276話 やっぱり勇者はキライ
少し長いです
決起集会みたいな物から二日、やって来ちゃった魔王城。ずいぶんとでっかいなぁ。
見た目はよくある城の形をしているけど、横は数キロあるのかってくらいのデカさ。それと全体が真っ黒でちょっとかっこいい。
しっかしなぁ、集会の翌日に出発したけど、移動手段がバスと船の乗り継ぎの旅だったとはね。
最初に港までバスで行き、そこから船に乗って大陸を渡る。着いたらまたまたバスに乗って山道やら森を抜けて到着って感じだったか。停まったのはご飯休憩くらいだったから、ほとんど座りっぱなしだったね。
なによりなぁ、バスや船が特に面白いとか目新しい訳でもなく、前世にあったものと同レベル程度の乗り物だから、遅い! 煩い! 窮屈! の三本セットなんだもん。
おかげでただ座ってイチャイチャするしかなかったとか、不満はないけど不満です!
「ユキくん?」
「あー気にしないで、道中を思い出してたらついモヤモヤしちゃっただけだから」
「そう、なの? 私は気になるところは無かった、けど」
「んとね、わたしってこの世界でずっと過ごしてるから、前世とゆーか地球風の乗り物って古臭いというか、しょぼいなーって思っちゃうとこがあるの。地球基準で考えると、十分快適ではあるんだけどね」
比較対象がレグラスの乗り物だからなぁ。
とはいえ、そう思ってるのはわたしだけのようね。周りを見渡すと、みんな特に疲れたとか不満があったとかが無いんだよね。最上位の快適性を知っているわたしだけの愚痴って感じだわ。
「まぁわたしのモヤモヤは置いといて、思ってた以上の大人数なのね」
愚王推薦の勇者と、ミツキとは別の聖女が各1名、それに戦士っぽいのと僧侶っぽいの、魔法使いっぽいのと弓士っぽいのが各2名とか、結構いるんだよなぁ。
誰が大会の上位者とかは興味ないけど、女性率高すぎ感がすさまじい。勇者と戦士以外全員女性とか、なんなんですかね?
『えっと、宵闇の魔王は情報が開示されている魔王の中でも一番強いと言われていますから。正直、何で攻めようとしているのかという疑問の方が……』
「なんか理由がありそうだねぇ。てか大丈夫? 気のせいか、魔王城に来てから怯えるというか心配事があるというか、そういうのが出発前よりも強いんだけど」
『だ、大丈夫です。それに、いざとなったら……』
「なーんか隠してそうだなぁ」
どうにもルミィの様子がおかしい。
これはアレかなぁ、強い敵に挑まなければいけない恐怖と、主人であるわたしを逃そうとする決意みたいな物でもあるのかなぁ。
ただ、ここまで怯えるって事は、ルミィは魔王って奴と戦った経験があるのかもしれないね。経験に基づく恐怖、みたいなのを感じだし。
とはいえ本人がその辺りを言いたくないっぽいんだよなぁ。主従関係もあって〝命令〟すれば強引に聞き出せるんだけど、そういうのはなんか嫌。まぁほんとーにヤバそうな時までは保留だね。
「いつまで喋っている! もう行くぞ、ついてこい!」
「は? オマエに命令されるとか嫌なんだけど」
「ユキくん!?」
「ごめん、ついイラっとしちゃって」
ミツキが相当慌てたけど、まぁそうなるか。いきなり殺気込めた返事しちゃったからねぇ。
どうにも自分が嫌いな奴、特に勇者から命令されると、イヤって気持ちが強く出ちゃう。ほんとわたしって感情の制御ダメダメすぎだわ。
今回の討伐は愚王主催なのもあり、全体のリーダーはいつの間にやら愚王イチオシの勇者になってた。イチオシなだけあって、この勇者は他とは違ってソコソコ強い。だけど、わたしほどじゃないのはほぼ確定。
まぁ仮にわたしよりも強かろうと、命令されるのはまっぴらごめんなのです! これがお願いだったら別の反応をするけど、命令とか何様なんですかね? まったく、いくら温厚なわたしでもキレちゃいます。
それから勇者どもを先頭に城内を進むけど、なんていうか普通。
「もっとこう、おどろおどろしい感じを予想してたけど、普通のお城だねぇ」
「迷路もない、ね」
「普通の廊下に普通の壁、ただの絵画にただの像とか、ほんと拍子抜けだわ」
「でも高そう、だよ?」
「なんとなーく貴族の屋敷風だね。趣味も悪いって感じじゃないから、選んだ人の感性はまともっぽいわ」
ほんと、貴族の屋敷というか、城をただ歩いてる感じなんだよなぁ。
そもそもダンジョン化してるって話はどうなったんですかね? ダンジョンどころか魔物すら一体も出てこないとか、事前情報と違いすぎませんかね?
そのせいか、勇者共は少し気を抜きすぎというか、雑な感じに進むようになりだしたわ。不意打ちされるとか、何らかの罠があったら全滅するとか、そんな隙だらけな状態。こんなので大丈夫なのかねぇ。
それに対し、ルミィの怯えというか不安みたいなのは継続中。油断しないのは正しいけど、これはこれでちょっと危うい感じだなぁ。こっちも大丈夫かしら?
「遅れているぞお前ら!」
「はぁ、無計画にどんどん勢いづくとか、バッカみたい」
「人獣風情が、ずいぶんな言い草だな。国王の命令だからある程度はこっちが折れてやるが、あまり調子に乗るんじゃないぞ」
「はいはい」
ほんとこの勇者とは水と油って感じだわ。見るだけでもすっごくイライラしてくる存在って久しぶりだよ。
おまけに事あるごとにミツキに声かけようとするわ、いやらしい目でミツキを見てるわと、いっそわたしがこの場で消し炭にしてやろうかって思うくらいのゴミ。
まったく、魔物が襲ってきたら意図的な誤射をして吹っ飛ばしてやろうと考えてたのに。思い切って魔物を召喚してやろうかしら?
「ユキくん、悪い顔してる、よ」
「マジ?」
「そういうのは〝めっ!〟、だよ?」
「はーい」
やれやれ、ほんと顔に出過ぎちゃうわ。何度も思っちゃうけど、わたしにはポーカーフェイスとかほんと無理だなぁ。
しかし「めっ!」ときましたか。これはちょっと破壊力がヤバいですね!
歩き続けること数分、明らかに〝この扉の先はボスの部屋〟とか〝扉の先は謁見の間〟みたいなとこに来た。
だけど、ここまでに遭遇した魔物が皆無とか、逆に不気味だなぁ。
「ついにここまで来たか……全員、気合を入れろよ! 最初から全力、サポートテクニックも全付与だ!」
「うへぇ、なんか暑苦しい」
「お前って奴は、とことんこっちの気を削ごうとして来るよな? まさかお前、魔王の手下なんじゃないのか?」
「まっさかぁ。ただ、そっちとはやり方が違うってだけだよ」
そう言って、勇者とバチバチにらみ合い。
そもそも変に意気込むと隙になるから、程よい緊張感に抑えた方が良いわけで。しっかも周囲が見て分かるくらいの強化状態で行くとかアリエナイ。
周囲にバレバレな状態だと、分析能力に優れた相手が居たら簡単に対応策を練られちゃう。なので、こっちの手の内や状態はなるべく隠す、それが戦場の基本なのです。
「おまけに何だ、その変な格好は」
「おっと、今度は服にまでいちゃもん付けてきたよこのバカ勇者。そもそも変って、これはうちの巫女服なんですけど?」
「はぁ? 巫女だか何だか知らないが、魔王城にそんなひらひらした格好で来るとかバカかよ? 分かってるのか? 魔王城だぞ魔王城、強い敵が居るんだぞ? そんな布切れがどうなるって言うんだよ」
「布切れって、それじゃそっちの女性陣はどうなるのよ? 肩当てとかはあるけど似た様なものじゃない」
「そんな事も分からないのか? やれやれ、聖女殿、すまないが説明してやってくれ」
「え? 私、が? その、説明って何、を?」
「おいおい、しっかりしてくれよ。聖女がそんな状態じゃ、周りの士気にも関わってくるぞ」
あーダメだ、すっごい腹立ってきた。
わたしに対する侮辱的な発言も腹立つけど、そっちはまだいい。だけどこのバカ勇者、わたしのミツキに対してまでいちゃもん付けてくるとか、マジで何様なんですか?
……もういいや。
邪魔だし腹立つだけだし、この場で掃除して
「ユキくん、めっ!」
「はーい」
いやほんと、その人差し指立ててちょっと前かがみに言うとか、破壊力ヤバいって。おかげでイライラ吹っ飛んだけど。
しかも計算してないでこれとか、ほんと恐ろしい子ね!
その後もなんかよく分からないやり取りが続いたけど、何とか流して終わり。キレなかったわたし、偉い!
まぁミツキの「めっ!」が何度も発生したけど、それはそれで。
「んでは気を取り直して、こっちも軽く準備ね。ミツキはわたしが顕現させる光と闇の小精霊さんを使役して精霊力を高める、ルミィはわたしが合図したらいつでも斬り込めるように武器を準備しておいて」
『わ、わかりました!』
「ユキくんは?」
「わたしはヒトガタを展開しておくわ。主に防御を固めて牽制する用ね。最初は様子見も兼ねて牽制しつつ隙を作る。隙ができたらルミィが切り込み、さらに隙ができたところにミツキが小精霊さんを使った精霊術をぶっぱする、こんな感じの流れを作ろうと思ってるわ」
事前情報が全く無いのと、どうにもルミィの状態が気がかりだからね。少し用心深く行くのです。
それに、わたしが全力ぶっぱで終わらせるより、二人の経験にした方が良い気がするんだよね。わたしと違い色々と足りて無いから、できるだけ場数を踏んでもらうのだ。
「それとルミィ、何かあるなら聞いておくけど?」
『え、えーと、やはり気付かれていましたか?』
「そりゃねぇ。まぁ言いたく無さそうだったから聞かないでおいたけど、この段階でもソレで大丈夫なのか確認ってとこね」
もしも秘密にしていた事で全滅とか、よくない結果に繋がるなら無理やりにでも聞く必要がある。
だけどなぁ、わたしに指摘されて少しワタワタしているルミィを見ると、あまり強くというか、命令できないんだよなぁ。なんとなーくだけど、強く出たら泣いちゃうんじゃ? という、変な予感というか不安があるからだけど。
『その……大丈夫ではないのですけど、大丈夫です』
「どういうこと?」
『たぶん戦闘になっても、命を狙われることは無いハズです』
「あらま、真面目な顔して言い切ったね。その理由は?」
『ごめんなさい、それは言えないんです。でもでも、絶対に大丈夫なハズなんです』
「ふ~む……」
根拠はないけど言い切った、か。
ちらっとミツキの方を見たけど、どうやら判断はわたしに任せるって感じね。これは責任重大! ……って深く考える程でもないか。
「んじゃルミィの言葉を信じて、さらに策を練るとかしないで行きましょー」
『えっと、良いのですか? その、私が言うのも変ですけど、凄く怪しいですよ?』
「まぁそうかもだけど、そこはほら、ルミィがわたし達を罠にはめる様な事はしないっての、ちゃんとわかってるからねー」
眷属化の影響も多少はあるけど、それ以前にわたしの勘がそう告げてるからね。
なので、わたしがルミィを疑うとか警戒するはしないのです。ちょっと甘いけど、それがわたしなのです!
「それにほら、わたしだって隠し事の一つや二つくらい」
「ユキくんはたぶん無い、よ?」
「え?」
『確かに、マスターは隠そうとしても全部顔に出ますし』
「自分から話してる、ね。自爆って言えばいい、かな?」
「マジかぁ……」
わたしってそこまでオープンになってたのか。
こんなんじゃミステリアスな女にはなれないなぁ……なる予定は無いけど、ちょっと残念です。
狐娘は基本、身内とか友達にはあまあま無警戒です




