105話 丸く収まってくれないのね
お手玉しながらハーレム勇者の返答を待ってるけど、大丈夫そうかな? ハーレムメンバーズも口々に『争ったらマズイ』って訴えてるしね。
ジジイもレイジの説得は失敗したけど、ハーレム勇者君が今回の依頼は終了の方向にもっていこうとしてるね。戦闘継続したらヤバいのがわかったからですね~。
やれやれ、これにて一件らくちゃ
「悪鬼め、ついに見つけたぞ!」
……誰? せっかく終わりそうだったのに邪魔するとか。
まずは周囲を確認……あぁ、なんかすごい剣幕な奴が居るわ。あれが叫んだのかしら。
ふーむ、どうやら配信を見て押しかけてきたってところね。
「勇者ロベール!? どうしてここに来たんだ!?」
「決まっている、その悪鬼を倒すためだ!」
ハーレム勇者君に問われた誰かさんはビシッ! って効果音が付いてそうな勢いでジジイを指さした。妙に芝居がかった感じで胡散臭いんだけど、本人はいたって真面目なようで。
とゆーかー、どこの誰だか知らないけれど一言申し上げたい、なんで面倒事を持ってくるんだよ! このまま終わってくれるのを期待してたのに、やめてくださいよねこういうの。
因縁があるのかもしれないけど、わたしには関係ないんだから別の機会にやってくださいよほんと。
しっかしこの問題児、どこかで見たような気がするなぁ。わたしがしっかり記憶していないってことは、正直どうでもいい存在なのは確かなんだけど。
んー、着物で腰には刀、そして狐の耳と尻尾があってって
「あーお食事券の人か、学園に通ってたのね」
「お食事券? あぁなるほど、わたくしがユキさんと初めて会ったときに大道芸をしていた彼ですわね」
「エレン様、彼は一応お兄さんであるゼーロンとお披露目の時に戦ってますよ。そっちを指摘してあげたほうが良いんじゃないかな?」
「レイジ、わたくしには兄などいませんわよ? 兄と名乗るトカゲ風情はいましたが」
わーお、エレンも結構いうわね。完全に縁を切ってるようで身内意識は皆無みたい。指摘したレイジもちょっと驚いてるところを見ると、言い切ったのはこれが初めてみたいね。
まぁ自称天魔に近い筋肉ダルマの妹ですとか、嫌すぎて口にすら出したくないのはすっごいわかる。
そういえば最近できた? 見つかった? とかいう弟君は違うみたいね。
顔は普通らしいけど、けっこういい体つきをしているとか。性格も真面目でなかなかの好青年で、馬鹿な父親と違って女性関係もいたって普通とも聞いたな。
というか女性に免疫がないみたいで、姉であるエレン相手にすら恥ずかしがってるとも。あの父親とは正反対っぽいですなぁ。
しっかしお食事券の人、勇者だったのね。そんな説明もあった気もするけど、どうでもいい人物なのでほんと覚えてない。お食事券をくれたって事実をかろうじて覚えてるくらいかなぁ。
「ほう、貴様はあの時の狐か。どうやらそれなりの修業をしたようだな。ちょうどいい、目当ての狐と剣を交えることが叶わぬ今、貴様で飢えを満たすか」
「覚悟しろ! 貴様はボクの力を奪った、そのせいで弱体化しパーティからも追放された。だがボクは厳しい修行を重ね、新たな力を得た! そして今では――」
あー、うん、思いっきり二人の世界に入ってるね。わたしはこの二人の関係とか心底興味ないから困るんだけど、さてどうしたものかしら。
まぁ聞いてる内容をまとめると、お食事券の人はジジイに力を奪われたことで弱体化し、パーティ追放にあったと。弱くなったら即戦力外とか、パーティメンバーであって友達や仲間って言う間柄ではなかったってことなんだろうねぇ。
追放され絶望したけど、別のパーティに拾われて新たに力に目覚めてうんぬんかんぬんってことらしい。どこかの主人公かしら?
ほかにもご丁寧に説明してくれたけど、どうやらジジイが奪ったのは狐族の力だったようで。そして力を奪われた影響で耳と尻尾が失われたらしい。
とゆーことは、あれは偽物の狐耳と尻尾ですか。野生の狐の剥製かしら? って、前にも同じことを思った気がするなぁ。興味が無さすぎるとほんとダメだねぇ、全然覚えてないや。
進化し魔石を得た只人以外の種族は、力の源である魔石を失ったり、魔石が維持できないくらい力を吸いとられたら、稀だけど何らかの変化がおきるんだっけ。
変化も様々で、種族が変わる者もいれば、人以外に変化する者までいるとかなんとか。お食事券の人は種族変化したってことですね。
あとどうでもいいのが、ジジイの名前が『ゲンザブロウ』ってとこですか。
レイジいわく別名になってるとのことなので、種族が変わった時に改名したのかもね。和風っぽいのは元が日本人だから、とか?
そんなグダグダ会話が終わったと思ったら
「勝負だゲンザブロウ!」
「来るがいい、勇者ロベール!」
あらまぁ、今度は二人の戦いが始まっちゃったよ。
もう関係ないし、お母様たちのところに戻っていいかな? 一撃でダンジョンを塵にできたから褒めてもらいたいもん。
それにこいつらの戦いって特に見る必要は……あれ? ジジイがさっきまでとはまた違う力を発動させたんだけど、明らかに格が上がってるような。
さっきまではいわゆる鬼族の範疇だったけど、今は魔鬼くらいかしら。進化状態まで自在に変化させることができるとか、やっぱりこのジジイは危険だなぁ。不気味さも一層増した感じだけど、さてどうしたものか。
「このまま見届けますの? わたくしとしては向こうとは決着済み、レイジの説得も失敗に終わりましたし、そろそろ引き上げてもよい気がしますわ」
「だねぇ。あのジジイが不気味なのは事実なんだけど、だからってどうすることもなぁ」
正当防衛なら倒しても問題ないだろうし、いっそのこと襲ってきてくれないかしら? なーんて物騒なことを一瞬考えた罰が当たったのか
「きゃっ」
「アリサ!? もしかして攻撃を受けたの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です。少し掠った程度なので」
「ですが血が出ていますわ!?」
「エレン様も落ち着いてくださいー。先輩は動かないでください、サクッと術で治しますから」
ジジイの放った斬撃の一部がこっちに飛んできてアリサに掠った。
掠ったのはアリサが気を抜いていたわけじゃない、斬撃自体が異常な動きをしてたせい。蛇行したり途中で止まったり、そして急に弾けるとか予測しづらい攻撃だったし。
しかも威力は低いのにアリサの腕を傷つけたとか、これは転移と破壊、そして切断の魔法か術を付与した攻撃ってとこか。
斬撃をここまで進化させるのはなかなかすごい技術。他の魔法や術とも組み合わせもできるだろうし、思ってた以上に強いかもしれない。
でもね
「あのゴミ虫、よくもわたしのアリサに傷をつけてくれたわね……ゴミ虫同士で勝手するだけなら許せたけど、こうなったら容赦しない、ここで始末してやる!」
こいつらが戦うのは正直どうでもいい。
でもその身勝手な戦いのせいで、わたしの大事な人たちが傷つくのは絶対に許せない!
そもそもこんなゴミ虫どもに気を遣う必要なんてない。こいつらゴミ虫は、わたしの大事な人たちと比べるまでもなくどうでもいい存在なんだし。
……馬鹿だ、ほんと大馬鹿だ。
穏便とか恨みを買わないようにとか、なに甘いことを考えてたんだろ。
このゴミ虫どもは敵なんだ、さっさと始末すればよかったんだ。しなかったからアリサが傷ついた、つまり私のミスだ。
「お、お嬢様!? 落ち着いてください、私は大丈夫ですので!」
「心配しないで、ちょっと私の全力でゴミ虫を掃除してくるだけだから。だから待っていてね」
そうアリサに告げ、私は月華と天衣を顕現させる。
おや? 進化の影響か、以前とは桁違いの魔力を周囲にまき散らしてるな。これは万が一を考慮した方がいいか。
「術式展開、破邪の結界」
アリサたちに被害が無いよう結界を張っておく。これなら私の攻撃の余波が飛んできても傷を負わないでしょう。
それと同時に、結界からは出られないよう少し結界を変化させておく。私のミスは私自身がけりを付ける、これは誰にも邪魔させない。
準備はできた。さてと、掃除を開始しますか。
「覚悟はできてるんでしょうね? まぁできてなくても私には関係ないけど」
ゴミ虫どもに歩み寄る。やはり魔力が異常なまでに高くなってるのか、近づくだけで二匹とも跪いた。狐もどきは顔面蒼白、ジジイは恐怖と歓喜が混ざったような変な顔をしてるな。
「こ、これが本当の狐の力か。くくっ、どうやら我も井の中の蛙だったということだな。何もかもが桁違いではないか」
「何か悟ったようだけどもう遅い。お前は私の大事な人たちを傷つける、だったら掃除するしかないよね?」
そう言って、私は月華に魔力をさらに込めていく。
へぇ、魔力が桁違いに強くなったからか、意図してないのに月華の刀身から魔力が溢れ出て、二回りくらい大きな魔力の刃を形成したわ。しかも魔力の刃が発現してるだけで周囲の空間が切り裂かれてる。
ゴミ虫相手には過剰かもしれないけど、綺麗にするにはちょうどいいか。
「というわけで、バイバイ」
月華をゴミ虫めがけて振り下ろす。だけどその瞬間
「はい、そこまでよユキちゃん。これ以上はダメですよ?」
優しい声とともに目の前にお母様が転移してきて、そして私の頭を撫でた。その瞬間、月華と天衣は強制送還され、意識も遠くなっていく。
そんな中聞こえてきたのは
「ほんと、私の悪いところまで受け継いじゃってるのねぇ。でもね、ユキちゃんは優しい子だから、そんな悪い部分もきっと克服できるからね。だけど今はお休み、あとはお母さんに任しておいてね」
その言葉を最後に、お母様にもたれかかるように倒れ、意識を……
ゴミ扱いと暴走モードの克服(もしくは制御)はまだまだ先です




