128話 報酬贈呈たーいむ
ミスト君は昨日から折れたままで、なんというか非常に情けない状態。
だけどまぁ無理もない。帰ってからも何度か顕現させようとしたけど全部不発、精霊魔術の成功率まで思いっきり下がっていたからね。
しかも当の小精霊はその場にいて、さらにわたしとアリサにすごく甘えてたのに発動しなかったのが致命的。本体が幸せ全開状態なのに発動しないということは、ミスト君からの精霊力を一切受け取らず、そのまま破棄しているという最悪な状態なんだよなぁ。
正直なとこ、わたしも精霊を暴走させるとここまで嫌われるようになるとは思ってなかった。
しかも多少は興味を持つ対象であったミスト君がこうなるとはねぇ。もともと嫌いな奴ならわかるんだけど、興味があってもこうなるとは。
でもこれ、ほんとどうしたらいいんだろ。
そんなお悩みモードの中、もう一つ頭が痛くなる事態が発生間近とか、ほんと勘弁してください。
そう、カイルがルーヴィちゃんを連れてやってきたのがね。手料理振舞うって約束をしてたから、来ること自体は問題ないんだよ。だけどこの状況下はなぁ。
アリサについては大丈夫、朝一から自分でも恥ずかしいくらい、ちょっと多めにいちゃついたので渋々ながらも納得してくれてるのでよし。すこーしやりすぎたからか、今でも赤くなってるけど。ほんと可愛いやつめ。
ショージ君とアンジーさんも大丈夫。というかダンジョンに潜った日、わたしの計画通りに戦ったみたいなので、華奢なルーヴィちゃんがどうしてそこまで強くなったのか聞いてみたかったようで。
問題はミスト君なんだよなぁ。カイルに対しても少し憧れがあるようだけど、そのカイルが絶対追い打ちかけて何か言いそうだし。
カイルがこれ以上事態が悪化することを言わなければいいんだけど、無理だろうなぁ……。
そんな不安はさておき、二人が到着したので準備する。
気持ちを切り替えて、今日のお仕事開始だよー。
「さてさて、何を作ろうかな。ちなみに希望ってあるの?」
エプロン着けながらカイルにそう聞くけど、おい、そのいやらしい目はやめろ。なにが新妻みたいだよ、ほんとありえないから! むしろエプロン着けたアリサとエレンをわたしがもらいたいわ!
「お嬢様、やはり処分した方が」
「うん、気持ちはわかるけど約束だから抑えよーね」
アリサに抱きつきながら頬ずりして、すこしふにゃけさせておく。まったく、いっきにアリサを戦闘モードにさせるとか、ほんとカイルのその才能は称賛できないけどすごいわ。
「そうだなぁ、たぶん何でも作れるんだろうし、ルーヴィ、お前が決めて良いぞ」
「自分がですか!?」
「昨日頑張ったのはお前だからな、選ぶ権利はお前にあるぜ」
カイルの奴、なんでそういう普通の態度をもっと前面に出さないのかね。そうすれば今頃、アリサとの敵対関係がだいぶ薄れてたかもしれないってのに。ほんとバカだよねぇ。
「というわけで、こちらがわたしの作った料理になります!」
「なんていうか、ほんとお前って規格外だよな。少し作ってるところ見ていたが、無駄が一切無いしやたらと速いし」
「ですです! ほんと凄いです!」
うん、思いっきりよいしょされちゃった、少し照れる。
ルーヴィちゃんからの要望を聞き、野菜たっぷりクリームシチューに魚介たっぷりグラタン、それとチーズたっぷりカルボナーラを作ったけど、確かに早かったかな?
シチューとグラタンは当然ホワイトソースから作ったし、パスタも生地から作った。既製品を使ってもよかったけど、今回はあくまで賞品としての提供だからね、手抜きは一切しません。
だけど素材に関しては高級な物は使ってないんだよね。もともとわたしたちは高級な物を選んでるわけじゃなく、あくまで質が良い物を選んで使ってるからだけど。お値段とおいしさは必ずしも一致しないのだ!
「さぁさぁ、冷めないうちにどんどん食べちゃってー」
「それじゃ遠慮なく……な、え? シチューってこんなに野菜がとろけたか? というかこのソースなんなんだ? 舌触りといい滑らかさといい、そして具材とのバランスまで完璧すきすぎるんだが! これじゃ今まで食べてきたシチューがただの牛乳スープになっちまう……」
「グラタンもパスタも凄いです! 具材とソースとよく絡まっていてどちらか一方だけを食べることが一切ない、それにチーズがすごく濃厚だけど決してくどくない。短時間で作っているのに高級レストランよりも美味しいとか、反則ですよ」
ドヤァ。
料理には自信あるからね、二人が絶賛するのも当然なのである。この腕前があれば意中の子の胃袋もガシッと掴めますね! まぁそんなことしないけど。
「あのあのユキ様、できましたらこのレシピを」
「いいよ~、あとで書いたメモを渡すね。それに今日作った具材は特別な物を一切使ってないし、調理道具はカイルに言えば買って貰えるはずだから、何度か練習すればできるようになるよー」
どうやらルーヴィちゃんはカイルに手料理を振舞いたいみたいね。ほんと健気だねぇ、結婚しちゃえばいいのに。
カイルの方だって別にルーヴィちゃんを嫌ってるわけじゃない。だけどくっつかないのは、自分と同等かそれ以上の人しか認めない性格が邪魔してるんだろうねぇ。分からなくはないけど、多少は妥協しても良いと思うんだけどなぁ。
「良かったですね駄狐、これでもう思い残すことなく逝けるでしょう」
「おいメイド、相変わらずの言葉なんだが、その緩み切った顔で言われても煽られてる気にすらならないんだが」
「こ、これは仕方がないのです!」
あー、うん、これはカイルに超同意。
アリサってば、わたしがご飯作るといつもこんな感じになるからねぇ。この状態でさらにあーんとかしてあげると、悶え死ぬんじゃないかってくらいの反応になるしねぇ。
しっかしこの状態でもカイルへの塩対応はしっかりやろうとするとは、さすがというかなんというかだわ。
その後ものんびり話しながら全員で食事。やっぱね、おいしいごはんがあると話も弾むってものです。まぁちょくちょくアリサとカイルの煽り合戦が入るけど、そこはあきらめよう。
「ところで気になってるんだが、どうしたんだソイツ?」
「あぁミスト君ね……」
一人だけお通夜状態になってれば、さすがに気になるよね。
ほんとは楽しく食事して終わりにしたかったんだけど、カイルが気になってるようなので説明する。説明すればするほどミスト君が落ち込むけど、まぁしょうがないか。
「――ということがあったの。なので今は小精霊さんに見放されてるような状態だね」
「なるほどなぁ。てーかバカだなお前、精霊魔術がちょっと使えるようになったくらいで自惚れるのもそうだが、どうせユキの前でカッコつけたかったんだろ?」
「あー、やっぱそういう理由か……」
うすうす感じてはいたけど、やっぱそういうことか。
となると、今までの行動にもなっとく。戦闘中にわたしからのアドバイスを無視し、何が何でも自分の力のみで倒そうとしたのは、下心アリでってことね。まぁ結果は最悪な方向に落ちたけど。
しっかしそうなると、このままわたしが教えるのって正解なのかな? って考えちゃう。
「んー、ねぇカイル、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「言いたいことはわかるぜ、ソイツを鍛えるなり精霊との交流がもう一度できるようにすればいいんだろ? 確かにいったん距離を置いたほうがいいと思うしな」
「あらま、お見通しだったようね」
「さすがにわかるぞ? それにユキがこのまま教えても、おそらく負い目だけさらに強くなり、もっと酷い有様になるだろ」
「そんな気はしてるんだよね。しかも言い方悪いけど、下心アリなんでしょ? とゆーことは」
「あぁ、十中八九また無茶をするな。まぁカッコつけたい気持ちは分かるが、焦りすぎてもろくな結果にならない。まずは精神面をたたき直すってとこからかもな」
精神面からって、なんか大事になってきたなぁ。そうなると、無償でやってもらうのはダメかな。
「大変な感じになりそうだし、報酬を出すわ」
「それは要らん。なんつーか、弱みに付け込んで報酬貰うような気がするのと、そもそも報酬出すならユキじゃなくてソイツ自身だろうしな」
カイルの言う通りなんだよなぁ。わたしは確かに三人を鍛える約束はしたけど、精霊との関係修復は依頼されてない。精霊魔術にこだわる必要はそもそもないんだよね。
「でもまぁわたし絡みでもあるし? だから報酬出すのも間違いではない気がするよ」
「一理あるが……まぁそうだな、報酬ありで依頼したって方が気楽か。だとしたらあれだ、たまにルーヴィへ料理を教えてやってくれ。その時ついでに俺にも飯をおごってくれるでいいぞ」
「んじゃ報酬はそれね。ルーヴィちゃんが詰まったり、新しいの覚えたくなったりしたら声をかけてね。何日毎とかって決めるより、その方が効率良いだろうし」
「わかりました! よろしくお願いします!」
おやおや、相当気合い入れちゃって。でもそうね、カイルのためにだもんね、わかります。
てかほんと、二人とも青年期なんだからくっついちゃえばいいのに。ちゃんとお祝いしますよ?




