12話 これもデートに入るのかもしれない
危くお昼に食べたものを戻しそうになったわ。天魔に進化していても人としての弱点は同じなのね、勉強になった。
しかしまさかアリサが泣くとは思わなかったわ。治療して無数にあった傷がぜんぶ消えたことを理解してくれたと思ったら、今度はわんわんと泣いちゃうんだもの、ほんと焦ったわぁ。やっぱり傷だらけの体とか相当気にしていたのね。
でも消えないと思っていた傷がきれいに消えたら、感情がいろいろと溢れてくるのもしょうがないわね。
ただ、そろそろ解放していただきたい……。
慰めるため正面から抱く形であやしていたわけだけど、そのね、触りやすい位置にあるのはわかるけど、尻尾を思いっきりモフモフしないでぇぇぇぇぇぇ。結構まずいの、思考がこう、ふわぁ。
「お恥ずかしい姿をお見せし、申し訳ありません」
「い、いやべつにいいよ~。とりあえずそろそろ尻尾から手をはなし、ひゃぅ」
ようやく落ち着いてくれと思ったら、今度は思いっきりモフモフされまくる状態とかほんとまいった。これは完全にモフモフ中毒になってるなぁ。
いやまぁ分かりますよ、わたしの尻尾とか素晴らしいモフモフだと自画自賛できるし。
ただね、アリサのモフリ方が神がかっているから、ちょっと気持ち良すぎるのがね。ほんとちょっとまずい、このまずさは獣人にしかわからな、ひゃぅ。
「おほん、さてさて落ち着いたところで一緒にお買い物タイムだよ! なのでそろそろその手を止めてですね?」
「唐突ですね。でも、はい、お供します」
せっかくなので気分転換も兼ねてアリサにこの都市を紹介しましょー。それにこの国ならではのものを見せたいもんね。
「ん~、やっぱ赤がいいかなぁ。でも青も捨てがたいし黒もセクシーだし、ほんと悩むなぁ」
「あの、ユキ様、そこまで悩まなくても」
「いいえダメです。アリサが最初につけるリボンの色は超重要なのです!」
ビシッっとつい指差ししちゃた。
ここはよく来る魔道具の素材を売るお店。買い食いの合間にふらっと入ったけど、来るたびに変化があるのでちょっと楽しい。わたしの知らない素材を入荷することもあるから勉強にもなる。
この国だと魔道具を自作したり市販品を自ら改良する人が多い。そういう人は素材をギルドへの依頼で入手するだけでなく、こういった専門のお店で素材を買ったり取り寄せたりする。
その中でもこのお店は一流で、初心者向けから熟練者向けまで多種多様、わたしもダンジョンの素材以外はここでよく買ってるね。
そして現在、わたしにとっては超重要ミッション『アリサが身に着ける最初のリボンを決めよ』が発生中、難易度が高いクエストだけど絶対にクリアするわ!
そもそもアリサって神聖王国の奴隷だからか、アクセサリーの類を一切つけていないのがね。おしゃれすることを考える余裕も無かったみたいで、正直女の子としてはちょっと許しがたい状態。
なのでアリサをかわいく着飾っちゃいましょーと考えるわけです。それに傷も癒えて綺麗になった記念じゃないけど、せっかくなので何かプレゼントしたい。
だけどネックレスやイヤリングといったアクセサリーは没収される可能性があるので無理。ならば没収される可能性が低い物にするしかない。
となると定番だけどリボンが一番よさそうになる。可愛くなるし、布製品なのでこっそり魔道具化しておいてもバレにくい。
というわけでリボンの生地となる魔法布を選んでいたわけだけど、う~ん……
「えらい悩んでるなぁユキちゃん。彼女への最初のプレゼントだから慎重になってるのかい?」
「え、あの、私はその」
「そうなんだよおっちゃん。やっぱ最初は重要でしょ? 素が良いんだから最高のリボンでおめかししないと!」
店主のおっちゃんが言うように、最初にあげる物なのですっごい悩んでる。ひょっとしたら前世を含めた今までの人生で一番悩んでるかもしれないわ。
あれ? アリサがまた真っ赤になってる、乙女モードかな?
ということはつまり『素が良いので最高のリボンを』ってのが乙女モードに入るトリガーだったわけだね、なるほどなるほど。
「たぶん思っていること違います……」
「うそん」
あぁ、トリガーだったのは『彼女』の方ね。ほんとピュアな子だなぁ。
「決めた! おっちゃん、この赤いやつくださいな」
「はいよ。ここで作っていくかい?」
「もっち」
悩んだけど赤い魔法布にけってーい。他の色も良かったけど、やっぱり最初は王道の赤がいいかなぁと思ったのだ。
魔法布のお値段は作ろうとしているリボンの面積で金貨30枚、結構するね。だけど最高級の魔法布って考えたら安いほうかな?
おっと値段聞いてアリサが固まってる。これは隠しておくべきだったわ、しっぱいしっぱい。
「その、大丈夫なのでしょうか? 先ほどからもずっとお支払いいただいてますし」
「お金のこと? 全然大丈夫だよー。そもそもわたしってすごい両親のもとに生まれ、さらに天魔に進化している狐族でしょ? なので力には自信があります」
「つまり?」
「ダンジョン行って大量に魔物を倒し、不要な素材を冒険者ギルドで大量に換金してます! なのでお金も大量に持ってます!」
ドヤァ。
あぅ、何やってるんですかこの人はってジト目されちゃった。でもちゃんとした理由があるんだよ?
実はうちってお小遣いが無い。でもお小遣いが無くともお願いすれば何でも買って貰えるので不便なことは何一つない。だけどこの『お願いすれば何でも』というの、わたしはすっごい苦手。
だからかな、結局自分でお金を稼いで物を買ったりするようになったんだよねぇ。お嬢様という立場をうまく使えばもっと楽な生活できるのに、ほんと不器用な性格してるって自分でも思うわ。
不器用だけど悪いことばかりじゃない。
うちでの訓練だけでなく対魔物の実践も多く経験できるから、小さい頃(今も小さいけど)からいろんな戦闘力をメキメキ上げていくことができる。こういう積み重ねは大事です。
しかも強くなるということは、さらに魔物を大量に倒すこともできるわけで、今じゃ時給換算で大金貨1枚は余裕で稼げます!
もっとも全力で行けば王金貨も簡単に狙えるけど、さすがにそれは怒られそうなくらい乱獲するので自重。
というのを軽く説明したら、アリサがすっごい呆れてるんだけど。
まぁ、うん、その反応はわかるよ。
お嬢様要素をもっと使えばいいのに、それを完全に捨ててるからねぇ。でもこれは性格なのでどうにもならないのだよ。
「それじゃおっちゃん、いつもの作業部屋借りるね~」
「おうよ。道具もいつもの所にあるから勝手に使ってくれな」
さぁ気合入れて作りましょう。ほらほらアリサ、早くしないと置いてくよー。
「というわけで完成したのがこちらになります」
「あの、とんでもない速さで裁断したりミシンをかけたり、さらになぜか術も使っていたのですが」
「がんばりました!」
「ソウデスカ」
一切自重しなかったので作業時間はわずか5分、がんばった。同じ作業を一般の人がやる場合10時間くらいかかるのかな? ほんと何でもありだな転生したわたし。
だからそんな呆れた目で見ないでー。
「はい後ろ向いて~、さぁさぁ付けてあげましょう」
「ありがとうございます……」
このままのストレートも捨てがたいけど、ここは定番のリボン付きロングポニーテールに。
ではでは髪をまとめてリボンで結んでっと、おぉ水の精霊神効果で髪がより綺麗になってるのわかるわ。
綺麗になった分、長い髪もかなりよい。長さはわたしと同じくらいかな? ポニーにしても腰下まであるし。
「はい完成。うん、かなりかわいくなった。余は満足じゃ」
「ふわぁ、これが私ですか……」
鏡見てうっとりしてますねリボン装備のアリサさん。もともと可愛かったのに生活環境のせいでくすんでたからねぇ、ほんともったいなかった。
「ちなみにリボンに特殊効果もつけました。一通りの状態異常耐性と意識失って危ない場合は自動で結界張るようにしたけど、ごめん、実はこれらの効果だいぶ低いわ。おそらく結界の方は発動すらできない」
「まずそこまで付与していることに驚きなのですが……。えっと、低いのは何か理由があるのでしょうか?」
「いやぁ自重しなかったせいで維持するための必要魔力が多くなっちゃって。魔人に進化すれば余裕なんだけど、只人状態だとカツカツになっちゃった」
最初は只人の魔力に合わせた弱い術にしようと考えてたけど、途中で気が変わった。
だってアリサを只人のままにする意味って無いもんね。だったら進化できるよう後押しし、リボンは進化したときにより効果が実感できるように路線変更。
そもそも神聖王国での魔石取り出しって只人限定、つまり進化しちゃえば魔石は取り出せない。
進化への近道は戦闘経験を積むことだけど、都合がいいことにこの都市にはダンジョンへの転移門がある。
となれば後はアリサが魔人に進化できるようにダンジョンで鍛えればいいだけ。
進化しちゃえば魔石も無事、アリサも強くて可愛いを維持、完璧です。
「とゆーわけで、アリサ、さくっとダンジョン行くよー」
「どういうわけですか……」
ジト目で見ないでー、自分でも割と強引なのはわかってるんだから。
でも、時間をかければかけるほどリスクが高くなるからしょうがない、いつあのロリコン勇者が帰国するって言いだすか分からないからねぇ。
「ほんとはわかってるくせに~。さぁいっくよー」
「ちょ、ちょっと、そんなに手を引っ張らないでくださーい」
さてさてアリサの強化月間の始まり始まりっと。初級層あたりでまずはアリサの腕前みて、余裕ありそうなら中級層かな。
補足:
どこかで書くとは思いますが、この世界の冒険者ギルドの登録には年齢制限がありません。
極端な話、0歳の赤ん坊も登録できます。
でもあくまで登録できるだけ、そのまま働けるかは別問題。