277話 突撃!魔王のお部屋
バーンッ! と大きな音をたてて勇者が扉を開けたけど……マズいかも。
「うはぁ、扉が開いただけで一気に鳥肌立っちゃったよ」
「そう、なの? 私は特になかった、けど」
「あーそれはね、魔力がぶわーって襲ってきたとかじゃなくて、わたしの本能が〝この先にはトンデモナイ存在が居る〟って示したからなの」
動物的な直感だなぁ……獣人だからあながち間違ってないけど。
とはいえ、命がヤバくなる恐怖みたいなのは感じないな。ん~、ルミィが大丈夫って言ったのにはちゃんとした理由がありそうね。
「とりあえず勇者共から少し距離を置いて入ろうか」
『その方が良いです。もしかしたら、巻き込まれてしまいますので』
「「巻き込まれる?」」
それっていったいどういう事なんだろ? もしかして出会い頭に広範囲の攻撃ぶっぱしてくるのかねぇ。
勇者共から少し離れて部屋に入り、奥へと進んでいく。
ふむふむ、この部屋も趣味の良い感じの美術品が多いのと、敷いてあるカーペットもふわふわな感じがしていいね。
だけど戦いには不向きな部屋だなぁ。カーペットのせいで足がとられる感じがするのと、周りの美術品を壊さないように攻撃を選びたくなっちゃうわ。
そんな部屋の奥に、いかにもって感じの玉座に座っている人、アレが魔王って奴ですか。
にしても、へぇ……
「ユキくん?」
「まってまって! 浮気とかじゃないから、そんなジト目しないで」
思わずミツキがジトーってしてきたけど、どうやらわたしの視線、ちょっとまずかったみたいね。
それもそのはず、座っているのはちょっと露出高めの黒いドレスを着ていて、わたしのお母様と同じくらいスタイルが良いおねーさん。歳は20代くらいかな? なかなかのエロスを放っていて
「じー」
「いや、ほんとーに浮気とか下心は無いから。だからそんな目で見ないで?」
「でもユキくん、凄く興味深そうに見てる、よ?」
「あーそれね。確かにエロイなぁとは思うんだけど、ちょっと気になるところがあるからなの」
そう言ってからポーチから術札を取り出して、わたし達3人を守るように結界を発動。これで大丈夫……かな?
「どうし、たの?」
「んとね、たぶんだけど、あの魔王は淫魔、俗にいうサキュバスって奴だわ。見た目は普通の只人族だけどね」
「サキュバス? それって、あの」
「うん、人を虜にするとか魅了するとか、エッチな事をする種族ね。まだ距離があるのと、向こうも力を使ってないから大丈夫だけど、これは念のためね」
さっきの鳥肌から、もしかしたらこの距離でも魅了とかできちゃうんじゃないか? って考えちゃったからね。
わたしは魔道具とかで耐性はかなり高いけど、それだって絶対とは言えない。それに、ミツキとルミィに関しては耐性がそこまでないからね。念のため防御しておくのは当然なのです。
それと、ルミィが巻き込まれるっていたのは、おそらくこれの事ね。何もせずに近寄ったら全員魅了されてハイ終わりになった可能性が高いわ。
だいぶ慎重になっているわたし達とは異なり、勇者共は魔王のすぐそばまで進み、全員構えたわ。
ふ~む、接近を許すだけでなく構えるのも見ているだけとか、ずいぶんと余裕だなぁ。それだけ強いっていう裏返しかしら?
「お前が魔王だな!」
『だとしたら、どうする?』
「決まっている! ここで貴様を倒し、平和を勝ちとるまでだ!」
『ほぅ、妾を倒すことで平和が得られるというわけね。ずいぶんと面白い事を言うわ』
勇者に剣を向けられてもお構いなく、普通な感じで足を組みなおして……やっぱエロイな。
まぁエロさは置いといて、会話方法は魔力を使ったものなのか。しかも魔力で押しつぶさないよう加減もしてるとか、魔力操作もヤバそうね。
『しかし分からないわね。妾は別に、おぬしらの国に攻めたりはしてないけど? 敵対する理由が存在しないと思うのだけど』
「それは関係ない! 人と魔王は相容れない、ただそれだけのこと! そして、魔王は勇者によって倒されるのが宿命だ!」
『要はおぬしらの身勝手な持論、というわけね。ならば』
魔王が少し目を細めたのち、ゆっくりと椅子から立ち上がっ……ひいっ!? ちょ、うそでしょ!?
「ねぇルミィ! 本当に大丈夫なの!?」
『だ、大丈夫なハズ……です』
「だけど、今立ち上がると同時に魔力を一瞬開放したようだけど、その、完全にわたし以上だよ!?」
わたしくらい魔力探知に優れた者でないと分からないくらい、本当に一瞬だけ力を開放したけど、ちょっと笑えない力だったんだけど!?
しかもあの魔王、わざとやったね。感じたわたしがビクッてなったのを見逃さなかったようで、何ともいい笑顔でこっちを見てるわ。
「こりゃぁわたしが一番の獲物扱いになっちゃったかなぁ?」
「可愛いから?」
「そうだね、わたしってすっごく可愛いから! って、違う違う、能力とか技術の高さからだね。おそらくだけど、さっきのアレで敵とゴミの分別みたいなことをしたんだわ」
一瞬の魔力を探知した者は敵として見て、それ以外はゴミ、つまり相手するまでもない存在、みたいな。
やっばいなぁ、淫魔なのに戦闘狂かもしれないわ、この人。
立ち上がってから時間を置くことなく、魔王と勇者連中の戦いが始まったけど、マジかぁ……。
『こんなものね。妾に挑む愚か者とはいえ、もう少し骨がある存在かと思っていたのだけど』
「くそっ! なぜ通らないんだ!」
「テクニックも弾かれてる!?」
「ちょっと聖女! 手を抜かないで全員の力をもっと引き出しなさいよ!」
「言われなくても全力でやってます!」
勇者と戦士が斬りかかったり、魔法使いと弓士が遠距離で攻撃したりと、色々な攻撃をしてるけど全部弾かれてる。
しかも弾いてるのは結界、もしくはバリアの様な周囲を覆う物では無く、攻撃一つ一つに対し必要最小限の面を展開し、そこに当てて弾くという繊細な方法。どんだけ魔力制御が上手なんですか。
「ねぇユキくん、大丈夫、かな?」
「それってわたし達が? それとも勇者連中?」
「両方、だよ」
「両方かぁ、ミツキは相変わらずの性格だなぁ」
どんなクズでも見捨てないというか見捨てられないというか、そういう性格なんだよなぁ。今のわたしとはえらい違いね。
「ん~、わたし達の方は、何とかなる……かな。短時間しか使えないけど、月華と精霊神衣使えばソコソコ食い込めるはずなので、隙を作って一気に逃げる!」
『倒そうとせず、逃げるのですね?』
「うん。別にわたし達ってこの国の住民、まぁルミィはまだ住民だけど、そんなのだから絶対に倒さなきゃいけない理由って無いんだよね。確かにセイリアスの顔を立てるとかはあるにはあるけど、それだって魔王を倒さなければいけないって訳でも無いんだよね」
「討伐に参加しただけで良い、の?」
「そゆこと。挑んだけど強かったので帰って来ました! でも問題ないというか、責められる事にはならないの。討伐は義務ではなく、あくまで理想。多少強引だけど、主導権はこっちが握ってるから大丈夫だよ」
あの愚王、こっちに対してすっごく恐れていたからね。それだけ手紙に書いてあったお母様の脅しがヤバいって事でもあるんだけど。
「だけど、あの勇者連中はダメだね。ダメージを与えるどころか戦いにすらならないくらい、力の差がありすぎるわ。まぁあの魔王の様子から、もしかしたら逃げ帰るのを見逃すなんて事はあるかもしれないけど。ただ、この国で一番優れた勇者らしいから、それが敗走したってなると」
「みんな絶望?」
「になるかな。最悪、この国には未来が無いとかそんな状態になって、暴動が起きる可能性もあるにはある。さすがにそれは回避したいだろうから、敗走自体無かったことにするとか、秘密裏に処理するとか、色々ね」
『そういえば、討伐から帰ってきたのに、すぐ別大陸への遠距離討伐に向かったパーティーもありました。そして、なぜか向かったという情報以外の続報が無い事があったんですよね。もしかして、そういう事なんですか?』
「うへぇ、既にやってたか。ほんとこの国、腐ってるな。まぁ遠征中だから情報が遅いって可能性もあるけど、おそらくまぁそういう事だと思うよ。帰ってきたのにすぐ遠征とか、すっごく怪しいもの」
うん、二人もちょっとドン引きって顔になったね。あくまで想像とはいえ、やってそうな気がプンプンだからしょうが無いよね。
なんていうか、どんどん腐ってる部分が見えてくるなぁ、この国。




