127話 差がはっきりくっきり
帰還したのはいいんだけど、う~ん、これは困ったわ……。
小精霊の子たちがわたしの傍から全然離れようとしない。いやまぁ嬉しんだけど人目を集めちゃっていて、正直かなり恥ずかしい。
しかもアリサたちが戻ってくるまで転移門の前で待機する必要があるから、どこかに逃げることすらできない。
それになぁ……
「ねぇミスト君、そろそろしっかりしてくれないかな?」
「は、はい……」
案の定、ぽっきり折れちゃっていた。
それもそのはず、小精霊が完全にミスト君を嫌いになったらしく、1体も顕現できない状態になっちゃった。
もっとも精霊魔術は顕現できなくても使えるので、たとえ嫌われても使おうと思えば使える。だけどその場合の威力が高いかは別問題だし、そもそもわたしやフルーレ先生が、そんな状態で精霊魔術を使うことを許すわけがない。
なので現在、ミスト君の取柄は完全になくなったわけで。
自業自得の結果ではあるけど、ここまで落ち込むとはなぁ。下手に慰めて勘違いされるのは困るし、かといって厳しく接して追い込むのも違うし。こういう経験ないから、余計に難しいです。
「お嬢様、お待たせ……なんですかこれは」
悩んでたらアリサたちが帰ってきた。でも、うん、そういう反応されると思ったよ。三人とも、なんか信じがたいものを見る目なんだもん。
「おかえりー。えっとどっちの事かな? この子たちの方? それともミスト君の方?」
「もちろん小精霊さんたちの方です。普段以上に懐いているというか、一体何が……あら? 説明してくださるのですか。ふむふむ、なるほどなるほど」
火と風の小精霊がアリサに説明しに行ったね。
って、まてい! 小精霊が、わたしがお願いするまでもなく、自分の意志で説明しに行ったですって!? しかも分体でなく本体のままですって!?
ちょっとこれ、冗談抜きにアリサがとんでもない状態かもしれない。
確かにこの子たち、わたしがお願いすれば本体のままアリサやエレンたちとも話したりするよ。でもそれはあくまでわたしがお願いした場合だけであって、自らの意志で本体を見せるという気配は一切なかった……はずなんだけど。
しかも自らの意志でアリサに話しかけに行ったって、これはちょっと精霊に好かれまくってる証拠ですよ。
わたしの魔石がそうさせたとは思えないし、もしかしたら何かに目覚めたのかな? まぁ悪いことじゃない、むしろすっごい嬉しいことなんだけど、タイミングが悪いなぁ……。
片や精霊が慕うくらいに成長することができたアリサ、片や精霊から完全に嫌われたミスト君、何とも言えません。
「ありがとうございます、理解できました。確かにそこまでしていただいたのであれば、しばらく離れたくないですよね。その気持ち、凄くわかります」
アリサと小精霊の子が頷きあってる。ほんと仲いいですね、ミスト君と違って……。
「まぁそういうことなんだ。だから今日は先生に挨拶したら帰ってのんびりの方がいいかなぁ、って思ったんだ」
それに精霊目当てで変なのが寄ってこないとも限らないし。
まぁ一番は、この子たちが今日はわたしとただ遊びたいって感じだから、それに応えてあげたいだけなんだけどね。
「他にも情報共有すべきこととかもあるから、さくっと帰ろうか。ショージ君とアンジーさんは、申し訳ないけどミスト君をおぶってきてくれるかな? 完全に折れてこのざまだから」
「あ、あぁ、わかった。なんていうか、たぶんミストが迷惑かけたんだよな。無理言って鍛えてもらいながら、こんなことになってすまない」
「申し訳ないです。あとで私がきっちり叱っておきますので」
うーん、ショージ君とアンジーさんがすっごく申し訳なさそうに謝ってきちゃった。ただなぁ
「ぶっちゃけ二人が謝る理由は一つもないから、気にしないでいいよ。まぁそのあたりも含めて、細かい話は馬車の中でするね」
だってこれ以上ここに居たら、さらに人が増えちゃうからね。
馬車の中であらかた説明。
おそらくガーディアンの特殊能力でわたしとミスト君だけ狭間のダンジョンに飛ばされたこと、勇者とガーディアンが攻めてきたこと、そして……
「というわけで、この子たちの分体が暴走しちゃったの。だけど消滅させないで元の状態に戻してあげたら、この子たちがすっごい喜んじゃって、それが今の状態になるんだ」
「なんていうか、精霊って人の感情で暴走するんだな……、初めて聞いたぞ」
「私もです。教本にはそのようなことは一切なかったので」
ショージ君とアンジーさんがそう言うのもしかたがない。単純に精霊魔術を使うだけなら気にしない人が多いからか、あえて脅すようなことは書かないって風潮があるからね。
もっとも、うちの教えやフルーレ先生の授業は違う。
どういう精霊力を好むのか、何が不快なのか、不快なものを与えすぎるとどうなるのかなどなど、精霊の気持ちを考えたものになってるからね。精霊魔術のためではなく、精霊と仲良くなるために近いかな。
「そのあたりはフルーレ先生の授業で学ぶと思うから心配しなくていいよ。ただ、まぁ、ね」
ミスト君の方を見るけど、うん、完全に落ち込んでる。
精霊魔術をミスト君に教えた際、わたしはそのあたりも教えた。そして戦闘中も注意したのにそれを行わず、結果こうなったわけだからねぇ。
しかもなぁ、精霊との仲が深まったからなのか、アリサの目がすごく冷たくなってるんだよね。これはもしかして……
「つまりこの駄犬はお嬢様がせっかく教えてくださったことを何一つ身につけず、あろうことか裏切るような真似をしたわけですね。最低です」
はい〝駄犬〟になりましたー。
レイジも初め駄人だったけど、それはあくまでカイルと一緒だったのが原因。今では普通に名前で呼んでいるからねぇ。
というか、レイジってアリサと同じでまじめでがんばり屋だから、わたしも結構気に入ってるんだよね。恋愛感情は皆無だけど!
まぁ今回、ミスト君に教えたのがわたしってのがね、ほんとまずいね。
これはアリサとの関係修復は無理なんじゃないかなぁ……。陰湿な嫌がらせとかは絶対しない子だけど、逆に正面から嫌いとか最低とかズカズカいうからなぁ、それに耐えられるかしら。カイルみたいに意志が強いなら大丈夫だけど、ミスト君はそういうの無さそうだし。
「まぁミスト君の方は置いといて、どうやらレイジ、すぐには帰れないそうだね」
レイジからメッセージが来たので見てたけど、ちょっと申し訳ない感じ。
「勇者を捕まえたようだけど、エレンのお爺さんに相談したら王城に一緒に連行することになったとはねぇ。厄介なことになって、ちょっとかわいそうだわ」
「確かに少し面倒かもしれませんね。ですがレイジも従者なので、こういった主人の代理で行う雑用は良い経験になりますよ」
「かな? おっと、そんなレイジに対してノエルがメッセージをって、あの子は……」
「ま、まぁノエルですから。ただこれは、うーん、『旦那を買い出しに向かわせた妻』みたいに見えますね」
そう、あろうことかノエルはレイジに対し『可愛いノエルちゃんのために、王都で噂の限定プリンも買ってきてくださいねー。もちろんお嬢様にエレン様、先輩の分もですよ!』だもん。
まぁね、わかるよその気持ち、わたしもレイジが帰るって報告が来た時にお願いしようとしてたから。
だけど状況報告とかしてるちょっと真面目なチャットの中にこれとは、さすがだよ。あの子、わたしよりも大物な気がする。
あとはレイジが王都に数日滞在になったけど、エレンとノエルはうちに戻ってこられるみたいね。
親族とのしがらみがどうなったのかはその時聞くとして、問題はこの状態。おそらく二人もミスト君に対し、アリサ同様に冷めた扱いするんだろうなぁ。
とりあえずどうし……って、あれ? なんかショージ君が目をそらしてるんだけど。アンジーさんもちょっと顔が赤いような?
「二人ともどうかしたの?」
「い、いや、その、さっきからその精霊たちが」
ん~? この子たちが何かしたのかな?
えーっと、いつもより大好き大好き言ってきてて、抱きついたり頬ずりしたり、口づけもしてきてるのはいつも以上か。
あとはそうね、尻尾に埋もれたり狐耳に抱きついたり、服の中に入って胸元から顔を出したりって、うぉいっ! さすがにショージ君たちが居るのに服の中はダメでしょ。
こんなんじゃアリサに怒られ……アリサも被害者だったか。わたしと同じような状態になっていて、怒ろうにも怒れなくてすごく困惑してる。
困り顔もなかなかかわいいって、そうじゃなーい! アリサにまでするとか、ほんとこの子たちどうしたのかしら。
「ねーねー、いつもよりすごいけど、どうしたの?」
じゃれてくる小精霊の子たちにサクッと聞く。ふむふむ
「なるほど、うれしすぎて全然抑えられないのね。わたしだけでなくアリサも好きだから、一緒にやっちゃうわけね。ん? 迷惑ならやめるって? 別に迷惑じゃないし、わたしもみんなのこと大好きだから気にしないでいいよー」
我ながら甘い、ひじょーに甘い。やめさせることもできるのに、心がそれを完全に拒否したわ。
まぁ今のこの子たち、大好き状態が限界突破して、軽くそっちの暴走をしてるみたいね。天変地異を起こすとかなく、ちょっとスキンシップが過激になるだけっぽいし、こういう暴走ならどんとこーい。
よっし、ミスト君問題はすこし忘れて、帰ったらこの子たちとなにして遊ぶか全力で考えよー。




