177話 メイドの戦い
今回はアリサの視点です
それと少し長いです
お嬢様の代わりに悪魔化した者と戦うことになりましたが、ふむ、こうなりますか。
「な、なんでワタクシの攻撃を受け止めることができるのよ!?」
接敵直後に鎌を大きく振られたので術装で迎え撃ちましたが、そこそこの力ですね。純粋な筋力は私以上でしょうか?
それと、お嬢様が教えてくださった通り、この鎌には対精霊用の特効機能がありますね。
お嬢様から頂いたこの術装にとっても、対精霊用の特効機能は非常に厄介なものです。
もっとも、お嬢様が何も策を練られない、などということはありえません。しっかりと対策を示してくださいました。
対策は単純、術技を常時発動状態にして、魔力で被っておけばいいだけです。
答えとしては単純ですが、術技を常時維持するのは魔力の総量が関係するので、実現できる方は限られてしまいます。
ですが、お嬢様は私であればこの方との戦闘中くらいは余裕で維持できる、と言ってくださいました。
お嬢様の言うことなら間違いないです。ならば私は術技を維持しつつ、普段通りに戦うだけです!
「あの獣といい、どうしてこの世界の住人はワタクシの邪魔をするのよ!」
「獣とは、お嬢様のことでしょうか?」
「獣を獣と言って何が悪い! そう言うあんたは、あの獣の何なのよ!」
「私ですか? 私はお嬢様に仕えている専属メイドですが」
「専属とかお嬢様とか、さっきから色々とムカつくんだよ!」
急に憤慨されたようですが、支離滅裂ですね。
感情の制御ができていない、もしくは精神面への負荷が高い状態なのでしょうか?
それに、受け止められたことがよっぽど悔しいのか、今度はなりふり構わず鎌を振ってきましたね。
とはいえ、冷静さを欠いた攻撃は隙だらけ、いなす必要もなく、容易に避けることができます。しかも特定の流派による教えも無いようで、攻撃というよりただ上下左右に振ってくるだけですね。
しかし、なるほど、これが悪魔化なのですね。確かに異様な魔力を常時周囲に放っています。
この魔力は精霊にとって害をもたらす力なのは知っていましたが、今の私にすら影響をもたらすとは。
精霊だけでなく、精霊力が高い者すべての天敵、と考えたほうが良さそうです。
「なんで当たらないのよ!」
おや? 避けながら考え事をしていたら、さらに苛立ってきましたね。
ここまでくると隙しかありません。反撃も容易くいけそうですし、そろそろ攻撃に移りましょうか。
「術技、烈空!」
まずは距離を保ちつつ烈空で牽制を……あら? 避けるのではなく、鎌で受け止めていますね。しかも弾き落としてすらいません。
これは力だけで技術面が追いついていない状態、と見て間違いなさそうです。
となると……敵ではないですね。
確かに攻撃を受けたらこちらが圧倒的に不利ですが、全て回避すればどうということはありません。
とはいえ念には念、このまま距離を保ちながら攻撃を繰り返しましょうか。
「はぁ、はぁ……」
「おや? もう息が切れたのですか?」
「こんのっ! さっきからちょこまか飛び跳ねて!」
「勢いは立派ですが、それだけですね。見ての通り私は無傷ですが、貴女は酷い有様ですし」
距離を保ったまま烈空に烈火や烈氷を重ねて何度も放っていたら、見事にダメージが蓄積していますね。
衣服はボロボロ、体には無数の傷、ご自慢の鎌にもひびが入ってますね。避けることも受け流すこともできなければ、こうもなりますか。
「それでは、このまま一気に……あら?」
早く終わらせて、お嬢様のお手伝いをしようとしたのですが、もう来ましたか。
「ベアトリーネ!」
「なっ!? コータ!?」
お三方は思っていたより力があったようですね。少し返り血が多いですが、もう追いついてきました。
対人戦闘は初めてのはずですが、取り乱したりもしていません。意志の方もなかなかの強さ、ということでしょうか?
「もう止めてくれ、ボク達、仲間だろ? クラスメイトだろ?」
「うるさいっ! アンタ達のように保護されてぬくぬく過ごしてきた奴らと、ワタクシ達を一緒にするな!」
何やら口論となっていますが、まずいですね。怒りによる効果か、少し力を持ち直しています。
悪魔化の場合、負の感情による強化もあるため、非常に厄介な存在と教わりました。つまり、この方も〝怒り〟で強化されることになります。
もっとも、多少の強化ならば問題ないですが、もしも更なる進化をされたら危険です。未知の状況は出来るだけ避けるべきですね。
ですので
「お三方、申し訳ないのですが少し下がってもらえますか?」
「で、ですが! ボク達は!」
「えぇ、同郷のよしみで助けたいのは分かります。こうなった理由があるのならば、それを解消すれば良いという希望を持つのも分かります」
「だったら!」
「ですが、忘れないでください。ここは〝戦場〟です」
そう言い放ち、再度攻撃を開始します。
もしかしたらお三方の説得が成功したかもしれません。改心されたかもしれません。
ですが、そのような可能性に賭けるほど、戦場は甘くありません。
なにより
「私にとってお嬢様がすべてです。お嬢様の敵となりそうな者、そして、お嬢様が敵と断定した者に対し、慈悲は一切もちません!」
魔力をさらに高め、術技を連続で放ちます。
再開前に、お三方が何か言いかけましたが、よく聞き取れませんでした。おそらく『待って』だとは思いますが。
「このっ、メイド風情がぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「えぇ、私はメイドです、お嬢様に仕える専属メイドです!」
この方にとってメイドは卑下する存在なのかもしれませんが、私は違います。
私はお嬢様の専属メイドであることを誇りに思っていますし、自慢もできます。卑下するどころか、その正反対の感情しかありません。
もしも私の感情を逆なでしようとしたのでしたら、言葉を間違えましたね。
ですが、メイド風情と言われたからにはご披露するしかありません。レグラスの、そして、お嬢様に仕えるメイドの力というものを!
烈空で削りきるのも考えましたが、メイドの力を甘く見ていますからね。
となれば隙をつきながら近接戦を挑むことも容易いですし、同時に早く終われます。
それでは
「術技、烈空四連!」
「それは見切って、なにっ!?」
烈空を放つと同時に駆けだします。
武器による衝撃波を盾にして一気に接近するのは基本戦術だと思うのですが、そのような知識もないようですね。
案の定、驚いて烈空を鎌で強引に受け止める形になっていますが、ここまで狙い通りとは……。
これが作戦でなく、相手の素の行動なのが逆に恐ろしいですね。
ですが好機は好機、このまま一気に
「術技、烈震六連!」
鎌を狙い、思いっきり大太刀をぶつけます。何とか耐えたようですが、勝負ありましたね。
無数のひびに対し、烈震による衝撃を与えたらどうなるか、子供でも分かります。
鎌はひびの部分が徐々に崩れだし、やがて
「な、なんでよっ!?」
粉々に砕け散りました。
どうやらひびは刃の部分だけでなく、柄の部分にも広がっていたようですね。柄も残さず完全に破壊できました。
対する私の大太刀は無傷、さすがですね。術技をまとっておけば耐えきることができる、お嬢様の予想通りです。
さてと、あとは
「ま、待ってくれ、もういいだろ?」
「そうだぜメイドさん、その、もう戦えねーだろ?」
またですか。ほんと異世界の方は思考が楽観的過ぎますね。
そもそも魔法や術が当たり前な世界、武器が無くとも戦い続けることができるのですが、わかっていないのでしょうか?
「少し、黙っていてもらえますか?」
「メイドさん!? あんた、何する気なのよ!?」
「決まっています、こうするだけです。術技、烈破!」
烈破を四肢、および頭部に何度も放ちます。
あまりいい気はしませんが、戦力を確実に奪う為にはやむなしです。
武器が壊れて呆然としていたからか、守ることもなく全ての攻撃を受けたようで、瞬く間に気を失われました。
本当は体内にある魔石も破壊しておきたいのですが、加減が分かりません。完全な無力化ができないのは気がかりですが、ひとまず捕縛しておきましょう。
おや? お三方が何やら複雑な表情をされていますね。
「何かありましたか?」
「その、なんでここまでしたのよ。もうコイツ、戦えなかったじゃん」
「そう言いますが、武器を失った程度では戦えないとは言えません。それこそ、四肢を失おうとも魔力があれば魔法が使えるくらいです」
「だけど、これはやり過ぎでしょ!」
ふむ、どうやらお三方にとって、この方は敵ではなく、未だに友人の立ち位置なのでしょう。
なんというか
「甘すぎますね。お嬢様との親交がある方達とはいえ、少し嫌気がしてきます」
「なっ!? ボク達が甘いって、それはどういうことだ!」
「簡単なことです。敵から力を奪わずにいた場合、敵からの仕返しを受ける危険が生まれることになります。隙があれば命を奪われ、そのまま逃走も考えられますね」
「でもっ!」
「それに、あなた方は一度逃がしてますよね? 再び判断を誤って、お嬢様の手を煩わせることをするつもりですか?」
そう、この方達は敵を逃がしています。
詳細は分かりませんが、お嬢様が捕獲していた相手を逃がすというのは、私からすると敵対に等しい行為です。
「お嬢様はお優しい方です。きっとあなた方の精神を考え、捕縛の際にここまでのことはしなかったと思います。それは甘さではありますが、同時にお嬢様でしたら、逃走も簡単に防ぐことができたという裏返しでもあります」
「そういえばユキからも、どうしてすぐに報告しなかったって言われたわね……」
「だな……」
やはりお嬢様からも指摘されていましたか。思い出したようで、少し俯かれました。これは結構きつめに注意された、という事でしょうか?
そういえば、今捕らえられているミツキという方に対しては、お嬢様は並々ならぬ感情をお持ちの方でしたか。なるほど、納得です。
「そもそもですが、私はお嬢様ほどの力は持ち合わせていません。ですので、逃走させずに捕獲するにはこれが最善となります」
「じゃぁユキがこいつを捕獲したとき、ここまでしなかったのは」
「お嬢様がお強いから、何があってもすぐに対応できるだけです。私達のような弱者が同じような捕獲をした場合、すぐに逃走されます。であれば、弱者なりの方法で捕獲するしかないのです」
ふむ、多少は納得したようですすね。すこし落ち着かれたようです。
もしも駄々をこね続けるようでしたら、多少手荒なことをする予定でしたが、その必要はなさそうです。
さてと、あとは残った敵を排除しつつ、早めにお嬢様と合流しましょう。何が起こるか分かりませんしね。
アリサとマナミたちの間に少し亀裂が入りましたが、悪化の予定はないです(ドロドロ展開も無し)




