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シンギュラーコード  作者: 甘糖牛
第一章
1/67

知られざる場所

「ハァ……ハァ……」


 草木が鬱蒼と生い茂る森の中。天上から僅かな木漏れ日が降り注ぐそこを、息を荒くさせて一つの影が疾走している。

 その影を成す人物は、何かを振り切るように木々の間を駆け抜けながら、進行方向を変える度に後方へと振り返る。


「クソッ……!」


 これで三度となる確認を行った結果、その人物は自らの現状に短く悪態づいた。現在その人物の背後には、その身を害そうとする三体の異形の姿が迫っていた。

 異形たちは体から生える四つの足で地面を蹴り、己の牙から逃れる獲物を喰らおうと追い縋る。獲物を喰らうため口を開けたまま不恰好な姿で追随する異形は、それでもじわじわと互いの距離を縮めていた。

 全力で走っても振り切れない。それを悟ったその者は、このままでは追いつかれると、異形に対して抵抗を決心する。

 背後の異形たちへ右手に持つ物を向ける。走る足は止めず、揺れる視界で照準を合わせて、引き金を引く指に力を込めた。

 殺傷性のこもった金属塊が異形に向かって放たれる。連続で発射された五発の弾丸は、内の一発が眉間あたりに命中し、頭部を吹き飛ばすことに成功する。しかしながら、残りの四発は擦りもせずに標的の背後へと抜けていった。

 期待外れの結果を視界に映して、弾丸を発射した人物は小さく舌打ちする。そこから更に引き金を引くも、銃口からはもはや何も飛び出すことはなかった。


「クソ……! いくら中古の安物だからって、一昨日買ったばかりだぞ……! こんな不良品売りやがって! 帰ったら絶対文句言ってやるからな!」


 自分にこれを売ってくれた人物に不満を吐いて、役目をこなせなくなった武器を投げ捨てた。そうして少しでも走りやすくして、仲間が殺されても全く走るペースを緩めない異形に追い付かれないよう、懸命に自らの足を動かした。

 だが四つの足で走ることに適した異形と違い、逃げる側には二本の足しか存在しない。次第に息は切れ始め、走る速度は低下していった。

 感じる疲労と迫るつつある危機に、その人物は顔を苦渋で歪める。同時に逃げるのはここが限界であると判断する。

 自分か異形か、どちらか分からない荒い息を耳にして、いよいよ覚悟を決めた。己の首に牙がかかる直前で、腰元の武器を抜き放った。

 ナイフを抜くのと同時に振り返る。そのまま口を開けて飛び込んで来る異形に向かって、タイミングよく手に持つ物を突き出した。突き出されたナイフが異形の口内を突き抜ける。頭頂部あたりから刃先を覗かせ、対象を即死させた。

 敵の殺傷に成功したその人物は、余韻に浸ることなく、最後の一体へ応戦しようとすぐさまナイフを引き戻す。しかし、ナイフを突き刺した異形の体が崩れ落ちたせいで、自らの体もそれに引っ張られ体勢を崩してしまった。

 そこへ、残った一体が牙を剥いて突っ込んだ。避けようと反射的にナイフを手離した腕に噛みついた。腕に巻いた布の上から柔らかな皮を食い破ろうと、異形の牙が食い込んだ。

 感じた痛みに、その人物は堪らず体を捻った。捻った力を利用して、自分の腕に噛み付く異形を地面へ叩きつける。次いでもう片方の腕を使って、容赦なく眼球を強打し、なんとか牙から逃れる。

 牙から逃れた後はすぐに立ち上がり、足元の異形へ鉄板入りの靴で蹴りを入れた。ただそれは、相手が飛び退いたせいで一撃を加えるだけにとどまった。仕切り直しとなるように、両者は一定の距離を取った。

 距離を保ったまま双方は対峙する。睨み合いは時間にして十数秒続いた。

 痺れを切らした異形が、先に相手へ飛びかかる。対してそれと向かい合う者は、待ってましたと言わんばかりに懐から切り札を取り出した。それは使い捨ての魔術符だった。

 使用された瞬間、札から拳大の土塊が出現する。飛び出した土塊は刻まれた術式に則り、目標に向かって高速で飛翔する。そして吸い込まれるように異形の口内に飛び込み、その頭部を内側から爆散させた。異形の頭部を構成していた肉片が周囲に飛び散る。残る胴体は支える力を無くして、地面に崩れ落ちた。

 確実な死を目の当たりにして、それを為した人物はようやく緊張を解いた。


「ハァ……ハァ……馬鹿の一つ覚えみたいに、飛び込んで来てくれて助かった。こいつがもっと、知恵のあるやつだったら、絶対死んでた」


 自分が殺した異形の死体を見下ろしながら、その人物はギリギリの勝利を噛み締めていた。


「……だけど買った銃は壊れたし、切り札の魔術符も使った。このままだと完全に赤字だ。あ、ナイフ回収しないと」


 戦闘に勝利したのにもかかわらず、悲壮感を漂わせる口調で独り言を口にして、異形の口内へ突き刺したナイフを回収しに向かった。


「あぁ……突き刺したときに頭蓋に当たったせいか、ヒビ入ってるじゃん。これで手持ちの武器は実質全部ロストか。腕の傷が見た目ほど酷くないことだけが幸運……いや、モンスターと戦って生き残れただけでも十分か」


 自分の悪運の強さに感謝しつつ、ヒビが入ったナイフでモンスターの死体を解体する。体内から指先ほどの大きさをした石ころのような物を取り出した。


「フォレストウルフの皮は金になるけど、二束三文にしかならない上に、持ち運んでも足が遅くなるなるだけだよなぁ。はぁ……苦労の割に、まともに売れるのはこいつだけか」


 そう呟いて、手の中の小粒なそれを見つめた。

 黒い塊をしたそれは、モンスターの心臓部とも呼ばれている部分、拡錬石である。拡錬石は主に武具に使われ、使用された武具に魔力的性質を持たせ、強化する効果がある。剣に使えば斬れ味や耐久力を増加させ、銃に使えば威力や射程距離を伸ばすことが可能となる。


「でもこれも、最低ランクの宿で一泊するくらいの金額にしかならないんだよなぁ……はぁ……」


 今日何度目かの溜息を吐く。考えても仕方がないと、その人物は残りのモンスターからも拡錬石を取り出しにかかる。が、少し考えてそれはやめた。


「このナイフが折れたら、戦う手段が無くなるか」


 拡錬石の回収を諦めたその人物──名をロアという少年は、更に森の奥へと向かっていった。




 モンスターに見つからないよう、警戒心を発揮して慎重に森の中を移動する。先ほどは運良く撃退に成功したが、次に見つかれば今度こそ命はない。

 時に息を殺してやり過ごし、時に大きく迂回して、モンスターを確実に避けながら進む。そうすることで、ようやく森の裂け目を視界に収めた。


「……なんとか日暮れまでに森を抜けられた。本当にこの先に遺跡があるんだろうな。無かったら本当に恨むからな」


 ロアがモンスターとの死闘を演じてまでこんな森の奥地にまで来たのは、決して偶然の結果などではない。明確な目的と理由があってのことだ。

 代わり映えのない灰色の生活を送る毎日。いつも通り日銭を稼ぐために貧民街の一角をうろついていたら、たまたま耳にした一つの噂があった。都市の南にある森を抜けた先に、大昔に滅びた文明の遺跡があると。

 噂を聞いたロアは、当然のごとく話の真偽を疑った。そんな都合のいいことがある筈がないと。実際ロアは長い間この都市で暮らしていたが、そんな話は一度も耳にしたことがなかった。だから与太か、悪い冗談の類かと思った。

 けれど結局は、こうして命の危険を犯してまで噂の元を確かめに来ている。九分九厘嘘だとしても、カケラでも可能性があるならば、挑まないという選択はなかった。それほどまでに、己の現状に対して、行き詰まりと閉塞感を感じていた。


 道中死にかけたこともあって、ロアは顔も知らない噂を流した人物に対し、恨み言となる言葉を吐き出した。そうすることで一旦自分の思考をリセットして、気持ちを新たにしてから森の外へと出た。

 一転して景色が変わる。遮るものがない清々しい空。久しく見ていないそれを妙に懐かしく感じながら、肺いっぱいに空気を吸って盛大に吐き出した。


「よし」


 気合いを入れ直して探索を続行した。



 森を出たからといって、すぐに目当てのものが見つかるわけではない。モンスターを警戒しながら用心深く周囲に気を配り、ゆっくりと移動を再開する。

 移動する途中、ついでに辺りへ視線を巡らせる。ここは前方と左右を岩壁が広く囲っているかのような閉ざされた地であり、岩壁を越えるでもなければ完全な行き止まりと言える場所だった。


「……本当にこんな場所に遺跡があるのか? どう見ても人が住むのに適さない場所だろうに。しょせん噂は噂だったってことなのか」


 しばらく歩いたロアは、どうやらこの地にはモンスターがいないことを薄々と察した。同時に目当てとしていたものが見つけられず、やや気落ちした気分になった。

 せっかくここまで来たのに、全て無駄足だったかもしれない。

 そんな諦観も混じり始めたところで、前方に草木や岩といった天然由来とは違う、明らかに人工物らしき物の姿を発見した。


「おお……! 本当にあった……!? 信じてよかった! 教えてくれた人ありがと……っ」


 気持ちが高ぶったせいで思わず突撃しそうになるも、腕の傷が痛んだことですぐさま平静さを取り戻す。目的間近で失敗したら堪らないと、今一度警戒心を発揮する。周囲にモンスターがいないか確認し、慎重にそこへと近づいた。


「……遺跡って言ったけど、こんなオチってありかよ」


 ただ込み上げてきた高揚感は、間近で確認したことで一気に降下した。

 目の前の人工物は、確かに遺跡と呼べるほどに時代を感じさせるものだった。しかしながらその正体は、ただ石のブロックを積み上げただけのものであり、人の営みを感じさせるものは何もなかった。


「噂になるくらいだから、既に誰かが来てるとは思ってたけど……いくらなんでもこれはないだろ」


 通常遺跡と呼ばれ、それを指すものと言えば、いわゆる先史文明時代のそれである。

 先史文明時代の人々は、現代文明よりも高度な技術力を有しており、現存する遺跡にもその優れた技術が用いられている。そのため目の前にある物のように、見るからに低水準な建築物が自分の求めていた遺跡でないことは、ロアの狭い見識でも明らかであった。


「こんなの遺跡じゃないじゃん。ただの積み石じゃん。確かに大昔に作られて、もしかしたら先史文明のあった時代よりも昔に作られた物かもしれないけどさぁ……。そもそも、こんな所になんの目的でこんなの作ったんだよ。ここに誰か住んでたりしたのか?」


 項垂れたロアは、肩を落として愚痴じみたことを口にする。

 しかし、こうしていても仕方がないので、仕方なく顔を上げた。


「とりあえず今夜はここで過ごすか。一応、風か雨除けくらいにはなりそうだし。明日は……折角だから、少しだけ探検してから帰るか」


 これからの方針を一人呟いたロアは、目の前の構造物の中へ踏み込んだ。内部は内装などほとんどされていない簡素な空間であるが、口にした通り一晩を凌ぐだけなら十分そうだ。疲れた体を休めるため、空いてるスペースに腰を下ろした。

 しかしロアが床に座ろうと、まさにそうした瞬間、唐突に床が抜けた。

「は?」と間抜けな声を発しながら、ロアの体は穴の中へ吸い込まれていく。浮遊感を抑えようと反射的に空中でもがくも、重力の流れには逆らえず、なす術なく落下した。

 ロアは一瞬己の死を覚悟する。だが幸運なことに落下自体はすぐに終わった。空いた穴はそれほど深くなく、なんとか負傷せずに着地できた。


「っいたた……、なんで突然床が抜けたんだ……? 地下でもあって、重さのせいでそれが崩れたりでもしたのか?」


 咄嗟に思いついた疑問を口にしながら、上を見上げて自分が落ちて来た方を確認する。


「これくらいならギリギリ登れなくもないか? もし登れなかったからこのままここで飢え死に……いや、考えるのは止そう。それよりも、ここが何なのかの確認が先だな」


 ロアはキョロキョロと、自分が落ちた穴の底を見回した。穴自体はそれほど広くなく、人間二人が両手を広げた程度の円形だ。そして土の壁には一つ横穴が空いており、そこから仄かな光が漏れている。先は通路になっているようだった。


「やっぱり地下室か何かなのかな。俺はこんな入り方をしたけど、他にちゃんとした入り口があったりするのか、それともこの穴を落ちるのが元々の入り方なのか。……後者なら、何か残ってる可能性もあるな」


 ここが誰かしらの秘密の地下室ならば、本当に手付かずの何かが残っているかもしれない。ロアは少しだけ気分を上向かせ、横穴の奥へと向かった。

 通路の中は薄暗く、剥き出しの土を強引に固めただけの格好だ。ただ見た目に反して作りは頑丈であり、崩れる様子は感じられない。ひんやりとした壁を手掛かりにして、慎重に先へ進んだ。

 やがて通路は終わり、ぽっかりと空いた空間が姿を現した。


「……通路の中が仄かに明るかったから、そうかもしれないとは思ったけど、この空間の中も地下とは思えないほど明るい。外はあんなだったけど、まさか本物の遺跡だったりするのか……?」


 本当に先史文明時代の遺跡かもしれない。現実味を帯びてきた可能性を自覚して、ロアの内側から緊張と僅かな興奮が込み上がってくる。

 心臓の鼓動が高まるのを感じつつ、ロアは空間の中へと足を踏み入れた。

 そこは通路と同じく装飾のない、土を固めただけのシンプルな場所だった。だがそんな中に、不自然に人工的なオブジェが二つ存在している。奥には何らかの石碑と台座らしきものが置かれている。

 それを目にした瞬間、ロアはゴクリと生唾を飲み込んだ。これが夢なら覚めないでくれという想いで、震える足を踏み出した。一歩一歩を意識して、ゆっくりと、確かな足取りでそこへ近づいた。

 何事もなく石碑の前に到達する。ロアの内心に、夢ではなかったという実感が湧いてくる。覚めない現実に歓喜の声を上げそうになる。けれど残った理性で、とにかくそれはグっと堪えた。


「……まだだ。まだ何も手に入れてないんだ。喜ぶにはまだ早い。ぬか喜びが辛いのはさっき散々実感した筈だ……落ち着け……」


 そう何度も自分に言い聞かせ、ロアは深呼吸を繰り返して冷静になろうと試みる。しかし完全には興奮を抑えきれなかったので、埒があかないと鼓動を早めた状態で石碑を眺める。


「これは、先史文明時代の文字か何かなのか? ……全然読めない」


 石碑にはおそらく文字と思われる彫りがされているが、ロアの知っている文字とは異なっていた。

 ロアは読み書きに熟達しているわけではないが、日常生活の範囲の文字なら多少は読むことが可能である。その知識を活かして解読を試みるも、目の前の文字らしきものはまるで理解できなかった。


「仕方ないからこっちは諦めるか。そしてこっちの方は──」


 先ほどからチラチラと視界に入っていた台座と、その上に存在する、中心に黒ずんだ箱を閉じ込めた透明の結晶のような塊。それを目にしたロアは、自身の口角が釣り上がるのを感じていた。


「いや、待て待て。ないとは思うが……ないとは思うが、大したものが入っていないという可能性もある。で、でもこれって、もしかしてアレだったりするのか? か、仮にアレなら、中身を確認せずにこのまま売るっていう手も……」


 そんな矛盾したことを口にしながら、目の前にあるものをどうするか考える。


「自分で使うっていうのもアリだよなぁ。当たりならその後売ればいいし、外れだったら一気に価値は下がるけど、それでもそれなりの金になる筈だ。それに」


 ロアは以前に自分が抱いた夢と、今ここにいる理由を思い出して決心する。


「──よし! これは自分で使う! たとえ後悔したしたとしても、そのときはそのときだ。今のこの気持ちに正直になる!」


 自分の気持ちを再確認したロアは、決心が鈍らないうちに台座の上の結晶へ手を伸ばした。

 ロアがそこへ手を伸ばした瞬間、途端に透明な結晶がひび割れる。ひび割れはあっという間に全体に達し、その神々しい形を完全に崩す。透明の結晶だったものは無数の見えない粒へと変わり、空中に溶けるようにして消えていった。閉じ込められていた黒い箱が、音もなく台座の上に落下した。

 目の前で起きた不可思議な光景にロアは驚き慄く。けれど覚悟を振り絞り、後に残った黒い箱を手に取った。

 黒い箱は不思議な材質だった。金属でなければガラスでもない。樹脂や陶磁器とも異なる。とにかく奇妙な触り心地をしていた。熱なんかも伝わって来ず、硬さや柔らかさとも微妙に異なる質感である。

 現実感の無い物体の存在がロアの期待を助長させる。心臓の音が大きくなるのを自覚する。ロアは気を落ち着かせるために深く息を吐く。それから慎重に開閉部らしき部分を探り当てて、震える手で蓋らしき部分に手をかける。期待と緊張の混じった顔で箱を開き、その中身を覗いた。

 しかし、箱の中には何も入っていなかった。ロアはそれを不思議に思い、今度は箱をひっくり返して覗いてみる。やはり中には何も見つけられない。

 ロアは大きく首を傾げて箱の中を覗き続けるが、そのまま何も起こらず数十秒が経過した。


「……これってもう、何か変わってる? あれ? 何も変化なし? ……あれ?」


 疑問ばかりがぽつぽつと頭に浮かび、その度にロアは自身の身体の変化を確認する。しかしながら箱を開ける前の状態と比べて、特に変わった様子は感じられない。

 その事実をようやく頭が理解して、認識した瞬間、ロアは呆然としたままこの場に崩れ落ちた。


「嘘だろ……? こんな地下に、隠すように置いてあって、何も無し? ……はははっ、これを考えた奴は本当に性格が悪いな。目論見通りに騙された馬鹿がここに一人いるよ……これで満足かよ……ははっ……」


 乾いた笑いを発しながら、この場所を作ったであろう人物へ、ロアは今日何度目かの恨み言を吐いた。ただその口調に力強さはなく、ただ世の中の非情さを思い知り、項垂れ続けるだけであった。

 数分か数十分か。あるいはそれ以上の時間、精神を消耗した状態で座り込んでいたロアは、空腹を自覚したことで、そう言えば何も食べていなかったとノロノロと動き出した。背中の荷物入れから、買っておいた携帯用の保存食を取り出した。


「こんなときでも、腹は減るんだよなぁ……」


 そんな当たり前のことを口にして、ロアは不味い保存食をボソボソと口に入れた。味を意識しないよう、噛んだそばから飲み下し、ついでに水分も補給する。不味いそれをすぐに食べ終わると、疲労した体をその場に横たえた。

 さっきまでは興奮から動けていたが、横になってみると、思っていた以上に疲れていたことを自覚する。ロアはそのまま眠気に任せて、瞼を閉じた。すぐに意識は落ち、寝息が周囲の空間に木霊した。


 眠りについたその者を、壁の明かりはぼんやりと照らし続けた。

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