闘の余波で破壊されても一定時間が経てば自動で修復される。意図して破壊を行わなければ損害請求などされる心配もなく、全力で戦っても構わないと教わっていた。
『迷宮って不思議だよな。壊れても勝手に直るし、モンスターとか知らないうちに現れるし。こいつらがどこから出てくるか知ってるか?』
『その辺の壁や床からだと思いますよ。それ以外は効率悪いですし』
『え? 壁からモンスターが生えてくるの?』
ペロの発言に驚くロアは、自分のいる通路の壁や床を警戒する目つきで繰り返し見た。
『安心してください。おそらく人の近くには出現しないでしょうから。周辺無人地帯に出現がデフォになっているのだと思います』
迷宮と呼ばれる魔物の再現施設では、その設計コンセプトからして魔物が出現する瞬間を挑戦者に見られないよう設定されている場合が多い。周囲に人がいても構わず出現する迷宮も存在するが、セイラク遺跡の迷宮は娯楽目的の要素が強いため、プレイヤーに配慮された形となっていた。
『目の前で突然魔物が現れたら雰囲気ぶち壊しですから』
『よく分からんけど、そういうことならありがたいな』
訓練しているときにいきなりモンスターが現れたら堪らない。現代人にも優しい迷宮の設定をロアはありがたく思った。
『……思ったけど、これって魔力の無駄じゃないか?』
しばらくの間ペロの手本を参考に壁歩きをやってみたロアが、想像以上に魔力の消費が激しい事実を理解して疑問の声を漏らした。いくら戦闘に役立つとはいえ、攻撃や防御面以外でこれだけの魔力を消費してしまえば、収支にも影響して後の活動に差し障る。便利で有用なのは理解できたが、必須とまで言われる理由は分からなかった。
抱いた疑問点を伝えると、ペロはその指摘を部分的に否定した。
『それは魔力でなく、扱いの方に無駄があるのです。魔力操作に熟達すればこの無駄は無くせます』
人外の脚力に耐えるには、その脚力に耐えるための強固な足場を作る必要がある。そしてそれほどの足場を作るには相当量の魔力を使うことになる。
『ですから魔力切れを防ぐため、放出した魔力を回収して再使用するのです。足元に放った魔力はまだ自分の制御下にあります。それを再び活用するのです。これを魔力の循環利用と言います』
『あー……前に聞いたことあるかも』
訓練初期に似たようなことを言われた気がすると、ロアは朧気な記憶を掘り起こした。
『これを習得すれば扱える魔力が実質増えます。だからこちらも意識して訓練に臨んでください』
今まではサポート容量が空いていたペロが放出魔力の循環利用を負担していた。しかしこの先ロアが強くなっていくごとに、徐々に優先度の高い支援に切り替えていがなければならない。基礎的な技術に関しては本人に習得してもらうのが一番である。ペロはそう説明した。ロアはそれを聞き、気合いを入れ直して訓練を再開した。
『ふぅ……魔力を出して取り込んでと忙しいな。ちょくちょくモンスターも襲ってくるし』
壁に足をくっつけるだけなら大分様になってきたロアが、訓練に一区切りつけてぼやいた。
魔力の性質を自前で変質させて壁に対して接着性を持たせる。言葉にするだけなら簡単でも、この感覚を独自で模索するのはかなり難易度が高い。ロアは魔力の順応性に優れているが、扱いに関してはそれほどではない。人並みかそれより多少は優れる程度だ。にもかかわらず短時間でこれを可能としたのは、当然の如くペロの存在が大きい。完璧な手本とも言うべき模範。それが先に用意されていたので比較的容易にコツを掴めた。ロアはその感覚を真似するだけでよかった。さらにロアの魔力操作に無駄が多少あるたびに、ペロが微修正を加えていたのも関係した。修正された感覚が無意識のうちにロアに刷り込まれていた。ペロからのサポートに、本人のセンスや集中力なども合わさり、驚異的とも言える速度で技術を習得することになった。
想定通りの結果に内心満足しているペロが言う。
『これくらいにして、今日はそろそろ帰りませんか。一日で垂直立ちができるようになれば十分です。訓練はまだ初日ですし、無理することもないでしょう』
『うーん……まだ余裕ありそうだけど、確かに無理は良くないよな。よし、帰ろう』
迷宮は光量の変化がないため、外と異なり時間感覚が狂いやすい。ロアが思っているより長い時間が経過していた。
迷宮内では閉鎖空間特有の圧迫感や孤独感、モンスターへの警戒や戦闘など、精神的ストレスが生じる要因は複数ある。本人の自覚はなくとも、心身には結構な負担が溜まっていた。ペロが雑談を挟むことにより多少のストレスは緩和されているが、言葉通り無理する必要はどこにもない。帰りの戦闘も考慮すれば、余裕を持っての撤退は理屈に適っている。
相棒の助言を無視していいことがあった試しがないのと、探索者として身につけた経験と常識から、ロアはあっさりと迷宮からの帰還を決定する。
『帰るのはいいとして、道どっちだっけ。デバイスで確認するか』
資格デバイスには基本機能として、エネムの自動取得の他に自動マッピング機能も存在する。借りた端末でも、地上施設にあるエネム管理機器と同期させれば、紐付けられた個人データからマッピング情報は引き継げる。
ロアは前回と今回で埋まった迷宮内のマップデータで、出口までのルートを確認した。
『ロア、他の者が来ました。一応気をつけてください』
『ん?』
ペロからの呼びかけに、ロアはある方向へ視線を送る。ペロが指摘した通路の奥から、数人の探索者が歩いてくるのが見えた。
こんなことがあるのも始めてではない。昨日今日で何度か体験している。ロアは慌てることなく静かに通路の端に寄った。迷宮内では探索者からの襲撃もあり得るとルーマスからは教わった。そのため少々身構えながら彼らが通り過ぎるのを待った。
彼らとの距離が縮まり、薄暗い迷宮内でも相手の容姿や身なりが判別できるようになる。五人組である彼らは、ロアから見てどうにもくたびれた様子が強かった。一人は装備の損傷が激しい。もしかしたら何か狩りで失敗したのかもしれない。
ロアが軽く考察しながら相手を観察していると、同じく進行方向にいる相手へ視線を送っていた五人組のうちの一人が、ロアへ声をかけた。
「おい、お前一人か?」
話しかけられるとは思わなかったロアは、無視するのも悪いと思い質問に答えた。
「見た通りだ。一人だよ」
男の視線がロアの左腕、そこに付けられているデバイスに向いた。そこでロアは警戒を強めた。
視線をすぐに戻した男が再び問いを発する。
「順調か?」
「……まあまあだな。あいにくとこっちは一人だからな」
思考するように僅かに目を細める男と、ジロジロと無遠慮に視線を向けてくる他の四人。
何の算段をつけているのか。相手のそれを鬱陶しく感じたロアが、静かに左手をブレードの柄に置いた。
「話がないならさっさと先に行ってくれないか。これ以上は不必要な邪推を生むかもしれないぞ」
その言動に、男たちから発する警戒感が増した。中には露骨に武器を構えようとする者もいる。ロアはそれに一切物怖じせず、威圧するように視線を鋭くした。
ロアが雰囲気をやや物騒なものに変化させると、男たちはたじろいだ様子を見せ、微かに後ずさった。その態度と反応からロアは相手がそれほど強くないのだと察した。
睨み合いが数秒続いたところで、最初に話しかけてきた男がまた口を開いた。
「……そうか。つまらん質問をして悪かったな。行くぞ」
リーダー格らしき男が促すと、他の四人は舌打ちしつつもその指示に従った。ロアの方へ露骨な警戒を向けつつ黙って通路の奥へと消えていく。何もせずに見送るロアは、存在感知の範囲からも外れたのを感じ、ようやく警戒を解いた。
『一人対五人だったけど、案外襲われないもんだな』
ロアは昨日のルーマスとの共同探索で、雑談の種にどうすれば他の探索者に襲われないかを聞いていた。それに対するルーマスの答えは簡潔だった。舐められないようにする。それだけだった。
『お前は魔力強化を使えるしランク以上に強いんだから、もっと堂々としとけ。ただでさえソロで活動する装備が貧相な子供って襲いやすい要因が揃ってるんだ。威圧感を前面に出すよう立ち回れ。襲う側もまるっきり馬鹿ってわけじゃないから、返り討ちにあうと理解すれば行動には移さない。そうする方がお互いのためだ』
そうルーマスから助言を受けたロアは、他の探索者と対峙するときはなるべく舐められないよう立ち回ろうと意識を改めた。先ほどのやり取りが初めての経験だったが、意外と悪くない結果に終わり安堵した。
『先に手を出させれば、大義名分のもと持ち物とエネムを強奪できたんですけどね。相手を見て対応を変える輩に配慮する理由は見当たりません。させるがままに任せればよかったですのに』
『だとしても、俺だって好き好んで殺し合いなんかしたくないの。物騒なこと言うのはやめてくれ』
仮に得られるものがあっても不必要な戦闘はなるべく避けたい。ロアは過激なことを言う相棒に苦笑しながら反論した。
『相手を殺したらエネムが手に入るなんてことがなきゃ、迷宮での殺し合いも減ると思うんだけどな。親切なのか不親切なのか分からん仕組みだよな』
装備は手に入るので殺し合い自体は無くならないだろう。経験則からそう考えるロアが迷宮での不満点を述べた。
『これはあくまで娯楽なので、人とモンスターが戦うより人と人が殺し合う方が、プレイする側にも見る側にも好まれるということなんでしょうね』
『そんなのの何が面白いのかね。旧時代の人間も変わってるんだな』
人同士の殺し合いなどありふれている現代。その価値観で感想を抱いたロアは、昔の人間の変わった趣向に呆れつつ迷宮から脱出した。




