29話 術も使っていきましょう
やってきました遺跡のダンジョン。
1時間待ちだったけど、銀ランク以上の特権〝転移門の優先使用権〟を使ったから、待たずにすぐ来れたのは良かったわ。こういう特権は有効活用すべきだねぇ。
しっかしいつも思うけど、やっぱり遺跡は不思議だなぁ。
遠くには年代不明な城の廃墟が見えるし、何かの儀式をしたような跡もある。どんな文明があったんだろ。
知的好奇心はいったん置いといて、とりあえずわたしは月華を顕現させ、アリサにも大太刀を顕現してもらいましょう。あとは術札の準備と軽く説明かな。
「ここにいるのは、小型は虫系の魔物、中型は獣系の魔物、大型はゴーレムが多いかな。虫系は飛んでくるのがほとんど、獣系は人のように二足歩行して来るのもいるから注意してね。ゴーレムは合体するのもいたかなぁ」
「特に注意すべきものは居るのでしょうか?」
装備を整えながら説明していると、アリサが聞いてくる。準備はほぼできたようね。
「ん~、夜になるとアンデッドタイプが増えるくらいで日中はそこまででもないかな。たまに大型の獣に乗ったゴブリンとか、ゴーレムを装備したオーガとか来るけど」
「ゴーレムを装備?」
「ゴーレムを着こんでいる感じだね。動きは遅いけど防御力は高くなるよ」
そういえば傭兵の中にはゴーレム装備を使うのもいたっけ。ゴーレム装備の敵が多かったら少し気を付けよ。
しばしアリサの戦いを見てるけど、偏ってるなぁ。
大太刀での攻撃ばかりになるか、術だけの攻撃になるかって感じかな。ここはちょっとだけお手本を見せよう。
「はいアリサちょっと休憩~。術装もちゃんと使えてるからよかったよかった」
「ありがとうございます」
「ただ改善点が無いわけじゃないの、術と武器をうまい具合に組み合わせるともっと楽になるよ。というわけで実際に見せます!」
口で言うより見せた方がわかりやすいからね。
お、アリサさんそんな期待をした目で見てきて、ちょっと照れる。
さて、今回の被害者は近くにいるアイアンゴーレム3体かな。鉄でできた定番のゴーレムだね。
「まずは術式展開、捕縛の光! これでまず相手を縛って動きを制限させます」
魔法陣から光の鎖が出現し、対象となるゴーレムにまとわりつく。実はこれ、炎の鎖にすれば一発で終わるんだよねぇ。お手本だから言わないけどさ。
「次に術式展開、疾風装! この術で体に風を纏わせ素早さを上げます。ただこの術は注意しないとスカートめくれます!」
割と女の子としては重要な注意点です、ラッキースケベは絶対に阻止します!
たまにこの手の術でめくれても気にしない人いるけど、あれって見られてもいい下着を履いてるってやつなのかな? いつか会った時に聞いてみたいわ。
「この状態で一気に接敵して、ズババッと」
最初の犠牲者がこま切れ状態になりました、合唱。
「このように滅多切りします。当たり前で誰でも思いつきそうなものなんだけどね。でもこういう術でカバーしてってやり方を体に染み込ましておくと、いざって時の判断の引き出しが増えるよ」
「なるほど。たしかに私の場合、今はどちらかでごり押していますからね」
「わたしたちはどっちも使えるから、それを活かした攻撃も選択肢の一つだからね。どちらか一方だと敵に対策されちゃうこともあるかな」
基本的に普通の魔物なら特に考えなくてもごり押せるんだけど、高い知能を持つ魔物や人同士で戦う場合はそうもいかないだろうしね。
「そういえばお嬢様、珍しく術名も詠唱していますね。何か理由があるのでしょうか?」
不思議そうな顔してるね。確かにわたしって術名詠唱無しが普段だから当然か。
「二つ理由があって、一つは術名無しだとアリサが何の術を使ったかわからないから。これは説明のためじゃなく、今後一緒に戦うことを前提としているからだね」
術名無しでの詠唱の方が好きはないけど、それはあくまでわたしが戦いやすいだけ。
今後はおそらく、というか絶対にアリサはわたしと一緒に行動するから、戦い方もそれに合わせたものにしないとね。
「特に乱戦中に術名無しは非常に危ないので、術名を言って何が起こるか認識させるってこと。アリサだったら術名さえ分かればすぐに対応できるだろうしね~」
「か、買いかぶりすぎですよ」
あらまぁ照れちゃって、ほんとかわいいやつめ!
「え、えっと、お気遣いありがとうございます。でもお嬢様なら術名無しのままでも、たとえ乱戦中であっても当たらないように調整できると思うのですが」
「あーうん、たしかにできるね」
やっぱりって顔されちゃった、ほんとバレバレだなぁ。
う~ん、わたしってそんなに嘘とか隠し事できないのかな? こう見えても前世では常にポーカーフェイスで仕事を……って今のわたしじゃないじゃん。うん、できないものとしてキッパリあきらめよう。
「バレバレだけどもう一つの理由が大きくて、実は今のわたしって術効率が非常に悪いの。これは魔石の修復にすごい魔力を使っているからだね。といっても1000年くらいで完全に元に戻るってお母様も言ってたから安心してねー」
効率悪くても結構な化け物なあたり悲観もしてないんだよね。だからアリサ、そんな自分を責めるような顔しないでー。
「まぁそんな感じなので、前言ったちょっとしたわたしだけの特別を使っているのです。それを使うことで元の術が何乗も強くなるのです」
「何乗にも、ですか?」
「簡単に言うと同じ術を反発させた状態で2重発動させるだけなんだけどね。一つの術札に二つの同じ術式がそれぞれ反発するように記載、最後にトリガーとなる術名を詠唱。こうすると2倍ではなく2乗の強さになるの」
「何かとんでもないことをされているような。そもそも術札に書ける術式は一つだけのはずでは?」
アリサが言う通り、本来は一つの術札には一つの術のみ。複数記載するのは無理だから、前世の知識をフル活用した。
前世だと反作用を使った殲滅魔法とか結構あったけど、この世界だと反作用起こらずに対消滅しちゃうから苦労したわ。解決するのに1時間も使ったからね、わたしとしては長い戦いだったわ。
まぁ対消滅のほうもそれはそれで活かして別の術式を作っちゃったけど。
それにしても前世の知識が役に立ったのってこれくらいなのがねぇ。しかも殲滅兵器関係の知識だったのが余計に嫌だなぁ。
「複数記載も反作用も、全て解決したのは〝ダブルスペル〟って言うわたしが前世で使っていた魔法の技を改良したものなんだ。しかも術式の変換と圧縮をするのと、ダブルスペル用の術式も追加するから簡単には真似できないの。ちなみに3重ならトリプルスペル、4重ならクアドラプルスペルになるよー」
何乗にもできるけど、一部は言いにくいからあまり使いたくないんだよねぇ、クアドラプルとかクインティプルとか!
「あ、あの、お嬢様、ちなみにいくつまで重ねることができるのですか?」
「えっとオクタプル、つまり8重まではできるけど、それやると火の術で一番弱い〝炎の矢〟ですら山を2.3個吹き飛ばす火力になるよ。さすがに火力過多になるから使ってもトリプルまでかなぁ、と」
発音もしやすいしね! これ、割と重要です。
おや、アリサが唖然としてるね。まぁ普通の炎の矢の火力が木を1本吹き飛ばす程度に対し、山を2.3個吹き飛ばす威力になるからねぇ。しかも魔力消費は炎の矢1回分とオクタプルスペル用の術式分だけだから非常に低燃費。
うん、冷静に考えるとひじょーにズルい技だね。だけどアリサが覚えたくなったら教えるのだ!
「話が逸れたね。えっと術を絡めるだけど、複数の術式を順番に展開するのは時間がかかるので、ちょっと早いけどアリサには術式の連続展開を覚えてもらいます」
「連続ですか?」
「実際に見せるねー。あそこにまだいるゴーレム2体のうち右の奴にやるね。術式連続展開! 捕縛の光、疾風装!」
「えっ?」
「っと、このように終わるわけです」
「あの、一瞬ゴーレムが光ったと思ったらすぐ光が消えて、まだ立っているのですけど」
あーちょっといいとこ見せようとやりすぎたわ。ゴーレム自身も切れていることに気が付いてないし。
「がんばりすぎた。えっと石をぽーいっと」
石がゴーレムにあたるとパラパラと砂のように散っていく。我ながらなんとも鮮やか。
「あの、お嬢様、どれだけ切ったのですか!? しかも衝撃が加わるまで状態を維持とか、どれほど鋭く切ったのですか!?」
「えっと、すこーしがんばっちゃったので一千万回切ってきた! ちなみに捕縛するのに0.1秒、疾風装の風まとうのに0.1秒、接敵に0.2秒、滅多切りに0.4秒、戻ってくるのに0.2秒なので、所要時間は合計1秒だね」
月華を装備中のわたしならこのくらい余裕なのです。だからアリサ気をしっかりしてー。
「アリサの場合は大太刀で一太刀ズバッでもいいかもね。というわけで、残りのゴーレムはわたしと同じように連続展開させてアリサが倒してみよー」
「が、がんばります」
「まずは術式の書き方を細かく教えてあげよう。それじゃぴたりっと」
「あ、あの、お嬢様、いきなりくっつかれますと、その」
アリサを特訓して強くするのはもちろんだけど、隙あらばからかってみるのがわたしの生きがいです。楽しいな~。
なお、最後のアイアンゴーレム君は捕縛されたまましばらく放置プレイです。
アイアンゴーレム君に感情はないので、放置されて喜ぶとか拗ねるとかはありません。




