109話 予想以上に面倒だった
変な空気になったけど、とりあえず順番に試験を開始していく。
まぁ的に対して術を使う様子を見るだけなので簡単なんだけど、10人目ですでに飽きてきた。
術や魔法、中には素手で殴るのもいたけど、どれもこれも可能性のかけらもない存在だった。
魔力が低いのはもちろんだけど、制御や速度、維持なんかもダメダメ。ちょっとの修行とかで改善できるほどの潜在能力もなく、精霊にも嫌われてるのも多い。こんなのが多いんじゃフルーレ先生も嫌な顔するわけだよ。
飽きるのもそうだけど、ともかくテンポが悪い。
呪文の詠唱がやたら長かったり、魔力を整えるのに失敗してやり直すのもいたり、さらにはわたしたちにアピールでもする気なのか、変なポーズまで取るバカまでいる。これ、今日中に終わるのかしら?
「ねぇアリサ~」
「ダメですよ。全員不合格になるとは思いますが、ちゃんと試験しないと怒られちゃいますよ?」
「どうして全員不合格で終わらせようとしたのがわかった!?」
「お嬢様のメイドですので当然です!」
言い切ったよこの子。いつも思うけど、メイドっていったいどういう職業なんですかねぇ……。お世話するとかそういうレベルじゃないよね。
「でもさぁ、ここまでひどいとは思わなかったよね。鍛えていない頃のアリサですらこんな感じじゃなかったし」
「そうなのでしょうか? 私自身はあの頃、魔力や精霊力に自信が無かったので何とも言えないです」
たしかに最初に会った時のアリサは待遇悪い状態だったから、魔力も精霊力もかなり低かったからなぁ。
だけど
「実はちょっとおもしろい指標があってね、わたしやお母様が仲良くなりたいなぁって思った子は、実はわたしたちと同じような存在になれる可能性が高い子なんだよ。つまり、魔力や精霊力が高い化け物みたいな存在になれるってことね」
「変わった能力ですね、狐族特有なのでしょうか?」
「そそ。これは狐族の本能も関係しているようで、自分にとって好ましい存在には最初から興味をもっちゃうの」
「好ましい、ですか?」
「前に言ったかもしれないけど、簡単に言っちゃうと守ってくれるような相手ってことだね」
本来の狐族はヨワヨワだから、自分を守るための特殊能力を複数持っている。
まぁ魅了のように、相手に興味を持ってもらう能力の方が多く、そして強力なんだけど。
「わたしやお母様は守ってもらうほど弱くはないけど、狐族という種族に備わった力の影響もあって、なんだかんだで好ましい相手と仲良くなりたくなっちゃうの」
「なるほど、そうなのですね」
すべての狐族が同じかというと、そうでもない。わたしとお母様は仲良くなりたいって気持ちになるけど、他の狐族だと別の感情かもしれない。
思いの強さも違うんだったかな。稀にストーカーっぽくなる狐族もいるとかなんとか聞いた記憶もあるわ。希少種によるストーキングとかちょっと奇妙だけど。
「そういえば、アリサに対しては特にそう思ってたなぁ。最初見たときから妙に気になって、実際に話したら将来の強さとか関係なく、ただただ気になって仲良くなりたいなぁって気持ちがあふれたんだよね。しかも仲良くなったらそれまで以上に、って、どうしたのアリサ、真っ赤だよ?」
「だ、だってですね! そのようなことを言われてしまいますと……」
ん~? なんでここまで赤く……あっ! そうか、そういうことか。とらえ方によってはこれ〝一目惚れしちゃいました〟ってのと同じような物じゃない、やってしまったわぁ。
アリサとのやり取りでちょっとポカしたけど、そのあとは順調。というかダメダメな試験を見るだけだから、割と暇なんだよねぇ。
そもそもこいつらってやる気はあるんだけど、それが結果に結びつかないというか空回りというか。
さっき試験をした20代くらいの青年だって魔力は確かに高かったけど、精霊に完全に嫌われてる時点でどうにもならなかった。
その前の10代の女の子の場合は精霊力があったけど、精霊を無理やり使役してる感じでちょっとダメダメだった。
さらにその前のオッサンなんて精霊を愛玩動物みたいに考える変態だったし。
まぁこの試験はフルーレ先生、というかうちの考えと違うかの確認なだけだから、きっと他の先生の授業は受けられると思う。
それに納得すればいいんだけど、どうもこいつらの目標はあくまでフルーレ先生の授業みたいだからなぁ。
しっかし半分くらい終わったってのに、見込みのありそうなのが皆無ってのもまたすごいね。
惜しいって奴すらいなく、必ずどこか間違ってる。その間違いを正せばいいのかもしれないけど、そんなのはフルーレ先生でなくてもできること。それこそ他の先生のもとで授業を受ければいいだけなんだよねぇ。
「ほんと面倒だなぁ……、はい、次の人どーぞ」
「お嬢様、顔に出ちゃってますよ? 気持ちはわかりますが笑顔ですよ笑顔」
どうやら相当嫌そうな顔をしてたらしい、アリサに注意されちゃったよ。
でもこの状況、ほんと嫌なんだよなぁ。わたしって精霊とすっごく仲良いからか、その精霊がここに居る奴らに対して嫌いって感情をさらけ出してて、どうもそれに感化されちゃうんだよねぇ。
そもそも精霊が嫌いになる人はある程度決まってる。
一つ目は精霊を大切に思うが自然をどうでもいい存在として扱う輩。
自然の一部である精霊にとって、自然破壊する者は完全に敵になるからしょうがない。
二つ目は精霊をただの道具として扱う輩。
精霊との信頼関係が重要なのに、ただ術が使えればいいとか思ってる奴って結構いるのがなぁ。
三つ目は精霊に対して邪な考えを持つ輩。
特に多いのが愛玩目的の奴かな。しかもここに居る奴の3割くらいはこれとか、どうしようもないわ。
はぁ、さっさと終わって、あれ?
「んー、あの少年は割と見込みありそうだね。魔力も精霊力も低く、進化してるのか疑わしい存在だけど、精霊さんにとっては悪くない存在みたいだね」
「みたいですね。さきほどから小精霊さんが興味深く顔を覗いてますし」
「……マジ?」
つい真顔になって問いただしちゃったよ。だって顔を覗いているとか……。
「ですよね? 今もほら、風の小精霊さんが顔の近くに居ますよね?」
「あー、えっと、アリサはあの小精霊さんの姿が見えるの?」
「はい、見えてますけど、何か問題がありましたか?」
キョトンとした顔でアリサが答えたけど、まじかいな。顕現状態じゃない精霊が見えるとか、ちょっと想定外だよ。
「えっとね、術者による顕現をしていない精霊さんが見える人って、実は大精霊を呼び出す力を得た人だけなの。しかもその力は自力で目覚めさせることができない、精霊さんか与えてくれる特別な力の一つなの」
「ということは、もしかして」
「うん、アリサは大精霊を呼び出す力を獲得してるよ。ただね、わたしが考えてた時期よりもずっと早くてちょっと驚いてるの。青年期に入ってから数年、それこそ18歳辺りじゃないかなぁって予想だったからびっくりなの。でもこれはすっごい良いことだから安心してね~」
これは予想以上にアリサは精霊との相性がいいってことだね。
もしかして、わたしの魔石も影響してるのかな? 普通なら只人族であるアリサはもっと時間がかかるはずなのに、それとは真逆だからねぇ。
そんなアリサの大発見に喜んでたせいですっかり忘れてたけど、ふむふむ、あの少年は魔力も精霊力も低いから戦力面としてはまだまだだけど、性格とかが純粋なのかな? 精霊が興味を持つような存在にはなってるみたいね。
まぁ今の段階は敵でも味方でもないから、どういった人物なのか調べてみようって興味だろうけど。
とりあえず判定は可能性ありってとこにしておこう。最終判断はフルーレ先生がするけど、おそらく合格になるんじゃないかな。
まぁそのまま受講し続けられるかは不明だけど。
ん? なんか妙にこっち見てるなぁ。下心のある目線じゃないっぽいけど、なんなんだろね。
あら、こっちに近寄ってきたよ。んー、試験結果でも聞きたいのかな?
「残念だけど試験結果は伝えられないよ。最終判断はフルーレ先生がするから、その結果次第になるよ」
「いえ、その、結果も気にはなるのですけど……」
はて、結果が聞きたかったんじゃないならなんだろ。妙にモジモジしてるし、わけがわからない。
とりあえず後がつっかえてるから、さっさと向こうに行ってもらいたいんだけどなぁ。
「他にも何かあるの? 無ければ試験は終わりだから退出していいよー」
「あの、覚えていませんか?」
「ん~? ねーね―アリサ、知ってる人?」
「いえ、私も存じませんけど。あーでも、ちょっと待ってくださいね、もしかしたらここに」
そう言ってアリサはポーチから手帳を出して調べてる。
あの手帳って、確かどうでもいい人物をとりあえずまとめておく物だったっけ。ひょっとしたらそれに載ってる可能性もあるわけだね。
「……申し訳ありません、載っていませんでした。少なくとも、私がお嬢様に仕えてから会った方ではないようです」
「な~るほど。んー、それじゃ誰なんだろ? 記憶にぜーんぜん無いんだよね~」
「あ、あの、本人を目の前にしてそう言われるのはちょっと」
そういえば目の前に居たね! すごい苦笑いで、しかも完全に度忘れしてるからかショックも受けたみたい。
でもなぁ、わたしって正直どうでもいい人ってほんと覚えないからなぁ。覚える気が無いってのもあるけど。
「ごめんねー。えっと、それで誰なの?」
「ほんとに忘れてるんですね……。えっとお久しぶりです、僕です、ミストです」
ミスト? はて、どこかで聞いたような気がするけど、どこだったかなぁ。
ちなみに、アリサも主人であるユキに似てきてるので、興味のない対象の覚えが悪いです(そのための手帳)




