222話 複雑でめんどくさーい
渋々、ほんと―に渋々だけど、ベアトリーネと話すことに。
「どうしますか? 私達もついていきましょうか?」
「んー、それだとおんぶにだっこ過ぎるので、一人で行ってみます!」
そうお父様に告げて、ひょいっと地面にちゃくち!
さすがにね、このまま抱っこされたまま行くのは、ちょっと恥ずかしいのです。
みんなに手を振ってから、黄昏てるのか外を見続けてるベアトリーネのもとに向かう。
これがコイツじゃなければなぁ……。現状は嫌いって感情しかないからか、勝手に黄昏てろって考えちゃう。こういう考えはもっちゃいけないんだけど、どうしても出ちゃうわ。
だけど、はぁ、やっぱ気乗りしない。
いっそここから攻撃して窓から突き落とし……って、ダメダメ、ほんと物騒な考えがすぐよぎっちゃうわ。
このままだと無意識に暴走しそうだし、潔く話しますか。
ベアトリーネの傍まで行くと、ようやく気付いたみたいね。窓ではなくこっちを見たわ。
「遅かったわね」
「いきなり上から目線とは、ずいぶんな立場だねぇ」
「ふんっ、あんたなんかにワタクシの気持ち、分かるわけないでしょ」
「はいはい分かりませんし、分かろうって気もありませんよ……って、いかんいかん、口論しに来たんじゃないんだった」
ほんとダメだなぁ、つい攻撃的になっちゃう。まぁコイツも少し睨みながら話してきたからってのもあるけど。
う~ん、やっぱり精神安定のためにもアリサかミツキにも来てもらうべきだったわ。
「で、わたしに用事ってどういう事よ」
「いきなり仕事の話とか、デリカシーが無い奴ね」
「デリカシーって……もしかして、わたしと話がしたいの?」
「そういう事を聞き返すのもデリカシーが無いって言ってんのよ」
むぅ、なぜか怒られてる。
そりゃコイツに優しくする気は今のところ皆無だけど、デリカシー無いって言われるとは思わなかった。
だけどわたしも今年12歳、青年期なわけですし? この程度のことでキレたりしませんよ、キレたりは。
ちょーっとイラっとして圧を掛けようとしたけど、後ろの方でじーっと見てるお父様たちの視線のおかげで、何とか踏みとどまれた。見られてるって考えると、けっこう抑えられるものだね。
ベアトリーネが再び窓に視線を向け『はぁ』って大きなため息をついた後、もう一度こっちを見てきた。
なんですか? 有名女優の真似をした演技ですか? って、ほんとダメだなぁ。悪いとこを見つけようと躍起になってる感じで、ほんとわたしってダメダメだわ。
「とりあえず、おめでとうって言うべきかしらね」
「どういうこと? わたし、お前に祝福される理由一個も思い浮かばないんだけど」
「当然ね、アンタとワタクシはずっと敵対してたしね」
そうなんだよなぁ。ベアトリーネは前世のクラスメイトで、しかもそれが小学生からずっとなわけで。
日本の学校は、公立だと同じ地域の子供が無条件で進学できる。高校には入学試験があるけど、都心部の名門校とかでなければ問題ない。名門校はガチな勉強が必須だけど、普通の高校はそこまでじゃないし。
だからか、小中高と同じ顔ぶれになることも珍しくないんだよね。
だけど、ずっと同じクラスメイトが居るっていうのは珍しい。
でも事実、わたし、ミツキ、マナミ、コータ、トースケ、それとベアトリーネと他数人は、どういうわけかずっと同じクラスだったわけで。
ミツキたちとずっと一緒なのは良かったけど、糞女もずっとなのは嫌だったなぁ。
「ミツキに対しては少し酷いこともしてたわね」
「すこしぃ~? わたし達が気付かなかったら、ミツキは絶対に癒えない傷を負う可能性があったのにぃ~?」
男に襲わせようとしたり、虚偽の内容で犯罪者モドキにしようとしたり、子供のイタズラを超えた内容がたくさんあった。
運が良いのか、それとも詰めが甘いだけだったのか、そういうときは必ずわたし達の誰かが気付き、阻止することができた。
気付けなかったらどうなってたか、考えたくもない。
「勘違いしてるようだけど、ワタクシは少し脅した程度よ」
「脅しって、度が過ぎてるわ!」
「そこは謝るわ。まぁこれは言い訳だけど、ワタクシは脅すように命令しただけ、その先の行動はあいつらが勝手に考え、そしてやった事よ。って言っても、信じないんでしょ?」
「信じる信じないとかどうでもいい! お前が命令さえしなければそんな危険は無かった、それだけなんだから!」
自分は考えただけ、主犯は別ですって言われても、それで納得なんてできやしない。
コイツのせいでミツキがどんだけ危険な目に遭ったか、絶対に許せないし許したくない!
なにより、同じようなイジメを受けた人はいる。泣き寝入りする羽目になった子も実際に見た。不登校や転校した子だっていた。
そんな事実を水に流し全部許しますなんて、わたしには無理だわ。
思い出せば思い出すほど、糞女に対する殺意が増してくる。
このまま糞女を消滅させようか? そういう考えばかり沸いてたら、頭をポンポンと叩かれた。だれ?
上を向いて確認したら
「あれ? お父様?」
「さすがに限界だと思いましたからね。まだまだ抑えるのは難しいみたいですね」
お父様が笑顔でわたしの頭をポンポンしてくれたからか、ドロドロとした嫌な気持ちが吹っ飛んでぽけーっとした感じになっちゃった。
今のわたし、何とも間抜けな顔をしてそうだわ。
「ベアトリーネさんが正しいという事はありません。ですが、ユキさんも同じような立場になったかもしれないのです」
「へ? それってどういう事ですか?」
「簡単なことです。ユキさんは私とサユリさんの娘という事もあり、大きな力を持っていますよね? ですが、その力に溺れる事なく、正しくあろうとしてますよね?」
「だって、お父様とお母様にとって恥ずかしい娘でありたくないですもん」
「ですね。その結果、ユキさんは今の優しい性格になりました。ですが、もしも私達が違う望みをしていたら、どうなりますか?」
「あー……」
なんとなくわかった。
今のわたしはお父様とお母様、それに仲の良い人みんなに嫌われたくないので、みんなが望む姿を目指してがんばってる。
そしてみんなの望む姿っていうのが、優しいとか、かわいいとか、そういう感じの子。
そんな風にがんばるのは、おそらくベアトリーネも同じってことね。
そもそもコイツの家って、世間一般の評価は『権力とかが凄くて何もかも見下してる』『従わない部下は切り捨てる』『ライバルは不正をでっちあげて落とす』って感じだったね。
だとすれば、両親の理想の娘もそんな感じの子ってわけか。
自分よりも秀でる子や可愛い子が現れたら、自らを磨いて勝つのではなく、蹴り落として勝とうって意識が生まれるのは当然。その結果、とんでもない事をするようになったと。
しかもベアトリーネの家族はすっごい冷たいというか、愛情みたいなのは一切感じられなかった。
記憶にある限り、参観日には一度も来たことが無い。運動会や音楽会といった保護者が参加する行事にも当然不参加だし。
でも、両親の代わりに年老いたお婆さんが来ていたね。一緒に帰る姿を見た記憶が何度もあるから、仲は良好だったはず。
だけど、ある年から見なくなったんだよねぇ。結構な歳みたいだったから、無理しすぎちゃったのかもね。
悪い事しだしたも、そのお婆さんを見なくなってから。
たぶん、それまでのベアトリーネの目標は、そのお婆さんが望む理想の娘だったんだろう。
だけどお婆さんが居なくなったので、両親の理想の娘になるように変わったと。理想の娘になれば両親が構ってくれる、そんな感情もあったのかもね。
「むぅ、なんかふくざつー」
「別に、アンタに同情してもらおうって気は無いわよ。ワタクシがこうなったのは自己責任、それくらい分かってるわ」
「ふーん」
「なによ、その見透かしたような目は」
「べっつにー」
当時は考えて無かったけど、気付くと色々と見えてくるものね。
相談したり、止めてくれたり、一緒に考えてくれる人が居なかった結果、悪い両親と同じ道を歩んだ残念な子って訳だし。
そしておそらく、そのことに当時のわたし達が気付けば、もうちょっと別の未来があったかもしれない。
ひょっとしたらミツキに対する執拗ないじめも、わたし達に気付いてほしいからとった無意識の行動なのかもしれない。ミツキたちほど長くは無いけど、コイツも幼馴染の様なものだし。
だけど、綺麗さっぱり水に流せるかって言うと、う~ん……。
同情しないわけじゃないけど、自己責任なのは事実だし。でも自己責任で割り切れるかって言うと、家族の影響ってわたし自身もすごい実感してるくらい大きいわけで。
だぁぁぁぁぁぁ、やっぱふくざつ―!
ベアトリーネはいろんな意味で面倒な奴




