116話 少年の可能性
今回はミスト視点の閑話です
精霊科の試験を受けたとき、偶然にもユキさんに会うことができた。
5年前、僕たちが捕まっていた時に一緒に居た狐族の女の子。大人の兵士を相手に一歩も引かず、軽く薙ぎ払う様子は圧倒的だった。
小さな体に似合わず圧倒的な力をもっていることに、僕は強く憧れた。だからかな、自然とお姉さん呼びをしていた。
そんなユキさんだけど、どうも僕たちのことを覚えてないみたいだった。
少しばかり残念だけど、あの時の状態を思い出すと当然か。僕たちはユキさんに感謝を言うどころか、次第に敵に対し冷酷になっていく様子に恐怖を感じ、よそよそしくなっていったのだから。
でもせっかく会えたんだから、あの時できなかった感謝と謝罪を僕たちはしようとしたけど、ユキさんからそれは要らないとはっきり言われてしまった。
こういうさっぱりしたところ、最初に会った時と同じ感じがしたなぁ。
そして僕たちはユキさんに鍛えてもらえないか依頼をした。
身勝手なのは分かってるけど、あの時憧れたユキさんに再会したからかな、どうにも諦めたくなかった。
僕たち三人は一般入試で学園に入る際、奨学金制度も受けている。奨学金にはすごく助かっているけど、学園での成績が良くないと打ち切られる物でもある。
この成績というのが難題で、一般の生徒向けの学科では成績が良いとは認められない。貴族様が受けるような上位の学科を受講し、そこで優秀な判定をもらう必要がある。
貴族様向けの学科は難しいものばかりで僕たちには厳しい。
それに結果を示すにも、複数の学科で優秀な判定にならなければ意味がない。正直言って無理がある。
でもこれは僕たち自身が招いたこと。詳細な条件を確認せず、高額な奨学金を利用しただけのことだから。
事情を話したところ、『課題を達成できたら』という条件はあったけど、ユキさんは僕たちの依頼を引き受けてくれた。
情けないことに僕は進化してもひ弱で、魔力も高くないため、この課題は正直きつかった。姉さんとショージさんは素質があったのか、僕とは違ってさほどきつくなかった様子。
ちょっとうらやましいけど、こればかりはしょうがない。それに僕も合格したんだ、これから強くなればいいだけだ。
その後はユキさんの家に招かれたけど、大きさに驚いたり、作成した装備の品質に驚いたり、今まで食べたことのない美味しさの料理に悶えたり、風呂や寝室に至るまで高品質で唖然とするなど、まるで別世界に迷い込んだような感じだった。
でも別世界はそれだけではなかった。
次の日からユキさんの訓練が始まったけど、甘く見ていた。地獄の猛特訓ってこういうことなのか……。
「はい、アンジーさん休まない! そのまま魔力を放出し続けてください。大丈夫です、魔力枯渇で倒れたら瞬時に回復しますので」
「は、はい……」
「ショージ君は気を散らさない! アリサ、もっと力を込めて相手しちゃっていいよ。大丈夫、細切れになって死んでも、1分以内に蘇生すればいいだけだから」
「マジかよ……」
「ミスト君もぼさっとしない! そんな暇があるならさっさとかかってきなさい!」
「わ、わかりました!」
姉さんは特殊な魔道具を使って魔力を放出し続けてるけど、かなりきつそう。
ユキさんが言うには、魔力が枯渇するまで放出するのを繰り返せば、魔力の総保有量がどんどん上がる。さらに魔力の操作が効率よくなる能力に目覚めることもあるとか。
ショージさんはアリサさんと模擬戦をしてる。
アリサさんは相当手を抜いてるみたいだけど、ショージさんの攻撃は掠ることすらなく、終始一方的に攻められてる。
冒険科の配信でアリサさんが戦うところを見たことがあるけど、ここまで一方的になるのか……。
そして僕はユキさんに相手をしてもらってるけど、正直言って笑うしかない。
動きが全く見えないし、体もついていかない。ユキさんはアリサさん以上に手を抜いてるようだけど、全然追いつけないや。
今だって右の武器を構えたのが見えたので、防御できるよう体制を整えたのに、一瞬で反対側に回り込んで、しかも左の武器で薙ぎ払ってくるとか凄すぎだよ。
もう1時間くらいボコボコにされ続けてるけど、僕たちは諦めなかった。
そもそもあのユキさんたちに鍛えてもらうとか、普通ではありえないこと。この幸運を無駄にしたくない。
それに厳しいだけの訓練ではなく、僕たちのことを心配してるのがよくわかる。
始める前は『鍛えるからには徹底的に、超厳しくいきます! どんなにボロボロになっても手を抜かないから覚悟してね』って言ってたんだけど、実際はきついけどそこまで厳しくない。
なるほど、ツンデレって言われるわけだ。
適度に休憩をはさんだり、こっちの体調を気遣ってペースを変えてくれたり、根が優しいからか自然とそうなってるようだ。
でもそうか、強いのに周りは優しく、か。
僕のなりたい姿もきっとそういうことなんだろうな。
「……あれ? 僕はどうして倒れてるんだろ?」
「ん? 気が付いたみたいだね。答えは簡単、限界を超えて体力も魔力も精霊力も引き出したので、一気に意識が飛んだだけだよ~」
「飛んだだけって、いやそれは……」
倒れた僕の顔を笑顔で覗き込んでるけど、意識失うって相当なことだと思うんだけど。一歩間違えば大惨事になる気がするのは気のせいかな。
確かユキさんが『負荷を少し上げる』って言ってきて、その後がむしゃらに動いて……あぁ、急にフラッとして倒れたんだ。
でも姉さんとショージさんは倒れることなく続けてる。ちょっと悔しいな、僕だけ意識を失って倒れてるとか。
「んー、もしかして焦ってる?」
「……結構焦ってます。今までもそうだけど、僕が弱いために姉さんたちに迷惑をかけることが多いので……。今だって僕だけ倒れるとか、ちょっと情けなくて」
5年前もそうだった。
僕が兵士に捕まらなければ、姉さんは拉致されることもなかった。
拉致された時も、僕が強ければショージさんが傷つくことはなかった。
いつだってそうだ、僕が弱いから……。
「めっ!」
「いたっ!? 急に何を?」
急にデコピンされて驚いたけど、それ以前に『めっ!』は反則だと思う。見た目といい仕草といい、危うく理性が崩壊しかけたくらいだよ……。
「たーぶん『自分のせいで―』とかなんとか思ってるみたいだけど、それは違うからね」
「違う、ですか?」
どういうことなんだ? 僕が弱いから皆に守られてるはずなのに、何が違うんだろ……。
「簡単に言うと、ミスト君が強かろうが弱かろうが、周りの人は守ってくれます。それはミスト君が大事なので守りたいって考えだからだね。それに、強ければ運命が変わっていたとかは考えない方がいいよ。その思考になるとバカな思い上がりになったりするから」
「思い上がり、ですか」
ユキさんに言われて少し納得した。
確かに僕は強くなれば何でもできる、過去だって変えられると心のどこかで思っていた。過去を変えるなんて無理なのに、なぜかそう思っていた。
守られることは恥ずかしい、急いで強くなって現状を変えたい、過去を変えたいって思いも日に日に強くなっていた。
でもそうか、守られたことを恥じるというのは、守ってくれた人たちに対しての裏切りなんだ。
皆は僕のために行動してくれたのに、強ければ要らなかったとか、最低な思考だな……。
「変なことを考えず、将来強くなって今まで守ってくれた人を逆に助け、支えあえるようになるって思うだけの方がいいよ。それにね、精霊力は負の感情が多いと成長しない力なの。ミスト君は二人よりも精霊との親和性が高いから、なおのこと気にしないとダメだよ」
そう言ってユキさんは、お手本とばかりに目の前に可視化された精霊力の塊を出現させる。精霊についてかじった程度の知識しかない僕でもわかる、綺麗で優しく、温かい感じがする力の塊だ。
そんな力を精霊が好まないわけがないようで、すぐに小精霊が顕現してきた。ほんと凄いなぁ……。
「ちなみに、見えないだろうけど中精霊さんと大精霊さんもここに居るよ。まぁ中精霊さん以上は、召喚術無しでの顕現はしないけどね。これは小精霊さんよりも力が強いので、顕現させるだけでも周囲への影響が少なからずあるから。召喚というのは、周囲への影響を抑える効果も含まれているの」
知らなかった。召喚はただ相手を呼ぶだけだと教本には書いてあったのに、そんな意味合いがあったなんて。
ユキさんたちって僕ら知らない難しい知識を得るために、どれだけ勉強をしてきたのだろうか。僕も同じ域になれるのかな……。
「わたしの場合は半精霊って体もあるから、実は大精霊さんまでは精霊力を集めるだけで、周囲に影響を与えることなく顕現できるの。でもこの子たちって恥ずかしがり屋だから、知らない人が居る時は顕現しないの」
「なんというか、想像を超えていて凄いとしか言えないですね……」
「かもね~。まぁせっかくだし、これからミスト君は精霊力を重点的に鍛えていきますか。このまま身体能力を上げてもショージ君の劣化、魔力を上げてもアンジーさんの劣化にしかならない。だったら別の方向が無難だしね」
たしかにユキさんの言う通りかもしれない。二人の劣化として過ごすより、二人よりも優れた力を発揮して助け合える状況が望ましい。
でも精霊力かぁ、自信ないなぁ……。
「僕にできるのでしょうか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。小精霊さんたちが少し気になってるくらいだし、素質は十分あるよ。まぁ気負わずがんばっていきましょー」
「気負わずに、ですね。頑張ってみます」
たしかにきついけど、それでもがむしゃらに頑張ってみよう。
どうでもいい補足:
ミスト君の状態はこんな感じです
・第1段階:姉を守るため果敢に挑む勇気ある少年(拉致の時)
・第2段階:守られてばかりで、劣等感の塊状態(鍛える前)
・第3段階:精霊の可能性から、前向きになってきた(鍛え中)




