23話 その時、世界は動いた?
完全に閑話です、閑話なのに少し長めです。
それと今回は第三者視点に近い形になっています。
ユキが勇者と対峙している頃
神聖王国アークルス、その王城の一室に国王や宰相、元帥や各部門長といった王国内の重鎮が現在状況の把握と分析をしていた。
「すまん、もう一度言ってくれるか騎士団長」
そう問いかけるのはクレイス13世、神聖王国の現国王である。
「はっ、鉄機兵大隊をドラゴンタイプの魔物一体の討伐にあたらせましたが、先ほど全滅したとの通信がありました」
「余の聞き間違いか? 鉄機兵と言えば〝銃〟を装備した軍であろう。他国にない我が国の最強の部隊ではなかったか?」
鉄機兵、その名の通り鉄でできた機械を扱う兵団。勇者召喚を頻繁に行う神聖王国には科学文明が発達した世界から召喚された者もいる。
だがあくまで勇者、科学者が召喚されるわけではない。そのため再現できる兵器も限られている。銃はそんな限られた知識から再現された兵器の一つである。
銃の開発には長い年月と莫大な資金を投資、最近になってようやく完成した物だ。開発されたのはライフルを模した物ではあるが、魔物から採取できる魔石を使用することで、威力は元となったライフルとは比較できないほど強力な物に仕上がった。
ライフルを装備した部隊であれば、たとえドラゴンタイプの魔物であってもほぼ無傷で殲滅することができる、神聖王国の最新兵器である。
「残念ながら事実であります。陛下、こちらの映像をご覧ください。これは偵察部隊が命がけで記録してきた戦闘内容です」
そう言って宰相が空間に映像を投影する。これは魔道具のカメラで撮影したものを同じく魔道具のスクリーンで再生する、いわゆるビデオカメラの映像をプロジェクターで映す物。ただし映像は不鮮明、そして白黒である。
「な、なんなのだこの禍々しいドラゴンは!? 伝説のエンシェントドラゴンとでもいうのか!」
「陛下、これはエンシェントドラゴンではございません」
「ではなんだというのだっ!」
宰相の言葉にイラつき、拳を机にたたきつけるクレイス。
不機嫌なのは当然だ。銃の開発者に『敵わないのは伝説のエンシェントドラゴン位』と説明を受けていたのだ。だが銃が効かないドラゴンが〝エンシェントドラゴンではない〟とはどういうことか。
「おそらく、これはアビスドラゴンでございます」
「なんだそのアビスドラゴンというのは」
宰相の説明に食って掛かるクレイス。聞いたことすらない名前のドラゴンだ、そうなるのもしかたがない。
「神と魔物が戦っていた神魔大戦と呼ばれる戦乱の時代に現れたという、エンシェントドラゴンを超える最強のドラゴンでございます。その力はエンシェントドラゴンの群れを一回のブレスで壊滅させたとのこと」
「まて、エンシェントドラゴンを超える、だと? 一体どこから来たのだ!」
「それが陛下、どうやら召喚されたようでして」
「ならばその召喚主をさっさと見つけろ! そしてその首をここにもってこい!」
召喚した魔物の場合、その召喚主が死ねば消滅する。これは召喚主の魔力を使い現世へ顕現できている状態ため、魔力の供給が止まれば顕現の維持ができないから。
ゆえに魔物を相手にせず、召喚主を倒すというのは理にかなった作戦である。それが倒せる相手であればだが……。
「それは難しいかもしれません。陛下、召喚したのはレグラスの金狐の様です」
「金狐だと!? まさかあの化け物が仕掛けてきたのか!」
クレイスの顔が一気に青ざめる。レグラスの金狐とはサユリのこと、金色の毛を持つ狐という意味である。
「いえ、それがどうやら娘の様です」
「娘だと? 奴には息子はいたはずだが、娘とは聞いたことがないぞ」
「どうやら隠蔽されていたようです。勇者サレストと勇者サッケルタからの記録なので間違いないかと」
神聖王国の勇者にはある魔法生物が埋め込まれている。これは勇者が王国へ反逆していないかを監視するためである。
その効果は行動履歴や仕入れた情報を王国へ定期的に自動送信する物。送信する情報の取捨選択はできず、その日に出会った人物から食事の内容まで筒抜け、プライバシーなど一切ない。
しかし当の勇者たちは魔法生物が埋め込まれていること自体知らないため、そのような人権侵害な行為であっても反対する者は現れていない。
「あの化け物の娘がやったというのか。だがなぜ急に仕掛けてきた」
「それが陛下、勇者サッケルタが我が国の奴隷を回収する際、その場にいた娘も連れ去っていたようで」
「何をしているのだあの馬鹿は! くそっ、これでは拉致された正当防衛と言われかねんぞ!」
机をたたきながら叫ぶクレイス。やられたらやり返す、それがあたりまえな世界。ここでさらにユキを捕えたらどうなるか。答えは本当の化け物であるサユリが出張って来ての蹂躙が始まる、それは避けねばならない。
「教会騎士団からの伝令です! 現在ノーライフキングと交戦中、被害甚大、とのことです!」
士官が汗だくで入ってきて報告する。
その報告を聞き、部屋にいる者たちは絶望した。アビスドラゴンだけでも壊滅的な被害になるというのに、そこにアンデッドの王が追加だ。希望を見出す方が無理である。
「なぜノーライフキングまでいるのだ! ま、まさか」
「陛下、どうやらその最悪な予想通りです。狐の娘が召喚したようです」
「馬鹿な! なぜ強力な魔物を2体も召喚できるのだ! 複数召喚可能なのは低級の魔物ぐらいであろう!」
絶望しながらも机をたたく。叩きすぎて血がにじみ出しているが気にしていないようである。
「報告します! 新たに同種のドラゴンを2体発見! すでに第8~10大隊は壊滅、都市の被害も甚大です!」
絶望の時間は終わらない、今度は別の士官が顔を真っ青にしながら報告してきた。
その報告を聞いた部屋の者たちは、あるものは発狂し、ある者は神へ祈り、ある者はその場で気絶、ある者は恐怖のあまり失禁していた。
「ありえん、強力な魔物を4体同時だと!? それを小娘一人でやったというのか!」
「そのようです。陛下、これは最悪の状況を覚悟しておいてください」
最悪の状況、それは神聖王国滅亡である。
その現実を知り、クレイスはただ絶望するしかなかった。倒す力もなく、状況を打開するカードもない、何もできないのだ。
「報告します!」
「余はもう何も聞きとうない」
長い絶望の時間ですっかり折れてしまった国王クレイス13世。入ってくるのは壊滅、もしくは被害甚大ばかりだ。
「陛下! ノーライフキング、およびドラゴン3体が消失したとのことです!」
「なんだと!? まさか倒したのか?」
驚きのあまりワインをこぼし服が汚れたが関係ない、ようやく絶望から解放されたのだから。
「いえ、倒してはいません。どうやら役目を終えたのか、召喚主に送還されたようです」
「そうか……。だが余たちは生きておる、ならば」
反撃しようと言いかけたときに宰相が鋭い目つきで遮る。
「ですが陛下、当方の被害が甚大です。このままでは国内での反乱も起きかねません」
「ではどうしろというのだ! たかだか獣一匹にここまでやられて何もせんというのか!」
生き残ったことで急に強気になるクレイス。王としての威厳がそうさせるのか、ただの見栄なのかは本人しかわからない。
「陛下、せめて10年、いえ8年お待ちください。それだけあれば壊滅状態の東部は復旧できます」
「だが復旧させるだけでは意味がないだろ」
それを聞いた宰相は予想通りだったのか、目がキラリと光る。やり手である。
「勇者を召喚します」
「だが勝てるのか? 化け物4体も召喚する獣だぞ」
「一人ではありません、以前勇者が言っていたクラス全員の召喚というものを行います。さすがの狐も複数の勇者が相手ではどうにもなりますまい」
クラス全員召喚、された方はたまったものではない。
「なるほどな。良いだろう細かい話は明日だ、あとはお前に任せる。余は疲れた」
こうして神聖王国の長いようで短い地獄の時間は終わりを告げたのであった。
アルネイア王国のとある貴族の一室でも動きがあった。
「父上! 術装の所持者が新たに生まれたのは本当ですか!」
一人の男が老人に対して詰め寄る。
「うむ、どうやら九尾の金狐の娘のようじゃ」
老人は険しい顔をしながら答える。九尾の金狐とはサユリのこと、ここでもその金色の毛が特徴として語られている。
「娘、ですか? その様な情報はどこにも、まさか!?」
「見事に隠蔽されておった。おそらくレグラスの者しか知らんのだろう」
「しかし娘というのは本当なのですか? そもそもなぜ隠していたのです?」
そう答えつつ、男は顎に手を当てながら同時に考える。『ただの娘であれば隠す意味がない、ならば特殊な能力を持った存在なのだろうか? そしてなぜ術装の所持者がその娘だというのがわかったのか?』と。
「あの狸の身辺を探っておったらな、先ほどレグラスの使いからの情報を受けていたようじゃ。おそらく娘を隠すのが困難になるので先に連絡してきたのだろう」
「狸というと宰相殿のことでしょうか。まさか父上!?」
この世界にも他国に情報を流す密偵が存在する。その密偵が宰相自身ではないかと男は考えたのだ。
「この国の機密などは漏れておらん。それよりもだ、あの狸はあの狐と戦友、王はレグラスの盾の弟子じゃ。おそらく上の奴らは娘の存在は既知であろう」
苦虫を潰したような顔で答える老人。
彼は長い間国に尽くしてきた、名実ともに偉大な上位貴族である。だが国は彼に対し娘に関する情報は何一つ伝えてこなかった。蔑ろにされたと感じるのは当然である。
「しかもその娘、まだ4歳だそうだ。そう、お前の娘の一つ下じゃな」
「なんですと!? 馬鹿な、それでは」
「しかもその娘も同じく生まれながらの天魔じゃ。そして術装を発動、笑えんのう」
「くそっ、我が娘と同等などあってはならない。我が娘が次代の最強の座を得るはずなのに」
男は娘を溺愛していた。そのため許せなかったのだ、娘と同じ素質を持つであろう狐の娘が。特別なのは自分の娘だけで良いのだ。
「そうじゃな、一度顔を見ておくのもよいか。どちらが次代最強の一族の長であるか、はっきりさせたいところではあるしの」
老人の目が怪しく光る。この男も孫娘を溺愛していた。
老人は最強と言われた自分の一族に強い誇りを持っていた。未来永劫、自分の一族こそ最強だと思っていた。だが世界は変わった。一族は衰退し、異なる一族が最強になっていた。
孫娘はそんな老人の希望、この世界に最強の一族であることを再び知らしめる存在として期待しているのだ。
「そうですね。来年は娘のお披露目があります、そこに招待するのが良いかもしれません。奴らの興味を引きそうな情報を流せば確実に来るでしょう」
「ふむ、そこで決闘を申し込み、上位貴族の前で倒す。さすれば我が孫娘の方が強いと周囲に知らしめることができるわけじゃな」
「その通りです。我が娘が負けることなどありえません」
この男、娘が負けることは露ほども疑わない。それだけの力を持っていることにもなるが。
「よかろう、わしの方もそれで進める」
「よろしくお願いします父上。細かい調整ですが――」
二人の男はその後も話し合い、夜は更けていくのだった。




