210話 情緒不安定
今回はレイジの視点です
閑話に近いです
目の前に居るジョイスを見ると、少し懐かしさがあるな。
昔は訓練のため、二人でよく模擬戦をしていたっけ。
「レイジよ、まさかこのワタシに勝てるとでも思っているのか?」
「ワタシ、ね。そう言えばジョイスは貴族に引き取られたんだっけ? その口調やたたずまいは貴族らしく、なのかな?」
「貴族らしくではない、貴族だからだ!」
ずいぶん高圧的に言ってくるな。
もともと上から目線だったけど、ここまで激しい性格ではなかった気が。
僕がこの世界に召喚され、エレン様の従者となった際、一緒に従者に選ばれたのがジョイス。
当時は僕と同等か、少し強い印象があったかな。歳も少し上だったか。
性格は少々難があったけど、エレン様のことを第一に考える良い従者ではあったね。
ただ、エレン様がユキ様と出会って、すべてが変わった。
悪い言い方をすれば、それまでのエレン様は人形とでもいうか、ローガン様やバートン様の言いなりになっていた。わがままも一切言わず、何も望まない、出来過ぎたお嬢様だったね。
そのような状態だったからか、屋敷に居るメイドや執事と距離を置くというか、上の空みたいな印象が強かった。
僕とジョイスに対しては、多少心を開いていたけれど、少し余所余所しい感じもしていたな。
そんなエレン様だけど、ユキ様との出会いは衝撃的だったようで、エレン様本来の性格が前面に出るようになった。
初対面なはずのユキ様に対し大胆な行動をとったり、貴族向けではないジャンクな物を食べたり、屋敷に戻ってからもユキ様の事ばかり話していたね。
何か吹っ切れたようで、僕たちに対する余所余所しさも無くなったなぁ。
だけど、それをジョイスは良く思わなかった。
おそらく、絵に描いたようなお嬢様がジョイスの理想だったんだろう。
なのにジャンクな物を食べたり、積極的になったり、さらには恋する乙女のようにユキ様のことを話すのが、相当気に食わなかったんだろうね。
ユキ様に対する獣扱いの発言といい、いろいろとおかしくなっていたし。
貴族に引き取られてからは分からないけれど、どうも以前よりも悪い部分が引き出されているな。
これが悪魔化の影響であれば良いけど、違った場合は少し面倒だ。
なにせ今のエレン様、ユキ様に対して恋愛どころか嫁発言してるから、それを知ったら発狂どころではないだろうし。
「何を考えてるのかは知らぬが、ちょうどいい、どちらが正しいか決着をつけようではないか」
そう言ってジョイスは剣を構えなおしたけど、どちらが正しいってってあれのことか?
「なぁジョイス、正しいも何も、エレン様が従者としてどちらを残すか選んだ、それだけのこと。僕たちが正しいとかは無いはずだが」
「馬鹿を言え! お前のような劣等種が、真の勇者であるオレを差し置いて従者など、ありえんだろ! 裏で手を回したのは分かり切っているんだ!」
訳が分からない事を叫んでるな。しかも一人称が〝オレ〟に戻っているあたり、感情の制御ができていないようだし。
そもそも裏で手を回すって、一介の従者がどうやってそんな大それた事をするんだって思うんだけど。
なにより、サユリ様の意見が決め手だったわけで、誰かの陰謀とかも何もないわけで。
「オレを貴族の元へやったのも、お前が何か仕掛けたんだろ!」
「いやいや、なんでそうなるんだ。何より、そんな事をする利点が僕には無いだろ?」
「いいやある! 貴族になるという事はそれ相応に知識を学び直し、振舞いも正さねばならん。当然、一朝一夕で済むようなものじゃない、長い年月が必要だ」
「まぁそうだろうね。僕にはわからない、すごく大変な思いをしたんだろ?」
ひょっとしたら、今まで頑張ってきたのを褒めてもらいたいのをこじらせて、変に捻くれているだけかな?
だとしたら少し話に付き合うだけで済んでくれると思うけど。
「その通りだ! そして期間が開くという事は、その間にお前がお嬢様を誑かすことができるというわけだ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。僕がエレン様を誑かす、だって?」
なんという妄想力、正直呆れてしまうよ。
そもそもエレン様に対し、僕は恋慕の様なものは一切持っていないのだけれど。それこそ初対面の時からずっとだ。
尊敬し、守る対象である主人、という想いしかないのだけれど……。
「な、なぁジョイス、どうしてそんなことを思うんだ?」
「ハッ、白を切る気か。だが貴様もオレと同じなのはわかりきってるんだよ!」
だめだ、完全に自分の物差しでしか見ていない。
というより、話せば話すほどおかしくなってきている。もしかして、悪魔化すると精神面が不安定になり、おかしな言動をとるのか?
だとすれば、このまま話し続けるのは悪化するだけか。
本当は話を続けながら悪魔化の原因などを探り、ユキ様たちに情報を連携したかったけど、無理か。
しょうがない
「なぁジョイス、これ以上話を続けても、君の気は晴れないのだろ? だったら」
ビームを展開し、僕も剣を構えなおす。
どうやらジョイスも理解したようだ、少しニヤッとしたね。
「決着、つけようか?」
「良いだろう。そしてどちらが本当の男か、この場を持って決めてやろうではないか!」
ほんと無茶苦茶な言動になっているな。
しかも〝本当の男〟ってなんだ? エレン様の従者がどうこうはどこ行ったのやら……。
「逝くぞ!」
「いや、その言い方だと君が死ぬって方になるんだけど……」
言語がおかしくなったジョイスが斬りかかってきたけど、思ったより遅いな。
悪魔化の影響で、多少パワーとスピードが上がっているが、脅威って程じゃない。むしろ、全力に近いユキ様とエレン様の方が何億倍も強くて脅威だな。
「この程度か」
「てめぇっ、なんで避けやがるんだ!」
「そんなキレられても困るんだが……。そもそも攻撃は避ける、それが基本だろ?」
たしかに僕は盾も持っているが、それは回避できなかった時のためだ。
攻撃は受けるのではなく回避、もしくは弾くのが鉄則だからね。ユキ様の家にお世話になってから、その意味が本当によくわかったよ。
そして、回避したことはやはり正解だったみたいだ。
外れた剣先が床に振れた途端、床は悪魔の力によって浸食され、毒沼のように悪臭を放った。これは受けたら相当にまずいな。
「まだだ、まだ終われん!」
「いやいや、たった1撃躱されただけでその発言、色々とおかしくないか?」
本当におかしくなっているな。
それに発言だけじゃない、目もおかしい。きょろきょろして、真っすぐにこちらを見ていない。かなり危ない感じだな……。
「くそっ、当たれ、当たれってんだよぉぉぉぉぉぉ」
「そんながむしゃらに振り回すとか、体力の無駄じゃないか?」
「黙りやがれ!」
縦横無尽に剣を振っては来たけど、どれも脅威ではない。
しかも作戦も無く、ただ振るうだけになっている。僕の記憶にあるジョイスなら、ここまで無様な攻撃はしなかったはずなんだけど……。
ひょっとして、悪魔化すると知力も落ちるのかな?
「ところでジョイス」
「キッサマァ、戦いながら話など、ふざけんな!」
「話というか、だいぶ息が上がっているようだけど、大丈夫かい?」
たった数分で完全に息が上がるとはね。悪魔化前のジョイスならここまで酷くなかったはずだけど、今は酷すぎるな。
それに、僕からは攻撃をまだ仕掛けていない。あくまでジョイスの攻撃を躱し続けているだけ。
なのにこの状態とは、想定外だなぁ。このままだとジョイスの自滅、ってことになるかな。
「ちくしょう、オレは、ワタシは、強くなって、貴族にもなって、それでお嬢様に」
「キレていたと思ったら、今度は泣くのか……」
情緒不安定どころじゃないな。
ユキ様から聞いたベアトリーネという悪魔化した少女は、ここまでおかしな状態じゃなかったようだし。
ひょっとしたら、悪魔化が完全に済んでいないのかもしれないな。
だとすれば、やりようはある。
「なぁジョイス、君はどうしたいんだ?」
「どうしたい、だと?」
「このまま悪魔化して僕の、いや、エレン様の敵となるのか?」
「な、なぜオレがお嬢様の敵になるんだよ!」
「なぜって、そりゃ悪魔関係は世界の敵だろ? そんな敵に、君はなりかけているわけだ」
慌てているし、悪魔や悪魔化の存在について詳しく知らないまま受け入れたな。
おそらく、悪魔を倒そうとして自ら乗り込んだ、もしくは連れ攫われたが、悪魔の甘言にまんまとはまって、といったところか。力を欲していたようだし、そこを悪魔につけこまれたな。
運が良かったのは、悪魔化が中途半端、もしくは時間が経っていないってことか。ならば僕でも解除できる。
ジョイスに気付かれないよう、慎重に浄化の魔道具を起動する。悪魔の力に対し、聖なる浄化が効果的というのはどの世界でも同じだね。
あとはこのまま魔道具の浄化範囲内にジョイスを止めておけばいいだけ。
さてと、ここからは時間の勝負だ。
長期戦になるだろうし、ここは時間稼ぎのためにも会話をしばらく続け……おや?
「な、なにを、した」
「ずいぶん眠そうだけど、大丈夫かい?」
「ひ、ひきょ、う、だ、ぞ……」
……マジかい?
魔道具を起動して1分も経たずに、浄化の影響からか眠ってしまったんだけど。
悪魔の力もどんどん減っているようだし、効果すごすぎないか? たしかにユキ様が作った魔道具ではあるけれど、それにしてもこれは……。
おそらく、最初から浄化の魔道具を使えば、すぐに終わってたな。
そう考えると、なんというか、すっごく馬鹿らしいことをしていた気分。
それに、戦いらしい戦いをしてないんだよなぁ。
殴り合いなどをして改心させるとか、そういう気持ちでユキ様にジョイスの相手を任せてもらったってのに。
これは後で弄られるな……。
「なぁジョイス、敵になるなら、もう少し強い敵になってくれないかな……」




