表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンギュラーコード  作者: 甘糖牛
第一章
23/72

誘き出し

「今日だな……」


 借りた宿の一室で目覚めを迎えたロアが、ベットの上で誰に言うでもなく静かに呟いた。

 ネイガルシティ最後の遺跡探索から、今日で二日が経とうとしていた。旅立ちに必要な物資の買い込みを昨日の時点で終えていたロアは、今日のレイアやカラナとする会話の内容次第では、そのままこの都市を発つつもりだった。


 都市から都市へ個人が移動する手段は主に三つある。

 一つ目は自力での移動だ。個人所有の移動車両を買って都市間を移動する。車両を買わず徒歩でも移動は可能であるが、その場合、道中でモンスターと遭遇すれば逃走は難しくなる。ロアの存在する第一境界線内では、安全な交通経路はある程度開拓され切っているので、モンスターと遭遇する可能性はその経路に従えば低確率になる。だがそれでも0%にはならない。徒歩での移動を選ぶならモンスターとの戦闘は覚悟して進む必要がある。

 二つ目は都市間の流通に混ざることだ。境域では年に一度の感覚で、都市と都市との間で流通が活発になる時期がある。六大統轄主導のもと、境域指定都市連合に加盟する全都市は、この時期に抱えた物資と人材を一斉に交換する。この大規模流通の時期は、人や物の流れを活発化するため個人における移動もしやすくなる。

 ロアにもこれは経験がある。この時期になると輸送路確保のため、壁外には立ち入り禁止区域が増えるのだ。そこを通過する三桁を超える大型車両の往来は圧巻であり、ロアはそれを遠くから眺めたのをよく覚えている。それを間近で見ようと近づいたこともあったが、同じことを考えた者が警告を兼ねて攻撃されたせいで、敢え無く断念されることになった。今ではネイガルシティでの経験を彩る思い出の一つだ。

 この定期的に行われる大規模流通とは異なり、不定期な流通や移送というのも存在する。都市や企業が自組織のみで行うものだ。こちらは一般の参加はほぼ不可能となっている。関係者にコネがある場合を除き、外部の人間の相乗りはどこもお断りが基本である。

 三つ目は探索者のみが可能な方法だ。それは二つ目の不定期な流通に護衛として同乗することだ。

 都市間の移動は時に大きな危険を伴う。遺跡の外を彷徨くモンスターや襲ってくる無法者たち。其れ等から荷を守るため護衛を雇う必要がある。そして多くの地域では人間からの襲撃の方が危険視されている。モンスターの強さは出現地域によってほぼ定まっており、探索者協会を始めとした諸機関によってモンスターの周辺分布図が公開されている。たまにその傾向を外れる例外も存在するが、基本的にそれが大きく外れることはない。だからその地域に生息するモンスターに対応可能な護衛さえ用意できれば、都市間の移動は比較的容易で安全なものとなる。

 その予測を覆すのが人間だ。境域には反社会的な組織や勢力が数多く存在する。中でも特に危険視されているのが反体制を標榜するテロ組織だ。このテロ組織は複数する存在する上に、それぞれ主張する主義や思想は異なっているが、そのいずれも六大統轄の支配に否定的な立場を取っている。それ故に、実質六大統轄の下位組織となっている境域指定都市連合と、そこに加盟する全ての都市に対して、彼らは度々テロ行為や破壊活動を仕掛けている。流通の妨害や物資の強奪などもその一環である。そういった反体制的なテロ組織や、それに便乗して襲撃を企てる無法者どもから荷を守るため、都市や企業は高い金を払い護衛を雇っている。

 その護衛依頼は受注のための最低必要ランクがCランクとなっている。これは求められる実力の水準が高いのが理由だ。加えて探索者としての別途実績や、協会からの信用評価なども重視される。万が一にも犯人側の協力者を宛行わないための措置である。だから護衛依頼の斡旋を協会から受けるということは、探索者としての実力だけでなく、信用度も非常に高いと協会側から評価されていることを意味する。これは探索者を引退して企業などに雇われる際、大きなアドバンテージとなる要素だ。したがって護衛依頼を受けたがる中級探索者は多い。専門の探索者チームも存在するほどである。

 しかし今のロアには、それを受ける実力もランクも信用度も、どれも全く足りていない。この三つ目は選択肢として真っ先に外された。

 その主な三つ以外の方法に、自分で護衛を雇ったり他の探索者や個人商人の移動に混ざったりなど、移動手段は複数存在する。ただし何れもそれなりの対価が必要となる。


 結局ロアが選んだのは一つ目の方法だ。それ以外に選べる選択肢が無かったというのが理由だ。元よりそうするつもりであったので、それ自体には何の問題も無かった。問題はそのための移動手段だった。

 ロアは当初駄目元であるが、足代わりとする車両の購入を検討した。しかし、すぐにそれは無理だと判明した。手持ちの金が全く足りなかったのだ。二輪車や四輪車を始め、売られている車両はどれも最低数百万からが基本だった。今のロアはまた新しい装備を買ったせいで、所持金はほとんど残っていない。中古や整備不良品でさえ懐的に買うのは厳しかった。こんなことなら返り討ちにした探索者たちの装備を持ち帰ればとも思ったが、それも今更の話であるとため息を吐いた。

 他の選択肢として、探索者協会による車両の貸出という選択もあった。ただこちらも借りるのに高額な保証金を必要とした。だから消去法的に徒歩での移動しか残されていなかった。


 ロアはこれらの知識を情報端末から得ていた。ペロのサポートも受けて、勉強も兼ね色々と機能を使い込んでいた。

 その中で知った情報の一つに、『元B探索者による境域一人歩き旅』というものがあった。これは徒歩での都市間移動方法を調べていた際に、ネット上で見つけたものだ。元Bランクの上級探索者が、文字通り徒歩で都市から都市を転々と移動する過程を記録したものだ。参考になるかと思い、ロアはこの活動記録を読むことにした。

 内容としては特別なことはなく、タイトル通りのものだった。それでも今までまともな娯楽に触れてこなかったロアにとっては、とても魅力的で刺激的な読み物だった。ペロに助けられながら、ロアはこの個人ブログを読み漁った。

 結局その日のうち全てを読み終えることはできなかった。それでも内容自体には非常に満足していた。これを読み終わるまで都市に残る期間を延長するか考慮したほどだった。けどそうはしなかった。別に予定を絶対に崩さないという強い意志を発揮したからではない。ブログを読む気が無くなったからだ。

 その活動記録であるが、ある時を境に全く更新がされなくなっていた。日付が大分前で止まっていたのだ。ロアはその理由が気になって、何気なくペロに聞いてみた。ペロの予想は単純だった。その活動報告者が、死んだのではないかと告げた。それを聞いてロアは動揺したが、考えればそれも当然であると思った。

 境域には人を襲うモンスターが存在する。更にそこへ人を襲う人間までもが加わる。都市の支配圏内から出れば、そこはもう命の保証がない危険地帯となる。ロアはその過酷な現実を、この情報から思い知らされた。そして同時に不安に駆られた。元Bランクの実力者でもあっさりと死ぬのだ。Dランク程度の自分が同じことをして、無事に目的地へ辿り着けるのかと。

 ロアはそう思考して、すぐに考えるのをやめた。同じだと思ったからだ。都市にいて人間に襲われるのも、都市の外でモンスターに襲われのも、そこに大した違いはない。

 だから下した決定を翻しはしなかった。ロアは都市を出ることを決めていた。


 余談であるが、ロアが目にしたブログの執筆者は別に死んでなどいない。炎上したので雲隠れしただけである。炎上した理由はタイトルが嘘だったためだ。このブログの追っかけであるファンの一人に見つかり、そこで全く一人旅でないことが発覚した。最後の記事は謝罪文であったのだが、確認する前にロアはページを消したためそれに気づかなかった。ペロにしても、タイトルに重大な報告と書かれていたのは把握していたが、それが炎上に関する謝罪だとは思っていなかった。

 ペロは能力自体は高いが、この辺りの人間の事情や機微には疎かった。そのためロアに質問された際、自分が予想できる最も高い可能性を適当に述べただけだった。それをロアは信じてしまった。ネットリテラシーの低い二人による、些細な勘違いが原因で生まれた出来事だった。

 



 昨晩にロアは、ロディンから連絡を受け取っていた。内容はレイアたちとの話し合いに関してのものだ。彼女たちからも無事に了解を得られたと教えられた。時間は午後に設定されたので午前中は暇になったが、ロアは特に何かするつもりはなく、自室で過ごそうと決めていた。するべき事は昨日のうちに全て済ませた。外出する予定はなかった。


 暇になったロアは、また情報端末でも弄ろうかと考えた。あまりいい思いをしなかったこれであるが、得た情報自体はタメになるものが多かった。困ったときになんでもかんでもペロに頼るのではなく、自分一人の力で解決できるようになった方がいい。そのためにも端末から得られる知識は貴重であった。

 そう思い端末を手に取ろうとするロアに、宿側から連絡が入る。それに何事かと首を傾げて、ロアは室内に設置された情報伝達板に音声の読み上げを行わせる。内容は、またしても来客の訪れを告げるものだった。

 それでロアはますます困惑を強くした。心当たりが無かったのだ。レイアやロディンたちである可能性は低い。彼らならばまず端末の方に連絡を入れるからだ。そのような連絡はロアも受け取っていない。だからその線は消えた。あと考えられる可能性としては、他の知人ということになるが、わざわざ自分を訪問するような人物は、もうガルディくらいしか残っていない。それ以外とは関係が薄いか、険悪と言っていい仲の者たちばかりだ。

 来客の予想が全くつかないロアだったが、暇だったのとせっかく自分を訪ねてくれたという理由から、その謎の来訪者に会ってみることにした。一応警戒しておくのは忘れず、荷物や武器をまとめて持って行くことにして、その人物に会うため部屋を出た。




「……なんでお前がここにいんだよ」

「そんなもん、お前を呼びに来たからに決まってんだろ」


 無愛想な声音で話すロアに応じたのは、以前ロアを自分のチームへと勧誘した少年エルドだった。

 なぜエルドが自分に会いに来たのか。その理由が分からなかったロアは、そういえばこいつと会ったのはあの買取所が最後だったなと、一端の探索者になった時のことを随分と昔に感じて懐かしむ。

 最後にあの買取所に寄っておくのもいいかもしれないと、来訪者そっちのけで余計な考えに耽るロアへ、エルドが訪れた要件を手短に告げる。


「オルディンさんがお前に会いたがっている。急用だそうだ。だから今すぐ俺と一緒に来い」


 憮然とした態度で言い放つエルドに、思考を切り替えたロアは怪訝に眉を寄せて聞き返す。


「いや、そんなこと急に言われても意味が分からん。なんで会いたいかそれを言えよ」

「それは会ってから教えるそうだ。少なくともここで話すような内容じゃない」


 ロアが抱いた疑問を、エルドはあっさりと切り捨てた。訝しげだったロアの表情が、警戒や嫌悪の感情が混ざったものへと変化していく。


「……事前に連絡を寄越すこともなく、その内容についても一切教えない。そんなんで俺がホイホイ着いて行くと、本気でそう思ってんのか?」

 

 相手の露骨な不機嫌を雰囲気から読み取ったエルドは、気圧されつつも、強がりからなんとか反論を口にした。


「お、お前、オルディンさんからの指図に従わない気か! あの人を敵に回すことになるぞ!」

「そんなのはもう通り過ぎた後だよ。俺を脅したいなら、もっと別の常套句を身に付けてこい」


 ロアはそれだけ言うと、話すことはもうないと踵を返した。


『あなたも言うようになりましたね。以前は雑魚探索者に襲われそうってだけで、ビクビクと不安そうにしてましたのに』

『それだけ俺も成長したってことだよ。もちろんお前のおかげでな』

『当然です。ですが先にそれを言われてしまうのは、なんだか持ち芸を奪われた気分です』


『なんだよそれ』と苦笑するロアがこの場から立ち去ろうとすると、その背中に「待て!」と呼び止める言葉がかけられる。ロアは一瞬無視して行くことも考えたが、ここで待ち伏せされても嫌なので、仕方ないと諦めて対応することにする。


「なんだよ。お前の要件は断っただろ」


 心底うんざりといった様子でロアは振り返る。まともに取り合う気を見せないロアの姿を見て、エルドは歯ぎしりしながら表情を歪めた。

 エルドはオルディンの名前を出したのに、相手がここまで興味を持たないとは思っていなかった。エルドの中ではロアという人物は格下か、どんなに高く見積もっても同格程度の存在だった。それは相手が強くなった今でも変わっていなかった。

 エルドはロアが強くなったのを知っている。そのことは自身のグループ内でそれなりに話題となったからだ。自分より強いロディンのチームをモンスターから助け、それが切っ掛けでオルディンから一目置かれるようになった。強力な魔導装備や高価な治療薬を所有しており、今までのことを考えれば信じられないほど探索者として急激に実力を伸ばしている。その事実を正しく認識している。

 しかしエルドは、それらは全てロアの実力ではなく、運によるものだと思っていた。偶然何か強力な遺物を手に入れたおかげで強くなれた。それだけが理由だと考えていた。運という偶然の要素だけが相手に味方しただけで、自分は決してロアという人間には劣ってない。そう思っていた。だから例え相手が本当に強くなっていたとしても、このように自分が侮られる態度を取られるのは我慢ならなかった。

 歯ぎしりをやめたエルドは、目つきを睨むようなものに変えて、再度口を開いた。


「……お前がこっちの話し合いに応じない姿勢を見せたとき、オルディンさんからはこう言えと言われた。話の内容は、レイアさんとカラナに関するものだそうだ」


 エルドの口から出た二人の名前を耳にして、ロアの目元が微かに反応する。

 レイアたちとロアの関係はエルドも少しは知っていた。だがオルディンからのメッセージがどういう意味を持つのかまでは計りかねていた。ロアの僅かな反応を見てもそれは変わらなかった。

 不可解から少しだけ視線を緩くしたエルドに、態度を真剣なものへと改めたロアが聞く。


「……それだけか? 他に何か言っていたことは?」

「知らねえよ。俺が聞いたのはそれだけだ。後はオルディンさんに直接聞けよ」


 嫌悪までは紛れていないエルドの返答を聞き、ロアは短く「そうか」とだけ応じた。そして表情を少し険しいものに変化させて視線を落とすと、考え事をするように唇を噛んだ。

 エルドは相手の急な態度の変化が気になった。しかしここで自分が何かを言って相手の気が変わるのも嫌だったので、この役目を無事果たし終えるために黙ってその様子を見守った。

 やがて、視線を上げたロアが口を開いた。


「話し合いに応じる。オルディンの所へ案内してくれ」




『いいんですか? 多分これ罠だと思いますよ』


 エルドに案内を任せたロアは、いつかロディンに先導されたのと同じようにして、その後ろを大人しく着いていく。違いは二人の間に雑談が生じないことと、前回とは行く先が異なっていることだ。

 前に赴いたグループの拠点とは明らかに別方向だと判断したペロが、自分の立てた予想を共有する意味でもロアに確認を行った。


『……まだ罠だと決まったわけじゃないだろ』


 相棒から忠告を受けたロアは少し溜めてから応じた。ロアも自分で口にしておきながら些か苦しい言い分だとは感じていたが、こうも堂々とした誘き出しのせいで、罠だと断じることができなかった。その曖昧な感情が表情に現れていた。


『そうは言いますけど、それ以外にこんな人気の少なそうな場所へ向かう理由ってあります? 私にはこの先で罠を張り巡らせて、待ち構えているとしか思えませんが』


 それはロアも同じ意見だった。しかし、それでも他の可能性を否定しきれなかった。

 だから自分たちはどこへ向かっているのか。この場で唯一その答えを知っている者に尋ねた。


「おい、こっちってお前たちの拠点とは違う方向だろ。どこに向かってんだよ?」

「あ? ……最貧地区だよ。人気のない所で話したいから、そこで待っているらしい」


 エルドは不機嫌な様子を見せつつも、ロアの質問に対して律儀に答えた。ロアの方からその表情を覗き見ることは叶わなかったが、答えるときのエルドの顔は苦々しいものに変わっていた。

 エルドとて鈍感ではない。薄々と察していた。今回の目的を。しかしそれを口に出しはしなかった。もしかしたら本当にただの話し合いかもしれないし、それだけで終わるかもしれなかったからだ。

 この違和感にロアが気づいていない筈がない。そう思っていたのも大きかった。普通相手が罠を張って待ち構えていると考えれば、途中で逃げるか対策を打つのが当たり前だ。なのにそうしないのは、それをしないだけの根拠か理由があるときだけだ。だから自分がわざわざ口に出して、それをロアへと伝える必要性は全くない。エルドはそう判断した。


『監視されてますね』


 ペロから唐突にそんな報告を受ける。ロアは頭の中で静かに首肯した。

 エルドの後ろを歩くロアは、人気の少なさを感じたときから存在感知を発動していた。周囲数十数メートルに渡って広げられた魔力の膜は、ロアにそこへ映る者たちの姿を鮮明に把握させた。

 それは本当にさりげない動きだった。こうして存在感知を使わなければ、違和感に気づくことはないほど手慣れた監視であった。まるでここの住民に成りきったようにして、ロアとエルドの二人を観察している者たちが、道中にはポツポツと存在した。それをロアとペロはしっかりと見極めていた。


『これで罠である可能性が一層高まったわけですが、まだ逃げないんですか? このままだと行く先で、ほぼ間違いなく殺し合いになりますよ』


 その予感はロアもヒシヒシと感じていた。おそらくオルディンは自分を誘き出して殺そうとしている。そして自分の持つ強さを剥ぎ取ろうとしている。実際にはそれが可能なのかは不明であるが、ペロについて知らない相手がそう考えていても不思議ではない。

 ロアは先日の対談について思い返す。直接会って感じたオルディンという男の印象。気さくで話が上手く、仲間を思いやれて指導者としても優れている。それが彼の本性であるとは、ロアも全く思っていない。しかしそれでも、その全てが嘘だとも考えてはいない。そこには確かに、彼という個人の性質が反映されている筈だった。言葉はともかく、態度までもが嘘であるとは思えなかった。

 だからロアは選択する。もう一つの可能性に賭けようと。相手がそれを選ばないという可能性を試そうと。なぜなら自分は既に、選んでいるのだから。


『……ああ。でも、もしかしたらそうならない可能性もまだあるから』

『あなたの判断で、それを避けられるとしてもですか?』


 可能性が外れていたら、待ち受けるのは互いに命を懸けた殺し合いだ。自分が殺される覚悟も、相手を殺す覚悟も必要となってくる。そんな僅かな可能性に期待して、無意味なリスクをとる必要があるのか。ペロはそう尋ねた。だがロアの意思は変わらなかった。


『例えそうなったとしても……それを選ぶのは俺じゃない。あいつらだ』


 殺し合いになったとしても、それは相手が選んだからであり、自分が選択した結果ではない。疑って、可能性を切り捨てるのは簡単だ。だが自らそうすることはしたくない。これがただの見知らぬ他人ならともかく、仮にも顔を突き合わせ、会話をし、飲み物を飲み交わした相手であるのだ。その義理と人情の分だけは、相手を信じてみようと思っていた。


『そうですか。ならせめて、心構えはしておきましょうか』


 この先でどうなるとしても、足を翻す気のないロア。その判断を淡々と受け入れ、備えるだけのペロ。覚悟と準備を済ませた二人は、エルドの後ろを動じることなく続いていった。




 やがて二人は老朽化した建物の前にたどり着いた。


「ここが目的地か?」


 簡素なロアの疑問にエルドが短く「そうだ」と答える。そしてそれだけ言うと、先に建物の中へと入っていく。ロアはその後ろを不用意に追わなかった。というより、今の状況にはっきりと困惑していた。それはペロも同様だった。


『待ち伏せと思いましたが、これは一体どういうことでしょうか。建物内に人の気配がありません。ここを見張っている人物は四人いますが、それにしても少なすぎます。相手の意図が読めませんね』


 目の前のビルは両脇の建物が崩れていた。そのせいで四方がある程度開いた形になっており、周囲からは丸見えの状態だ。そのため待ち伏せには格好の場所と言えるのだが、予想に反して辺りに隠れた者はそれほど多くなかった。ペロの言った通り四人だけだ。この四人だけでロアを相手取るには十分だという可能性もある。しかし十人近い仲間と一緒に部屋で待ち構えていたオルディンの気質からすると、らしくないものだと感じられた。この四人はただの見張り役としか思えなかった。

 困惑から立ち往生しているロアに、先に中へ入ったエルドが苛立ち交じりに告げてくる。


「おい、何やってんだ。さっさと入って来い」


 呼びかけられたロアは、いつまでもこの場で立ち止まっていては仕方ないと考え、今一度覚悟を改め建物の中へ入っていく。外観から判明していた通り、中も老朽化によりボロボロで殺風景だ。物や装飾の類は一切見当たらず、辺りに砂利か埃か判らないものが堆積している。まさしく廃墟の名に相応しい有様だ。

 ロアは何もないそこを警戒心は解かず注意深く視線を凝らして進む。程なくして一つの部屋にたどり着いた。


「ここだ」

「……ここって言われても、誰もいないんだが?」


 案内された部屋には、ボロボロの机が一つ置かれただけだった。誰の姿もなかった。


「そこにあるだろ。その端末から連絡がかかってくるらしい」


 エルドに言われ、ボロボロな机の上にポツンと置かれた、この場に似つかわしくない情報端末が目に入る。それを目にしたロアは、呆れたように息を吐いた。


「なあ……これで連絡寄越すなら、ここに来る必要なかっただろ。なんでここに来たんだよ?」

「……知るか」


 ロアの至極真っ当な疑問は、同様にエルドも抱いたものだった。だがエルドとしては、自分に与えられた役割をしっかりとこなすこと。それだけが重要だった。だから疑問に思っても、行動を変えようとはしなかった。

 本当に理由を知らなそうなエルドを見て、ロアも仕方なく彼から視線を外した。頭の中でペロへと愚痴を吐いた。


『これは本当になんなんだ? 実は俺たちの予想は全部外れてて、オルディンの奴に揶揄われているだけなのか? あいつ何考えてんだよ』

『どうなんでしょうかね。そんなことはないと思いますけど』


 何が目的か判断つかなくなったロアと、オルディンの行動には何かしらの意図があると疑うペロ。もはや帰ろうか考え始めたロアの耳に、机の上の端末に連絡が入る音が聞こえてきた。

 ロアはそれに視線を送るが動こうとはしなかった。代わりにエルドが通話のために画面を操作した。


『お? 繋がったか?』


 端末から聞こえてきたのは、確かにロアが知る男の声だった。


「『繋がったか?』じゃねえだろ。こんな場所まで人を呼び出しておいて自分は来ないって、一体どういうつもりだよ。言い訳次第じゃすぐに帰るからな」

『悪い悪い。こっちにもそれだけの理由があってな。謝るから許してくれよ』


 苛立つロアに、いつかと同じように軽い調子でオルディンは謝罪を述べる。それに少し毒気を抜かれたロアは舌打ち一つで済ませると、さっさと今回の要件について尋ねる。


「……まあいい。それで話ってなんだ。レイアとカラナのことで何かあるって聞いたが?」

『レイアとカラナ? ああそれか。すまん。それは嘘だ。普通に呼び出しても来ないと思ったからな。二人の名前を利用させてもらったんだ。だから話の内容は全然違う』


 そうだとは思っていたが、こうもハッキリ嘘だと言われて、ロアは会話する気力が削がれる気分だった。疑っていたことを馬鹿らしくすら感じていた。


「……次変なこと言ったら、もうそこで帰るからな」


 ただしそれとこれとは話が別だ。嘘の要件で自分を呼び出したオルディンに、ロアはこれ以上の悪ふざけは許さないと最後通告を告げた。


『だから悪いって。でもそれは問題ない。今から話すのはちゃんとした真面目な話だ』

「そうか。ならさっさとそれを話してくれ」


 前置きの長い男の言葉に、ロアも雑な態度で応じる。エルドがそれを見て嫌悪を露わにするが、ロアはその反応を無視した。


『あー、話す前に一応聞くが、今ってお前一人か?』

「いや、俺を案内したエルドが一緒にいる。こいつに聞かせてもいい話なのか?」


 ロアの疑問に、珍しくオルディンが迷いを見せるように唸った。


『うーん……まあいいか。その前にちょっとエルドと代わってくれるか? そいつと少し話したい』

「勝手に話せばいいだろ。お前との会話、そいつも一緒に聞いてるぞ」

『そうか』


 通話の向こう側で、相手が居住まいを正した気配をロアは感じ取った。


『エルド。お前に今回の件を任せたのは、お前がロアと知り合いだったからだ。それは解るか?』

「は、はい」

『お前とロアが決して仲睦まじい関係じゃないのは俺も知っている。他でもないお前の口からそう聞いたからだ。それなのにお前は俺の指示に従って、無事に目的を果たしてくれた』


 リーダーが仲間を褒める。そのありきたりの光景も、今この場では不自然に感じられた。


『初めはダーロに任せようと考えてたんだ。でもあいつじゃおそらく無理だと思った。あいつはお前ほど思慮が深くないからな。悪知恵はあるがそれじゃあ意味がない。だからお前が適任だった』

「え、えっと、オルディンさん……?」

『お前のこれまでの働きにリーダーとして感謝を述べる。ご苦労だった』


 労いではなく、まるで別れを告げるかのような言葉。その意味をなんとなく察して、エルドは絶句した。対照的に理解できなかったロアが、今のオルディンの発言について考えていると、唐突に爆発するような衝撃音と、足元を揺らす強い震動を感じ取った。

 一体何事かと、倒れないよう足を踏ん張るロアに、ペロから気の抜けた声が聞こえてくる。


『あー、そういうことですか。やられましたね』


 言葉の直後、ロアの視界には、自分のいる部屋が潰れていく光景が入り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ