旅立ちの準備
「あれ? なんか文字変わってる?」
オルディンとの対談から二日後。買取所で昨日分の成果の売却を済ませたロアが、その報酬を受け取りながら一緒に提出していた登録証を確認すると、そこに表記された文字が今までと違うものになっていることに気づいた。
「これまでの買取の内容から、一定以上の実績と実力があると判断されたためランクアップしました。あなたは今日からEランク探索者です」
そう受付から告げられたが、「詳細はご自身でお調べください」と説明の丸投げを行われたので、ロアは仕方なく買取所を後にした。
『Eランクか。これって凄いのかな。よく分からん』
『字面だけだと、完全に雑魚探索者Aって感じですね。兄貴分はきっとDランクでしょう』
ペロに雑魚探索者と言われても気にせず、取り敢えず知り合いにでも自慢しようと、軽い足取りでガルディの店を目指した。
「おいロア。お前、近いうちにここを出て行け」
「はあ……? 何言ってんだよ爺さん。俺はここに住んでなんかないぞ。ついにボケたか? 」
ガルディの雑貨屋まで足を運び、相変わらず見窄らしい店だなと上から目線で批評しつつ店内に入ったロアは、先程更新されたばかりの登録証をそこの店主へと見せつけた。ロアがそこに書かれているランクを自慢げにアピールすれば、ガルディからはいきなり意味のわからないことを言われた。
「ボケてなんかねえよ、アホンダラ。ここってのは俺の店じゃなくて、ネイガルシティからって意味だ」
「それはそれで意味わからんが。爺さんこの都市の所有者じゃないだろ」
「だからそういう意味じゃねえよバカロアが。拠点を変えて別の都市に移住しろって言ってんだよ」
ようやく言いたい事を理解したロアは、それはそれで大きく困惑する。
「いや、なんでだよ。俺この都市に住んでるけど、別に悪いことなんかしてないぞ。たぶん。どうしてそんなこと言うんだよ」
「そんなもん、お前が短期間に強くなり過ぎたからに決まってんだろうが。阿呆め」
ガルディは呆れと若干の怒りを込めた視線をロアへと向ける。告げられた内容に当惑するロアへ、ガルディは自身の見解を述べる。
「ずっとGランクの見習いだったお前が、短期間でそれだけの強さを身に付ける。間違いなく相当強力な遺物を手に入れた筈だ。それも魔力が無い最低ランクの雑魚を、それなりの探索者に押し上げるような代物だ。そんな性能のもんは限られてる。少なくとも、この都市近辺じゃもう手に入らないような高価な遺物に違いねえ」
「……」
それを聞いてロアは口を閉ざした。自覚はあったが、そこまで的確に指摘されるとは思っていなかった。
黙りこくったロアへ言い聞かせるように、ガルディは続きを語る。
「以前のお前を僅かでも知る奴らなら、お前の急速な成長に違和感を持って、俺と同じ考えにたどり着くなんざ時間の問題だろうよ。もう既に現れてるかもな。探索者も含めて壁外の人間なんてのはな、都市や協会に目ぇ付けられたくねえから大人しくしてるだけで、内側に隠した本性なんざモンスターなんかと大差ねえ。ガキが高価な遺物を持ってるなんて知ったら、奪いに来るに決まってる。碌な後ろ盾のねえ個人なんか尚更だ。だからお前はさっさとこの都市を出て行って、次の場所に行け。新天地なら、ここで燻ってる連中よりも強いのなんてゴロゴロいる。お前の強さなんざ大して目立たねえ筈だ」
ガルディからの忠告を聞き、ロアは二日前に会ったオルディンのことを思い出した。指摘通り、実際にそういった人物はもう現れている。そして一人が気付けば、二人目以降はすぐに現れるに違いない。
全員が良識ある人間ならいい。保護者のいない子供がお宝を持っていても、盗みは悪い事だから、人の物を奪うのはいけない事だからと、見過ごしてくれるなら最高だろう。だがそうはならない。どこにでも欲深く、性根の腐った人間は存在する。そしてそういった者たちは例外なく、相手の事情など一切考慮に入れない。自分にとっての損益がどちらに傾くか、それだけを気にして生きている。そのような者たちが、子供が高価な遺物を持っていると知れば、いや思い込めば、躊躇も遠慮もまるでなく、間違いなくそれを奪いに来る。殺してでもそうするだろう。オルディンだってそうかもしれない。あの場では気のいい人物を装っていたが、それ以外の情報から判断すれば、そちら側の人間である可能性は非常に高い。今も、自分から何かを奪う算段を立てているかもしれない。
これらは全て可能性に過ぎないが、現実的にあり得る部類の話だ。そのことをロアは経験から知っていた。
「……爺さんの心配はわかった。俺は近いうちにここを出てくよ」
それは元々選択肢の一つとしてあったものだ。
ロアにとってネイガルシティは自分が育った地だ。今ある価値観も、人生観も、思い出も、全てはこの都市で築かれたものだ。しかし、どちらかと言えば良くない思い出の方が多かった。虐げられた記憶が強く残っている場所だった。
愛着が無いわけではない。帰属意識が無いわけでもない。ただ一人で生きていける力を得た今、ずっとこの都市に居続けたいとは思えなかった。だからここを出て別の都市に行く選択は、可能性としては充分に考慮していた。
「そうか。出て行くなら早いうちにしとけよ。いつまでもいると、決心が鈍って機を逃すからな」
「分かった。準備が整ってやることやったらすぐに出てくよ」
ここで話すことはもうないとロアは踵を返した。
「後一回くらいはここに来るけど、それで爺さんとは最後だな」
「お前の顔もあと何回かしか見れないってなると、惜しく感じるもんだな。不思議なもんだぜ」
「お互い様だな」
そう苦笑して、ロアはガルディの元を後にした。
ガルディの雑貨屋を後にしたロアは、その足で探索者向けの情報端末を売っている専門店までやって来た。本来の予定ではまた遺跡へ行こうと考えていたが、都市を出ると決めた時点で、早いうちに一通り必要な物は揃えておく必要がある。情報端末はその筆頭候補だった。
どこで買おうか迷っていたロアへ、ペロは以前探索者協会の受付に聞いた店の中に情報端末の専門店があると教えた。ロアはそこで買おうと決めて、ペロの案内に従ってその店に向かった。
『うわー……なんだこりゃ。なんかいっぱいあるぞ。これ全部情報端末なのか』
店に入った途端、視界を埋め尽くす大量の情報端末が並べられた光景にロアは圧倒される。既にこの手の店は通い慣れているつもりだったのに、ここはまた違って見えた。ロアには情報端末は高価な物という認識がある。銃やブレード以上の高級品だと思っている。その認識がある分だけ、高価な情報端末がこれほど一様に置かれている様は圧巻だった。防犯目的なのか、置くスペースが無いのか、表に出し難いほど貴重な品なのか。一部の商品はイメージだけだったとしても感想は変わらない。まさしく宝の山に見えた。
『どれ買えばいいんだろ。これだけあると全然分からん』
『迷った時は高い物を買いましょう。高価な物は多機能搭載の高機能品であることが多いですからね』
『あんまり高いのは買えないけどな』
ロディンたちから受け取った100万ローグはまだ丸々残っている。だから今の手持ち資金は地道に稼いだ分と合わせて150万ローグ程になる。もし彼らからの報酬が無ければ、ロアは情報端末を買おうとは思わなかった。人助けはしてみるものだなと、色々な巡り合わせに感謝しながら店内を物色した。
そして店員に捕まった。
「情報端末を求めるのは初めてですか? いえいえ全く問題ありません」
「当店のオススメはコレですね。こちらの機種はダイナラス社の新モデルdinosaur6です。モンスターの攻撃を受けても耐えられる高い耐衝撃性能がありまして、お値段も新人探索者の懐に優しい──」
「これはサイバーカスケードの新機種でして口コミでの人気の広がりが──」
「でしたらこちらはどうでしょう? 直接体内に埋め込む簡易インプラント型の──」
「これがあれば不測のバッテリー切れはもう──」
「境域のどこでも立体映像配信が見放題──」
「探索者向けの割引プランも──」
『めちゃくちゃ疲れた……』
無事情報端末の購入を終えたロアは、店から出るとげんなりといった様子で呟いた。
『いやー、大したセールストークでしたね。まさに怒涛の攻勢です。強敵でした』
『敵じゃないだろ……いや、懐の敵か……』
腰元に固定装着された情報端末を見て、ロアは軽く嘆息した。
結局ロアが買わされることになった端末は、120万ローグもする探索者用の情報端末だった。一般向けに売られているものより探索者向けの端末というのはずっと高い。理由はいくつかある。
探索者にとって情報端末は最後の生命線となる。不足の事態や予期しない敵から襲撃を受けた際、他の探索者や協会などに救援要請を行うのに必要とされるからだ。端末の内部には遺跡のような不感地帯でも、他地域への情報送信を可能とする増幅器が備えられている。また過酷な環境や戦闘での損壊を防ぐため、材質にも非常に優れている。そういった基本的な性能以外に、思考操作を受け付ける網膜投影型や体内に直接埋め込むインプラント型など、使用に際した物理的制約を排除した製品が多く存在する。探索者用情報端末には、探索者としての活動を効率的に快適にするための機能が詰め込まれている。
ただしそれを買わされたロアとしては、それだけの理由があるとしても、文句の一つくらいは言いたい気分だった。
『確かに高い物は良いものだって言われたけどさ。これはいくらなんでも高すぎだろ。何だよこれ。俺の装備よりずっと高いじゃん。魔力砲は除くけど』
『まあ良いではないですか。きっとその分あなたの役に立ってくれますよ。期待しましょう』
ロアが買った端末には、小型の吸畜器と電力への変換術式が組み込まれている。この二つがロアの買った端末を高くしていた要因だった。
吸畜器は魔力を吸収して内部に留め、必要に応じて放出する機能が備わっている。だから容量が小さいものでも非常に高く、同じ容量でも小型のものだとさらに価値は上がる。変換術式は魔力を電気エネルギーに変換させる役割がある。変換された電力を情報端末を動かすエネルギーとしている。
太陽光を利用する充電器や携帯型充電器が別に付いてくる機種もあったが、色々買っても管理が面倒である上に、戦闘で破壊されるリスクも一緒に付いてくるだけなので、それらの機能が一括搭載された機種を購入した。そのため端末としての性能は普通に低かった。
『どうせならハイエンドモデルが欲しかったですけどね。残念です』
『あれめっちゃ高いよな……1000万とか馬鹿だと思った……』
ロアが買ったものと同モデルで一番高価だった端末は、購入価格が1000万ローグを越えていた。周辺機器も一緒についてるとはいえ、誰がこんなの買うのかと若干遠い目をしながら呆れた気持ちになった。
『どうせならもっと良いブレードに買い換えようと思ってたのに。これじゃあ無理じゃん』
10万ローグで買ったロアのブレードは度重なる魔力強化やモンスターとの戦闘で相当負担が溜まっていた。もういつ壊れてもおかしくはない状態だった。だからブレードの買い替えも検討していたのだが、情報端末の購入で手持ちのほとんどを失ってしまった。同型のブレードなら問題なく買えるが、それ以上の性能を求めるなら心許ない額になった。
『……仕方ないけど、そうするしかないか』
残ってる資金では新しいブレードを買っても大した性能向上にはならない。今のブレードの性能に不満があるわけでもない。諦めて同じ物を買うことにした。
『折角なので二本差しにして二刀流とかやりましょう』
ペロが冗談で言った提案に、素直に強そうだなと思うロアだった。
結局同じブレードを新しく一本だけ買ってロアは宿に帰って来た。予備があるのも悪くはないと思ったが、それは古い方が壊れてからでもいいかとやめておいた。
風呂に入って体を身綺麗にしたロアがベッドの上で横になる。部屋の天井を見上げながら、この都市でするべき残りのことについて考える。
『これでやることは後一つか、二つかな? 一つ目は、できれば最後に遺跡に挑戦したい。俺がどれくらい強くなったのか、それを知りたい。だから自分の実力を確認する意味でも、なるべく奥を目指してみようと思う』
『いいのではないですか。見納め遺跡チャレンジです。それでもう一つはなんですか?』
『……レイアの奴と、最後にちゃんと話そうと思う』
ペロからの疑問に、少し溜めてからロアは答えた。
『話してどうするんです?』
『あいつが、そのままでいいって言うなら、別れを言って終わりだ。でも……嫌だって言ったら、あいつも一緒に連れて行く。別の都市なら、違う生き方も見つかるかもしれないから。あ、ついでにカラナにも同じこと聞く』
自分と彼女たちの道が分かたれた時から、ロアはそれぞれ別の道を行くことを決めていた。もうその道が交わらなくても構わないとすら思っていた。しかしロアは、その友情を、絆を、決して忘れたわけではなかった。彼女たちのために、自分ができる範囲のことをする。その意思は充分にあった。だから彼女たちが再び自分の道との合流を選択するなら、それを支えるだけの思いはあった。一緒に歩いて行く、その覚悟があった。そういう心づもりだった。
『そうしたいならすればいいですけど、そうはならないと思いますけどね』
『それならそれで良いさ。例えどっちでも、それはあいつの選択だからな』
ただしそれは、相手に選択を強いるものではない。あくまで相手に選択を委ねて決断させる。それから自分がどうするか。そういう話である。だからロアとしては、レイア達が一緒に行くことを選んでも、選ばなくても、相手が自分の意思で決めたなら、どちらでも構わなかった。
そうこう話しているうちに、ロアはだんだんと眠気を感じて、自分の瞼をゆっくりと落とすのだった。
グループの拠点内にある一室。その自室とも言うべき部屋の中で、オルディンは己の情報端末を弄っていた。その最中、彼の耳に部屋の扉がノックされる音が届いた。オルディンは端末を弄る手を止め、それを目の前の机上に置くと、「入れ」と入室の許可を出した。
部屋に入った人物は、開口一番にあることを告げた。
「拡錬石による強化の結果が出た。内容は完全な失敗。100万分の拡錬石をつぎ込んでも、元の性能の1.6倍程度にしかならなかった。予想値にはまるで足りない結果だ」
「……そうか」
その報告を耳に入れ、オルディンは思案のために瞑目した。
(やはりそうだったか。これで確定した。奴の強さの秘密は装備にはない。考えられるのは……魔力、ということか)
オルディンは知っていた。中級以上の探索者の中には自身の魔力を使い、己の肉体や装備を一時的に強化できる者たちがいると。その力こそが彼らを一流と呼べる実力者たらしめているのだと。
ロアの力が装備には無いと思われたときから、オルディンはロアの強さの秘密がそこにあるのだと疑っていた。しかし、それには全く確信が持てなかった。なぜならロアは魔力無しの人間であり、実力はもともと最底辺に位置した。そのロアが魔力を得たとして、一流の実力者のみが可能とする力まで獲得しているとは、とても信じられなかった。
故にオルディンは決断した。考えられる可能性から消していくと。消去法的に選択を潰して、あり得ない筈の予想を確定させようと考えた。
(魔力を持たないあいつが魔力を持ち、一流のみが使えるという力を振るう。そういうことなんだろな……)
そしてその結果は出た。出てしまった。
オルディンのグループは確かに急速に成長していた。このままのペースで拡大すれば、数年以内にネイガルシティ有数の組織になる。ロアに語った通り、客観的に見てもその可能性は高いと思われた。しかし彼自身は、おそらくそれは無理であろうと考えていた。オルディンは自分のグループに行き詰まりを感じていた。
その最たる理由が、実力者の不在である。オルディンのグループには、いわゆる中級探索者と呼ばれる、DDランク以上の探索者は所属していなかった。いるのはDランクまでの下級探索者だ。ネイガルシティで活動するならそれでも十分な実力であるが、現在ネイガルシティにある大規模グループは、どこもその中級探索者を複数保有している。Dランク程度の実力者しか持たない自分のグループでは、ここが限界であると考えていた。
そんなときに現れたのがロアだった。どこにでもいるただの子供。魔力がなく、ずっと最低ランクの見習いだった欠落者。たまに一部のメンバーから上がるその名前を、オルディンは聞く度に頭の中から消していた。その無能者がいつのまにか、彼を知らないメンバーまでもが驚愕するほどの実力を身に付けていた。高い身体能力を有し、遺物である魔導装備を手に入れ、高価な治療薬まで持っている。その話を聞き、ロアがまだどこの組織にも属していないと知ったオルディンは、ある事を考えついた。
オルディンがロアをグループへ誘う言葉に偽りはなかった。ロアの性格がどうであろうと、力の秘密が何にあろうと、まずはこちらに引き込んでから。そう考えていた。部屋の外での対応次第では半ば強引に目的を果たそうともしたが、それが失敗に終わると即座に懐柔策へと切り替えた。レイアやカラナとの関係を事前に調べていた彼は、その餌をロアの前にぶら下げた。相手の本音がどこにあろうと、これで釣れる公算は高いと思っていた。
オルディンは必ずしもロアの力を奪おうとは考えていなかった。ロアが自分のグループでその力を振るってくれるなら、それが一番収まりが良いとすら思っていた。相手が自分に従わず、扱いが難しいとされたとき、初めて暴いた力を奪えばいい。過激な手段は最低限に、平和的な路線を行くつもりだった。
だが、相手はこの選択を蹴った。用意された餌に食いつくことはしなかった。この時点で、オルディンの取るべき行動は一つに定まった。
ゆっくりと瞼を開いたオルディンは、目の前の仲間に向け、躊躇うことなくその決断を告げた。
「──抗争の準備を進めろ。それが整い次第、ロアの奴を襲撃する。奴の強さの秘密を暴いて、装備とともに全てを奪うぞ」




