確執
「ふーん……それでお前が来たのか。よく場所がわかったな」
「そんなものは当たりをつけて調べればすぐ判る。馬鹿にしてるのか?」
後味の悪さが残る救援活動から数日が経った。そろそろまた休みを挟むか考えていたロアの所へ、朝早くから来客の知らせが届いた。路地裏で生活していた以前は、たまにレイアやカラナが顔を見せていたが、宿に泊まってからは自分の居場所を人が訪ねてくるのは初めてだった。だからロアはどう対応したものか困った。そもそも知り合いの少ない自分に、誰が何の用で訪ねてきたのか不思議に思った。
それでも取り敢えず会ってみることに決めた。自分の部屋へその来客を招いた。そして部屋の扉の先で待つ相手の姿を確認すると、軽く驚くと同時に納得もした。来客の正体はカラナだった。
カラナの訪問を受けたロアは不思議から一転、困惑を抱いた。普段からレイアの護衛を豪語しているのに、現在の彼女は一人だった。武器らしき物も所持していないようだった。なぜ彼女が一人で自分の元を訪れたのか。その理由が色々と気になるロアだったが、あまり部屋の外で待たせるのも悪いので、とりあえず彼女を室内へ招くことにした。
部屋に案内されたカラナは、遠慮なくズケズケとそこへ踏み込むと、無遠慮に内装を見回し「飾り気のない部屋だな」などと厳しい批評を口にした。別にロアとしても借りてるだけの部屋であるし、どう言われようと全く構わないのだが、用件も言わずそんなことを言うカラナには不満を覚えた。それを察したのか、あるいはそれとは全く無関係にそうする気になったのか、カラナはわざわざロアの元へ足を運んだ理由を語り始めた。
カラナがロアの元を訪れたのは代理人の役目を引き受けたからだった。ロアが先日助けた五人組の探索者チーム。彼らは結局救援報酬を払うことに決めたらしい。もっと正確に言うならば四人からであるが、ロアはそれを聞いて素直に意外な気持ちとなった。ロディンという人物から何らかの返礼があるのは期待せず待っていたが、他の人物までそうするとは思ってなかった。
ロディン達にはロアとの交渉で、相手に不快感を与えたという自覚があった。自分たちが直接謝礼を渡しに行くのはきまりが悪いと判断した。そのためロアの知り合いという人間に、自分たちに代わり報酬を渡してもらおうと考えた。その代理人に選ばれたのがカラナだった。
「素直に感心したんだよ。それで、その報酬ってなんだ?」
カラナは「ふん」と不機嫌に鼻を鳴らして、懐から出した物を机の上に投げ出すように置いた。軽い音を立てて置かれたのは一つの紙包みだった。ロアは首を傾げながらそれを手に取った。
「なんだこれ? 中に何が……」
紙包みを開けて中に入っているものを覗いたロアが、中身を確認して絶句した。生じた驚愕のせいで数秒ほど声が出なかった。なんとか気を取り直し、口から疑問を絞り出した。
「……なんだよこれ?」
「見てわからんのか? どう見ても金だろう。それとも別の物が入っていたか?」
「そういうことじゃねえよ……」
内心の衝撃が伝わっていないことにロアは不満を覚える。
その反応を見たカラナが小さな声で呟きを発する。
「……どうやらその額を見慣れている、というわけではなさそうだな」
聞き取れた言葉の意味を理解しロアは首を傾げる。こんな大金を自分が見慣れているなどあるわけがない。そんなことは他ならぬカラナならよく知っている筈なのにと。
しかしそれほど気にする内容でもないので、深く思考することなく聞き流す。それより目の前にある事実の方が重要であった。
「俺が言いたいのは、この金が何なのかってことだよ。救援の報酬って話だったのに、どう考えても多すぎだろこれ」
渡された紙包み。その中には紙幣が束となって入っていた。一万ローグ紙幣くらい既にロアとて見慣れているが、それが大量に纏められたとなると話は別だ。流石にこれだけの金額を生で見るのは初めての経験だった。
「そこには救援に加えて治療薬の分も入ってるようだ。だからその額なんだろう」
ロアの疑問にカラナは伝えられていた説明を答えた。
それを聞きロアも腑に落ちた。確かにあの高い再生剤の使用分も含まれているのならこの額は妥当だろう。そう納得した。
「そうか。ところでこれっていくらあるんだ?」
「100万だそうだ。四人で持ち寄って捻出したそうだ。半分以上はリーダーであるロディンの持ち出しらしいがな」
「そうなのか」
実際の額を教えられようと、ロアにはもうそれほどの驚きはなかった。紙幣の厚みからそれくらいはあるだろうと予想していた。それより負傷した人物がリーダーであると聞き、そのことは初耳だと少しだけ意外に思った。
「それじゃあ、これは遠慮なく受け取っておくよ。あいつらにも、あー、なんかそれっぽいこと言っといてくれ。それとカラナもわざわざありがとう。手間賃とかいるか?」
「いらん」
この件に直接関係は無いのにここまで報酬を届けに来てくれた彼女へ、ロアは礼をしようとする。しかし、その申し出はにべもなく断れてしまう。無理に受け取らせることはないかと考えるロアへ、カラナは「その代わりに」と言う。
「お前に聞きたいことがある。いくつか質問させろ」
質問する立場なのに居丈高な態度で命令口調のカラナに、ロアは相変わらずだなと仕方なく了承する。
「……まあいいけど。それで何を聞きたいんだ? 言っとくけど、俺が答えられる質問だけな」
「ああ。お前が答えられる質問だ。ロディンに使った治療薬。あれをお前はどうやって手に入れた?」
問われた内容にロアは閉口する。いきなり答えにくい質問がきたと思った。
どう答えるかべきかロアが迷っていると、構わずカラナは言葉を続けた。
「ロディンもあいつの仲間も言っていた。お前が使ったのはかなり高い効果の治療薬だったとな。買えば最低でも100万はくだらないという代物だ。そのせいか、あいつらはお前がかなり上位の探索者だと勘違いしていた。私もしつこくお前について聞かれたよ。そんな筈はないのにな」
「……」
「お前が使っていた武器もそうだ。お前は魔導装備を持っているそうだな。そしてそれを使いもした。魔力がない筈のお前がだ。先日お前が言っていた言葉、あれは事実だったというわけだ。……なあ、いったいどんなカラクリがある? 魔力、治療薬、魔導装備。どれか一つなら偶然か何かだと私も思った。お前に何か幸運が訪れたのだろうと。だが、これら全てが重なるとなると話は違ってくる。根本になにかがあるのを感じずにはいられない」
核心を突いた鋭い洞察が視線とともに突き刺さる。ロアは内心の動揺が漏れないよう必死に普段の態度を意識した。
こういう事態があるのを予期していなかったわけではない。以前の自分を知る者ならば、自分の急激な変化に気づいても不思議はない。そしてその変化に真っ先に気づくのは、親しい位置にいたレイアやカラナであろうと思っていた。だからその時が来ても一応の心構えは済ませていた。しかしいざその時がくると、予想以上に心の乱れは激しかった。
ロアの緊張を知ってか知らずか、カラナは自らの見解を述べる。
「一月以上前にあった時、私が見た限りお前はまだ普通だった。いや、普通だと思っていた。だが改めて思い返せば、その時すでにお前は変わっていたように思える。モンスターを倒して自信をつけただけかと思ったが、それにしても前向きに過ぎた。それはあの時以来のお前だと思った。魔力に目覚めた。それは嘘ではない。状況証拠的にもそれは明らかだ。だが、それならどうやって目覚めた? 魔力のないお前が突然そうなるなど信じられん。お前に一体なにがあった?」
言葉と同時にカラナは鋭い視線でロアの顔を見据える。ロアは早鐘を打つ心臓を押さえつけながら正面からその視線を受け止める。目を逸らせば、それは何かを認めることになるかもしれない。
そのままの姿勢で二人は数十秒の間睨み合う。どう答えるか、あるいは答えないべきか。ロアが胸中でそんな逡巡を巡らしていると、カラナが一度視線を切って言葉を変えた。
「……質問を変えよう。お前はなぜ未だに探索者など続けている?」
「は? え? それってどういう」
「──仲間を裏切り、友を見限り、ただ一人で逃げ去った。そんなお前が、どうして今でもまだそれを続けていると、そう聞いたんだ」
強い感情を込められたカラナの視線が、再びロアの顔を捉える。
向けられた視線と質問が示す内容を理解して、ロアは今度こそ気まずさから顔を背けた。
「…………お前には関係ないだろ」
迷いながらなんとか拒絶の言葉を吐き出した。
その答えをカラナは嘲笑う。
「ふっ、関係ないときたか。確かにそうだ。お前と私はもとより他人だ。それはレイアやあいつらにしても同じだろう。だからそんな奴らと過ごした時間の長さなどは関係ない。育んだ関係も、積み重ねた信頼なんかも存在しない。仲間を置いて逃げた貴様は、そう言うのだろう?」
ロアは逸らした顔で横目にカラナの顔を見やった。その表情は笑ってこそいたが、そこには確かな怒りと、失望が混在していた。それの意味するところを悟り、ロアはいっそう顔を歪めた。
罪悪感から目を合わせられないロアに、床に目線を落としたカラナが小さな声で何事かを呟いた。
「……なぜ今なんだ。どうして今更になって」
小さく震える呟きを耳にして、何を言ったのか気になりロアは気まずさも忘れてそちらへ振り返る。
ロアの振り向きと重なるように、カラナは勢いよく顔を持ち上げた。その目元には僅かの滴を湛えていた。
「関係ないと言うなら……だったらなんで、今もあいつと関わる。拒絶すればいいだろ。お前は他人だ。だから俺と関わるなって。そう言えばいいだろ。──なのに、どうしてお前はあいつの前に現れる……! そんな力を見せつけるんだ! レイアを置き去りにしたお前が!!」
段々と熱がこもっていくかのような叫びの声が、室内に反響する。剥き出しの感情をぶつけられたロアは、呆然として何も言えなかった。どう反応していいかも分からなかった。
何かを口に出すより先に、カラナはさらに内心の思いを吐き出すように語る。
「レイアは、あいつはずっと私たちのために気を張って、苦しんで、それでもいつも私たちの前で笑って、心配かけないように気遣って……。なのにお前は何だ! 私たちの前からは逃げ出して! あいつの側にもいてやらない! そんなお前がどうして今もあいつと関わる! 今になって夢を見させるような事をする!」
その激情に、嘆きの声に、ロアはひたすら飲み込まれた。
「──まだあいつを苦しめたいのか!」
その一言を吐き出し切って、カラナは小さく肩で息をした。息を乱した彼女に向かって何を言うべきか、言わないべきか。ロアは思考も言葉もまとまらなかった。
頭の中で考えを空回りさせ続けるロアへ、呼吸を落ち着かせたカラナが冷めた視線で告げる。
「オルディンがお前に会いたがっている。建前上はメンバーの命を救ってくれたからという話だったが、狙いはおそらくお前の力だ。ロディンたちを助ける際に随分と暴れたそうだな。それが奴の気を引いた。オルディンはお前と直接会って、それを見極めるつもりなんだろう」
唐突に告げられた内容を咀嚼して、ロアは空回りさせていた思考を止める。再び正常に動き出した頭で、反射的に弾き出された問いを述べた。
「……なんでそれを俺に教える?」
教えることで生じるグループとしての不利益と、自身に対するカラナからの印象。二つの意味で教えるべきでない情報だと思ったロアが、率直に尋ねた。
その問いに、カラナは憮然とした様子で答える。
「私にとってもロディンたちは仲間だ。仲間を助けてもらったのに、騙し討ちを仕掛けるような真似は性に合わん。それに今のは私の推測に過ぎない。話したとて何の問題もない。だから勘違いするなよ。お前への心配はこれっぽっちも含まれていない。されても不愉快なだけだ」
「……そうか。……ありがとう」
嫌う相手から感謝の言葉を聞かされ、カラナは露骨な舌打ちをする。そしてここに来た用はもう済んだと、不機嫌な足取りで部屋の入り口へ向かう。見送るつもりでロアが付いていくと、不快げに表情を歪ませ、ドアノブへ手をかけた。
「……忌々しいことだが、あいつを開放してやれるのは、良くも悪くも外側にいるお前だけだ。だから……っ……チッ!」
睨みつけながらそんな置き台詞を言い残し、カラナは叩きつけるようにドアを閉めて部屋から立ち去った。
ロアはそれを唖然と呆然が混ざった気持ちで見送った。
『──結局ロアって、あの二人とどういう関係なんですか?』
カラナがこの場から立ち去り、また静けさを取り戻した室内で、これまで黙っていたペロがふいに疑問を口にした。
『どうもこうも……昔一緒にいた仲ってだけだよ』
『それなのにあんなに嫌われるんですか? ですがレイアは違いましたよね。二人のロアに対する印象はどうしてこうも正反対なんですかね』
それはロアにも不思議だった。カラナに嫌われるだけの理由はある。他でもない自分が仕出かした事が原因だ。自覚がない筈はない。しかしレイアの方は分からない。彼女にも嫌われるだけの理由はある筈なのだ。それはカラナが自分を嫌うのと同じものだ。なのにレイアは変わらず友好的なままでいる。
二人の感情の違いはなんなのだろうか。先ほどカラナが叫んだ言葉の中に、その答えがあるような気がした。
頭のいい相棒なら何か思いつくかと考え、そうでなくても誰かに聞いてもらいたい気分だったので、ロアは二人との関係性について聞かせることにした。
『別に大した話でもないけど──』
ロアの生まれはネイガルシティではない。正確に言うならばどこが生まれかは不明である。明確にそうだという根拠は皆無だったので、ネイガルシティを生まれだとは言えない。それだけの話である。
ロアは物心つく頃には既に一人であり、両親の顔も名前も思い出せなかった。自分に名付けられた名前。それだけが自身の存在を規定するものだった。
境域に存在する各都市で、ロアのような子供は珍しくはない。都市の外を当たり前にモンスターが闊歩する世界だ。それを倒すために、そして成り上がるために、人々は探索者となり武器を片手に日々怪物退治に勤しんでいる。
そうなれば当然死ぬ者は現れる。探索者となる人間が多いほどその数は積み上がる。そんな人とモンスターの殺し殺されの関係により、探索者の子供として生まれた者たちは孤児となる。
親が死に孤児となった子供の中には、その遺産を継いで生活に不自由しない者もいる。ただしそれは極一部だけに限られる。多くはろくな遺産を残せず、また残しても十分とは言えない額を残して死んでいく。管理体制の不備による放置や、受け取り申請がされず相続人に遺産が渡らないという事もままある。そうして身内を喪った者や、生活苦などの理由から捨てられた者たちなどが、この境域には掃いて捨てるほど存在している。
身寄りの無い孤児たちであっても、生きるのに関して絶望的というわけではない。境域指定都市連合に属する全ての都市は、連合の方針として食料の無料配給を義務付けられている。配給所へ行けば今日を生きる糧くらいは無償で手に入る。管轄指定都市では飢えで死ぬことはまず有り得ない。たとえそれが市民権を持たない不法滞在者に等しい身の上であってもだ。
これは主に人道的見地からという理由がある。が、本命の理由は別にある。
境域指定都市連合の実質的な上位組織、境域の支配者である六大統轄は、常にどこも強力な探索者を求めている。遺跡に挑み、モンスターを打ち倒し、遺物を持ち帰る。それを高いレベルでこなせる探索者を生み出そうと、手に入れようと躍起になっている。強力な探索者の数と貴重な遺物の数が、組織としての力と地位を決定付ける。そのため将来的な投資の意味も含めて、探索者を増やすための政策に余念がない。食料の無料配給はその一環である。
そして壁の外ではある暗黙の了解が存在する。それは子供にはなるべく手を出さないというものだ。上記の理由から、都市もその支配者も強い探索者を求めている。だから将来的に探索者を志す可能性が高い子供に成長段階で死なれては困る。
もちろんそれはあらゆる行為を許容するものではない。盗みや傷害を働く者には、子供であっても当たり前に報復が認められている。
せいぜい死なない程度に強く成長してくれればいい。仮に死んでも淘汰の流れであると気にしない。誰にとってもその程度の認識でしかなく、同時にこの不文律こそが孤児の命を守っていた。
孤児には主に二つの生き方がある。孤児として暮らすか、グループの下働きとして所属するか、どちらかである。
孤児として暮らすは文字通りの意味だ。都市の食料配給で腹を満たし、暗黙の了解の一つとして寝床を得る。ただ生きていくだけなら、病気にでもならなければ問題のない生き方である。
グループの下働きというのは、既存の集団に所属して生きていくということだ。グループには所属する子供の数に応じて都市から支援が入る。支援の度合いは微々たるものだが、所属した子供が成長して探索者になれば、それはそのまま組織としての力となる。将来的な構成員の確保としても、グループ側には十分なメリットが見込める。実質無料で手に入る雑用係と考えても意味は大きい。
もっとも子供を酷使し多くを死なせれば、そのグループは強制的に排除される。ある日唐突に、グループの主要な構成員が皆殺しにされるという事件が起きるのも、境域では珍しくない出来事だ。
主要な二つの生き方のうち、ロアは前者の生き方を選んだ。孤児として都市からの恩恵を享受し、グループや同じ孤児の縄張りなどを意識しながら寝床を確保する。順風満帆とは行かずとも、大きな怪我や病気に見舞われることなく恙無く生きてきた。
そんな時にレイアとカラナの二人と出会った。同じ生き方を選んだもの同士、また集団に属さなかったもの同士、お互い気が合った。自然と共同生活を送るようになった。
子供ながら世間を知らない故と言うべきか、当時のロアは今よりずっとやんちゃであった。同年代の子供と喧嘩をする事や、大人たちから盗みを働くなど、勝ち気で度胸もあった。流石に盗みを働いた時は殴られ反省したが、前向きで屈託のない生き方により、ロアは自然と二人を引っ張る存在になっていた。
それからしばらく三人で行動を共にしていたロアたちであるが、途中からさらに仲間と呼べる人間が増えた。自分たちと似た境遇の孤児たちを集め、擬似的なグループを結成したのだ。グループとしては規模が小さく数も十に満たない程度で、所詮は子供遊びの延長線上でしかなかったが、彼らは確かにお互い仲間意識を持っていた。将来は探索者になり成り上がろうと、寝床とした狭い路地裏の一角で誓い合った。
そうして一つの独立した集団として生きていく過程で、ある事実が判明した。それはリーダーであるロアに、ほとんど魔力が無いというものだった。
世の中には魔力と呼ばれる力でしか動かせない、魔道具という物が存在した。魔道具は魔術の発動を可能とする道具であり、一流の探索者は魔力を用いて魔術や魔導装備を自在に操り、強力な力を有するモンスターたちと戦っていた。魔力とは探索者になるにあたり必須とも言える能力だった。
誰でも受けられる簡易的な検査でそれが判明したロアは、その事実に衝撃を受け落胆した。しかし持ち前の性格とある情報により、すぐに気を持ち直した。実際の探索者はそれほど魔力を使う機会は多くなく、使わなくても普通にモンスターを倒せると知ったのだ。魔力を使わない武器、銃や魔術符を使えば自分でも探索者としてやっていけると、その時のロアは信じて疑わなかった。
やがて歳が二桁を超えて、もう幼いだけの子供とは呼べない年齢に差し掛かった頃、ロアたちはある決断をした。正式に探索者となった。この歳になるまでにせっせと貯めた金で、最低限の装備を整えそのための資格を手に入れた。
実はこの頃既にリーダーとしてロアの求心力は落ちていた。金を稼ぐ手段の一つに、魔道具への魔力の注入作業というものがある。魔道具は魔力でしか動かせない。魔力は物理的に生み出すのは困難である。一部のモンスターの遺骸や、体内から取れる拡錬石からも魔力は取り出せるが、拡錬石は装備の強化にも使われる。魔道具を動かすための魔力は、境域では当たり前に売買されていた。
誰でも持つ魔力はそれほど高くは売れない。個人が持つ魔力もそれほど多くはない。だからそれだけで生きていくのはほとんど不可能だ。だが食料や飲み水を無料で手に入れられる孤児にとってはいい稼ぎとなる。実際それで金銭を得る子供は多かった。そしてそれはロアたちにとっても例外ではなく、それが集団の主な収入源となっていた。これにより探索者としての装備を揃えられた。
けれど魔力の無いロアだけはほとんど貢献できなかった。一応できる範囲で貢献はしたがそれだけであり、リーダーとしての力も立場も自然と失っていった。
それでも、モンスターを倒せば現状は変わると思った。そう思っていた。
装備を整え揚々と遺跡に乗り込んだ彼らを待っていたのは、人を殺す怪物、モンスターだった。彼らのうちの一人はあっという間に殺された。まともに武器を構える余裕も、覚悟を済ませる時間も、言葉が通じぬ怪物には与えてもらえなかった。
よく知った人物が目の前で死体に変わる。遺跡という場所を、モンスターという存在を、心のうちでどこか甘く考えていたロアは、冷酷無比の怪物と、仲間の死を間近で目撃し、生まれて初めて骨の髄から恐怖した。恐怖という感情から生存本能を刺激され、ほとんど反射的にその場から逃げ出した。仲間の叫びや悲鳴が背後に聞こえるのにも耳を塞いで、一心不乱に逃げ続けた。
ロアが無我夢中で走り、やがて疲労から足を止めると、そこはとっくに遺跡を抜け出した後だった。ロアは周囲に他の探索者がいるのを見てそれに気づいた。その後呆然とした気分で、一人都市へと帰還した。
『──それから俺は一人で探索者を続けて、レイアとカラナの二人はグループに入った。話はこれで終わりだ』
『後半は随分と省きましたね。まあいいですけど。それじゃあロアが裏切ったという仲間たちは、レイアとカラナ以外全員死んだって事ですか? 薄情な人間ですねあなたは』
自身の過去を語り終えたロアに、ペロから辛辣な感想が述べられる。相棒から悪しざまな言い方をされても、全くの事実であったのでロアは言い返せなかった。
自己嫌悪から気分を落としたロアが、自分の知っている内容を捕捉する形で伝える。
『……いや、死んだのはダナックだけだ。後のメンツは生きてるらしい。俺は会ってないけど、レイアがそう言ってた』
『へー、ということは案外全員逃げ出したのかもしれませんね。あなただけを悪く言ったみたいですみませんでした』
『…………あいつらはモンスターを倒して生還したらしい。だから逃げたわけじゃないと思う』
一瞬黙っていようかと思ったが、かつて仲間だった者たちの名誉のため、これ以上卑怯者になり下がりたくないという思いで、ロアは自分の知る真実を口にした。
『なら逃げたのはロアだけですか。カラナが怒るのも無理ないですね。人が怒るのには正当な理由があると知れて良かったです』
何が良いのか。少なくともロアにとっては良くないことだった。
『まっ……俺はこういう人間だってことだ。……幻滅したか?』
自分の恥ずべき過去について教えたロアは、ただ一人の相棒に向かって自虐を込めてそう問うた。
『今更幻滅なんてしませんよ。もともとロアってそういう人間じゃないですか』
『……』
予想の斜め下の言葉が返ってきたせいで、ロアは言葉に詰まった。
『そこは補いますから。相棒ってそういうものでしょう。だから魔力がなくても気にしませんし、しなくてもいいですよ』
『……俺が言いたいのはそういうことじゃないんだが』
理解していない相棒の反応にロアは思わず嘆息する。自分を気遣って惚けているのかとも思ったが、雰囲気からなんとなく本気だということは伝わってきた。仕方ないので、改めて言葉を変えて聞き直す。
『俺は仲間を置いて逃げる最低な人間で、お前はそんな俺に幻滅しないのかって、そう聞いたんだ』
『ロアが薄情で最低でも幻滅しませんよ。どうしてそう思うんですか?』
『なんでって……だって俺は、仲間を置いて逃げたんだぞ?』
『逃げるのは普通のことでは?』
『いや、そういうことじゃなくて』
『そういうことですよ』
言葉を遮りペロは言う。
『当時の状況は知りませんが、ろくな力も武器も知識も経験も足りない子供がモンスターと対峙して、そんなんで生き残れる筈がないでしょう。いえ、実際には生き残ったんでしたっけ。それはともかく、仲間が死んだのはその者の運が悪かったからです。死なせたのは全員の責任です。そしてロアが逃げたのは仲間が死んだからです。つまりは死んだ本人と死なせた全員に原因があります。それでロアが逃げるのは普通のことです』
『でも俺だけ先に逃げて……』
『それは褒められたことではありません。しかし、その時のロアはもうリーダーではなかったのでしょう? なら仕方ありません。まともに訓練も受けていないのですから、仲間が死んで平静でいられないのは当然です。即座に逃亡を選べただけでも大したものです。仲間の敵討ちを果たした者たちに比べれば情けないと言わざるを得ませんが、それほど気に病むことでもないでしょう』
ペロからの言葉に、ロアは何かを言い返すことができなかった。
ペロは相棒である。ロアにとって唯一絶対の味方だ。
だからこの意見は偏向なのかもしれない。自分にとって都合のいい擁護なのかもしれない。本当はカラナのように、怒りや失望を抱くのが正しいのかもしれない。
相変わらず後悔はある。自己への嫌悪も失意もある。それは変わらない。変わっていない。
それでも……少しだけ、ほんの少しだけでも、それを聞けて救われた気がした。
「……ありがとう」
その感謝を、言わずにはいられなかった。
『どういたしまして?』
自分の感謝が伝わっているのかいないのか。気の抜けた返事を返してくる相棒に、ロアは穏やかな表情を浮かべ、曖昧に苦笑するのだった。




