40話 お姉様からの依頼
お姉様が言う〝竜槍の所持者〟ってどういうことなんだろ?
今まで聞いたことないなぁ。秘密にしなきゃいけないことかもしれないけど、思い切って聞いてみよう。
「お姉様に質問!」
ビシッと手を挙げて元気よく。
「なにかな~?」
「その〝竜槍〟って何ですか? お母様からも聞いたことないです」
「あら、そういえば話したことなかったわ。これは所持者が出るなんて思ってなかった私の怠慢ね。ごめんなさいねユキちゃん」
お母様が意図的に隠してたわけじゃないんだ。所持者っていうから、たぶん術装の事だと思うけど。
「えっと〝竜槍〟っていうのは竜族に伝わる術装だよ。ユキちゃんやサユリ様みたいに生まれながら所持するのではなく、竜族で代々伝わってきたものだね」
「うちによく来るカイルくんの術装と同じね。あれは狐族のだけど〝竜槍〟は竜族の物よ」
「ほえー、なんか凄そう」
「たぶんユキちゃんの〝月華〟と同じ位かしら。あと、あれは槍だけど形態変化が出来て〝大剣〟〝槍〟〝斧〟の3形態になれるの」
へー、形態変化でそこまで変わるんだ。わたしの月華だとそこまでの変化は無理かなぁ。ぎりぎり薙刀にならできるかな。
「竜族に伝わるだけあって、他の術装とは構造も性能も抜きんでた物なんだよ~」
「私やユキちゃんの精霊刀とはまた違った特別な術装なの。でもシエラちゃん、確か適合者は」
特別とかちょっとカッコイイ響きですね!
でも適合者って言いだしたってことは、他の術装とは違った特殊な条件があるのかな?
「はい、竜の巫女の血は途絶えたので適合者はいませんでした。ですが黒竜の家系で現れたそうです」
「あの家ね。ということは息子のどちらかかしら? 天魔にはなっていないと思ったけど、魔竜には進化してたはず。ひょっとして、その息子が進化して巫女の血に覚醒でもしたのかしら」
「それが違いまして、娘だそうです。今年で6歳、ユキちゃんの一つ上になりますね」
ほー、わたしと1歳しか違わない子がそんなすごい術装の所持者なのかぁ。何より竜族なんでしょ、カッコよさそうだしちょっと会ってみたいなぁ。
「あら? たしかあの子は人族のはずだけど」
「そうなんですよね。でも向こうから通知が来たのです『娘が竜槍に選ばれた』と」
あれ? 竜族の子じゃないんだ。
お母様とお姉様の話をまとめると竜槍の所持者としての条件は
・竜の巫女の血を受け継ぐ、もしくは目覚めていること
・天魔に進化した竜族であること
ってことだよね。
でもなぜかその人族の子が適合者となり、所持していると。これってどういうことなんだろ?
「う~ん、可能性としては先祖返りで人族でありながら巫女の血が覚醒したと思うのだけど。でも〝竜槍〟は巫女の血があったとしても竜族以外は持てないはずなのよね」
「向こうがホラを吹いた、とは思えないのです。というのも、その娘のお披露目が来月あるのですが、その場に私たち王家の者だけでなく、サユリ様とユキちゃんも招待しているのです」
はて、なんでわたしまで招待されてるんだろ。
おや、それを聞いたお母様がちょっとイラっとしたね、何か分かったのかな?
「向こうの魂胆はわかったわ。たしかあの子もユキちゃんと同じで生まれながら天魔でしょ。そこにもしも竜槍が本当に持てたのなら、ユキちゃんと同じような存在になる。おそらく次代最強の座は自分たちの娘だとでも言いたいんじゃないかしら」
「私もそう考えています。正直ばかばかしくて頭が痛くなるほどですけど」
あらまぁお母様もお姉様も、それどころかシズクさんまで頭抱えちゃったよ。
この反応からして、おそらくちょっと有名な一族なんだろうね。そんな一族が表立って馬鹿なことをしようとしてるってことかぁ。
「本当はこんな話蹴ってしまいたいのですが」
「そうもいかないわねぇ。本当に〝竜槍〟に適合したのかの確認が必要だし、何より」
「な、なんかお母様が怒ってる感じがするよ、やばそうだよってお姉様もですか!?」
急に空気が変わったと思ったら、お母様もお姉様も、シズクさんまで怒ってる感じだわ。その勢いのせいでアリサはおどおどしちゃってる。一体何が逆鱗に触れたのやら……。
「そんなくだらないことにユキちゃんを使おうとするのが許せないわ!」
「その通りです! 戦いの事しか考えないバカな連中の為に私の可愛い妹を使うとか、許せるわけがありません!」
「お、おう、とりあえずお母様もお姉様も、そして今から乗り込もうとするシズクさんも落ち着こうね。そしてアリサも理解したとたんにシズクさんと一緒に乗り込もうとするのは止めようか」
ほら、後ろで待機している護衛さんなんてもうオロオロしまくってるよ。
ほんとうちの家族ってたまにこういう暴走するよね。わたしのことでここまでなるのは嬉しいんだけど、同時に恥ずかしいのもあるので、もう少し加減してほしいわ。
「ふぅ、私もダメね。ユキちゃんに関係することだから、つい理性を失っていたわ」
「私もです。可愛い妹だからどうしても守りたくなっちゃうんです」
「シズクもダメだし、アリサちゃんもそうだし、ユキちゃん自身に止めてもらうしかないわねぇ」
「はぅ、そんなにですか……。というかそんなに怒ることなんですか?」
確かに当て馬にされるのは気に食わないけど、それにしてはお母様がすごい怒ってた感じなんだよね。
「カイル君みたいに挑むのならばいいのよ。ただ今回は恐らく試合の後に〝とどめ〟を刺しに来るわ」
「とどめって?」
「そのままの意味、命を絶ちに来るわ。その娘の父親がどうしようもないほどのバカなの。ユキちゃんの事を知るずっと前から『我が子らが次代最強』と言ってた人でね」
自分の子供が一番って思うのはいいけど、その延長で命まで狙うのは物騒すぎると思うよ。でもお母様の目を見る限り、冗談とかなくてマジっぽいね。
「それじゃ〝竜槍〟を継承した子と歳が近いわたしは、その人たちにとってすっごい邪魔な存在ってことになるんですね」
「そういうこと。おそらく勝敗に関係なく、命を狙ってくるはずなの。ユキちゃんがいなくなれば最強の座は揺るがないと考えるのよ。そんな身勝手な都合のためだけにユキちゃんを利用とするのがね、私たちは我慢できないのよ」
あーこりゃ怒るのも無理ないわね。
あれ? でもそれにしてはお披露目に出なきゃいけないっていう感じだったけど。
「あのお母様、それにしてはなんて言うか」
「そうよ、わかっていても出席する理由があるの。まずはユキちゃんがその娘を倒し、どっちが上かハッキリ見せつけます。そうすると結果に逆上してバカが行動を起こすはずだから、それを捕まえます。あとはこんな馬鹿な考えを一生起こさないように、しっかりとお仕置きをするの」
「お仕置き……ですか?」
「そうよ~。ユキちゃんが悪い事したときにするお仕置きとは違うやつね」
「そ、そうなんですねー……」
わたしの場合はお尻叩きらしいけど、そうなった経験は今までない。怒られることはあるけど、お仕置きまでは無いんだよねぇ。これは自慢できるわ!
じゃなくって、お仕置きの事を話した際、お母様の瞳の奥が冷たーい感じしたし。これはあれね、肉体じゃなく完全に心を砕くお仕置きをする気だわ。オソロシヤー。
というかお母様、わたしがその娘に負けるとは微塵も思ってないんだね。となると負けたらすごいがっかりさせちゃうから、もっと修行しないとだね!
「申し訳ないのですが、サユリ様、来月ユキちゃんと一緒にお披露目への参加をお願いいたします。これは王家からの依頼となります」
「わかったわ。王家からの参加者はシエラちゃんだけかしら?」
「本来であれば王子も参加なのですが、あのバカ兄はまたティアを誘ってダンジョン行きまして」
「それじゃおそらく2~3ヶ月はダンジョンね。ほんと元気ねぇ」
お姉様は呆れた感じ、お母様も苦笑い、シズクさんも頭抱えてるね。
いつもの事だけど、あの二人ってホントこういう時には必ずと言っていいほどダンジョンに居るんだよね。未来予知でもしてるのかな?
「詳細は後日ご連絡いたします。移動には飛空艦を使いますので、当日は王城へ来ていただくことになるかと」
「わかったわ。まぁ来年の留学について話をする機会を設けた、と思った方が気楽かしら」
「そうしていただけるとありがたいです。サユリ様、この度はお手数おかけして申し訳ございません。王家を代表してお詫び申し上げます」
そう言ってお姉様は頭を下げる。だけどわたしを抱っこしてるので、言葉の割にはなんというか、ねぇ。このちょっと抜けてる感じ、わたしは大好きです。
「はいはい、シエラちゃん、前にも言ったようにうちに居るときは王家としての態度は不要です。確かに王家の義務でしょうがないところはあるけれど、私たちにはしなくていいのよ」
「ありがとうございます。でも今回は王家の依頼ですので、王女としてきっちりと誠意を見せないと」
王家も大変なんだねぇ。でもこういう真面目なところって結構重要だもんね、わたしも気を付けよーっと。
「あっ、ということは来月お姉様と一緒に旅行できるんですね!」
「そうなるねー。私もユキちゃんと一緒に旅行できるからうれしいなー」
「ふふっ、そう考えると今回は悪いことだけではないわね。じゃぁちょっと旅行の方針でも考えましょうか。シズク、アルネイア王国の旅行案内書を取ってきてくれるかしら」
「畏まりました」
旅行かー、楽しみだなぁ。今回はお母様とお姉様とシズクさん、そして何よりアリサもいるんだよねー。
うーん、早く来月にならないかなー。




