19話 狐の幼女と魔石の勇者・・・1
やはり犯人は神聖王国の勇者だった。うちに来ていた勇者が犯人かと思ったこともあるけど、どうやら違ったみたい。
「真の主人? 意味が分からないんだけど」
本当に意味が分からない。それに真の主人ならばアリサを傷つけていいってこと? ふざけるな!
「そのままの意味だよ。こいつは僕の物だったんだが、ある日別の勇者の気を引いてしまってね。可哀そうとか言って僕から取り上げたのだよ。ふざけた事をしてくれたものだ」
つまりあのロリコン勇者はひどい状態だったアリサを保護したってことかな。奴隷待遇のままだったけど、このゴミよりはましだったってことね。
「だがこうして僕の元へ戻ってきた。しかもこのサイズの魔石を持ってだよ、なんて主人思いの奴隷なんだろうね。これを吸収すれば僕はさらに強くなれる」
そう言ってアリサから取り出した魔石を光にかざして見つめている。確かに進化していないのに大きく、そして輝きも強い。でもそれはアリサのものであってお前のものじゃない!
すぐにでもこのゴミを処分したいけど落ち着け、感情で行動するな。
「そして僕にはこの聖剣クリスタルオブマジックがある。これは神より与えられし神具でね」
剣を天に掲げだしたけど、ふむ、クリスタルの特性を持っているのか、水晶のように透き通ったロングソードね。アリサはあの剣で刺されて魔石を盗られたってことか。
そもそも体内にある魔石は物質化していないため、取り出すどころか触れることもできない。これは魔石自体が別次元の存在になっているから。なのでそのままではこの世界に存在できない。ただし宿主が死ぬなど、魔石への魔力供給が停止すると別次元の存在からこの世界の存在へと変化する。
でも奴はアリサを殺さずに魔石を取り出している。おそらくあの剣は刺した相手の魔石の存在を変化させ、生きたまま取り出せるようにする魔法が内蔵された術具といったところか。
「というわけで、君の魔石もいただきたいのだが。なにせ狐族、しかも天魔、さらに三尾とは素晴らしい。この運命的な出会い、神は僕にその巨大な力を手に入れるよう導いてくれたようだ」
妄想癖がすごいのか、変に語りだしてるけどどうでもいい、完全にこいつは私の敵なのがよく分かった。隙をついて助けようなんて甘いことはしない、排除してアリサを助ける!
「ノーライフキング、ここはもういいわ。ゴミ掃除の続きをしてきなさい」
いつまでも話に付き合う必要はないからね、お掃除再開。ノーライフキングはお辞儀をしてから掃除に戻っていったわ、相変わらず紳士的な子ね。
さてと、こっちもゴミを処分してアリサを助けなくちゃ。
「おや、君だけでいいのかい? これではハンデになってしまいそうだなぁ、はっはっは」
「いい加減そのくだらない口を塞げゴミ虫」
完璧な作戦でもあるのか、ずいぶん余裕だなこいつ。
「怖い怖い、そんなこと言う子は嫌われるよ? さて、それでは始めようか。シールマジックフィールド展開!」
部屋全体が一瞬光ったと思ったら、床や壁のあらゆるところに呪文でできた鎖が現れたわ。どうやら部屋全体に展開したようね。
「へぇ、そう来たの」
「悪いが先手を打たせてもらったよ。このフィールド内は魔力が低下する、君のような子供にはさぞ苦しいだろう? 余計なことはせず、降参してくれると僕はうれしいな」
シールマジックフィールドは広範囲の魔力封じ魔法。完全に封じることができない対象へは使用する魔力の効率を悪くする効果があるため、身体能力に魔力を使う種族の天敵ともいえる魔法の一つとなっている。
わざわざそんな魔法を使うあたり、私が魔力で体を動かしてるのを把握済みということか。これは何らかの解析能力も持っているな。
もっとも
「これで終わり? ならこっちから行くわ!」
魔力を活性化させて身体を強化、そして勢いよく突っ込む。少し効率が悪くなったところで関係ない、効率悪いならその分魔力を上乗せして使えばいいだけ!
狙うは心臓。勢いそのままに、右手に魔力を込めて
「そこっ!」
掌打を放つ。
……むぅ、妙に反応が速い、剣の腹でしっかりガードしてきた。でも打撃は防げても魔力はそのままぶつけ、って、空間が歪む!?
「ちぃ、この状態でもこれほどの力が出せるのか。まさか、シールマジックでも封じきれないほど魔力を持っているのか!?」
初手の魔力掌打は剣で防がれたせいで奴のダメージは無し。
それと魔力をぶつけた瞬間に空間が歪んだけど、これは奴の剣が空間制御に関する機能を内蔵している影響とみて間違いないか。ぶつけた魔力に反応して軽く暴走した結果のようだし。
しかしそうなるとまずい。何度も空間が歪んでいたら次元の亀裂になり、間違いなくアリサがもたない。
これは魔力を直接ぶつける攻撃は控え、魔力での身体強化だけで行くしかないか。
「おや、この奴隷が気になるのか。なに、僕の所有物だが遠慮しないでくれたまえ。奴隷の一人や二人、戦いの余波で死んでしまっても替えはたくさんいるからね。さて、今度はこちらから行かせてもらう!」
死んでもいいとか、ほんとくそったれだわこいつ。絶対ぶっ倒す!
お返しとばかりに奴の斬撃が上から迫ってくる。だが遅い、この程度は体をひねるだけで回避できる。
回避に合わせて魔力を込めた手刀で奴の胸部を狙う。
ちっ、手刀がすべて入る前に後方に逃げられた。これじゃ掠った程度、だけど鎧の一部は破壊できた。
やはり体格の差はいかんともしがたい。
こちらは平均的な4歳児と変わらない身長、対する奴は180センチくらい。これはもう少し距離を詰めて戦うしかないか。
「危ない危ない。その小さな体のどこにこれほどの力があるのかね」
でも今ので分かった、一発でも当たれば勝てる。掠った程度で奴の鎧が破損するということは防御力は大したことない。問題はあの聖剣とか言うものだけね。
「ますます気に入ったよ。是非ともその魔石をいただきたいものだ!」
今度は下段から切り上げだが掠ることもない、余裕でかわせる。
だけどかわされることを予想していたのか、すぐに剣の向きを変え横切りの連続攻撃をしてきた。
でも遅いし奇をてらうような攻撃でもない、いなす必要すらない。この攻撃も少し体をそらすだけで簡単に回避できた。
「まだだぁぁぁぁぁ」
強引に体を少し引いたと思ったら、剣を構え直して刺突してきた。避けてもいいけどここは
「ていっ!」
タイミングを合わせて剣の腹を魔力を込めて思いっきり蹴り上げる!
体勢が崩れ胴体はがら空きになった、このまま突っ込む? いや、それよりも!
「そのまま崩れなさい!」
さらに魔力を込めて足を一気に振り落とす! すると込められた魔力は刃となり、奴を脳天から一直線に切り裂く。
「ぐがっ、な、なんだ、これは!」
ちっ、今のも浅かった。額に傷を付けたのと鎧を縦に切り裂いただけ、ダメージもあまりないわね。やはりこのリーチの差はいかんともしがたい。
「くそ、どうして僕が傷付く! なぜ僕の攻撃は当たらない! 僕は勇者なんだぞ! 魔石を吸収し、神聖人に進化しているはずだぞ!」
奴は額の傷を止血しながらそうわめいてる。もう焦りだしてるとか、肉体面もそうだけど精神面も雑魚ね。前世で戦った勇者の方が断然強かった気がするわ。
「簡単よ。お前は弱い、ただそれだけ」
「ふざけるな! 勇者が負けることなんてありえない!」
「でもこれが現実」
「まだだ! 僕は勇者、そして手にしているのは聖剣だ! 負けるはずがない!」
急に吠えと思ったら、魔力を剣に集中しだした。何をするかは予想できるけど、さて。
「これでもくらえ! ひっさぁぁぁぁつ! ライトニングゥゥゥゥスラァァァァァァッシュッ!!」
雷をまとった薙ぎ払いが来る、こいつの必殺技? だがこれも少し下がるだけで回避できる、ほんと遅い。
攻撃を完全に回避したことで今までで一番の隙ができる、これは大チャンス!
魔力を脚部に集中、そして地面を思いっきり蹴って懐に飛び込む。狙いはがら空きの腹部、指先に魔力を集めて貫手を仕掛ける!
「そっこだぁぁぁぁぁぁ!」
「くっ、僕を守れ! 聖剣クリスタルオブマジック!」
貫手が腹部に当たる前に弾かれる、どういうこと? 奴の剣がいきなり目の前に出て来て、当たる寸前の貫手を防いだたように見えたんだけど。もしかして空間転移とカウンター系の複合術? それか自動防御の術が付与されてるってこと? 魔石関係といい、ほんと厄介な武器。
でも……
「ぐふっ、き、君、やってくれるじゃないか。想像以上だよ」
ガードしきれなかったようで、後方の壁にそのまま叩きつけることができた。だけどガードされなければ奴の腹に穴を開けることができただけに少し残念。いっそのこと先に剣を破壊するべきか。
「子供だと思って油断していたが、認めるべきだな。君は間違いなく僕の、いや人類の敵だ!」
「油断したのはお前の自業自得でしょ」
勇者ってこういうのばっかなのか、物語の登場人物のように急に語りだした。正直呆れるわ……。
「これは使いたくなかったんだがな」
懐から何かを取り出す、あれは最初に奴が持っていたアリサの魔石? まさかこいつ!?
「魔石よ、我が声に応え、我に新たな力を授けよ! 秘められし大いなる神の力を!!」
その言葉に呼応したのか、魔石から大きな光があふれだした……
戦闘は割とあっさりで書いていく予定です。
長期戦をしないわけではないのですが、それでもあっさり風になるかと。
こってり書くと文字数がえらいことになってしまいますし。
おまけの補足:
魔力をためる攻撃=溜めた魔力だけをぶつけるチャージショット
魔力をこめる攻撃=魔力で強化した攻撃をするチャージアタック(一点集中もこっち)
となります。ただ、劇中のように込めた魔力を使っての派生や追加攻撃もできたり、溜めた魔力を使って身体をさらに強化というケースもあるので、一概にこれって感じにはならないです。